学位論文要旨



No 211878
著者(漢字) 世喜,利彦
著者(英字)
著者(カナ) セキ,トシヒコ
標題(和) ハムスターフランクオーガン(側背部巨大皮脂腺)において男性ホルモンにより発現の制御される遺伝子FAR-17aの単離とその解析
標題(洋)
報告番号 211878
報告番号 乙11878
学位授与日 1994.07.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11878号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒木,登志夫
 東京大学 助教授 中川,秀己
 東京大学 助教授 横田,崇
 東京大学 助教授 島田,真路
 東京大学 助教授 許,南浩
内容要旨

 男性ホルモンは、前立腺等の標的組織や前立腺癌、乳癌等の男性ホルモン感受性腫瘍の増殖や分化に顕著な効果を持っている。また、ヒトの皮膚における、皮脂腺および胸毛、髭、恥毛等の性的成熟に関連ある毛包も、男性ホルモンの影響を強く受ける標的組織である。それゆえ、男性ホルモンが関係していると考えられる男性型脱毛、座瘡、そして、男性ホルモン感受性腫瘍の治療および予防を考える上で、細胞の増殖、分化、代謝における男性ホルモンによる遺伝子発現制御の研究は、重要であると思われる。男性ホルモンにより制御されているヒトの脂腺や毛髪のための男性ホルモン依存性のモデルシステムとして、雄のゴールデンシリアンハムスターのフランクオーガン(側背部巨大皮脂腺)がよく用いられる。このフランクオーガンは、雌雄、ともに背中にある一対の色素沈着の組織で、男性ホルモンの標的組織であり、よく発達した脂腺より成り、雄では雌よりも発達がよく、脂腺のほかに太い体毛と真皮内メラノサイトの、男性ホルモンに感受性のある成分が3種類存在する。但し、それらの男性ホルモン感受性は必ずしも同一ではない。雄ハムスターを去勢すると、フランクオーガンの大きさは減少するが、その後の男性ホルモン投与により正常の大きさに戻る。同様に、雌ハムスターのフランクオーガンも男性ホルモンにより刺激される。著者は、男性ホルモンにより制御される遺伝子を単離する目的で、雄のゴールデンシリアンハムスターのフランクオーガンから、mRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作製した。Differential Hybridization法により、このcDNAライブラリーから、正常雄ハムスターのフランクオーガンにおいて発現していて、去勢後では、ほとんど発現していない遺伝子を数種クローニングした。その中で、正常、去勢後で遺伝子発現に著しい差がある遺伝子で、男性ホルモンにより発現が正に制御されているFAR-17a遺伝子のcDNA全塩基配列を決定し、この遺伝子がコードすると考えられるタンパク質のアミノ酸配列を推定した。その結果、FAR-17a遺伝子のcDNAは、1,637ヌクレオチドで231残基のアミノ酸から成る、約27kDaの塩基性タンパク質をコードすると推測された。これらの、cDNAおよびタンパク質、ともに既知のものとの間に高いホモロジーは認められず、未知のcDNAおよびタンパク質であることがわかった。ノーザンブロット分析により、FAR-17a遺伝子の発現は、成熟した雄ハムスターのフランクオーガンにおいて常に行なわれており、また、去勢後の雄のフランクオーガンでは、発現減少の時間経過は遅く、去勢1日後でその発現のわずかな減少、そして、3日後では激減し5日後ではほとんど検出できなかった。一方、男性ホルモンによる遺伝子発現の誘導の時間経過は、去勢した雄ハムスターに男性ホルモンのテストステロンを投与して、1日後に、FAR-17a遺伝子発現の微量な回復が見られ、5-7日後までには、徐々に遺伝子発現が増加し、正常雄のレベルに到達した。しかし、ステロイドホルモン誘導に対する最初の転写反応は、通常速いと考えられていて、誘導後12時間以内に最大発現量に到達すると考えられている。それゆえ、FAR-17a遺伝子の男性ホルモン誘導に対する反応が、24時間後と遅いのは、この遺伝子の発現誘導が男性ホルモンによって直接ではなく、間接的に制御されているのかもしれない。このことについては、FAR-17aゲノム遺伝子の5’上流域の転写調節領域を調べることが必要であり、現在のところでは、明らかではない。また、各種臓器について、FAR-17a遺伝子発現をノーザンブロット分析により、調べたところ、男性ホルモン標的組織である耳介(皮脂腺が多数存在)と睾丸にもその発現が認められたが、その発現レベルは、フランクオーガンに比べ低かった。耳介において主に発現しているFAR-17a mRNAの大きさは、1.8kbで、フランクオーガンと同じであったが、睾丸では、主に1.2kbであった。このように、雄ハムスターのフランクオーガンと睾丸において2種類の大きさのFAR-17a mRNAが発現している。フランクオーガンにおいては、主なFAR-17a mRNAが1.8kb、従が1.2kbであり、睾丸においてはその逆であった。FAR-17a cDNAの塩基配列から、3’末端側の非翻訳領域の2ヶ所(ヌクレオチド993-998位、1610-1619位)にpoly(A)+添加シグナルが存在するので、生体ではこの2つのシグナルを使い分けている可能性がある。しかし、この不均一性がどのような生物学的意義を持っているのかは、現段階ではわからない。男性ホルモン標的組織である前立腺では、FAR-17a遺伝子発現が、検出されなかった。一方、興味深いことに、RT-PCR法によって、皮膚(フランクオーガンを除く)にもFAR-17a遺伝子の発現が認められ、さらに、皮膚における、FAR-17a遺伝子の発現も、男性ホルモンにより制御されていることが明らかになった。このように、FAR-17a mRNAの発現は、男性ホルモンにより制御されているが、前立腺のように男性ホルモンの標的組織において、必ずしも生じているわけではなく、この発現は組織特異的であった。サザンブロット分析により、FAR-17a遺伝子は、少なくとも哺乳類において、系統発生的に保存されていることが示唆された。次に、推定されたFAR-17aタンパク質における2種類の異なる領域のペプチド、それぞれに対して、ウサギを用いて抗体を作製し、アフィニティーカラムクロマトグラフィーで精製して特異抗体を調製し、ウェスタンブロット分析を行なった。その結果、これらの2種類の抗体が同じ大きさの約27kDa(推定値と同じ)のタンパク質を検出しており、さらに、FAR-17aタンパク質の発現もまた、男性ホルモンにより正に制御されていることが判明した。これら2種類の抗体を用いて、正常雄ハムスターフランクオーガンの凍結切片の蛍光免疫二重染色を行なった結果、皮脂腺を特異的に染色しており、皮脂腺以外の表皮、真皮、毛包等は、ほとんど染色されていなかった。それゆえ、FAR-17a cDNAから推定されたFAR-17aタンパク質は、フランクオーガンに実際に翻訳されて存在することが明らかになった。FAR-17aタンパク質の機能、生物学的意義は、まだわかっていないが、皮膚、および耳介の皮脂腺においても、このタンパク質が、存在すると考えられ、男性ホルモンにより発現が制御されていることから、皮脂腺における代謝や分泌の関連酵素あるいは、関連因子ではないがと考えている。

図1.FAR-17a,cDNAの構造A.FAR-17a,cDNAの塩基配列及びアミノ酸配列 ORF(オープンリーディングフレーム、ヌクレオチド156-848位);***、終止コドン(TGA);下線、ポリA添加シグナル;*、糖鎖結合部位;<、Ser-Thrリピート;+、連続2個又は4個の塩基性アミノ酸残基;・、Leu又はValの7塩基ごとのリピートを示す。 B.推定されたタンパク質FAR-17aのアミノ酸配列における内部リピート |、同一アミノ酸残基;・、同一グループのアミノ酸残基を示す。
審査要旨

 男性ホルモンが関係していると考えられる前立腺癌、乳癌等の男性ホルモン感受性腫瘍、そして皮膚における座瘡、男性型脱毛症等の治療および予防を考える上で細胞の増殖、分化、代謝における男性ホルモンによる遺伝子発現制御の研究は非常に重要である。

 本研究は皮脂腺や毛髪における遺伝子発現が男性ホルモンによって、どのような機構で制御されているかを解明するために、毛包皮脂腺系における男性ホルモン依存性遺伝子の単離と解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 (1)雄ゴールデンシリアンハムスターのフランクオーガン(側背部巨大皮脂腺)由来mRNAからcDNAライブラリーを作製し、Differential Hybridization法により、このcDNAライブラリーから、男性ホルモンにより発現が正に制御されているFAR-17a遺伝子を単離した。このFAR-17a cDNAの全塩基配列を決定し、この遺伝子がコードすると考えられるタンパク質のアミノ酸配列を推定した。その結果、FAR-17a cDNAは1637ヌクレオチドで231アミノ酸残基からなる約27kDaの塩基性タンパク質をコードすると推定された。これらのcDNAおよびタンパク質は既知のものとの間に高いホモロジーは認められず、全く新しいcDNAおよびタンパク質であることが示された。

 (2)FAR-17a遺伝子発現は、ノーザンブロット分析により雌のフランクオーガンでは認められないが,成熟した雄のフランクオーガンにおいては常に認められる.フランクオーガン以外には男性ホルモンの標的組織である雄の耳介と睾丸にも認められたが、両者の発現レベルはフランクオーガンに比べ低く、前立腺では認められなかった.雄ハムスターのフランクオーガンおよび耳介におけるFAR-17a mRNAの発現は、1.8kbのmRNAが主で、1.2kbが従であるが、睾丸では逆である。この組織によるmRNAの大きさの違いは、各種プローブを用いた実験から、FAR-17a遺伝子の3’末端の非翻訳領域に2種類存在するpoly(A)+添加シグナルの使用される頻度の差によることが示された。また、皮膚(フランクオーガンは除く)においてもその発現が、RT-PCR法により認められた。耳介と皮膚においては、その発現は、フランクオーガンと同様に男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。

 (3)FAR-17a遺伝子発現の経時変化は、フランクオーガン等において常時発現している成熟した雄を去勢すると、発現減少が生じ、3日後には激減し、5日後では、ほとんど検出できないレベルまで減少した。一方、去勢した雄ハムスターに男性ホルモンのテストステロンを投与後、1日の経過で微量な発現回復が見られ、その後、徐々に増加し5〜7日後までには正常雄のレベルに到達した.以上の結果から、FAR-17a遺伝子発現は男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。しかし、ステロイドホルモンによって直接誘導される転写反応は、誘導後12時間以内に最大発現量に達すると考えられている。FAR-17a遺伝子の男性ホルモンによる誘導が24時間後であることから、この遺伝子発現の誘導が男性ホルモンにより、直接ではなくて間接に制御されている可能性が示された。

 (4)FAR-17a遺伝子はサザンブロット分析により、ヒトも含めホ乳類において系統発生的に保存されていることが示された。

 (5)推定されたFAR-17aタンパク質における2種類の異なる領域のペプチドそれぞれに対してポリクローナル抗体を作製し、アフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製した2種類の抗FAR-17a特異抗体、それぞれが同一分子量約27kDa(推定値と同じ)のタンパク質を検出することがウェスタンブロット分析により示された。また、FAR-17aタンパク質の発現も男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。さらに、2種類の抗FAR-17a特異抗体、それぞれは、雄のフランクオーガンの皮脂腺を特異的に染色し、それ以外の表皮、真皮、毛包等は染色しなかった。以上の結果より、FAR-17aタンパク質は、実際に翻訳され実在することが示された。

 以上、本論文は毛包皮脂腺系において男性ホルモンにより発現が正に制御されているFAR-17a遺伝子を単離し解析した結果、全く新しい遺伝子であり、実際にタンパク質に翻訳され皮脂腺に存在していることを明らかにした。これまで毛包皮脂腺系における遺伝子レベルでの詳細な研究はほとんど行なわれていない。そして、毛包皮脂腺系において男性ホルモンにより遺伝子発現が制御されている遺伝子としては、本研究が最初の報告であると考えられる。皮脂腺や毛髪の男性ホルモン依存性制御機構の解明に、本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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