男性ホルモンが関係していると考えられる前立腺癌、乳癌等の男性ホルモン感受性腫瘍、そして皮膚における座瘡、男性型脱毛症等の治療および予防を考える上で細胞の増殖、分化、代謝における男性ホルモンによる遺伝子発現制御の研究は非常に重要である。 本研究は皮脂腺や毛髪における遺伝子発現が男性ホルモンによって、どのような機構で制御されているかを解明するために、毛包皮脂腺系における男性ホルモン依存性遺伝子の単離と解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 (1)雄ゴールデンシリアンハムスターのフランクオーガン(側背部巨大皮脂腺)由来mRNAからcDNAライブラリーを作製し、Differential Hybridization法により、このcDNAライブラリーから、男性ホルモンにより発現が正に制御されているFAR-17a遺伝子を単離した。このFAR-17a cDNAの全塩基配列を決定し、この遺伝子がコードすると考えられるタンパク質のアミノ酸配列を推定した。その結果、FAR-17a cDNAは1637ヌクレオチドで231アミノ酸残基からなる約27kDaの塩基性タンパク質をコードすると推定された。これらのcDNAおよびタンパク質は既知のものとの間に高いホモロジーは認められず、全く新しいcDNAおよびタンパク質であることが示された。 (2)FAR-17a遺伝子発現は、ノーザンブロット分析により雌のフランクオーガンでは認められないが,成熟した雄のフランクオーガンにおいては常に認められる.フランクオーガン以外には男性ホルモンの標的組織である雄の耳介と睾丸にも認められたが、両者の発現レベルはフランクオーガンに比べ低く、前立腺では認められなかった.雄ハムスターのフランクオーガンおよび耳介におけるFAR-17a mRNAの発現は、1.8kbのmRNAが主で、1.2kbが従であるが、睾丸では逆である。この組織によるmRNAの大きさの違いは、各種プローブを用いた実験から、FAR-17a遺伝子の3’末端の非翻訳領域に2種類存在するpoly(A)+添加シグナルの使用される頻度の差によることが示された。また、皮膚(フランクオーガンは除く)においてもその発現が、RT-PCR法により認められた。耳介と皮膚においては、その発現は、フランクオーガンと同様に男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。 (3)FAR-17a遺伝子発現の経時変化は、フランクオーガン等において常時発現している成熟した雄を去勢すると、発現減少が生じ、3日後には激減し、5日後では、ほとんど検出できないレベルまで減少した。一方、去勢した雄ハムスターに男性ホルモンのテストステロンを投与後、1日の経過で微量な発現回復が見られ、その後、徐々に増加し5〜7日後までには正常雄のレベルに到達した.以上の結果から、FAR-17a遺伝子発現は男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。しかし、ステロイドホルモンによって直接誘導される転写反応は、誘導後12時間以内に最大発現量に達すると考えられている。FAR-17a遺伝子の男性ホルモンによる誘導が24時間後であることから、この遺伝子発現の誘導が男性ホルモンにより、直接ではなくて間接に制御されている可能性が示された。 (4)FAR-17a遺伝子はサザンブロット分析により、ヒトも含めホ乳類において系統発生的に保存されていることが示された。 (5)推定されたFAR-17aタンパク質における2種類の異なる領域のペプチドそれぞれに対してポリクローナル抗体を作製し、アフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製した2種類の抗FAR-17a特異抗体、それぞれが同一分子量約27kDa(推定値と同じ)のタンパク質を検出することがウェスタンブロット分析により示された。また、FAR-17aタンパク質の発現も男性ホルモンにより正に制御されていることが示された。さらに、2種類の抗FAR-17a特異抗体、それぞれは、雄のフランクオーガンの皮脂腺を特異的に染色し、それ以外の表皮、真皮、毛包等は染色しなかった。以上の結果より、FAR-17aタンパク質は、実際に翻訳され実在することが示された。 以上、本論文は毛包皮脂腺系において男性ホルモンにより発現が正に制御されているFAR-17a遺伝子を単離し解析した結果、全く新しい遺伝子であり、実際にタンパク質に翻訳され皮脂腺に存在していることを明らかにした。これまで毛包皮脂腺系における遺伝子レベルでの詳細な研究はほとんど行なわれていない。そして、毛包皮脂腺系において男性ホルモンにより遺伝子発現が制御されている遺伝子としては、本研究が最初の報告であると考えられる。皮脂腺や毛髪の男性ホルモン依存性制御機構の解明に、本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |