学位論文要旨



No 211883
著者(漢字) 桜井,尚武
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,ショウブ
標題(和) ミズナラの特性とミズナラ林の更新技術
標題(洋)
報告番号 211883
報告番号 乙11883
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11883号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,恵彦
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 八木,久義
 東京大学 助教授 梶,幹夫
内容要旨

 わが国の温帯林の主要構成樹種であり,材質が優れていることから林業上でも重要な広葉樹資源となっているミズナラ林を,環境と調和させつつ自然力を最大限にいかして,保続的に発展させ利用して行く技術を確立することが目下の急務とされている。そのための基礎として,個生態学的レベルにおけるミズナラの特性を究明し,森林の更新技術に資する知見を導くことを試みた。

 天然更新の基礎となる種子の生産特性について,7年間の継続調査と既存の報告資料から,ミズナラ種子の生産には周期は認められないこと,年度や林分,さらには個々の林木により様々な量の種子の生産があり豊作,不作を統一的には論じられないこと,しかし,いっぽうで北海道,東北,新潟,日光などにおいて広域的に同調しての豊作年があるということが明らかにされた。

 豊作年における種子生産量と落下した種子の数や質,森林の状態とこれら種子の分散特性,種子の発芽特性,地上に落下してから冬を迎え,積雪下で冬を過ごし,翌年雪解け後にメバエとして発生するまでの種子の動向などを実験や観察を通じて明らかにした。また,落下種子の虫害や摂食者による被食調査を行い,これらが種子に与えるダメージを定量的に評価した。種子が落下し成立する林床条件,特に林床を覆う落葉層の発達の程度と種子や稚樹の関係の実態を調べその効果を解析した。その結果,豊作年に大量に生産された種子は翌年までかなりの量で生存し,好適な条件に恵まれれば大量のメバエとして稚樹溜り(シードリング・バンク)を形成すること,覆土という補助作業は種子の定着促進に効果的であること,ひとたび稚樹溜りが形成されれば,その後上木を伐採することで更新はスムーズに行われること,前生稚樹の成長は上木除去1年目の伸長はよくないが2年目以降は良好になることを実証した。稚樹の成立制限要因として,林床で種子を保護する落葉層の欠如やそれと関連して働く野ねずみ類の摂食活動が挙げられた。また,閉鎖林内でさらに光環境を悪化させるササの存在も指摘された。種子の不足は母樹の抜き伐りで加速されるため,稚樹溜り形成以前の母樹の抜き伐りは野ねずみ類等摂食者により種子が食い尽くされる可能性が高くなるし,並作年程度の種子散布量では稚樹の成立が厳しいという事実を明らかにし,更新を成功させるためには豊作年に遭遇してうまく稚樹溜りを作ることが必要であるということを野外試験で実証的に明らかにした。

 種子のサイズと発生稚樹の形状や成長を実験的に確かめ,必ずしも大きい種子が更新の成功のために必要だとは限らないことを明らかにした。

 更新した稚樹の成長のためには,相対照度で50%以上の明るさが必要であること,断面積合計比で上木が30%残されただけでもその下にある稚樹の成長は抑制されることを実証的に明らかにした。いっぽうで,林内に成立した稚樹でも数年から十数年生存するものが相当数あることを確認し,これらも更新のための後継樹確保上重要な稚樹溜りの構成要員であることを明らかにした。また,保残された母樹から供給された種子による稚樹の加入は少ないことを明らかにし,母樹保残法はミズナラ林の更新には有効な方法ではないと判断する材料を提供した。

 更新には萌芽も重要な役割を果たし,とくに小さな個体からの萌芽も重要な要素であることを明らかにした。これらの明らかにされた事実をもとに,ミズナラ林の天然更新技術を論じた。

審査要旨

 本論文は,広葉樹資源として重要なミズナラ林の天然更新技術の高度化のために,ミズナラの種特性を解明し,ミズナラ林の天然更新過程を生態学的に解析したものである。調査は岩手県下の北上山地と奥羽山地で行われた。本論文の概要は以下の通りである。

 天然更新の基礎となる種子の生産特性について,7年間の継続調査と既存の報告資料から,ミズナラ種子の豊作年の再来には周期が認められないこと,年度や林分,さらには個々の林木により様々な量の種子生産があり豊作,不作を一概には論じられないこと,しかし,一方で北海道,東北,新潟,日光などで広域的に同調した豊作年があったことを明らかにした。

 豊作年における種子生産量と落下した種子の数や質,森林の状態とこれら種子の散布特性,種子の発芽特性,地上に落下してから冬を迎え,積雪下で冬を過ごし,翌年雪解け後にメバエとして発生するまでの種子の動向などを実験や観察を通じて明らかにした。また,落下種子の虫害や摂食者による被食調査を行い,虫害による発芽阻害は軽微なこと,野ねずみ等の摂食はササ生地や落ち葉等の保護を受けない場所では甚大になることを示した。種子が落下し成立する林床条件,特に林床を覆う落葉層の発達の程度と種子や稚樹の関係の実態を調べ,落ち葉層の存在は,種子を外敵や乾燥から保護する効果の高いことを明らかにした。翌年7月頃まで林床にむき出しになっていた種子も発芽力を有し,これらに覆土することで発生するメバエが根付く割合を飛躍的に高められることを示した。

 豊作年に大量に生産された種子は翌年までかなりの量で生存し,好適な条件に恵まれれば大量のメバエとして稚樹溜り(シードリング・バンク)を形成すること,ひとたび稚樹溜りが形成されれば,その後上木を伐採しても更新はスムーズに行われ,成立稚樹の成長も順調であることを示した。稚樹の成立制限要因として,林床で種子を保護する落葉層の欠如や野ねずみ類の摂食活動があることを明らかにした。また,林冠下でさらに光環境を悪化させるササの影響も明らかにした。種子の不足は母樹の抜き伐りで加速されるため,稚樹溜り形成以前の母樹の抜き伐りは野ねずみ等摂食者により種子が食い尽される可能性が高くなるし,並作年程度の種子散布量では稚樹の成立が厳しいという事実を明らかにし,更新を導くためには稚樹溜りを作ることと豊作年に遭遇することが必要であるということを野外試験で明らかにした。

 種子のサイズと発生稚樹の形状や成長を実験的に確かめ,必ずしも大きい種子が更新の成功のために必要だとは限らないことを明らかにした。

 更新した稚樹の成長には,相対照度で50%以上の明るさが必要であること,断面積合計比で上木が30%残されただけでもその林分の稚樹の成長は抑制されることを明らかにした。一方で,林内に成立した稚樹でも数年から十数年生存するものが相当数あることを確認し,これらも更新のための後継樹として重要な稚樹溜りの構成要因であることを明らかにした。また,保残された母樹から供給された種子による稚樹の加入は少ないことを明らかにし,母樹保残法はミズナラ林の更新には有効な方法ではないことを示した。

 更新には萌芽も重要な役割を果たし,とくに小さな個体からの萌芽も重要な要素であることを明らかにした。これらの事実をもとに,ミズナラ林の天然更新技術を論じた。

 以上,本論文はミズナラの種特性、種子の落下から発生およびその後の成長に至るまでの種子の動態,発生消長に及ぼす要因を経時的観察や実験により実証的に解明したものである。これにより、ミズナラ林の天然更新のための条件が明らかになり,自然と調和した森林の取り扱い技術の高度化に寄与することが示されたのであり,学術上,応用上貫献するところが大きい。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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