学位論文要旨



No 211885
著者(漢字) 中島,征志郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,セイシロウ
標題(和) 作物栽培管理システム構築のための土地分級と土壌地域区分
標題(洋)
報告番号 211885
報告番号 乙11885
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11885号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 助教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 森,敏
内容要旨

 土壌の生産力特性は、土壌分類(断面形態の特徴)と土地分級(理化学的性質の特徴)によって区分される。土壌分類の目的は土地利用の合理化、あるいは生産力阻害要因の解明に寄与することにあり、土地分級の目的は土壌・肥培管理の効率化、あるいは土壌悪化の予測診断に寄与することにある。データベース化された土壌情報を効率よく栽培管理システムに活用するためには、この両区分の関連性を明確にし、点情報を面情報に変換できるようにしておく必要がある。また、土壌がもつ潜在的地力の特徴を的確に評価できるようにしておく必要がある。とくに、土壌の理化学的性質は母材別、あるいは地域別に大きく異なるため、これらの差異については生成論的に解明しておかなければならないと考える。本研究は、長崎県に広く分布する赤・黄色土を対象に、その生産力特性を明確にするとともに、コンピュータ利用による各種農業技術の改善対策や土地利用を効率的に推進できるようにしようとするものである。なお、本システムの開発にあたっては、県,試験場,経済連,九州大学農学部の協力を得て、(株)富士通九州システムエンジニアリングと共同でおこなった。

赤・黄色土の理化学的性質

 同一地域内に分布し、同一母材に由来する赤色土,黄色土,暗赤色土の各土壌群間には、土壌の基本的な理化学的性質の差異は認められなかった。ただし、各土壌群とも母材別にみた理化学的性質(陽イオン交換容量,リン酸吸収係数,体積収縮率)は、固結火成岩類と堆積岩類,変成岩類で大きく異なっていた。このように、赤・黄色土の各土壌群間には特徴的な理化学的性質の差異はなく、母材による差異が明瞭であることが判明した。このことは、同一地域内にあり、同一母材に由来する赤・黄色土であれば、各土壌群間の土壌管理対策は同一に取り扱っても差し支えないことを示していると考えられた。すなわち、耕地土壌においては、土色の違いによって区分される赤色土,黄色土,暗赤色土の各土壌群は、生産力的にみる限りでは独立した土壌群に区分する分類的意義がないものと考えられた。各土壌群を一括した赤・黄色土の基本的な理化学的性質は、陽イオン交換容量と体積収縮率では海洋地域(五島列島地域と対馬地域)で小さく内陸地域(壱岐地域を含む)で大きい特徴を示し、粘土含量ではその逆であった。これら土壌の特徴は、母材別にみた地域別土壌の特徴として整理できるものと考えられた。

土壌統設定基準の問題点と修正案

 母材の特徴や特殊な断面形態を持つ土壌の生産力特性は、地力保全基本調査の分類基準では明確に表現することができない。しかし、これら土壌の生産力特性は、何らかのかたちで土地分類図や生産力可能性分級図に図示できるようにしておかなければならない。ここでは、土壌の生産力特性を分類体系の中で明確に表現するために、土壌統設定基準の反応,礫質・礫含量および盤層,グライ層あるいは地下水位の出現位置,母材と堆積様式の各区分に補足・修正を行った。反応の区分は、アルカリ性の上限を加え、pH(KCl)≦4.2とpH(H2O)≧8.0に2区分した。ただし、反応は時間的,位置的変動が大きいため、人為改変土壌や特殊土壌のみを対象にするものとした。礫層,砂礫層の区分は、土地利用の立場から礫の含量によって礫層(20〜50%)と礫土(50%以上)に2区分し、礫質土壌の阻害要因強度が表現できるようにした。盤層の区分は、土壌改良の立場から破砕の難易により固結盤層と非固結盤層に2区分し、前者を礫質土壌,後者を細粒質土壌で取り扱うように修正した。グライ層の区分は、土壌管理と作物生産の立場から出現位置を0〜40cm、40〜80cmに2区分し、前者を強グライ土,後者をグライ土で取り扱うように修正した。湧水面(地下水位)の区分は、作物生産の立場からグライ層の出現位置に準拠した。母材区分は、土壌の理化学的性質と密接に関連する母岩の種類を重視し、各母材(大区分)を岩石学的手法に基づいて中区分,小区分,母岩の種類に細分した。土壌統の設定は、母材の中区分までを表現するように補足修正した。堆積様式の区分は、異種母材が累積あるいは混合する土壌、および造成土壌を対象に母材との関連において修正した。すなわち、母材と堆積様式を組み合わせた異種母材の区分(特殊母材の区分)を別途設定し、これら土壌の生産力特性を表現できるようにした。分類体系への表示方法は、反応,礫含量,非固結盤層,湧水面(地下水位)を土壌区の単位で、母材と堆積様式を土壌統の単位で表現した。

生産力可能性分級基準の問題点と修正案

 土壌統を単位とする基本分類では、土壌の生産力特性を定量的に評価することはできない。そこで、土壌の基本的な理化学的性質の相互関係、とくに化学性と物理性の関連性を明らかにし、その結果に基づいた生産力可能性分級基準の補足修正を行った。陽イオン交換容量は、土性および粘土鉱物組成との関連から現行の基準を4段階に区分した。粘土含量と体積収縮率は新たに基準を設け、粘土鉱物組成との関連から前者を4段階に、後者を3段階に区分した。固相率は、有効水分(pF1.5-3.8)との関連から3段階に、粗孔隙率は、飽和透水係数との関連から4段階に区分した。これらの基準に基づいて評価される母材別、あるいは地域別土壌の理化学的特徴は、気候、地形、地質を総合的に表現する土壌地域区分の手法によって整理した。長崎県の土壌地域は、7大地域、15中地域、61土壌地域に整理された。県下の母材別にみた地域別土壌の理化学的性質はこの土壌地域によって明確に表現できると考えられた。土壌地域区分の手法は、データベース化された土壌情報から必要な地域のデータを迅速、かつ的確に摘出できるキーワードとして活用できるものと考えられた。

耕地土壌の生産力特性についての多変量解析

 分析項目間の多変量解析によって、化学性・粒径組成では土壌反応(塩基状態),土性(保肥力),有機物(腐植),養分保持能(自然肥沃度)の4因子、物理性では孔隙状態(土地の乾湿),粒径組成(農作業の難易),土壌の充填土(根域制限)の3因子が抽出された。これらの性質は作物生産にとって重要な制限因子であり、各因子の評価は因子負荷量の高い分析項目によって推測できると考えられた。数量化分析I類によってこれら因子に及ぼす土壌型,母材,地目,地域,管理の寄与度を検討した結果、化学性・粒径組成の土性および養分保持能には母材の寄与が大きかった。物理性の孔隙状態には地目、土性には母材と土壌型の寄与が大きかった。以上のように、土壌の生産力に関する因子は、地目,母材,土壌型から受ける寄与が大きく、管理要因から受ける寄与は小さいものと推測された。

作物収量と環境,土壌,管理要因の多変量解析

 作物収量に及ぼす年次,地域,土壌型,母材,化学的性質,肥培管理,品種の寄与度を多変量解析によって検討した結果、水稲収量は気象要因(地域と年次)が極めて大きく影響していた。地域を限定すると、土性の精粗および礫層の有無が大きく影響していた。ばれいしょ、およびみかん収量に及ぼす各要因の寄与度は水稲ほど明確ではなかった。しかし、傾向としては、ばれいしょ収量には品種や母材,土壌型、みかん収量には地域が大きく影響していた。

耕地土壌の粘土鉱物組成区分と土壌地域区分

 Qモード要因解析によって粘土鉱物組成(粘土含量を含む)を系統的に整理した結果、水稲収量は土壌の表面積(陽イオン交換容量)と密接に関係していた。このことは、粘土鉱物組成の類型が水田生産力を評価する有効な手段になるものと考えられた。畑・樹園地土壌の粘土鉱物組成についても同様に整理し、耕地土壌の粘土鉱物組成区分図を作成した。県下の土壌は、スメクタイト優勢グループ,スメクタイト中庸グループ,2:1型鉱物・緑泥石中間種鉱物優勢(陽イオン交換容量20〜14meq)グループ,2:1型鉱物・緑泥石中間種鉱物(陽イオン交換容量14〜8meq)グループ,カオリン鉱物(陽イオン交換容量20〜14meq)グループ,カオリン鉱物優勢(陽イオン交換容量14〜8meq)グループ,アロフェン質層状珪酸塩粘土鉱物系グループ,層状珪酸塩粘土鉱物系グループの8類型に区分された。これら類型による土壌地域区分は、母材,地形による土壌地域区分とよく整合した。粘土鉱物組成の類型区分は、データベース化された土壌情報を点情報から面情報に拡大するための理論的根拠になるものと考えられた。

作物栽培管理システムの構築

 システムの全体構想は、ワークステーションやネットワークを想定し、他機関(日本土壌協会,県庁-農試-普及所-農業団体、あるいは国,大学,各県農試)との情報(データ)交換がオンライン化によって連動できるようにした。システム内容は、土壌生産力の評価法と土壌地域区分の手法をシステム機能のなかに組み込み、静的情報(データベース化された土壌情報)と動的情報(個別診断に必要な最小限の調査・分析データ)が効率的に結び付くように構成した。また、システムの流れは、土壌分類-土壌診断-施肥設計-情報管理-統計解析が単独、もしくは連続的にできるように構成した。本システムの構築によって、作物の生育,収量,品質を維持,向上させるために必要な土壌条件の検索と土壌生産力に及ぼす阻害要因の改善対策が迅速、かつ的確に診断・予測できるものと考えられた。

審査要旨

 本研究は,コンピューター利用による作物栽培管理システムを構築し,各種農業技術の改善対策や土地利用を効率的に推進することを目的に行ったものである。土壌の生産力特性は,土壌分類(断面形態)と土地分級(理化学的性質)によって区分されるが,データベース化された土壌情報を効率よく管理システムに活用するためには,この両区分の関連性を明確にし,点情報を面情報に変換できること,また土壌のもつ潜在的地力の特徴を的確に評価することがとりわけ重要である。本研究は長崎県における赤・黄色土の生産力特性を明らかにするために,耕地土壌の土地分級の評価法について検討し,これらの成果をコンピューターを活用して,作物生産に必要な土壌管理対策が的確に診断・予測できるシステムに構築することを試みたもので9章からなる。

 1章では,県下の赤黄色土壌の生産要因と耕地土壌の分布状況を整理し,生産力的にみた土壌の理化学的性質は,母材別にみた地域別土壌の特徴として整理することができることを明らかにした。

 2章では,県下全域に分布する赤・黄色土の理化学的性質を母材別,地域別に整理し,さらに現行の土壌統設定基準では表現できない特殊な土壌の分布特性について検討した。その結果,赤・黄色土の分布は標高別地形との関連が深いことが明らかになった。また,特殊な土壌,例えば人為的な海砂客入アルカリ土壌,グライ層または湧水面が浅層に出現する土壌,盤層的性格の強い腐朽礫層をもつ土壌,異種母材が累積または混合する土壌などの断面形態は従来の土壌統表示に母材の記号と土壌区の番号(4章)を付記することによって表示することを提案した。

 3章では,土壌がもつ生産力阻害要因を明確に表現するために、現行の土壌統設定基準が必ずしも生産力と対応していない問題点を整理し,pH等の反応区分,礫層・砂礫層・盤層区分,グライ層・湧水面区分,母材区分,堆積様式区分を補足修正した分類基準の改正試案を提案した。

 4章では,赤・黄色土がもつ理化学的性質(pH,石灰含量,CEC等)の相互関係について検討した。また,生産力可能性分級基準を県下に分布する土壌の生産力特性に適合するように補足修正した。これらの結果から,理化学的性質は生産力可能性分級基準の陽イオン交換容量,粘土含量,体積収縮率,固相率,粗孔隙率,飽和透水係数をもとに推定でき,生産力も評価できることを示した。また母材別並びに地域別に各土壌の理化学的特徴を明確にできるよう県下の土壌を61土壌地域に区分し,欠測値の代替指標や土壌条件に関する推定値が得られるようにした。

 5章では,理化学分析データや栽培管理データの多変量解析によって,水稲,ばれいしょ,みかんを事例として作物生産に関与する土壌要因,栽培要因,気象要因の寄与度について調べた。その結果,多変量解析によって整理される土壌の性質は,化学的性質では土壌反応,土性,有機物,養分保持能の4因子,物理的性質では孔隙状態,粒径組成,土壌の充填度の3因子であった。作物収量に及ぼす環境,土壌,管理要因の影響は,水稲では気象要因が最も大きく,ばれいしょでは土壌要因と品種,みかんでは地域差が大きいことを明らかにした。また,今後の土壌管理対策や土地利用方式のあり方について予測している。

 6章では,母材別,地域別にみた理化学的性質の違いを粘土鉱物組成との関連から検討し,要因解析によって水田土壌の粘土鉱物を4種類,10亜類型に,畑・樹園地土壌を8類型に整理した。また,生産力分級の根拠となる粘土鉱物組成区分図を作成した結果,4章で整理した土壌地域区分と高い整合性を示した。

 7章では,以上の結果を活用した作物管理システムの具体的構築を組み立てるとともに,実用に向けて,土壌生産力の評価法と土壌地域区分の手法を組み込んだコンピューターシステムの開発を行った。本システムにより,他機関との情報交換が可能になり,統計処理による診断解析が迅速,かつ的確にできることが期待された。

 8,9章は総合討論および要約である。

 以上本論文は,長崎県における赤黄色土の調査分類,生産力調査データにもとづき,土壌の生産力分級,地域区分法を改良し,新たな実用的な基準を提唱して作物の栽培管理システムの確立を可能にしたものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,博士(農学)を授与するに価するものと認めた。

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