審査要旨 | | 哺乳類において,食餌制限が加齢に伴う様々な変化を抑制することにより寿命を延長させることが多くの研究によって明らかにされている。食餌制限の寿命延長効果は,加齢に伴う疾病の発生や生理機能の変化を抑制することによるものと考えられているが,加齢に伴うタンパク代謝と生理機能,中でも循環機能の変化に対する食餌制限の影響については不明の点が多く,より詳細な解析が必要とされている。本研究では,ラットを用いて加齢とタンパク制限給餌が,循環機能にどのような影響を及ぼすかを,L-Arginine-Nitric Oxide(L-Arg-NO)経路の活性の変化に重点をおいて解析した。論文は5章より成っている。 序論である第1章に続く第2章では,6ケ月齢から24ケ月齢まで23%タンパク食または12%タンパク食で飼育したラットを用いて,血圧,血管反応性,血小板凝集能といった循環機能およびタンパク代謝に及ぼす加齢とタンパク制限給餌の影響について検討した。24ケ月齢時に測定した窒素出納は23%タンパク群が負の出納を,12%タンパク群が正の出納を示し,両群間で大きな差異が認められた。血漿アルブミンにおいても23%タンパク群の低下が12%タンパク群より早期に認められた。これらのことから,加齢に伴いタンパク代謝の異化が亢進することと,この亢進がタンパク制限給餌によって抑制されることが明らかとなった。収縮期血圧は加齢の影響を受けなかったが,胸大動脈におけるノルエピネフリンによる収縮反応とアセチルコリンによる弛緩反応は共に,加齢によって減弱していた。また,動脈血より調製した多血小板血漿を用いた血小板凝集能は加齢によって亢進が認められた。これらの加齢に伴う循環機能の低下はタンパク制限給餌により明らかに抑制された。 第3章では,同様のラットを用いて,L-Arg-NO経路と慢性腎症に及ぼす加齢とタンパク制限給餌の影響について検討した。尿中窒素酸化物(NOx)は加齢に伴い23%タンパク群で対照の1/10に激減したが,12%タンパク群では対照と同レベルに維持された。血漿Argは23%タンパク群でむしろ上昇する傾向が認められ,他のアミノ酸もほとんどが増加していたが,12%タンパク群ではこれらの変動が正常化されていた。血漿尿素態窒素は23%タンパク群で18から24ケ月齢に有意な上昇が観察されたが,12%タンパク群は加齢による変動は認められなかった。23%タンパク群の腎臓では病理組織学的に慢性腎症の高度な進行が認められ,糸球体濾過率も低値を示したが,12%タンパク群では慢性腎症の進行と糸球体濾過率の低下が明らかに抑制されていた。尿中グアニジノ化合物の中でグアニジノコハク酸,グアニジンとメチルグアニジン(MG)が23%タンパク群で有意に増加していたが,12%タンパク群では対照と同レベルに抑えられていた。 第4章では,静脈内にカテーテルを留置した成熟ラットを用いて,慢性腎症時に上昇するMGのL-Arg-NO経路と腎機能に及ぼす影響について一酸化窒素(NO)合成阻害剤であるモノメチルアルギニン(NMMA)と比較検討した。MG投与後24時間で10g以上の体重減少が観察されたが,NMMA投与では体重は変化しなかった。また,MGならびにNMMAの投与により,尿中NOx排泄量の減少とクレアチニンクリアランスの低下が引き起こされた。 第5章は総合討論で,本研究で得られた知見をもとに,加齢の過程におけるL-Arg-NO経路の意義についての新しい仮説を提示している。 以上要するに,本研究は,加齢に伴う循環機能の低下にL-Arg-NO経路が関与していること,慢性腎症の進行に伴うグアニジノ化合物の蓄積がNO産生を抑制する要因の一つであろことを明かにし,加齢プロセスにおけるNOの役割について新しい概念を提出したもので,学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |