学位論文要旨



No 211887
著者(漢字) 関本,均
著者(英字)
著者(カナ) セキモト,ヒトシ
標題(和) 水稲に対する倒伏軽減剤入り肥料の作用と効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 211887
報告番号 乙11887
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11887号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 松崎,昭夫
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 森,敏
内容要旨

 植物生長調節剤による植物の化学調節は、生物の生育環境を整えるために使用される農薬とは異なり、植物自身に直接作用して植物の生育を生産性が有利になるように制御する技術である。植物生長調節剤の一つである矮化剤は大半がジベレリンの生合成阻害剤であり、トリアゾール系化合物のウニコナゾールPも前駆体のカウレンの酸化段階を阻害してジベレリンの生合成を阻害する。その結果、ウニコナゾールPは植物の生長を抑制するので、鉢植え園芸植物の草丈や草姿の改善に利用されている。

 近年の稲作は、良食味品種のコシヒカリやササニシキを中心に作付が増え、特にコシヒカリは倒伏しやすく、作りにくいと言われながらも1993年における作付面積は全国で536Khaに及び、水稲の約30%を占めている。これに伴って倒伏しやすい品種の安定多収のために、生育を的確に診断、予測して、適切な生育の制御を図る様々な管理技術の確立が行われてきている。コシヒカリ栽培においては、作業能率の低下、減収、玄米品質の低下をもたらす倒伏を避けることが大きな課題であり、それは従来おもに水管理と施肥の調整(量と時期)で行われてきたが、気象条件によっては生育の調節が困難であるため、倒伏を十分に制御するには至っていない。そこで化学薬剤による倒伏軽減が模索され、最近では短稈化を目的として、矮化剤のウニコナゾールPなどが倒伏軽減剤として開発され、利用され始めている。一方、穂肥は有効茎歩合の向上や一穂籾数の増加のために施され、一般に出穂25日頃の幼穂形成期が適期である。しかし、この時期は下位節間の伸長期にもあたり、倒伏しやすい品種では倒伏を助長するため、穂肥はこの時期を避けて下位節間の伸長が終了してから(出穂18〜15日前以降)施しているのが実情である。

 そこで倒伏軽減剤ウニコナゾールPと肥料を組み合わせれば、倒伏が軽減できるので、適期である幼穂形成期に穂肥を施すことができるようになり、コシヒカリなどの安定多収を図れるのではないかと考えた。

 本研究は、まず基礎的な課題として水稲に対するウニコナゾールPの作用を窒素栄養条件と関連させて検討したのち、ウニコナゾールP入り肥料の実用化にあたって、その効果を明らかにすることを目的とした。

1.水稲の形態形成に対する倒伏軽減剤ウニコナゾールPと窒素の作用

 コシヒカリの草丈、茎数、稈長、穂数、平均一穂籾数および総籾数に対するウニコナゾールPの影響について水耕法で検討した。短稈効果は幼穂形成期〜穂ばらみ期の処理で高かった。茎数の増加作用は幼穂形成期以前の処理で認められた。穂数は茎数が増加した処理区で多くなり、特に幼穂形成期処理で著しく増加した。平均一穂籾数は減数分裂期以前の処理で減少し、総籾数も減少した。特に幼穂形成期処理で両者ともに著しく減少した。穂数と平均一穂籾数は補償関係にあるので、穂数増加に伴って平均一穂籾数も減少するが、ウニコナゾールPで著しい生育抑制が現れる場合には、ウニコナゾールPは穎花の分化に抑制的に作用すると考えられた。

 平均一穂籾数に対してウニコナゾールPは減少作用を、窒素は増加作用を示し、相反する作用を示したが、穂数に対してはいずれも増加作用があり、相乗的に作用した。また、ジベレリンはウニコナゾールPと反対の作用を示した。水稲の形態形成に対する窒素の作用のうち、一穂籾数の増加作用は窒素施用による内生ジベレリンレベルの増加に一部起因すると考えられるが、窒素による茎数や穂数の増加作用はジベレリンレベルの増加ではなく、タンパク合成能などの同化能が促進されるという窒素の直接的な作用の方が強いと推察された。

 一方伸長生長については、それを抑制するウニコナゾールPと促進する窒素は相反する作用を持つと考えられたので、ビデオを用いて測定した水稲幼植物の伸長生長曲線を解析し、両者の作用を比較した。最大生長量の抑制率が80%程度になるウニコナゾールP処理量の場合は、変曲点到達時間の短縮として現れ、処理量が多く抑制効果が強い場合には、生長速度の低下が変曲点到達時間の短縮と同時に現れた。アンモニア態窒素は生長速度を促進した。最大生長量を抑制するウニコナゾールPと促進するアンモニア態窒素は結果として相反する作用を持つことになるが、最大生長量を規定する量者の作用点は異なり、互いの作用を打ち消し合うのではなかった。

2.ウニコナゾールP処理をした水稲の養分吸収特性

 ウニコナゾールP処理によって矮化した水稲の養分(NH4-N,NO3-N,P,K)吸収量をウニコナゾールP無処理区と比較した。ウニコナゾールP処理水稲においては、NH4-NやPの吸収量は個体当たりでは無処理と変わらず、新鮮重当たりではウニコナゾールPによって茎葉部重が小さくなる分だけ高くなる傾向にあった。一方、NO3-NやKの吸収量は個体当たりでは無処理よりも低く、新鮮重当たりではほぼ同程度になった。すなわち、NH4-NやPの吸収は茎葉部の大きさに影響されず、NO3-NやKは茎葉部の大きさに従って吸収された。この特徴は各養分が同化される部位(茎葉部、根部)の影響を反映していると考えられた。しかし、NO3-NやKは茎葉部の抑制以上に吸収量が低下する場合が多く、ウニコナゾールPは直接的な吸収抑制作用がある可能性も考えられた。

3.ウニコナゾールP入り肥料の効果と水稲の草型および群落構造への影響

 実用的な穂肥窒素量とウニコナゾールP施用量から14-2-17(N-P2O5-K2O)の速効性の化成肥料にウニコナゾールPを50mgkg-1を添加したウニコナゾールP入り肥料(SDF-21)を作成し、その効果をコシヒカリと酒米の山田錦で検討した。コシヒカリにおいてはSDF-21の施用によって増収傾向が認められた。これは幼穂形成期の穂肥による総籾数の増加と倒伏軽減効果による登熟度の維持または向上に起因した。また、上位葉は直立し、群落の深部にまで光が透過する群落構造になった。この上位葉の直立化による受光態勢の改善効果は増加した総籾数を維持するのに十分な登熟の向上を、つまり総籾数の適正限界の向上をもたらす大きな要因であると考えられた。また、上位葉の直立化現象は、短稈化や葉鞘の短縮化などの形態に対する直接的な影響というよりも、ウニコナゾールPはジベレリンの生合成阻害剤であるので、ジベレリンなどの生理活性物質の作用が関与する内生的な要因によることが示唆された。山田錦でも同様の効果が認められ、SDF-21によって倒伏は軽減され、増収した。さらに玄米の粒厚が厚くなり、心白粒の発生歩合が上がって醸造米としての品質が向上した。なお、原料米の化学性は慣行・対照区と差はなかった。

4.ウニコナゾールP入り肥料の成分の挙動

 SDF-21の安定した効果をえるためには、肥料と薬剤の挙動を支配する要因を明らかにすることが必要である。そこで主要成分であるアンモニア態窒素とウニコナゾールPの水田における挙動について両者を比較した。肥料成分は速やかに溶出するのに対して、ウニコナゾールPはほとんどが土壌に吸着された。SDF-21のアンモニア態窒素は深さ5cm部位にまで移動するが、ウニコナゾールPは深さ2cmまでの表層にとどまった。また、田面水を介して移動するウニコナゾールPは量的に少ないので、ウニコナゾールPによる短稈効果はSDF-21施用箇所だけで現れた。さらにウニコナゾールP濃度は田面水中よりも表層の土壌溶液中で高かった。また、含水比の低い土壌にSDF-21を施用すると肥料による葉色の発現はあってもウニコナゾールPの短稈効果はほとんど認められない場合があった。これは肥料とウニコナゾールPの移動性の差に起因すると考えられた。このようにウニコナゾールPは水田土壌中で移動しにくいので、SDF-21の施用にあたっては著しいむらのないように均一に散播し、また、ウニコナゾールPの移動性が著しく低くならないように湛水することが必要であることが示された。

5.ウニコナゾールP入り肥料の利用法

 1985〜1990年の6年間、国公立の農業試験場等でコシヒカリを用いて実施したSDF-21の試験結果(73点)を各県普及慣行区と比較してまとめた。稈長は6.9%短縮され、倒伏は0.9段階軽減された。また、精玄米収量は5.5%増加した。収量構成要素は総籾数が6.4%増加し、登熟度は慣行区と同等であった。コシヒカリをはじめとする倒伏しやすい品種の穂肥は、これまでに遅めに少なめに施すように奨められてきたが、ウニコナゾールP入り肥料を用いることによって倒伏が軽減できるので、従来より7日〜10日早く、出穂25日前頃の幼穂形成期にやや多めに施用できるのでコシヒカリ等の安定多収に貢献できるものと思われた。ウニコナゾールP入り肥料を取り入れた施肥体系は、基肥は慣行よりもやや減量し、第1回穂肥としてウニコナゾールP入り肥料を幼穂形成期に施用し、第2回目以降の穂肥は必要に応じてウニコナゾールPを含まない一般の穂肥用の肥料を施用することを基本とする。施肥総量は第1回穂肥の時期が従来に比べて早くなる分だけ、10a当たりの窒素成分量で1〜2kg上乗せするにとどめるのが好ましい。穂肥量をやや増やせるので、食味の低下を招く穂揃期追肥(実肥)は省くことができる。このようにウニコナゾールP入り肥料の利用によって、施肥効率の高い穂肥を中心とする新しい水稲の施肥法が構築できるようになった。

審査要旨

 水稲では最高分けつ期と幼穂形成期に窒素などの養分を最も吸収することから,出穂25日前頃の幼穂形成期頃から穂肥として窒素の追肥が施されるが,この時期は下位節間の伸長期にも当たり,コシヒカリ等の倒伏しやすい品種では倒伏を助長する危険もある。これを避けるため,下位節間の伸長が終了してから穂肥を施与するが,この場合適期を外してしまう恐れもある。このように穂肥の施与時期の選択は気候状況及びイネの生育段階が関連して微妙で困難であるが,それが収量に大きく影響する点で重要である。

 本研究は倒伏軽減剤入り肥料を穂肥として施すことによりコシヒカリ等の安定多収を図ることを目的として行った。研究は,用いた倒伏軽減剤,ウニコナゾールPの作用を窒素栄養条件と関連させ検討するとともに,ウニコナゾールP入り肥料の実用化にあたっての倒伏軽減効果および施肥時期の選択の拡大効果について明らかにし,施肥法について提案したものである。

 第1章ではこの研究の背景および目的が述べられている。

 第2章ではコシヒカリの稈長,穂数,籾数等に対するウニコナゾールPの影響について水耕法で検討している。その結果,茎数の増加作用が幼穂形成期以前の処理で認められたこと,穂数は茎数が増加した処理区,特に幼穂形成期処理区で著しく増加したこと,平均一穂籾数と総籾数は減数分裂期以前の処理,特に幼穂形成期処理で著しく減少することを認めた。穂数と平均一穂籾数は補償関係にあるので,穂数増加に伴って平均一穂籾数も減少するが,その関係を越えてウニコナゾールPによる著しい籾数抑制は,穎花の分化を抑制するためと考えられた。ウニコナゾールPは平均一穂籾数を減少させたが,窒素は逆に増加させた。穂数に対してはウニコナゾールPも窒素も増加効果を示し,かつ相乗的効果を示した。一方,ジベレリンはウニコナゾールPの一穂籾数減少作用を緩和したが穂数に対しては影響はなかった。これらから窒素施用による一穂籾数の増加は内生ジベレリンレベルの増加に一因があると考えられるが,穂数増加はジベレリンレベルの上昇によるものではないと推察された。

 第3章では,ウニコナゾールP処理により矮化した水稲の三要素(NH4-N,NO3-N,P,K)の吸収特性について検討した。NH4-N,Pの吸収は茎葉の大きさに影響されなかったが,NO3-NやKは処理による茎葉の小型化にともなって吸収が低下した。ときにはNO3-NやKは茎葉部の抑制以上に吸収量が低下する場合もあり,高濃度のウニコナゾールPは直接的にこれらの吸収を抑制すると考えられた。

 第4章では,実用的な穂肥窒素量とウニコナゾールP施用量をもとにして14-2-17の化成肥料にウニコナゾールPを50mg kg-1を添加したSDF-21を作成し,その効果をコシヒカリおよび酒米,山田錦で検討した。また,ウニコナゾールP入り肥料の成分の水田における挙動および水田土壌微生物に対する影響についても検討した。コシヒカリにおいてSDF-21の施用による増収傾向が認められ,これは幼穂形成期の穂肥による総籾数の増加と倒伏軽減効果による登熟度の維持または向上に起因すると考えられた。また,上位葉は直立し,群落の深部にまで光が透過する群落構造になった。この受光態勢の改善効果は増加した総籾数を維持するのに十分な登熟の向上をもたらす大きな要因と考えられた。全国で実施したSDF-21の試験結果は各県普及慣行区との比較で,稈長は6.9%短縮,倒伏は顕著に軽減,総籾数は6.4%増加,収量は5.5%増加した。山田錦でも同様な効果が見られ,倒伏は軽減され,増収した。ウニコナゾールP入り肥料の成分の水田における挙動を検討した結果,肥料成分は速やかに溶出するのに対してウニコナゾールPはほとんど土壌に吸着された。田面水を介して移動するウニコナゾールP量は少なく,短稈効果は施用個所だけで現れた。また,含水比の低い土壌では肥料による葉色の発現はあっても短稈効果はほとんど認められない場合もあり,肥料とウニコナゾールPの移動性の差によるものと考えた。またウニフナゾールP入り肥料は通常の施用の範囲では水田の土壌微生物に影響しなかった。

 第5章では,全国で実施されたコシヒカリを用いたウニコナゾールP入り肥料の試験結果の成績を県晋及慣行区と比較してまとめ,ウニコナゾールP入り肥料の施肥体系を提示した。ウニコナゾールP入り肥料を取り入れた施肥体系は,基肥は慣行よりもやや減少し,第1回穂肥としてウニコナゾールP入り肥料を幼穂形成期に施用し,それ以降の穂肥は必要に応じて他種肥料を施すことを基本とし,施肥総量は第1回穂肥の時期が早くなる分だけ,室素で1〜2kg/10a,慣行に上乗せするにとどめるのが望ましいことを提案した。

 以上本論文は,ウニコナゾールP入り肥料についてその効果を明らかにし,新しい肥料を用いての穂肥を中心とする水稲の施肥法を確立し提唱したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50896