学位論文要旨



No 211888
著者(漢字) 細山,浩
著者(英字)
著者(カナ) ホソヤマ,ヒロシ
標題(和) トランスジェニックライスの作製とその外来遺伝子発現への応用
標題(洋)
報告番号 211888
報告番号 乙11888
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11888号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 助教授 山根,久和
 東京大学 助教授 清水,誠
内容要旨

 従来、古典的育種の方法に頼らざるを得なかったイネの形質転換は、プロトプラストへの遺伝子導入法及びイネの再生系の確立により、可能となろうとしている。しかしまだその成功例は極めて少なく、一般的なプロトコールも確立されていないため、各研究者は独自の遺伝子導入法及び再生系の確立を必要とする段階にある。筆者は、トランスジェニックライス作製の系を確立し、食品の有用なタンパク質の発現したイネを作出した。またこの系を利用して、イネの遺伝子発現調節の解析を目指した研究も行った。

第1章イネ再生系の確立

 イネ(日本晴)種子より2、4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)の濃度を調節したMS mediumを用いカルスを誘導した。N6 mediumをベースにした培地を用い液体振とう培養を行い、カルスを裏ごし操作を用いる継代により再生能の高いプロトプラストを得た。エレクトロポーレーション法によりモデル的にハイグロマイシン耐性(Hmr)遺伝子を導入した。最も効率のよい条件は、日本晴種子胚由来カルスよりとったプロトプラストではパルス幅0.5ms、電界強度1000V/cm、パルス回数6回、またトランジェントアッセイに用いたOCcell由来プロトプラストではパルス幅0.2ms、電界強度900V/cmパルス回数6回であった。OCcellをナースとして用いたナース培養を行い、ハイグロマイシン(Hm)で選抜し形質転換カルスを得た。そしてそのカルスをプロリン、カゼイン入りの改変したN6 mediumで液体振とう培養を行い、ナフタレン酢酸、ベンジルアデニン入りの寒天で固めたN6 mediumに移し、幼植物体を得た。寒天で固めた4倍に希釈したN6 mediumに移し、10cm程まで生育させた。1000倍希釈したハイポネックス中で液体静置培養をしながら徐々に外環境にならした。さらにボンソル1号に植え、トランスジェニックライスの作製に成功し、完熟種子を得た。

第2章外来オリザシスタチンの発現

 オリザシスタチンの抗ウィルス、抗害虫効果に注目しその含量の増加したトランスジェニックライスの作製を行った。外来オリザシスタチン発現ベクターとしては、内在オリザシスタチンと同一のタンパク質ができるが、DNA及びRNAレベルでは区別できるようにオリザシスタチンcDNA3’非コード領域にイネには存在しない氷核細菌の遺伝子inaAフラグメント(550bp)を挿入し、CaMV(カリフラワーモザイクウィルス)35Sプロモーターの下流に連結したベクター(pOI-1)とさらにNOS(ノパリンシンターゼ)ターミネーションをつけたベクター(pOI-2)を構築した。トランジェントアッセイにより、両ベクターともオリザシスタチン活性を発現することが確認されたので、Hmr遺伝子と共に日本晴種子胚カルス由来プロトプラストに導入しトランスジェニックライスを作製した。エレクトロポーレーション後、ナース培養を行い、Hmで選抜後、形質転換カルスを得た。PCRによる分析、inaAフラグメントとオリザシスタチンcDNAをプローブにしたサザン分析、ノーザン分析を行った結果、Hmで選抜されたカルスのうちpOI-1が発現しているものは、高いもので67%、pOI-2では55%であった。サザン分析の結果、外来オリザシスタチン遺伝子が1コピーインテグレートされているものが多かった。ノーザン分析で発現の確認のできたカルスは培養を続け、再生植物体を得た。外来オリザシスタチンの葉での発現量は内在オリザシスタチンの1/5-1/7であったが、内在オリザシスタチン発現量の低い登熟種子では内在オリザシスタチンの1/2であった。さらに完熟種子より抽出したタンパク質(300g)におけるパパイン(1mU)阻害活性が通常イネでは22%であったのに比べ、トランスジェニックライス種子では54%と上昇し、オリザシスタチンが通常イネより大量に発現したトランスジェニックライスが完成した。トランスジェニックライスにおける抗害虫、抗ウィルス効果が期待される。

第3章オリザシスタチン--グルクロニダーゼ(GUS)融合タンパク質の発現

 オリザシスタチン含量の増加したトランスジェニックライスの作製を行う際、内在オリザシスタチンとタンパク質レベルで区別できるようシスタチン活性及びGUS活性両者を有するシスタチン-GUS融合タンパク質発現ベクターを構築した。オリザシスタチンcDNAとGUS遺伝子をフレームを合わせて融合し、CaMV35SプロモーターとNOSの間に連結したベクター(pOG-1)を構築した。トランジェントアッセイによりシスタチン活性及びGUS活性両者を発現することを確認した。特に、GUS活性はpBI221を導入したプロトプストに比べ高い活性を示した。Hmr遺伝子と共に日本晴種子胚カルス由来プロトプラストに導入し、形質転換カルスを得た。GUSフラグメント、オリザシスタチンcDNAをプローブに用い、サザン分析、ノーザン分析を行い、またGUS活性及びシスタチン活性を測定した結果、Hmで選抜されたカルスのうちpOC-1が発現しているものは、高いもので75%であった。シスタチン-GUS融合タンパク質の発現の確認のできたカルスは培養を続け、再生植物体を得た。葉、根、種子で融合タンパク質が発現していることをGUS活性を測定して確認した。種子中では胚、胚乳、アリューロン層等で発現していた。

第4章イネ種子ジベレリン(GA3)誘導性システインプロテイナーゼ(オリザイン)の単離精製

 オオムギのシステインプロテイナーゼであるアリューレインがGA3で誘導されることがわかっている。そこでイネ種子をGA3水溶液中で栽培した結果、発芽が促進され、またBANA(N-benzoyl-DL-arginine-2-naphthylamide)分解活性を指標としたシステインプロテイナーゼ活性が上昇することが明らかとなった。特に12ppmのGA3添加によりその効果は顕著であった。硫安分画、疎水クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、さらに逆相クロマトグラフィーにてSDS-PAGE、HPLCで単一な分子量23,000のGA3誘導性システインプロテイナーゼを得た。ジチオスレイトール、システインなどSH還元剤で活性化され、E-64、ロイペプチン、PCMB(p-chloromercuribenzoic acid)などシステインプロテイナーゼインヒビターに阻害され、PMSF(phenylmethane sulfonyl fluoride)、EDTAなど他のプロテイナーゼインヒビターに阻害されなかった。また、オリザシスタチンによって非拮抗的に阻害され、1:1の等モル比で阻害が成立していた。インスリンB鎖を基質にしたところパパインとほぼ同じ場所に作用することがわかった。N末端分析を行ったところL-P-E-X-X-D-W-R-X-Kなる配列が得られ、既知のシステインプロテイナーゼと高いホモロジーがみられた。

第5章オリザインプロモーター遺伝子解析への応用

 精製したGA3誘導性システインプロテイナーゼの部分配列及びアリューレインのcDNAをプローブにし、発芽8日目のイネ種子cDNAライブラリーよリスクリーニングし、3種のシステインプロテイナーゼ、オリザインを得た。精製したシステインプロテイナーゼはそのN末端配列よりオリザインであった。またmRNAの発現をノーザン分析によって調べたところ、1MのGA3存在下でオリザインは添加約1日で、はさらに応答が早く4時間で最大となった。このように3種のオリザインは、GA3によってそのmRNAの発現が誘導されることが明らかとなった。そこでレポーター遺伝子としてGUSを用い前章で確立したイネプロトプラストを用いたトランジェントアッセイの系で、応答の速いオリザインのプロモーター解析を行った。オリザインの5’上流域694bpの下流にGUS及びNOSターミネーションを連結し、発現ベクターを構築した。OCcellに導入し、1MのGA3を添加することで培養2日目のGUS活性が2.3倍に上昇することがわかった。さらに5’上流域を-316bpまで、-219bpまで、-104bpまで欠失させGUSに連結したプラスミドを構築し導入した。その結果、-316bpまで欠失させてもGA3によるGUS活性は2倍に上昇するが、さらに欠失させると応答がみられなくなった。確立したOCcellプロトプラストを用いたトランジェントアッセイの系がイネ遺伝子発現調節の解析に有効な系であることがわかった。現在、胚カルス由来のプロトプラストにも導入し再生植物体を得ており、種子が収穫され次第そのオリザインの局在するアリューロン層でGA3による応答をGUS活性を用いて検討することで、さらに詳しく解析ができると思われる。(なお、この章の研究は渡辺寛人と共同で行った。)

補章

 1.カテプシンHにも効果のあるコーンシスタチンcDNAをCaMV35Sプロモーターに連結し、日本晴胚カルス由来プロトプラストに導入し、再生したカルスでコーンシスタチンが大量に発現したのを確認し、再生植物体を得た。2.フィターゼを大量に発現させ、フィチン酸含量の低いイネの育種を目指した研究を開始している。その予備段階として小麦のフィターゼのクローニングを開始した。精製したフィターゼの部分構造をもとにしたプローブを用い、小麦発芽4日目のcDNAライブラリーより35の陽性クローンを得た。(この章の研究は入江謙太朗、武内朋子と共同で行っている。)

 以上、本研究にてイネ再生系の確立及びイネプロトプラストへの遺伝子導入系を確立し、通常イネより多量にオリザシスタチンの発現したトランスジェニックライスを作製した。その抗害虫、抗ウィルス効果が期待される。この研究により、食品の有用なタンパク質を発現したトランスジェニックライスの作製が一般的に可能となった。また確立したトランジェントアッセイの系を用いてオリザインプロモーターがGA3によって誘導されることを明らかにすることで、基礎研究でのこの系の利用の途が拓かれた。

審査要旨

 イネの形質転換は,プロトプラストへの遺伝子導入法及びイネの再生系の確立により,可能となろうとしている。しかしまだその成功例は少なく,各研究者は独自の遺伝子導入法及び再生系の確立を必要とする段階にある。

 本論文は,トランスジェニックライス作製の系を確立し,食品の有用なタンパク質の発現したイネの作出とこの系を利用したイネの遺伝子発現調節の解析に関して研究した結果をまとめたもので,本文6章よりなる。

 第1章はトランスジェニックライスの作製法について論じている。イネ(日本晴)種子より誘導し,裏ごし操作を用いる継代により得たカルスより再生能の高いプロトプラストを得た。エレクトロポーレーション法によりハイグロマイシン耐性(Hmr)遺伝子を導入した。増殖能の高いOc cell(イネ根由来のカルス)をナースとして用いたナース培養を行い,ハイグロマイシンで選抜し,形質転換カルスを得た。さらにN6 medium(カルス培養用培地)で液体振とう培養を行い,ナフタレン酢酸,ベンジルアデニン入りの寒天で固めたN6 mediumに移し,幼植物体を得,徐々に外環境にならし,トランジェニックライスの作製に成功し,完熟種子を得た。

 第2章では,オリザシスタチン(OC)の抗ウイルス,抗害虫効果に注目し,その含量の増加したトランスジェニックライスの作製に関して論じている。外来OC発現ベクターとして,内在OCと遺伝子レベルで区別できるようにOCcDNA3’非コード領域に氷核細菌の遺伝子inaAフラグメントを挿入し,CaMV3.5Sプロモーターの下流に連結したベクター(pOI-1)とさらにNOSターミネーションをつけたベクター(pOI-2)を構築した。Hmr遺伝子と共にプロトプラストに導入し,形質転換カルスを得た。発現の確認のできたカルスより植物体を再生させたところ,外来OC発現量は登熟種子では内在OCの1/2であった。完熟種子より抽出したタンパク質(300g)におけるパパイン阻害活性が通常イネでは22%であったのに比べ,トランスジェニックライス種子では54%と上昇した。OCが大量に発現したトランスジェニックライスが完成し,抗害虫,抗ウイルス効果が期待される。

 第3章では,内在OCとタンパク質レベルで区別できるよう,OC活性及び-グルクロニダーゼ(GUS)活性両者を有するOC-GUS融合タンパク質発現ベクターを導入したトランスジェニックライスの作製に関して論じている。OCcDNAとGUS遺伝子をフレームを合わせて融合し,CaMV35SプロモーターとNOSターミネーションの間に連結したベクター(pOG-1)を構築した。Hmr遺伝子と共にプロトプラストに導入し,形質転換カルスを得た。OC-GUS融合タンパク質の発現の確認のできたカルスより植物体を再生させ,葉,根,種子でOC-GUS融合タンパク質が発現していることをGUS活性を測定して確認した。

 第4章では,ジベレリンA3(GA3)で誘導されるシステインプロテイナーゼの単離精製に関して論じている。イネ種子をGA3水溶液中で栽培した結果,発芽が促進され,種子中のシステインプロテイナーゼ活性が上昇することを明らかにした。精製し,得られた分子量23,000のGA3誘導性システインプロテイナーゼは,OCによって非拮抗的に阻害され,1:1の等モル比で阻害が成立していた。LPEXXDWRXKなるN端配列が得られ,既知のシステインプロテイナーゼと高いホモロジーがみられた。

 第5章では確立した遺伝子導入技術を用いたプロモーター遺伝子解析に関して論じている。発芽8日目のイネ種子cDNAライブラリーより3種のシステインプロテイナーゼ,オリザイン,,を得た。GA3によって3種のオリザインのmRNAの発現が誘導されることを明らかにした。トランジェントアッセイの系で,応答の速いオリザインのプロモーター解析を行ったところ,5’上流域を-316bpまで欠失させてもGA3によりGUS活性は2倍に上昇するが,さらに欠失させると応答がみられなくなった。確立したOc cellプロトプラストを用いたトランジェントアッセイの系がイネ遺伝子発現調節の解析に有効な系であることがわかった。

 補章では,カテプシンHにも効果のあるコーンシスタチンを導入したトランスジェニックライス作製に関して,また,小麦のフィクーゼのクローニングに関して論じている。

 以上,本研究にて食品の有用なタンパク質を発現したトランスジェニックライスの作製が一般的に可能となり,また,基礎研究でのこの系の利用の途が拓かれ,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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