審査要旨 | | イネの形質転換は,プロトプラストへの遺伝子導入法及びイネの再生系の確立により,可能となろうとしている。しかしまだその成功例は少なく,各研究者は独自の遺伝子導入法及び再生系の確立を必要とする段階にある。 本論文は,トランスジェニックライス作製の系を確立し,食品の有用なタンパク質の発現したイネの作出とこの系を利用したイネの遺伝子発現調節の解析に関して研究した結果をまとめたもので,本文6章よりなる。 第1章はトランスジェニックライスの作製法について論じている。イネ(日本晴)種子より誘導し,裏ごし操作を用いる継代により得たカルスより再生能の高いプロトプラストを得た。エレクトロポーレーション法によりハイグロマイシン耐性(Hmr)遺伝子を導入した。増殖能の高いOc cell(イネ根由来のカルス)をナースとして用いたナース培養を行い,ハイグロマイシンで選抜し,形質転換カルスを得た。さらにN6 medium(カルス培養用培地)で液体振とう培養を行い,ナフタレン酢酸,ベンジルアデニン入りの寒天で固めたN6 mediumに移し,幼植物体を得,徐々に外環境にならし,トランジェニックライスの作製に成功し,完熟種子を得た。 第2章では,オリザシスタチン(OC)の抗ウイルス,抗害虫効果に注目し,その含量の増加したトランスジェニックライスの作製に関して論じている。外来OC発現ベクターとして,内在OCと遺伝子レベルで区別できるようにOCcDNA3’非コード領域に氷核細菌の遺伝子inaAフラグメントを挿入し,CaMV3.5Sプロモーターの下流に連結したベクター(pOI-1)とさらにNOSターミネーションをつけたベクター(pOI-2)を構築した。Hmr遺伝子と共にプロトプラストに導入し,形質転換カルスを得た。発現の確認のできたカルスより植物体を再生させたところ,外来OC発現量は登熟種子では内在OCの1/2であった。完熟種子より抽出したタンパク質(300g)におけるパパイン阻害活性が通常イネでは22%であったのに比べ,トランスジェニックライス種子では54%と上昇した。OCが大量に発現したトランスジェニックライスが完成し,抗害虫,抗ウイルス効果が期待される。 第3章では,内在OCとタンパク質レベルで区別できるよう,OC活性及び-グルクロニダーゼ(GUS)活性両者を有するOC-GUS融合タンパク質発現ベクターを導入したトランスジェニックライスの作製に関して論じている。OCcDNAとGUS遺伝子をフレームを合わせて融合し,CaMV35SプロモーターとNOSターミネーションの間に連結したベクター(pOG-1)を構築した。Hmr遺伝子と共にプロトプラストに導入し,形質転換カルスを得た。OC-GUS融合タンパク質の発現の確認のできたカルスより植物体を再生させ,葉,根,種子でOC-GUS融合タンパク質が発現していることをGUS活性を測定して確認した。 第4章では,ジベレリンA3(GA3)で誘導されるシステインプロテイナーゼの単離精製に関して論じている。イネ種子をGA3水溶液中で栽培した結果,発芽が促進され,種子中のシステインプロテイナーゼ活性が上昇することを明らかにした。精製し,得られた分子量23,000のGA3誘導性システインプロテイナーゼは,OCによって非拮抗的に阻害され,1:1の等モル比で阻害が成立していた。LPEXXDWRXKなるN端配列が得られ,既知のシステインプロテイナーゼと高いホモロジーがみられた。 第5章では確立した遺伝子導入技術を用いたプロモーター遺伝子解析に関して論じている。発芽8日目のイネ種子cDNAライブラリーより3種のシステインプロテイナーゼ,オリザイン,,を得た。GA3によって3種のオリザインのmRNAの発現が誘導されることを明らかにした。トランジェントアッセイの系で,応答の速いオリザインのプロモーター解析を行ったところ,5’上流域を-316bpまで欠失させてもGA3によりGUS活性は2倍に上昇するが,さらに欠失させると応答がみられなくなった。確立したOc cellプロトプラストを用いたトランジェントアッセイの系がイネ遺伝子発現調節の解析に有効な系であることがわかった。 補章では,カテプシンHにも効果のあるコーンシスタチンを導入したトランスジェニックライス作製に関して,また,小麦のフィクーゼのクローニングに関して論じている。 以上,本研究にて食品の有用なタンパク質を発現したトランスジェニックライスの作製が一般的に可能となり,また,基礎研究でのこの系の利用の途が拓かれ,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |