学位論文要旨



No 211894
著者(漢字) 織田,雅次
著者(英字)
著者(カナ) オダ,マサツグ
標題(和) 新規カルボン酸アミド類の構造と殺菌活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 211894
報告番号 乙11894
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11894号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 鈴木,昭憲
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 本論文は、広い殺菌スペクトラムを有する新規カルボン酸アミド系薬剤の創製に至るまでの、化合物の構造活性相関に焦点をあて述べたものであり、五章よりなる。

 第一章では、カルボン酸アミド構造のうちアミン部分の構造と活性の関係を検討し、従来剤の殺菌スペクトラムである紋枯れ病(担子菌類:Basidiomycetes)のみならず、灰色かび病(不完全菌類:Deuteromycetes)にも高い活性を示すN-(1,1,3-trimethylindan-4-yl)-2-chloropyridine-3-carboxamide(BC723)を見いだした過程について述べる。第二章では、灰色かび病および紋枯れ病に対する構造活性相関を定量的に解析し、前章で提案した定性的相関の仮説を明確なものとした。第三章では、カルボン酸部分の構造と活性の関係を検討し、BC723と同等以上の活性を示すN-(1,1,3-trimethylindan-4-yl)-4-methylthiazole-5-carboxamide(BC340)を新たに見いだした過程について述べる。第四章では、BC723およびBC340の光学活性体の殺菌活性および絶対立体配置について述べる。第五章では、BC723の作用機構および実用場面における病害防除活性について述べる。

第一章

 カルボン酸アミド構造のうちカルボン酸部分を2-クロロニコチン酸に固定しアミン部分の構造と活性との関係を検討した。メタ位にアルキルまたはアルコキシ基で置換された化合物は紋枯れ病(担子菌類:Basidiomycetes)に対し高い活性を示し、オルト位にアルキル置換された化合物は灰色かび病(不完全菌類:Deuteromycetes)に高い活性を示した。そこで二つの置換基を適当なコンフォメーションに固定すればいずれの病害に対しても高い活性を示す可能性が有ると考え、様々な縮合環化合物を合成した。その結果、いずれにも高活性を示すBC723を見いだした。

 

 一連の化合物の構造活性相関を検討し、次の仮説を提案した。

 灰色かび病病害防除活性およびSDC酵素阻害活性と構造との関係:

 1)アミノ基のオルト位に相当する位置のアルキル置換基が活性に重要な役割を果たしており、その置換基の立体化学も活性に影響する。

 2)アミン部分の疎水性が受容部位との相互作用において重要であり、防除活性にも大きく影響する。

 紋枯れ病病害防除活性と構造との関係:

 1)アミノ基のメタ位に相当する位置の置換基(アルキル基およびアルコキシ基)が活性に重要な役割を果たしている。

 2)分子の疎水性は活性にとってそれほど影響を与えない。

第二章

 前章で提案した仮説を明確なものにすべく、定量的構造活性相関の手法を用いて検討した。灰色かび病菌(B.cinerea)から抽出したミトコンドリアのSDCに対する阻害活性(pI50)と構造との関係に次の良好な式を得た。

 

 ポット試験における灰色かび病防除活性(pEC90)と構造との関係も同じパラメータを用いて良好な式が得られた。

 

 これらの関係式より次のことが示された。

 1)アミン部分の疎水性(logk’)はB.cinereaの受容部位との相互作用において重要であり、防除活性にも大きく影響を及ぼす。

 2)アミノ基のオルト位に相当する位置にアルキル置換基が安定的に存在する化合物(I80=1)の場合、存在しない化合物(I80=0)に比べ約10倍高い活性を示す。このことは酵素レベルにおいてもポットレベルにおいても同様であった。

 紋枯れ病防除活性(pEC50)と構造との関係に次の良好な式を得た。

 

 この関係式より次のことが示された。

 1)アミノ基のメタ位に相当する位置にアルキル基あるいはアルコキシ基が存在する化合物(Ism=1)の場合、存在しない化合物(Ism=0)に比べ約20倍高い活性を示す。またこの置換基の存在が防除活性にとって最も重要な要素である。

 2)オルト位とメタ位の置換基が縮合し5員環で固定された化合物(IR5=1)の場合、そうでない化合物に比べ約2倍活性が高まる。

 3)アミン部分の立体的嵩高さ(VW)も活性にとって好ましい効果を与える。

第三章

 アミン部分を、灰色かび病および紋枯れ病いずれにも高い活性を示す1,1,3-トリメチルインダンアミン(AIN)に固定し、カルボン酸部分の構造活性相関を検討した。

 ニコチン酸アミド誘導体は2位にハロゲン原子、メチル基またはトリフルオロメチル基で置換されていることが、生物活性発現にとって重要であることが示された。また2位以外の置換基の付加は活性を低下させた。

 次に、塩素、トリフルオロメチルまたはアルキル基がカルバモイル基のオルト位に置換した種々のアリールまたはヘテロアリールカルボン酸アミド類を合成し、その生物活性をみた。その結果、ビラジン-3-カルボン酸アミド、フラン-3-カルボン酸アミド、ピラゾール-4-カルボン酸アミドおよびチアゾール-5-カルボン酸アミド誘導体も、ニコチン酸アミド誘導体と同様に灰色かび病紋枯れ病いずれの病害に対しても高い活性を示した。

 

 新たに選抜された複素環カルボン酸誘導体の環上の置換基効果を検討した。その結果、2-メチルまたは2,4-ジメチル置換体はいずれの病害に対しても高い活性を示すが、5位の置換基および2位のトリフルオロメチル置換体は灰色かび病防除活性に対しては好ましくないことが判明した。またこれら一連の化合物の中でBC340はBC723と同等以上の高い活性を示すことが明らかとなった。

第四章

 光学異性体分離用カラムを用いた光学分割あるいは/およびAINの酒石酸による光学分割により、BC723およびBC340の光学活性体を調製し、その生物活性をみた。その結果、(-)体の生物活性はポット試験(灰色かび病、紋枯れ病、赤さび病)においても酵素阻害試験(B.cinerea、T.cucumeris)においても、ラセミ体の約2倍の活性を示し、(+)体は低活性であった。(-)-AINから誘導したp-クロロ安息香酸アミド体のX線解析を行なった結果、3位の絶対立体配置はRであることが判明した。

第五章

 本研究で見いだされた新規カルボン酸アミド系薬剤(BC723)の作用機構、さらに実場面での病害防除活性を従来剤と比較検討した。

 作用機構;B.cinereaおよびT.cucumerisから抽出したミトコンドリア画分で検討し、いずれの菌に対してもsuccinate-coenzyme Q reductaseすなわちミトコンドリアのComplex IIを阻害していることが示された。このことがATP生産抑制につながり抗菌力を発現したものと考えられた。

 実場面における病害防除活性;紋枯れ病や赤星病などの担子菌類(Basidiomycetes)による病害に対し高い防除活性を示すのみならず、従来のカルボン酸アニリド系薬剤では実用活性が確認されていない灰色かび病(不完全菌類:Deuteromycetes)、黒星病、そうか病、菌核病などの子のう菌類(Ascomycetes)による病害に対しても高い実用活性を有することが示された。

 カルボン酸アミド系薬剤においてこの様な殺菌スペクトラムの広がりを見いだしたことは、従来の常識を覆すものであり、1966年より続いてきた本系統の研究に大きく貢献するものと考えられた。現在、本研究から見いだされたBC340およびBC723は、広スペクトラムを有する浸透性殺菌剤として精力的に開発検討を実施中である。

審査要旨

 本論文は,新規カルボン酸アミド系殺菌剤の構造活性相関と広い殺菌スペクトルを有する実用的薬剤の創製に関するもので五章よりなる。食糧増産のために低毒性・高活性農薬の開発が切望されている。著者はこのような観点から,新たな高活性殺菌剤の開発を目的として以下の研究を行った。

 序章で研究背景と意義について概説したのち,第一章では酸部を2-クロロニコチン酸に固定したアミド1におけるアミン部分の構造活性相関について述べている。非常に多数の誘導体を合成し活性を検討したところ,メタ位にアルキル基ないしはアルコキシ基の置換した化合物が紋枯れ病菌(Tha-natephorus cucumeris)に対し,オルト置換体は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)に対し高活性であった。これにより新たに設計した縮合環化合物の中から双方に対し高活性であるBC723 2を見出した。また構造と活性との相関に関するいくつかの情報を得た。

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 第二章では,第一章の結果に基づく定量的構造活性相関法の適用について述べている。灰色カビ病に関しては,病原菌自体に対しても又,ミトコンドリアのsuccinate dichlorophenol-indophenol reductase(SDC)に対する酵素阻害活性においても構造活性相関で同じパラメーターを用いて良好な関係式が得られ,次のような結果が得られた。すなわちアミン部分の疎水性が受容体との相互作用において重要で,防除活性に影響が大きいこと,またオルト位へのアルキル置換が活性増強に必須で,置換基がない場合の約10倍の活性であることなどである。一方,紋枯病に関しても定量性の良い関係式が得られ,その結果,アミノ基のメタ位への置換が重要で,置換基がない場合の約20倍の活性を示すこと,オルトとメタ位の置換基を結合して出来る5員環化合物では非環状化合物の約2倍の活性を持つこと,分子の疎水性は余り影響しないが,アミン部の立体的嵩高さは活性増大に寄与することなどが示された。

 第三章では,これまでの結果に基づき,灰色かび病および紋枯れ病いずれにも高い活性を示す1,1,3-トリメチルインダンアミン(AIN)にアミン部分を固定した上で,カルボン酸部分の変化による構造活性相関を検討した結果について述べている。ニコチン酸アミド系では2位にハロゲン原子,メチル基又はトリフルオロメチル基置換のあることが活性発現に重要であることが明確となった。2位以外の置換は活性の低下をもたらした。次にビリジン環以外のアリール基やヘテロアリール基を持つカルボン酸アミド類を多数合成し,スクリーニングを行った。その結果,一般式3に示すような,複素五員環を持つピラジン-3-カルボン酸アミド,フラン-3-カルボン酸アミド,ビラゾールカルボン酸アミドおよびチアゾール-5-カルボン酸アミド誘導体にもニコチン酸アミド1と同様な高い殺菌活性のあることが判明した。さらに置換基の効果を検討したところ,2-メチル体および2,4-ジメチル体は高活性を示すが,5位置換体は低活性であることが判明した。これらの中から選抜されたBC3404はBC7231と同等以上の高い殺菌活性を持つことが判明した。

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 第四章では,高活性誘導体1および4の光学分割と光学異性体間の生物活性差について述べている。得られた光学異性体の生物試験の結果,1,4いずれも(-)-体がラセミ体の2倍の殺菌活性を示し,(+)-体は低活性であった。(-)-体のインダンアミン部分の絶対立体配置については,アミンのp-クロロ安息香酸アミド体のX線結晶解析により3位が(R)-配置であると決定された。

 第五章では作用機構の考察および実用面での従来剤との比較結果について述べている。とくに実用面において紋枯れ病や赤星病など担子菌類による病害に対する高い防除活性のみならず,従来のカルボン酸アニリド剤では実用活性のなかった灰色かび病,黒星病,そうか病など子のう菌類による病害にも強い防除性を示すという,これまでの常識を覆す広範な抗菌スペクトルを示すことが明らかとなり,現在開発中である。

 以上本論文は,カルボン酸アミド系殺菌削の構造活性相関を系統的に検討するために,きわめて多数の新規骨格化合物を合成し,定量的・理論的解析をすると共に,従来にない広範な殺菌スペクトルを持つ実用的ヘテロ芳香環カルボン酸アミド2種類を見出して,環境保護上有用な低毒性農薬の開発に寄与したもので学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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