審査要旨 | | 本論文は,新規カルボン酸アミド系殺菌剤の構造活性相関と広い殺菌スペクトルを有する実用的薬剤の創製に関するもので五章よりなる。食糧増産のために低毒性・高活性農薬の開発が切望されている。著者はこのような観点から,新たな高活性殺菌剤の開発を目的として以下の研究を行った。 序章で研究背景と意義について概説したのち,第一章では酸部を2-クロロニコチン酸に固定したアミド1におけるアミン部分の構造活性相関について述べている。非常に多数の誘導体を合成し活性を検討したところ,メタ位にアルキル基ないしはアルコキシ基の置換した化合物が紋枯れ病菌(Tha-natephorus cucumeris)に対し,オルト置換体は灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)に対し高活性であった。これにより新たに設計した縮合環化合物の中から双方に対し高活性であるBC723 2を見出した。また構造と活性との相関に関するいくつかの情報を得た。 第二章では,第一章の結果に基づく定量的構造活性相関法の適用について述べている。灰色カビ病に関しては,病原菌自体に対しても又,ミトコンドリアのsuccinate dichlorophenol-indophenol reductase(SDC)に対する酵素阻害活性においても構造活性相関で同じパラメーターを用いて良好な関係式が得られ,次のような結果が得られた。すなわちアミン部分の疎水性が受容体との相互作用において重要で,防除活性に影響が大きいこと,またオルト位へのアルキル置換が活性増強に必須で,置換基がない場合の約10倍の活性であることなどである。一方,紋枯病に関しても定量性の良い関係式が得られ,その結果,アミノ基のメタ位への置換が重要で,置換基がない場合の約20倍の活性を示すこと,オルトとメタ位の置換基を結合して出来る5員環化合物では非環状化合物の約2倍の活性を持つこと,分子の疎水性は余り影響しないが,アミン部の立体的嵩高さは活性増大に寄与することなどが示された。 第三章では,これまでの結果に基づき,灰色かび病および紋枯れ病いずれにも高い活性を示す1,1,3-トリメチルインダンアミン(AIN)にアミン部分を固定した上で,カルボン酸部分の変化による構造活性相関を検討した結果について述べている。ニコチン酸アミド系では2位にハロゲン原子,メチル基又はトリフルオロメチル基置換のあることが活性発現に重要であることが明確となった。2位以外の置換は活性の低下をもたらした。次にビリジン環以外のアリール基やヘテロアリール基を持つカルボン酸アミド類を多数合成し,スクリーニングを行った。その結果,一般式3に示すような,複素五員環を持つピラジン-3-カルボン酸アミド,フラン-3-カルボン酸アミド,ビラゾールカルボン酸アミドおよびチアゾール-5-カルボン酸アミド誘導体にもニコチン酸アミド1と同様な高い殺菌活性のあることが判明した。さらに置換基の効果を検討したところ,2-メチル体および2,4-ジメチル体は高活性を示すが,5位置換体は低活性であることが判明した。これらの中から選抜されたBC3404はBC7231と同等以上の高い殺菌活性を持つことが判明した。 第四章では,高活性誘導体1および4の光学分割と光学異性体間の生物活性差について述べている。得られた光学異性体の生物試験の結果,1,4いずれも(-)-体がラセミ体の2倍の殺菌活性を示し,(+)-体は低活性であった。(-)-体のインダンアミン部分の絶対立体配置については,アミンのp-クロロ安息香酸アミド体のX線結晶解析により3位が(R)-配置であると決定された。 第五章では作用機構の考察および実用面での従来剤との比較結果について述べている。とくに実用面において紋枯れ病や赤星病など担子菌類による病害に対する高い防除活性のみならず,従来のカルボン酸アニリド剤では実用活性のなかった灰色かび病,黒星病,そうか病など子のう菌類による病害にも強い防除性を示すという,これまでの常識を覆す広範な抗菌スペクトルを示すことが明らかとなり,現在開発中である。 以上本論文は,カルボン酸アミド系殺菌削の構造活性相関を系統的に検討するために,きわめて多数の新規骨格化合物を合成し,定量的・理論的解析をすると共に,従来にない広範な殺菌スペクトルを持つ実用的ヘテロ芳香環カルボン酸アミド2種類を見出して,環境保護上有用な低毒性農薬の開発に寄与したもので学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |