審査要旨 | | ウサギの呼吸器感染症は実験用ウサギの微生物病対策上の重要な問題の一つであるが,マウス,ラット等に較べ基礎的研究も不足し,対策も不十分である。 本研究では,ウサギ血清中にマウス,ラット等の呼吸器感染症の病原体であるセンダイウイルス(SV)に対する抗体が含まれることに気づき,生産あるいは実験コロニー由来のウサギ血清を収集し,抗SV抗体保有状況について調査,検討した結果,市販の実験用ウサギに,SVあるいはSVと抗原的に類似したウイルスの自然感染のあることが示唆され,また,特に実験コロニーで,抗体陽性率,抗体価共に有意に高いことを明らかにした。 上記の結果からウサギが,動物実験施設で他の動物へのSVの感染源となる可能性が考えられたため,ウサギのSV,特に動物実験施設でマウス間に流行の見られるMN株に対する感受性およびウサギ間でのSVの伝播について,若齢ウサギを用いて経鼻感染による実験で検討し,その結果,SVはウサギの鼻粘膜上皮で増殖すること,感染ウサギと未感染ウサギを同居させることにより,同居感染も成立することを明らかにした。SV感染はマウスでは宿主の免疫機能を抑制することが報告されていることから,ウサギがSVに感染することにより,Pasteurella multocida(Pm)等が不顕性感染をしている場合に病状,病態などに影響を与える可能性が考えられた。 次に,ウサギの呼吸器感染症として重要な病原体である,PmとSVとの混合感染実験を実施し,SV感染がPmによる鼻炎に与える影響について検討した。 Pmを経鼻接種(i.n.)3日後にSVをi.n.,PmとSVの混合液をi.n.,SVをi.n.3日後にPmをi.n.,の3実験でPm接種後13または17日間観察した。SVとPmを混合感染した個体の方がPm単独感染個体より病変が顕著で広範囲に及んでいた。混合感染の際のPmとSVの接種順序に関しては,SVを先に接種し,次いでPmを接種した場合に病変が顕著にみられる傾向があった。また,長期観察を続ければ,混合感染群ではPmが持続的に鼻腔スワブより分離されるが,Pm単独感染群では分離されなくなる可能性が示唆されたため,更に,SV i.n.3日後にPmをi.n.する混合感染実験を行い,観察期開がPmをi.n.後17日(短期群),または55日(長期群)観察する2群で検討した。その結果,鼻腔スワブからの菌の分離はPm単独感染群では菌接種後短期群で13日目,長期群で28日目から分離されなくなったが,混合感染群では全観察期間にわたり断続的に分離された。病変は,短期群では鼻前部における鼻腔粘膜上皮への偽好酸球を主体とした細胞浸潤,長期群では鼻前部の鼻甲介粘膜上皮における杯細胞の増生,上皮層の肥厚,鼻腔粘膜固有層への偽好酸球の浸潤,鼻後部の鼻腔粘膜上皮における杯細胞の増生で,単独感染群にくらべて混合感染群で有意に強く,この他の病変では両群に有意差を認めなかったことから,Pm鼻炎の増強に与えるSVの影響は明らかであると考えられた。 以上の結果から,ウサギがセンダイウイルスに感染すること,および,この感染がある場合,Pasteurella multocida による鼻甲介,鼻腔等の粘膜における病変が菌が単独で感染した場合に比較して増強され,菌も長期間にわたって定着し,排出されることが明らかとなった。 このことは,従来,ほとんど知られていなかった実験動物としてのウサギの感染性と生体反応に関する知識を著しく増加させ,学術上,実用上の意義はすこぶる大きい。よって審査員一同は論文提出者に対して博士(獣医学)の学位を与えることに同意した。 |