学位論文要旨



No 211896
著者(漢字) 町井,研士
著者(英字)
著者(カナ) マチイ,ケンジ
標題(和) ウサギのセンダイウイルス感染およびセンダイウイルスとの混合感染によるパスツレラ鼻炎の増強に関する研究
標題(洋)
報告番号 211896
報告番号 乙11896
学位授与日 1994.09.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第11896号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 後藤,直彰
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 甲斐,知恵子
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 ウサギは今日、実験動物として、免疫学、微生物学、生理学、病理学など幅広い分野で利用されており、さらに催奇形性試験その他の安全性試験にも多数利用されている。最近では、需要の高まりと共に良質な実験動物の必要性の要請に基づき、微生物学的に比較的清浄な動物の供給もされるようになってきてはいるが、マウス、ラット等に較べ基礎的研究も不足し、対策も不十分である。

 このような状況下で、ウサギの呼吸器感染症は実験用ウサギの微生物病対策上の重要な問題の一つであるが、本研究では、ウサギを用いてマウスの免疫グロブリンに対する免疫血清を作成していたところ、ウサギ血清中にマウス、ラット等の呼吸器感染症の病原体であるセンダイウイルス(SV)に対する抗体が含まれることに気づき、生産コロニーあるいは実験コロニー由来のウサギ血清を収集し、抗SV抗体の検出を試みたところ、およそ半数の血清が抗SV抗体陽性を示す結果が得られ、ウサギがSVに感染する可能性が示唆されたため、若齢のウサギを用いて、マウス由来のSVの経鼻感染実験を実施し、SVの増殖は限局されてはいたが、ウサギはSVに感受性を持つことを明かにした。更に、SV感染は免疫能の低下を来たすことがマウスなどでは報告されていることから、ウサギの呼吸器感染症として重要な病原体であるPasteurella multocida(Pm)と、SVとの混合感染実験を実施し、SV感染がPm感染を増強することを明らかにした。

結果および考察第一章ウサギコロニーでの抗センダイウイルス抗体の検索

 実験用ウサギのSVに対する抗体保有状況について調査、検討した。

 実験用ウサギの血清中にはSVに対する抗体が証明され、調査した全血清の陽性率は53%(160検体中85検体:85/160)となり、陽性のコロニーの割合は74%(17/23)にものぼった。コロニー単位の陽性率としては、繁殖コロニーが7/10、実験コロニーが10/13と差はなかったが、各コロニーの個体別にみた血清の陽性率は、繁殖コロニーが34%(17/50)、実験コロニーが62%(68/110)と実験コロニーで有意に(p<0.01)高く、抗体価も1:100以上陽性は、繁殖コロニーで3/50、実験コロニーで26/110と実験コロニーの方が有意に(p<0.01)高い事が明かとなった。この結果から、市販の実験用ウサギに、SVあるいはSVと抗原的に類似したウイルスの自然感染のあることが示唆された。特に、実験コロニーで抗体価が有意に(p<0.01)高かった事を考えると、動物実験施設で感染が広がっている、あるいは弱い流行が繰り返されていることが疑われ、ウサギが、動物実験施設で他の動物へのSVの感染源となる可能性が考えられた。

第二章ウサギでのセンダイウイルス感染の成立および伝播の証明

 ウサギのSV、特に動物実験施設でマウス間に流行の見られるMN株に対する感受性およびウサギ間でのSVの伝播について、若齢ウサギを用いて経鼻感染による実験で検討した。

 その結果、SVはウサギの鼻粘膜上皮で増殖することが示され、また、感染ウサギと未感染ウサギを同居させることにより、同居感染が成立することも示された。しかし、ウイルスの増殖は鼻粘膜上皮に限られていたこと、発育鶏卵を用い分離したブタ由来のSEE株をウサギに経鼻接種したところ、幼弱ウサギ(体重500g)では感受性を示し、肺からもウイルスが回収されたという報告があること、マウスの研究ではSVの株により症状や伝播力に差のあることが報告されていること、等からウサギに、より強い病原性を示す株が存在する可能性はあると思われた。一方、SV感染はマウスでは宿主の免疫機能を抑制することが報告されていることから、ウサギがSVに感染することにより、しばしば不顕性感染をしているPmやBordetella bronchiseticaの病状、病態などに影響を与える可能性が考えられた。

第三章センダイウイルスによるパスツレラ鼻炎の増強

 SV感染は免疫能の低下を来たすことが、マウスなどでは報告されていることから、ウサギの呼吸器感染症として重要な病原体であるPmとSVとの混合感染実験を実施し、SV感染がPmによる鼻炎に与える影響について検討した。

(第一節)混合感染におけるSVとPmの接種順序の検討。

 Pm経鼻接種3日後にSV経鼻接種(Pm-SV)する実験、PmとSVの混合液を経鼻接種(SV+Pm)する実験、SV経鼻接種3日後にPm経鼻接種(SV-Pm)する実験、の3実験を実施した結果、対照としたPm単独感染例の中には観察期間の途中でPmが鼻腔スワブから分離されなくなる個体も見られたが、混合感染例では、SV+Pm実験の2/3で、観察期間の途中でPmが鼻腔スワブから分離されなくなったほかは、Pm-SV実験の5/5、SV+Pm実験の1/3、SV-Pm実験の3/3の個体でそれぞれ全観察期間、Pmが鼻腔スワブから分離された。

 病変の程度はPm-SV実験の混合感染群では、鼻前部(鼻端部の後方約10mmの部位の横断面)で鼻甲介上皮および粘膜固有層の肥厚、上皮層への偽好酸球を主体とする細胞浸潤、肥厚がPm単独感染群に比し有意(p<0.05)に強くみられた。その他の部位では鼻後部(鼻前部の更に後方約10mmの部位の横断面)も含めて病変の強度に有意差はみられなかった。また、混合感染個体の鼻後部では鼻腔粘膜における杯細胞の増生が8/11で中等度、2/11で顕著に認められたが、Pm単独感染個体では軽度に見られたのみであったこと、混合感染個体では、Pm-SV実験の4/5で病変は鼻前、後部共に同じ様な強さでみられたが、Pm単独感染個体ではPm-SV実験の2/5で、鼻前部または鼻後部のどちらか一方でのみ病変が顕著に認められたことより、混合感染個体の方が、Pm単独感染個体に較べ病変の広がりが広範にわたっているものと考えられた。

 以上の結果より、Pmの持続は、SVの感染により増強された。病変についてもSVとPmの接種順序が多少前後しても混合感染の場合の方がほぼ一定して顕著にみられ、混合感染した個体の方が、Pm単独感染個体より病変が広範囲に及んでいることが推測された。また、混合感染の際のPmとSVの接種順序に関しては、SV-Pm実験、すなわちSVをあらかじめ経鼻接種し、次いでPmを経鼻接種した場合に病変が顕著にみられる傾向が明かであった。

(第二節)SV-Pm混合感染の長期観察。

 長期観察を続ければ、混合感染群ではPmが持続的に鼻腔スワブより分離されるが、Pm単独感染群では分離されなくなる可能性が示唆されたため、SV-Pmの混合感染実験で、観察期間をPm経鼻接種後17日(短期群)、および55日(長期群)の2群として検討した。

 その結果、鼻腔スワブからの菌の分離は混合感染群では断続的ではあるが、全観察期間にわたり分離された。一方、Pm単独感染群では菌接種後13、または28日目から分離されなくなった。また、剖検時の喉頭部スワブでは、混合感染群のうち短期群の1/2、長期群の3/3から、Pm単独感染群のうち長期群の1/2から分離された。この結果から、Pmは感染が長期化するに従って鼻孔から奥に定着し、鼻腔スワブでは検出できない場合がでてくるものと考えられた。この現象は、感染していても必ずしも鼻腔スワブで検出できるとは限らないことを示しており、ウサギの健康管理をする上で注意するべき事と考えられた。

 長期観察実験で見られた病変は、第一節の接種順序検討実験のものと比較すると軽度であったが、短期群では、鼻前部における鼻腔粘膜上皮への偽好酸球を主体とした細胞浸潤が(p<0.05)、長期群では鼻前部の鼻甲介粘膜上皮における杯細胞の増生(p<0.05)、および上皮層の肥厚(p<0.01)、鼻腔粘膜固有層への偽好酸球の浸潤(p<0.01)、鼻後部の鼻腔粘膜上皮における杯細胞の増生(p<0.01)、が混合感染群で有意に強く、また、有意差は認められなかったが、鼻前部で鼻腔への偽好酸球を主体とする炎性細胞の浸潤が、混合感染群のうち短期群の1/2、長期群の2/3でのみ見られ、Pm鼻炎の増強に与えるSVの影響は明らかであると考えられた。

結論

 SVの感染があるとPmによる鼻甲介、鼻腔等の粘膜における病変がPm単独で感染した場合に較べて増強され、菌も長期にわたって定着し、排出されることが明かとなった。

審査要旨

 ウサギの呼吸器感染症は実験用ウサギの微生物病対策上の重要な問題の一つであるが,マウス,ラット等に較べ基礎的研究も不足し,対策も不十分である。

 本研究では,ウサギ血清中にマウス,ラット等の呼吸器感染症の病原体であるセンダイウイルス(SV)に対する抗体が含まれることに気づき,生産あるいは実験コロニー由来のウサギ血清を収集し,抗SV抗体保有状況について調査,検討した結果,市販の実験用ウサギに,SVあるいはSVと抗原的に類似したウイルスの自然感染のあることが示唆され,また,特に実験コロニーで,抗体陽性率,抗体価共に有意に高いことを明らかにした。

 上記の結果からウサギが,動物実験施設で他の動物へのSVの感染源となる可能性が考えられたため,ウサギのSV,特に動物実験施設でマウス間に流行の見られるMN株に対する感受性およびウサギ間でのSVの伝播について,若齢ウサギを用いて経鼻感染による実験で検討し,その結果,SVはウサギの鼻粘膜上皮で増殖すること,感染ウサギと未感染ウサギを同居させることにより,同居感染も成立することを明らかにした。SV感染はマウスでは宿主の免疫機能を抑制することが報告されていることから,ウサギがSVに感染することにより,Pasteurella multocida(Pm)等が不顕性感染をしている場合に病状,病態などに影響を与える可能性が考えられた。

 次に,ウサギの呼吸器感染症として重要な病原体である,PmとSVとの混合感染実験を実施し,SV感染がPmによる鼻炎に与える影響について検討した。

 Pmを経鼻接種(i.n.)3日後にSVをi.n.,PmとSVの混合液をi.n.,SVをi.n.3日後にPmをi.n.,の3実験でPm接種後13または17日間観察した。SVとPmを混合感染した個体の方がPm単独感染個体より病変が顕著で広範囲に及んでいた。混合感染の際のPmとSVの接種順序に関しては,SVを先に接種し,次いでPmを接種した場合に病変が顕著にみられる傾向があった。また,長期観察を続ければ,混合感染群ではPmが持続的に鼻腔スワブより分離されるが,Pm単独感染群では分離されなくなる可能性が示唆されたため,更に,SV i.n.3日後にPmをi.n.する混合感染実験を行い,観察期開がPmをi.n.後17日(短期群),または55日(長期群)観察する2群で検討した。その結果,鼻腔スワブからの菌の分離はPm単独感染群では菌接種後短期群で13日目,長期群で28日目から分離されなくなったが,混合感染群では全観察期間にわたり断続的に分離された。病変は,短期群では鼻前部における鼻腔粘膜上皮への偽好酸球を主体とした細胞浸潤,長期群では鼻前部の鼻甲介粘膜上皮における杯細胞の増生,上皮層の肥厚,鼻腔粘膜固有層への偽好酸球の浸潤,鼻後部の鼻腔粘膜上皮における杯細胞の増生で,単独感染群にくらべて混合感染群で有意に強く,この他の病変では両群に有意差を認めなかったことから,Pm鼻炎の増強に与えるSVの影響は明らかであると考えられた。

 以上の結果から,ウサギがセンダイウイルスに感染すること,および,この感染がある場合,Pasteurella multocida による鼻甲介,鼻腔等の粘膜における病変が菌が単独で感染した場合に比較して増強され,菌も長期間にわたって定着し,排出されることが明らかとなった。

 このことは,従来,ほとんど知られていなかった実験動物としてのウサギの感染性と生体反応に関する知識を著しく増加させ,学術上,実用上の意義はすこぶる大きい。よって審査員一同は論文提出者に対して博士(獣医学)の学位を与えることに同意した。

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