学位論文要旨



No 211900
著者(漢字) 赤城,剛
著者(英字)
著者(カナ) アカギ,ツヨシ
標題(和) ヒトT細胞白血病ウイルス1型Tax1導入T細胞におけるIL-2を介さない増殖反応
標題(洋)
報告番号 211900
報告番号 乙11900
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11900号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 教授 永井,美之
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
内容要旨

 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、成人T細胞白血病(ATL)およびHTLV-1 associated myelopathy/tropical spastic paraparesis(HAM/TSP)の原因ウイルスであり、試験管内で正常T細胞をトランスフォームすることが知られている。

 HTLV-1は、レトロウイルスに属し、そのゲノムには5’側よりgag,pol,envのレトロウイルスに共通な各遺伝子がコードされており、さらにその下流にX領域と呼ばれるHTLV-1に特徴的な領域が存在している。このX領域からは、p40、p27、p21の少なくとも3種類のタンパクが発現していることが知られている。p40は、Tax1と呼ばれ 自身のLTRに働きかけてウイルスゲノムの転写を促進するtranscriptional trans-activatorであり、p27は、Rex1と呼ばれ、スプライスをうけないゲノムRNAの安定化に関与している。p21の機能については いまだ不明である

 これらの遺伝子産物のうちTax1が、その宿主細胞遺伝子活性化能によりT細胞のトランスフォーメーションにおいて重要な働きをしているものと考えられている。すなわち、Tax1は多くの初期応答遺伝子(c-fos,c-jun,egr-1etc)およびcytokineやreceptor gene(IL-2,GM-CSF,TGF-,IL-2R etc)などの転写を誘導することが知られており、この様な細胞遺伝子の活性化がT細胞のトランスホーメーションを引き起こすと考えられている。特にIL-2/IL-2受容体系の活性化がこの過程において重要であろうと推測されているが、Tax1の転写活性化機能に関する実験の多くは、JurkatなどのT細胞白血病由来の細胞株を用いて行われたものであり、これら細胞株が既に無限自律増殖能を獲得した細胞であるため、Tax1による宿主細胞遺伝子活性化の細胞増殖に与える影響を解析することは不可能であった。T細胞の増殖へのTax1の作用を直接明らかにするためには、正常T細胞へのTax1の導入が必要不可欠であるが、遺伝子導入効率の低さのために、十分な研究が進んでいないのが現状であった。

 我々は、HTLV-1によるT細胞のトランスホーメーションでのTax1の役割を明らかにすることを最終的な目標として まずヒト正常T細胞へのTax1の導入系の確立を試みた。現在のところ最も遺伝子導入効率が高いと言われているマウスのレトロウイルスベクターを用い、さらにウイルス産生を高めるためにマウス白血病ウイルスのgag領域に存在する+と呼ばれるウイルスゲノムのパッケージング効率を高める配列を挿入した。これによってウイルス産生量を100倍近く改善することに成功した。この様に作成したベクターDGL-Tax1をアンフォトロピックウイルスパッケージング細胞であるPA317に導入し、このウイルス産生細胞との混合培養により、ヒト末梢血をPHAとIL-2で増殖させた正常T細胞にTax1を導入することに成功した。同様の方法でコントロールベクターDGLを導入させたT細胞も作成した。いずれのT細胞も95%以上がCD3陽性、CD4陽性のヘルパーT細胞であった(表-1)。

表-1 レトロウイルスベクター感染細胞の表面マーカー

 Tax1を導入したT細胞は、導入後3年以上に渡ってIL-2存在下で増殖を続け、現在でも安定に維持できているが、コントロールベクターを導入させたT細胞は、それ以前の段階で増殖が停止してしまったことより、Tax1の導入によってT細胞の不死化が引き起こされたものと思われる。コントロールベクターを導入させたT細胞の増殖停止が起こる前の時点で、二つのT細胞のIL-2に対する増殖反応と、抗原刺激を模擬することが知られている抗CD3抗体刺激に対する増殖反応を比較検討した。IL-2に対しては、どちらのT細胞も濃度依存的な増殖反応を示した(図-1)。

図-1:IL-2に対する反応

 いずれの濃度においても、Tax1を導入したT細胞はコントロールベクターを導入させたT細胞の1.5倍程高い増殖がみられたが、IL-2非存在下ではどちらのT細胞も増殖できなかった。このことは、Tax1の導入のみではIL-2非依存性増殖までには至らないことを示している

 Tax1を導入したT細胞で認められた最も大きな特徴は、抗原刺激を模擬することが知られている抗CD3抗体(OKT3)刺激に対して、非常に強い増殖反応を示すということで、コントロールベクターを導入させたT細胞の10倍以上の細胞増殖が見られた(図-2、中央)。この増殖反応の過程で、いくつかの遺伝子の発現の変化を経時的に調べたところ、c-fos,egr-1,IL-2RはTax1を導入したT細胞で発現の増大あるいは延長が認めらた。しがしながら、IL-2のmRNAおよびタンパクは、いずれの細胞に於いても検出されず、また、IL-2受容体に対する抗体を用いてもこの増殖反応は ほとんど阻害されなかった(図-3、右側)。

図-2:OKT3抗体による刺激に対する反応性図-3:Tax1導入T細胞の増殖に対する抗IL-2R抗体の影響

 以上の結果は、この増殖が主にIL-2を介さないものであることを示しており、Tax1が従来考えられていたIL-2/IL-2受容体系の活性化以外の何らかの機構によってTリンパ球の増殖特性を変化させる可能性を示すものと考えられた。

審査要旨

 本研究は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型によるT細胞のトランスフォーメーションにおいて、重要な働きをしているものと考えられているトランスアクティベーターTax1の細胞増殖に対する作用をT細胞を用いて、明らかにすることを目的としたものであり、下記の結果を得ている。

 (1)高力価のマウスレトロウイルスベクターを開発し、これを用いて、ヒト末梢血由来のプライマリーヘルパーT細胞にTax1を導入することに成功した。

 (2)Tax1を導入したプライマリーヘルパーT細胞は、導入後3年以上に渡ってIL-2存在下で安定に維持され、Tax1の導入によってT細胞の不死化が引き起こされた。

 (3)Tax1を導入したプライマリーヘルパーT細胞は、IL-2に対して、コントロールベクターを導入させた同様の細胞の1.5倍程高い増殖がみられたが、IL-2非存在下では増殖できなかった。このことは、Tax1のみではIL-2非依存性増殖を誘導できないことを示している。

 (4)Tax1を導入したプライマリーヘルパーT細胞は、抗CD3抗体(OKT3)刺激に対して、コントロールベクターを導入させた同様の細胞の10倍以上増殖した。

 (5)(4)の増殖反応の過程で、c-fos,egr-1,IL-2Rの発現増大あるいは延長が認められたが、IL-2のmRNAおよびタンパクは検出されず、またIL-2Rに対する抗体がほとんど阻害効果を示さなかったことより、この増殖がIL-2を介さないものであることが示された。

 また、IL-3,IL-4の関与についても、その発現パターンより否定的であった。

 以上、本論文はヒトT細胞白血病ウイルス1型のTax1が従来考えられていたIL-2/IL-2R系の活性化以外の何らかの機構によってヘルパーT細胞の増殖を促進させる可能性を示したものである。この知見は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型によるT細胞のトランスフォーメーションのメカニズムを解明する上で重要であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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