糖病性血管合併症の成因を明らかにするため、1957年より1985年の29年間に東大第三内科糖尿病外来で1年以上管理した糖尿病患者2,400例の臨床所見を登録し、以下の成績を得た。 1)データ登録:登録データは73項目の所見で構成され、総登録件数は基礎2,400件、追跡15,722件であった。基礎データは90%以上、追跡データは血糖、血圧、体重、血管合併症所見が各年次とも通院患者数の80%以上登録された。総コレステロールは1961年以降、クレアチニンは1975年以降、中性脂肪は1978年以降70%以上登録された。CTTのIRI値は1973年以降30%以上登録された。登録率のばらつきは主に検査導入時期の違いに由来した。 2)糖尿病病型分類:学会診断基準を満たす糖尿病は2,150(男1,207女943)例であった。インスリン依存型糖原病(IDDM)はわずか87例(3%)で、インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)2,083例(男1,180,女903)が全体の97%を占めた。IDDMは女性が多く、診断年齢が平均22歳、非肥満、顕性糖尿病、著明高血糖であったのに対し、NIDDMは男性が多く、診断年齢平均47.6歳、肥満、高血圧、中等度高血糖などの特徴を有した。両者の集団特性は大きく異なったことから、以降の研究ではNIDDMのみを対象とした。 3)糖尿病歴推移:NIDDM2,083例の糖尿病歴を検討した結果、経年的に診断年齢は低下し(以下1950年代後半と1980年代前半で、各49±12歳,47±12歳)、初診までの罹病期間は延長した(各4±6年,7±7年)。自覚症状の頻度は、診断時(各92%,54%)と初診時(各72%,38%)のいずれもほぼ半減し、糖尿病家族歴は倍増した(各22%,46%)。初診前糖尿病治療法は、経口血糖降下剤の割合が1970年代を境とし前半に急増し、後半に急減した。性差、初診年齢、過去最大肥満度、高血圧家族歴を除くほぼすべての所見に経年変化が認められた。 4)初論時網膜症危険因子:NIDDM1,200例を対象とし初診時眼底所見と19項目の臨床所見の関連を検討した。19項目の臨床所見は、’性別’、’年齢’、’罹病期間’の疫学基本要素と、所見相互の相関ならびに網膜症との関連から、Body mass indexを中核とした’肥満’、血糖値を中核とした’高血糖’、血圧を中核とした’高血圧’、コレステロールを中核とした’動脈硬化’の7カテゴリに分類された。各カテゴリから代表所見を変数としてLogistic回帰分析した結果、 2値の高い順に罹病期間、収縮期血圧、初診時BMI(負)、GTT120分血糖値が有意であった。カテゴリ化による変数選択法は有用であると考えられた。初診時やせは長期高血糖の結果とみなされることから、最終的に初診時の高血圧と高血糖が網膜症の危険因子であることが確認された。 5)初診時蛋白尿危険因子:NIDDM1,123例につき、初診時血圧140/80mmHg前後で「正常血圧」と「高血圧」に、初診前糖尿病治療法で「食事療法」と「薬物療法」に分類し、両者の組合せから対象を4群に分類し、初診時蛋白尿危険因子を検討した。正常血圧・食事療法群(n=278)では過去最大BMIと収縮期血圧が、正常血圧・薬物療法群(n=183)では罹病期間と空腹時血糖値(傾向)が、高血圧・食事療法群(n=380)では収縮期血圧、過去最大BMIならびに性別が、高血圧・薬物療法群(n=282)では収縮期血圧、コレステロールならびに罹病期間が蛋白尿の独立した危険因子であった。蛋白尿の危険因子は高血圧の有無や初診前治療により異なった。種々の特性を有する初診糖尿病患者集団の検討では蛋白尿の成因が非糖尿病性腎障害であった可能性が大きい。 6)網膜症発症危険因子:初診時網膜症を認めなかった1,424例の通院期間中のScottI以上の網膜症の年間発症率は、罹病期間10年以上が約8%であった。網膜症眼底所見前年の血糖、血圧、肥満度、コレステロールの追跡データを用い、Poisson回帰分析で3,022人年分の網膜症発症危険因子を解析した。網膜症発症の独立した危険因子はt値の高い順に、空腹時血糖値と収縮期血圧であった。罹病期間別解析では、罹病期間の延長にともない網膜症発症に及ぼす血糖の寄与度は増大し、血圧の寄与度は減少した。糖尿病初期は主に血圧コントロールが、後期は主に血糖コントロールが網膜症発症に関与することが明らかにされた。 以上、データ構成と患者集団特性を考慮した上で糖尿病性血管合併症の危険因子を解析した。本成績から、網膜症発症を予防するためには、血糖と血圧のコントロールが重要であることが示唆された。 |