学位論文要旨



No 211903
著者(漢字) 照屋,正則
著者(英字)
著者(カナ) テルヤ,マサノリ
標題(和) 膵ランゲルハンス氏島に対するdithizoneの毒性についての研究
標題(洋)
報告番号 211903
報告番号 乙11903
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11903号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,久則
 東京大学 教授 土田,嘉昭
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 長尾,桓
 東京大学 講師 河原崎,秀雄
内容要旨

 膵ランゲルハンス氏島(以下ラ島)移植は、I型糖尿病などのインスリン分泌不全という病態に対し内分泌組織のみを移植することから、外分泌組織を含めて移植する膵臓移植より合目的で安全な治療法とされている。移植にあたっては、まず膵を消化し、続いて消化によって遊離してきたラ島を外分泌組織から純化する必要がある。直接あるいは間接的にラ島を認識し選別するcell sorting法は、効率的にラ島を純化しうる可能性を秘めており、ラ島純化法として欠陥が明かとなってきた従来のFicoll非連続比重分離法に代わる新しい方法として期待されている。その際、ラ島を認識するための簡便な標識として、ラ島に特異的な染色薬diphenylthiocarbazone(dithizone、以下DTZ)の利用が検討されている。しかし、臨床応用に際しては、その毒性について慎重に考慮する必要がある。

 本研究では、ラ島に対するDTZの影響の有無を明かにするために、ラットラ島を用いて、グルコース刺激に対するラ島のインスリン分泌能、グルコース刺激試験後のラ島のインスリン含有量、ラ島のviabilityについて検討した。また染色後、ラ島内に残留するDTZの定量も試みた。

【方法】I.ラ島灌流装置の改良

 今回、グルコース刺激に対するインスリン分泌能を検討する方法としてラ島灌流刺激法を採用したが、本検査法の信頼度を向上させるためにまず装置の改良を行った。ラ島を封入するcharnberとの接続チューブを改良したことにより、1)灌流液の切り替えが迅速かつ確実になり、所定のグルコース濃度でラ島刺激が行なわれる、2)接続チューブがchamberから垂直に延びているので灌流圧のモニターが容易なだけでなく、灌流液中に発生する気泡が自動的に除去される、などの利点が得られた。灌流液には、Krebs-Ringer bicarbonate buffer(以下KRBB)液を用い、灌流速度は毎分1mlとした。グルコース刺激試験は、ラットから分離した100あるいは200個のラ島をchamber内に封入し、まず2.0mMグルコースKRBB液で45分間灌流したのち、16.7mMグルコースKRBB液で20分間ラ島を刺激するというプロトコールで行った。検体は、グルコース液切り替え時を0分として、-1分から8分までは毎分、以降は12分、16分、20分に採取した。インスリンの測定は二抗体平衡反応法を用い、得られたインスリン値を経時的にプロットしてインスリン分泌曲線を描出した。

II.ラ島に対するDTZの影響の検討DTZ染色

 体重300から350gのSAラットからラ島を分離し、大きさに偏りが生じないよう110個ずつ採取して実験群と対照群を設けた。DTZをdimetyl sulfate(以下DMSO)に溶解し(10mg/ml)、Hank’s液で1000倍に希釈した液を用いてラ島を10分間染色した(DTZラ島群)。対照には、DTZの溶媒に用いたDMSO-Hank’s液で処理したラ島を用いた(DMSOラ島群)。

 ラ島に対するDTZの影響を検討するために、染色直後(DAY0、n=5)、培養24時間後(DAY1、n=3)及び培養96時間後(DAY4、n=5)に以下の実験を行った。

ラ島インスリン分泌能の検討

 ラ島100個を用いて、ラ島灌流刺激法によるグルコース刺激試験を行った。まず、-1分から0分までに分泌されたインスリン値の20倍を基礎分泌量とし、0分

【方法】I.ラ島灌流装置の改良

 今回、グルコース刺激に対するインスリン分泌能を検討する方法としてラ島灌流刺激法を採用したが、本検査法の信頼度を向上させるためにまず装置の改良を行った。ラ島を封入するcharnberとの接続チューブを改良したことにより、1)灌流液の切り替えが迅速かつ確実になり、所定のグルコース濃度でラ島刺激が行なわれる、2)接続チューブがchamberから垂直に延びているので灌流圧のモニターが容易なだけでなく、灌流液中に発生する気泡が自動的に除去される、などの利点が得られた。灌流液には、Krebs-Ringer bicarbonate buffer(以下KRBB)液を用い、灌流速度は毎分1mlとした。グルコース刺激試験は、ラットから分離した100あるいは200個のラ島をchamber内に封入し、まず2.0mMグルコースKRBB液で45分間灌流したのち、16.7mMグルコースKRBB液で20分間ラ島を刺激するというプロトコールで行った。検体は、グルコース液切り替え時を0分として、-1分から8分までは毎分、以降は12分、16分、20分に採取した。インスリンの測定は二抗体平衡反応法を用い、得られたインスリン値を経時的にプロットしてインスリン分泌曲線を描出した。

II.ラ島に対するDTZの影響の検討DTZ染色

 体重300から350gのSAラットからラ島を分離し、大きさに偏りが生じないよう110個ずつ採取して実験群と対照群を設けた。DTZをdimetyl sulfate(以下DMSO)に溶解し(10mg/ml)、Hank’s液で1000倍に希釈した液を用いてラ島を10分間染色した(DTZラ島群)。対照には、DTZの溶媒に用いたDMSO-Hank’s液で処理したラ島を用いた(DMSOラ島群)。

 ラ島に対するDTZの影響を検討するために、染色直後(DAY0、n=5)、培養24時間後(DAY1、n=3)及び培養96時間後(DAY4、n=5)に以下の実験を行った。

ラ島インスリン分泌能の検討

 ラ島100個を用いて、ラ島灌流刺激法によるグルコース刺激試験を行った。まず、-1分から0分までに分泌されたインスリン値の20倍を基礎分泌量とし、0分から20分までのインスリン分泌曲線下の面積を総インスリン分泌量として算出した。この総インスリン分泌量から基礎分泌量を差し引いた値を、グルコース刺激に対するインスリン分泌量(以下刺激分泌量)とした。

ラ島インスリン含有量の検討

 グルコース刺激試験に供したラ島を回収し、1mlの酸性エタノール液に一昼夜、4℃にて保存し、インスリンを抽出した。KRBB液で5000倍に希釈し、インスリンの測定は二抗体平衡反応法にて行った。

ラ島viabilityの検討

 fluorescein diacetate(以下FDA、5mg/ml acetone)液とethidium bromide(以下EB、200g/ml Hank’s)液をあらかじめ作成し、使用時にHank’s液で4倍に希釈して蛍光染色に用いた。グルコース刺激試験に供しなかったラ島を各群より5個採取し、蛍光顕微鏡下にラ島のviabilityを検討した。

ラ島内残留DTZの抽出及び測定

 残留DTZは、染色直後(n=5)及び培養96時間後(n=5)に検討した。それぞれ200個のラ島をDTZ染色あるいはDMSO処理したのち、超音波破砕装置にて破砕した。続いて、クロロホルムにDTZを抽出し、605nmにおけるDTZの吸光値を分光光度計を用いて測定した。検量線は、50、150、250、350、450gのDTZを用いて作成した。測定限界は50g/200個ラ島であった。

統計学的処理

 Studentのt検定を用い、危険率5%以下をもって有意差ありと判定した。数値は、平均士標準偏差で表示した。

【結果】I.ラ島灌流装置の改良

 総計28匹のラ島にグルコース刺激試験を行い、19匹で2相性のインスリン分泌パターンが得られた。明かな技術的失敗(灌流圧上昇1匹、接続ミス1匹)を除くと不成功は7匹で、成功率は73%(19/26)であった。

II.ラ島に対するDTZの影響ラ島インスリン分泌能

 染色直後のDAY0-DTZラ島は2相性のインスリン分泌パターンを示したが、対照としたDAY0-DMSOラ島に比べると第1相、第2相ともに抑制されていた。インスリン分泌量に関しては、基礎分泌量ではDAY0-DTZラ島とDAY0-DMSOラ島との間に差は認められなかったが、刺激分泌量では、DAY0-DTZラ島はDAY0-DMSOラ島に比べて有意に低下していた(表1)。培養24時間後のインスリン分泌パターンをみると、第1相は亢進していたが第2相は抑制され2相性のインスリン分泌パターンは消失していた。ところが、DAY1-DMSOラ島でも第2相は同様に抑制され、DAY1-DTZラ島との間にパターンの違いは認められなかった。インスリン分泌量に関しては、DAY1-DTZラ島の基礎分泌量は増加し、刺激分泌量は逆に低下していた。DAY1-DMSOラ島も同様な傾向を示し、両群間に差は認められなかった。培養96時間後には、DTZ、DMSOいずれのラ島においても2相性のインスリン分泌パターンは復活していた。インスリン分泌量に関しては、基礎分泌量はいずれのラ島も高い傾向を示したままであったが、刺激分泌量は回復し、両群間に差は認められなかった。

ラ島インスリン含有量

 DAY0-DTZラ島のインスリン含有量は維持され、DAY0-DMSOラ島との間に差は認められなかった(表1)。培養24時間後では、DAY1-DTZラ島のインスリン含有量は低下していたが、DAY1-DMSOラ島でも低下し、両群間に差は認められなかった。培養96時間後には、いずれのラ島のインスリン含有量ともDAY0-DMSOラ島の約70%まで回復し、DAY4-DTZラ島とDAY4-DMSOラ島との間に差は認められなかった。

ラ島viability

 DAY0-DMSOラ島では明緑色のみが認められ良好なviabilityが示されたのに対し、DAY0-DTZラ島では橙色を呈する死細胞が少数認められた。培養24時間及び96時間後では、DMSO、DTZラ島ともに橙色を呈する死細胞が増加していたが、ラ島全体としては明緑色を呈し、両群間にviabilityの違いは認められなかった。

ラ島内残留DTZ

 DAY0-DTZラ島では204±44g/200個ラ島の残留DTZが検出されたが、DAY0-DTZラ島以外ではすべて測定限界以下であった(表1)。

表1 ラ島基礎インスリン分泌量、グルコース刺激に対するラ島インスリン分泌量、グルコース刺激試験後のラ島インスリン含有量、及びラ島内残留DTZ量
【考察】

 ラ島に対するDTVZへの影響についてはすでに検討され、低濃度であればラ島のインスリン分泌能に関し影響は認められなかったと報告されている。しかし、これらは染色後2あるいは7日間培養してからの検討であり、DTZが結合する亜鉛の細胞内での動態を考慮すると、DTZがラ島内に残留していると考えられる染色直後でのラ島への影響を看過している可能性が考えられる。臨床においては、ラ島移植はラ島を分離した直後に行われている。したがって、ラ島標識としてDTZの臨床応用を考慮するうえで、染色直後におけるラ島に対するDTZの影響の有無を明かにすることは重要であり、今後cell sorting法などの開発を進めるにあたり意義あることと考え本研究を計画した。

 我々の検討では、残留DTZが検出された染色直後には、ラ島の刺激分泌量やviabilityは低下しており、DTZがラ島に対し何らかの影響を与えることが示された。しかし、基礎分泌量、2相性のインスリン分泌パターン及びインスリン含有量は良好に保たれており、その影響は限定的なものと考えられた。しかも、培養24時間後のDTZラ島とDMSOラ島との間には、基礎分泌量、刺激分泌量、インスリン分泌パターン、インスリン含有量、viabilityのいずれにも差はなく、DTZのラ島への影響は培養24時間後には認められなかった。一方、対照としたDMSOラ島では、培養24時間後の刺激分泌量やviabilityが培養前に比べて低下しており、培養操作にもラ島への影響があることが示された。さらに、基礎分泌量の増加、2相性のインスリン分泌パターンの消失、インスリン含有量の低下も培養24時間後のDMSOラ島では認められ、培養操作によるラ島への影響はDTZの影響より大きいことが示唆された。培養96時間後には、DMSO、DTZいずれの群においても、刺激分泌量及び2相性のインスリン分泌パターンは回復し、viabilityも維持され、DTZや培養操作によるラ島への影響は一過性であることが示された。残留DTZも培養96時間後には測定限界以下であった。

【結語】

 I)簡便なラ島標識としてcell soritng法への応用が検討されているDTZは、ラ島染色薬として安全であることが、実験的に確認された。

 II)DTZをラ島標識として用いた場合、ラ島移植は、ラ島内にDTZが残留する分離直後ではなく4日程度の培養を行った後の方が望ましいことが、実験的に示された。

審査要旨

 本研究は、膵ランゲルハンス氏島(以下ラ島)を膵より分離する際に、ラ島標識として応用が検討されているラ島染色薬diphenylthiocarbazone(dithizone、以下DTZ)のラ島に対する毒性を明かにするために、ラットモデルを用いて、グルコース刺激に対するラ島のインスリン分泌能、グルコース刺激試験後のラ島のインスリン含有量、蛍光生細胞染色法によるラ島のviability、ラ島内に残留するDTZ量を実験的に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.DTZで染色したラ島(DTZラ島)では、染色直後には、グルコース刺激に対するインスリン分泌能やviabilityは低下し、DTZのラ島への影響が示された。しかし、基礎インスリン分泌量、2相性のインスリン分泌パターン及びインスリン含有量は保たれており、その影響は限定的なものであることが示された。

 2.対照とした、DTZの溶媒であるDMSO-Hank’s液で処理したラ島(DMSOラ島)では、培養24時間後のインスリン分泌能やviabilityが培養開始前に比べて低下しており、培養操作にもラ島への影響があることが示された。さらに、基礎インスリン分泌量は増加し、2相性のインスリン分泌パターンは消失し、インスリン含有量は低下していた。すなわち、培養操作によるラ島への影響はDTZの影響より大きいことが示された。

 培養24時間後のDTZラ島でも、基礎インスリン分泌量は増加し、2相性のインスリン分泌パターンは消失し、刺激インスリン分泌量やインスリン含有量やviabilityも低下していた。しかし、培養24時間後のDMSOラ島との間に差は無く、DTZの影響は認められなかった。

 3.培養96時間後には、DMSO、DTZいずれのラ島においても、刺激インスリン分泌量及び2相性のインスリン分泌パターンは回復し、viabilityも維持され、DTZや培養操作によるラ島への影響は一過性であることが示された。

 4.残留DTZは染色直後には検出されたが、培養96時間後には測定限界以下であった。

 以上、本論文はラ島のインスリン分泌能、インスリン含有量、viability、残留DTZの解析から、DTZがラ島に対し安全な染色薬であることを実験的に明かにした。本研究は、人ラ烏移植の成否を左右するラ島分離の過程で、新しいラ島純化法として開発が進められているcell soritng法において、DTZをラ島標識として応用する際に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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