学位論文要旨



No 211905
著者(漢字) 神田,奈緒子
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,ナオコ
標題(和) ヒトメラノーマにおいて細胞障害性T細胞に認識されるペプチド抗原
標題(洋)
報告番号 211905
報告番号 乙11905
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11905号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 教授 黒木,登志夫
 東京大学 教授 江川,滉二
 東京大学 助教授 浅野,喜博
内容要旨

 ヒトモノクローナル抗体により同定された腫瘍関連抗原は、マウスのモノクローナル抗体により同定された腫瘍関連抗原に比べ、ヒトにおいてははるかに高い免疫原性を示す。メラノーマ患者由来のモノクローナル抗体により同定されたガングリオシドGM2およびGD2は、ワクチンとして患者に投与すると液性免疫反応を誘導し、メラノーマの免疫療法に有効であることが明らかにされている。しかし、腫瘍細胞の排除には細胞障害性T細胞による反応が最も有効であり、T細胞の認識するエビトープは短鎖のペプチド抗原と考えられている。したがって、メラノーマにおいても、細胞障害性T細胞に認識されるペプチド抗原を同定することが極めて重要である。Irie et al.はメラノーマ患者由来の二種類のモノクローナル抗体を用いて、同患者より樹立したメラノーマ細胞株のcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより、それぞれの抗体に認識される蛋白抗原を同定しようと試みた。その結果、目的とする蛋白抗原は未だ完全には解明されていないが、各抗体に認識されるペプチド抗原#810および#707が同定された。このうち#810はメラノーマ患者末梢血単核球の増殖反応を誘導し、これらのペプチド抗原がT細胞にも認識される可能性が示唆された。そこで、我々は#810および#707をメラノーマ患者の免疫療法に用いることを目的とし、これらペピチド抗原の免疫原性について、細胞障害活性における機能を中心に研究した。

 ペプチト抗原#810は、モノクローナル抗体L92に認識されるデカペプチド(QDLTMKYQIF)であり、このアミノ酸配列はメラノーマUCLASO-M14の細胞質内蛋白(分子量43kD)の一部として同定されている。In situハイブリダイゼーションおよびウエスタンブロッティングにより検討した結果、#810のmRNAおよび43kD蛋白はメラノーマだけではなく、正常末梢血単核球を含む種々のヒト細胞においても検出され、#810はメラノーマに特異的な抗原ではないことが判明した。しかし、#810でパルスした自己Bリンパ芽球に対する末梢血単核球の細胞障害活性を検討したところ、健常者では19名中1名(5.3%)に認められただけであったが、メラノーマ患者より得た末梢血単核球では19名中16名(84.2%)で有意な細胞障害活性が認められた。この細胞障害活性は、非自己メラノーマ細胞から成るワクチン療法を受けた患者19名中15名(78.9%)において、ワクチン投与後有意に増大した。ワクチン療法後の患者末梢血単核球による、#810パルスした自己Bリンパ芽球および自己メラノーマ細胞に対する細胞障害活性は、in vitroで#810により末梢血単核球を再刺激することにより、さらに増大した。また、非標識標的細胞を用いた抑制実験により、自己メラノーマ細胞と#810パルスした自己Bリンパ芽球は、in vitroで#810により再刺激した末梢血単核球が示す細胞障害活性において、標的細胞として互いに競合することが示された。これらの結果は、#810がメラノーマ細胞表面で細胞障害活性の標的抗原として機能しており、自己および非自己のメラノーマ細胞はin vivoで#810を提示し末梢血単核球を感作することにより、この#810を標的とする細胞障害活性を誘導していることを示す。また正常細胞では、#810は43kD蛋白の一部として存在するが、細胞障害活性の標的抗原として機能することも、in vivoで細胞障害活性を誘導することもないと考えられる。

 各種抗体を用いた抑制実験において、エフェクター細胞を抗CD3抗体および抗CD8抗体とプレインキュベートすることにより、#810を標的抗原とする細胞障害活性が完全に抑制されたことから、このエフェクター細胞はCD8陽性の細胞障害性T細胞であると考えられた。一方、この細胞障害活性は、標的細胞を抗HLAクラスI抗体とプレインキュベートすることによっても完全に抑制された。したがって、#810はHLAクラスI抗原の拘束のもとに提示され、細胞障害性T細胞のエピトープとして認識されるものと考えられた。HLAのタイプが判明しているメラノーマ患者から得られた末梢血単核球と#810パルスしたBリンパ芽球およびメラノーマ細胞を用い、種々のHLA抗原の組み合わせのもとで細胞障害活性を測定した結果、HLA-A2またはA11がエフェクター細胞と標的細胞間で一致した時に初めて、細胞障害活性が認められた。したがって、HLA-A2およびA11が#810の提示および認識を拘束していると考えられた。しかし、両HLA抗原が陰性の組み合わせにおいても細胞障害活性を示す例があり、その他のHLAクラスI抗原の関与も示唆された。

 ペプチド抗原#707は、カルボキシル末端がalanine-proline(AP)で終わるペプチドを特異的に認識するモノクローナル抗体L94を用い、ヒトメラノーマUCLASO-M14のcDNAライブラリーより同定されたデカペプチド(RVAALARDAP)である。In situハイプリダイゼーションにより、#707のmRNAはメラノーマを含む多くのヒト腫瘍細胞において検出されたが、正常末梢血単核球では検出されなかった。この結果は、#707の細胞表面における発現を検討した免疫粘着反応の結果と一致した。しかし#707の起源になるべき蛋白は、ウエスタンプロッティングにより検討したが、いずれの細胞中にも検出されなかった。メラノーマ患者19名中14名(73.7%)の末梢血単核球は、#707でパルスした自己Bリンパ芽球に対して有意な細胞障害活性を示し、この細胞障害活性は、19名中16名(84.2%)の患者においてワクチン投与後有意に増大した。一方、健常者ではこのような活性は19名中1名(5.3%)に認められただけであった。メラノーマ患者の末梢血単核球をin vitroで#707により再刺激した結果、#707パルスした自己Bリンパ芽球および自己メラノーマ細胞に対する細胞障害活性はさらに増大した。また、非標識標的細胞を用いた抑制実験により、#707がメラノーマ細胞において細胞障害活性の標的抗原として提示されていることが示された。

 各種抗体を用いた抑制実験の結果、#707を標的抗原とする細胞障害活性のエフェクター細胞は、CD8陽性の細胞障害性T細胞であり、標的細胞表面では、#707もHLAクラスI抗原の拘束のもとに提示されていることが示された。エフェクター細胞と標的細胞間のHLA抗原の組み合わせを様々に変えて細胞障害活性を比較した結果、HLA-A2,A11およびA24が#707の提示および認識を拘束していることが判明した。

 #707のアミノ酸配列からカルポキシル末端APを除去することにより、細胞障害活性の標的抗原としての機能は完全に失われた。したがって、#707のカルポキシル末端APは、細胞障害性T細胞による認識に不可欠なアミノ酸残基と考えられた。

 ペプチド抗原#810と#707の両者を提示しているHLA-A2陽性のメラノーマ細胞を標的細胞に用いると、自己の末梢血単核球を両ペプチドで再刺激することにより、各ペプチド単独で再刺激した場合と比べ、相乗的に高い細胞障害活性を誘導することができた。また、非標識標的細胞を用いた抑制実験において、この細胞障害活性は両ペプチドでパルスした自己Bリンパ芽球により抑制されたが、各ペプチド単独でパルスした自己Bリンパ芽球では、抑制効果は半減した。したがって、#810と#707は細胞障害活性において、それぞれ独立した標的抗原として機能しているものと考えられた。

 以上の結果より、ペプチド抗原#810および#707はともにワクチンとしてメラノーマ患者の免疫治療に利用することが可能であると考えられる。

審査要旨

 本研究は、メラノーマ患者由来のモノクローナル抗体L92およびL94を用いて、メラノーマのcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより同定された、ペプチド抗原#810および#707の免疫原性を、細胞障害活性における機能を中心に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ペプチド抗原#810は抗体L92の認識するデカペプチド(QDLTMKYQIF)であり、そのアミノ酸配列は、メラノーマUCLASO-M14の細胞質に存在する分子量約43kDの蛋白の一部として同定されている。In situハイプリダイゼーション法およびウエスタンプロッティング法により検討した結果、#810のmRNAおよび43kD蛋白はメラノーマに特異的ではなく、正常細胞を含む種々のヒト細胞においても検出された。しかし、#810でパルスした自己Bリンパ芽球に対する細胞障害活性は、メラノーマ患者の末梢血単核球においては認められたのに対して、健常者の末梢血単核球ではほとんど認められなかった。メラノーマ患者の末梢血単核球による細胞障害活性は、非自己メラノーマ細胞から成るワクチン療法により増大した。また、ワクチン療法後の患者の末梢血単核球をin vitroで#810により再刺激した結果、#810パルスした自己Bリンパ芽球および自己メラノーマ細胞に対する細胞障害活性はさらに増大した。非標識標的細胞による抑制実験の結果、#810パルスした自己Bリンパ芽球と自己メラノーマ細胞は互いに細胞障害活性を抑制し合い、メラノーマ細胞表面においても#810が細胞障害活性の標的抗原として提示されていることが示された。抗体を用いた抑制実験により、標的細胞を破壊するエフェクター細胞は、主としてCD8陽性の細胞障害性T細胞と考えられた。またこの細胞障害性T細胞は、標的細胞表面でHLAクラスI抗原の拘束のもとに提示されたペプチド抗原#810を認識することにより、細胞障害活性を生じるものと考えられた。HLAタイプが判明しているメラノーマ患者の末梢血単核球を用いて検討した結果、HLAクラスI抗原のうち、HLA-A2およびA11が#810提示能を有することが判明した。

 2.ペプチド抗原#707(RVAALARDAP)をコードするDNAの塩基配列は、カルポキシル末端がalanine-proline(AP)で終了するペプチドを特異的に認識する抗体L94を用い、UCLASO-M14のcDNAライプラリーより同定されている。#707のmRNAは、メラノーマを含むヒト腫瘍細胞で検出されたが、正常末梢血単核球では検出されなかった。#707の起源となる蛋白は同定されていないが、L94の結合活性から、メラノーマを含む多くの腫瘍細胞の表面に存在し、正常末梢血単核球の表面には存在しないと考えられた。メラノーマ患者の末梢血単核球は#707でパルスした自己Bリンパ芽球に対して有意な細胞障害活性を示し、この活性はワクチン療法により増大した。一方、健常者ではこのような活性はほとんど認められなかった。ワクチン療法後の患者末梢血単核球をin vitroで#707により再刺激した結果、#707でパルスした自己Bリンパ芽球および自己メラノーマ細胞に対する細胞障害活性はさらに増大した。また、非標識標的細胞による抑制実験の結果、#707もメラノーマ細胞において細胞障害活性の標的抗原として提示されていることが示された。標的細胞を破壊するエフェクター細胞はCD8陽性の細胞障害性T細胞と考えられ、標的細胞表面で#707はHLAクラスI抗原の拘束のもとに提示されていると思われた。HLAクラスI抗原のうち、HLA-A2,A11およびA24はいずれも#707提示能を有することが判明した。また、#707のアミノ酸配列からカルボキシル末端APを除去することにより、細胞障害活性の標的抗原としての機能は完全に失われた。したがって、このカルボキシル末端APは細胞障害性T細胞による認識に不可欠なアミノ酸残基と考えられた。

 3.ペプチド抗原#810と#707を標的抗原として同時に用い、その関連性を検討した結果、これらのペプチド抗原はメラノーマにおいてそれぞれ独立に、細胞障害性T細胞のエピトープとして機能していると考えられた。また、両者を提示しているメラノーマ細胞を標的細胞とした場合、自己の末梢血単核球を両ペプチドで再刺激することにより、各ペプチド単独で再刺激した場合と比べ、相乗的に高い細胞障害活性を誘導することができた。

 以上、本論文は、ペプチド抗原#810と#707がいずれもメラノーマ細胞における細胞障害性T細胞のエピトープであることを明らかにし、両ペプチド抗原をワクチンとしてメラノーマ患者の免疫治療に利用しうる可能性を示した。本研究は、腫瘍患者において有効な免疫療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50897