頭頚部領域には、味覚・視覚・嗅覚をはじめ構音・咀嚼・嚥下など日常生活に欠くことのできない重要な機能を営む臓器・組織が集中しており、古くよりこの部位に生じた癌の治療では、根治性と同時に機能の温存が重要な命題とされてきた。なかでも下咽頭・頚部食道癌では、切除術にともない頚部食道の機能(多くの場合、喉頭も含めて)が失われ、生命の維持と術後の生活の質(QOL)を保持するために、適切な再建手術の確立が望まれるところであった。 この分野では古くより形成外科的手技が多用されてきたが、これまで用いられてきた主な再建法は、局所皮弁や有茎皮弁・筋皮弁を用いる方法、胃や結腸など腸管の有茎移行術、さらにはマイクロサージャリーを用いた遊離組織移植術など枚挙に暇がない。しかしこれら各種再建手術法の術後成績を多数例において総合的に比較検討した報告はない。 これらの代表的な再建手術法の比較検討は、再建に携わる臨床医にとって非常に重要であると考え、著者は、国立がんセンター開設以来30年間に行われた下咽頭・頚部食道癌切除に伴う頚部食道再建法を新たに分類し、これらの術後成績を比較検討した。また近年好んで用いられている微小血管吻合による再建法などに関しては、シンチグラム(Tc-99m)を用いた再建食道の通過時間の測定などによる嚥下の評価を行い、再建法の選択の一助となる知見を得た。 さらに、上記の臨床的検討より遊離空腸移植術が最も多用されているが、遅発性血栓形成による移植空腸の壊死が本術式特有の問題とされ、その理由として腸管漿膜が周囲組織よりの新生血管の侵入を妨げるためとされてきた。移植腸管への血管新生は長期的な空腸の生着とも関係し、本術式確立の上で重要な問題であるが、その血管新生の機序に関しては未だ明らかにされていない。そこで著者は空腸漿膜を介した血管の新生が生じうるかどうかを調べる目的で、白色家兎を用いた新しい腸管移植モデルを考案し、移植腸管への新生血管侵入の動態について組織学的検索およびメールコックス樹脂を用いた血管鋳型標本を作成し、新たな知見を得た。 1)過去30年間の症例の検討 対象とした症例は、1962年の国立がんセンター開設以来1991年までの30年間に、下咽頭癌もしくは頚部食道癌の診断で癌切除術を行い、食道再建術を施行された患者である。症例数は260例で、再建方法は使用された再建材および年代順にほぼ従い、以下のごとくに分類した。A法:頚部の局所反転皮弁を用いる方法 B法:筒状皮弁(tubed flap)の段階的移動を行う方法 C法:DP皮弁を用いる方法D法:有茎筋皮弁を用いる方法 E法:遊離空腸移植法 F法:遊離前腕皮弁移植法 G法:食道抜去・胃管挙上法。さらにA法、B法は図1、2のごとくに細分した。 図表図1 A:局所反転皮弁法 / 図2 B:筒状皮弁法 これら260症例の再建法別の術後成績の結果は表1、図3に示すが、年代順にみると、初期の頚部局所皮弁の利用による再建方法(A法)は、成功率が低く複数回の手術を必要とし、経口摂取開始までの期間も長かった。ついで筒状皮弁を移動する方法(B法)は、原発巣より離れた部位の組織を利用するため、皮弁の移動にさらに長期の日数を要し、再建だけでも半年以上かかる程であった。これに対し、1960年代後半のDP皮弁の出現は、頭頚部再建外科に大きな進歩をもたらし、成功率の上昇、手術回数や再建完成に要する日数の短縮をもたらした。さらにDP皮弁だけで再建する方法(いわゆるBakamjian法)は、皮弁による初めての即時再建法であり、まだ2期的ではあったが再建完成までの期間を著しく短縮させた。 図3 再延法別の成功率二〓外〓を〓定した場合の成功〓〓〓〓と〓〓〓〓〓限界 一方、1980年代に入り導入された遊離組織移植術による再建法は、血流の豊富な組織の移植により下咽頭・頚部食道の一期的かつ即時再建を可能とし、さらに再建法の確実性・安全性を高めた。特に、遊離前腕皮弁を用いる方法は、皮弁による再建法としてはこれまでの再建法の中で最も信頼性の高いものであった。さらに腸管を用いる再建法は、皮弁を用いる再建法に比べ、瘻孔の形成や吻合部狭窄の発生率が有意に低かった。 2)現在主流となっている再建法(空腸、前腕皮弁、胃管)の比較検討 これら3群の比較では、移植組織自体に起因する合併症(瘻孔形成、組織壊死など)は、胃管挙上法が最も少なく、経口摂取開始までに要する期間も最短であった(図4)。しかし、手術の侵襲度、随伴する危険性、術後の摂食状況などを総合的に考慮すると、現在では遊離空腸移植術が下咽頭・頚部食道再建の第一選択と考えられた。また、上記2法に比べ、遊離前腕皮弁移植法は瘻孔や狭窄の発生頻度が高いが、皮弁の生着率は高く、皮弁採取にともなう障害が極めて軽微で、最も侵襲の少ない再建法といえる。従って、全身状態不良や高齢の患者、開腹操作が困難と思われる患者などに良い適応があると考えられる。 図4 再延法別の経口開始日数の違い(E・F・G群、再建成功例のみ) なお、Tc-99mを用いた嚥下機能の検査では、生理食塩水に放射性同位元素を含ませているため、液状物の嚥下状態の評価と見なされるが、胃管挙上による再建法が最も通過時間が短く、次いで前腕皮弁移植法で、空腸移植法では蠕動運動のため摂取物の貯留を認め、前2者に比べ通過に長い時間を要した(表2)。 表2 シンチグラムの所見とTc-99mの通過時間3)家兎を用いた遊離腸管移植の新しいモデルによる血管新生に関する実験的研究 われわれは、本実験で下腹壁動静脈に栄養される鼠径部皮弁に血管柄付き空腸を包みこむ形のモデルを作成した。これが従来報告されてきた皮下空置移植モデルと異なるのは、家兎のparnniculus carnosusが構造的に人体の頚部皮下の広頚筋に匹敵するため、頚部に移植された空腸と類似した状況になる点である。さらに、大きな利点として空腸を取り囲む組織が特定の動静脈で栄養されているため、血管内への色素注入により周囲組織からの血管新生が容易かつ確実に観察できることがあげられる。 今回の実験では、空腸の栄養血管を術後3,4,5,6,7日目にそれぞれ結紮した後、腹腔動脈より色素を注入し移植空腸片内への色素の存在を調べたが、今回のように移植床の条件が良いところでは、周囲組織より移植空腸への血管新生が認められ、時間の経過とともに増加していくことが示唆された(表3)。また、メールコックスをもちいた血管鋳型標本においても、周囲組織より侵入し移植空腸に形成された密な血管網を観察でき、空腸漿膜を介した腸管内への血管新生を確認することができた。 表3 術後日数と空腸内色素の有無 |