学位論文要旨



No 211908
著者(漢字) 柴崎,雅之
著者(英字)
著者(カナ) シバザキ,マサユキ
標題(和) 経ロレニン阻害薬のin vivoにおける薬効評価系の研究
標題(洋)
報告番号 211908
報告番号 乙11908
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11908号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 松本,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA系)は循環系のホメオスタシスの強力な調節因子の一つとして、血圧の調節や維持に重要な役割を果たしている。そのために、本系に作用する薬物の研究は古くより行われてきたが、現在までのところ臨床の場で降圧薬あるいは心不全治療薬として広く用いられているのはアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬のみである。しかしながら、ACE阻害薬にはカリクレイン・キニン系への作用に基づくと考えられる空咳などの副作用の報告があることから、より選択的にRAA系を遮断できる薬物を求めてレニン阻害薬の研究が盛んに行われるようになった。レニンは腎臓の傍系球体細胞から種々の生理的変動に応じて遊離される糖タンパク質の酵素であり、肝臓で生成され血漿中のa2-グロプリン分画に含まれる基質のアンジオテンシノージェン(ANG)を加水分解し、10個のアミノ酸からなるアンジオテンシンIを生成する。レニンはこの酵素反応のみにたずさわることから、レニンを抑制する薬物は副作用の少ない、有効な薬剤になりうると考えられている。しかしながら、そのレニン阻害薬の開発には幾つかの問題点が存在する。その第一点は、レニンは動物間の種特異性が非常に高く、ヒト・レニンの阻害薬のin vivoの実験では使用動物に大きな制限を受けることである。第二点は、レニン阻害薬の開発には経口吸収性を向上させることが必須であるにもかかわらず、経口吸収性の簡便な評価方法が存在しないことである。そこで本研究では、レニン阻害薬の合成研究より見い出した遷移状態アナログのYM-21095、YM-26365及びKRI-1314を用い、レニン阻害薬のin vivoでの薬効評価系及び簡便な経口吸収性の評価系の確立を目的として実験を行った。

 YM-21095、YM-26365及びKRI-1314の血漿レニンに対する阻害作用は、ヒト及びサルで強く認められ、イヌ、ウサギ及びラットではヒトに比べると約100〜150000倍弱かった(表1)。また、これら3化合物はペプシンなどの他の酵素に対してはほとんど抑制作用を示さず、その酵素阻害作用はヒト及びサルのレニンに特異的であった。レニンは他の多くの酵素と異なり、基質選択性が非常に高く、生体内で基質となりうるのはANGのみである。また、レニンによる基質の加水分解反応は種による違いが強く、ヒト・レニンはヒトの基質以外に他の動物種のANGも分解しうるが、他の動物種のレニンはヒト ANGを分解することはできない。このようなレニンの酵素反応における種特異性と高い基質選択性がレニン阻害薬の種特異性と酵素特異性をもたらしているものと考えられる。

表1.YM-21095、YM-26365及びKRI-1314の各種動物の血漿レニンに対する阻害活性(IC50値)

 レニン阻害薬の多くは、その阻害作用の種特異性のために、イヌ、ウサギ、ラットなどの霊長類以外の動物を用いてin vivoで薬効を評価することは難しい。しかしながら、ヒト・レニンは他の動物種のANGを加水分解することができることから、ヒト・レニンを用いればラットなどの実験動物においてもレニン阻害薬の薬効評価が可能であると考えられる。そこで、遺伝子組み換え技術により作製したヒト・レニン(recombinant human renin:rh-renin)を用いて、ラットでのレニン阻害薬の薬効評価を試みた。rh-reninを脊髄破壊した高血圧自然発症ラットの静脈内に持続的に投与すると用量依存的かつ緩徐な血圧の上昇が認められた。このrh-renin持続注入による血圧の上昇をYM-21095及びKRI-1314は用量依存的に抑制した(図1)。ラットを用いたレニン阻害薬の薬効評価としては麻酔下で神経節を遮断したラットにブタ・レニンを静脈内に持続注入し、その血圧上昇に対する薬物の作用を検討した報告があるが、今回の結果は、rh-reninを用いた実験系においてもレニン阻害薬の薬効を評価することが可能であることを示すとともに、本評価系は既に報告されてるモデルと異なり、ヒト・レニンを用いている点でさらに有用性の高い系であることを示している。また、YM-26365は静脈内投与でrh-reninによる昇圧反応を有意に抑制するとともに、経口投与においてもrh-reninによる昇圧反応の用量作用曲線を用量依存的に右方へ平行移動した。ここで、静脈内投与時の抑制作用と経口投与時の抑制作用の効力比から、経口投与後、その約10%が吸収されたものと推定された。

図1.脊髄破壊した高血圧自然発症ラットにおけるrh-renin静脈内持続投与による平均血圧(MBP)の上昇に対するレニン阻害薬(YM-21095、KRI-1314)の作用。各値は4例の平均値士標準誤差を表す。

 レニン阻害薬の降圧作用の評価は、その種特異性と血圧調節におけるRAA系の関与の点から、サルを用いてRAA系を活性化させた状態で行う必要がある。本研究では、飼育が容易で実験上扱い易いことから、新世界ザルのリスザルを用いた。最初に、リスザルをfurosernide処置及び低Na餌によりNa枯渇状態にし、RAA系を活性化させた群(Na枯渇群)と通常飼育した群(正常群)の2群に分け、麻酔下でYM-21095及びKRI-1314の静脈内投与時の作用を検討した。2種のレニン阻害薬は、正常群及びNa枯渇群ともに、用量依存的に血漿レニン活性(PRA)を抑制し、血圧を下降させた(図2)。YM-21095の降圧作用はKRI-1314に比べ約5〜6強力であり、in vitroでのリスザルの血漿レニンに対する阻害活性の効力比と一致した。また、今回の結果で、正常状態においても降圧作用が認められたこと及びPRAの抑制と降圧作用の間には投与用量に解離が認められたことから、血圧の維持には循環血液中だけではなく、組織中のRAA系も関与する可能性が示唆された。一方、経口投与時の降圧作用の評価では、まず無麻酔下におけるリスザルの血圧測定方法を確立する必要があることから、最初に、実験方法が簡便であり、動物を非侵襲状態で取り扱うことができるtail cuff法を用いて、リスザルにおける血圧測定系を確立した。続いて、このtail cuff法を用いた血圧測定で、YM-21095及びKRI-1314はNa枯渇状態のリスザルの血圧を用量依存的に下降させた。ここで、Na枯渇状態のリスザルでの静脈内投与時と経口投与時の降圧作用の効力比から、YM-21095及びKRI-1314の経口吸収性はそれぞれ0.5%及び2.0%と推定された。

図2.麻酔下のリスザルにおけるレニン阻害薬(YM-21095、KRI-1314)の心拍数(HR)、平均血圧(MBP)及び血漿レニン活性(PRA)に対する作用。A)Na枯渇状態、B)正常状態のリスザルの結果を示す。

 本研究では、レニン阻害薬の経口吸収性を、静脈内投与時と経口投与時の薬効比較から推定した。この推定が妥当かどうかを、ラット及びリスザルでの薬動力学的解析を行うことにより検討した。ラットにおいて、YM-26365 は静脈内投与後、急速かつ広範に生体内に分布すると考えられた。静脈内投与後及び経口投与後の血漿中未変化体濃度曲線下面積の比から求めたバイオアベイラビリティ(Bioav.)は9.6%であり、ラットにおいてrh-reninを用いて薬効評価から推定した約10%の経口吸収性を支持する結果であった。同様に、リスザルにおける薬動力学的解析から求めたYM-21095及びKRI-1314のBioav.はそれぞれ、0.8%及び0.9%であり、降圧作用の評価より推定した経口吸収性を概ね支持する結果であった。

 以上、本研究により、ヒト及び霊長類のレニンを特異的に抑制するレニン阻害薬はリスザルで、あるいは、ヒト・レニンを利用することによりラットで、その薬効及び経口吸収性の評価が可能であることが明らかとなった。

審査要旨

 レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系は循環系のホメオスタシスの強力な調節因子の一つとして、血圧の調節や維持に重要な役割を果たしている。また、本系を遮断するアンジオテンシン変換酵素阻害剤は高血圧や心不全の治療において有効性を示し、RAA系が種々の病態の発現・維持にも深く関わっていることが明らかにされつつある。しかしながら、アンジオテンシン変換酵素阻害剤はカリクレイン・キニン系への作用も併せ持つために、臨床では空咳などの副作用が報告されている。一方、RAA系の律速酵素であるレニンは、基質選択性の非常に高い酵素であることから、その阻害薬もレニンのみを特異的に抑制すると考えられる。従って、レニン阻害薬はRAA系を選択的に遮断する、副作用の少ない薬剤となることが期待されている。しかしながら、そのレニン阻害薬の開発には幾つかの問題点が存在する。第一点は、レニンは動物間の種特異性が非常に高く、ヒト・レニンの阻害薬のin vivoの実験では使用動物に大きな制限を受けることである。第二点は、レニン阻害薬の開発には経口吸収性を向上させることが必須であるにもかかわらず、経口吸収性の簡便な評価方法が存在しないことである。

 本研究は、これらの問題を解決するために、レニン阻害薬の合成研究より見い出した遷移状態アナログのYM-21095、YM-26365及びKRI-1314を用い、レニン阻害薬のin vivoでの薬効評価系及び簡便な経口吸収性の評価系の確立をめざしたものである。

 本論文では、まず、YM-21095、YM-26365及びKRI-1314がヒト及び霊長類のレニンを特異的に抑制することを明らかにし、同時に、これら阻害薬はその種特異性の為に、イヌやラットなどの実験動物を用いてin vivoでの薬効を評価するのが困難であることも示した。そこで、遺伝子組み換え型ヒト・レニンがラットにおいても昇圧反応を惹起することを明らかにし、このラットにおけるヒト・レニンによる昇圧反応に対するレニン阻害薬の抑制作用でその薬効の評価を試みた。レニン阻害薬は静脈内投与で、あるいは経口投与で、この昇圧反応を抑制したことから、本系でin vivoの薬効を評価できることが明らかとなった。本評価系はヒト・レニンを用いることから、レニン阻害薬のin vivoでの薬効をより的確に判断できる有用性の高い系であると考えられる。

 レニン阻害薬の降圧作用の評価は、その種特異性と血圧調節におけるRAA系の関与の点から、サルを用いてRAA系を活性化させた状態で行う必要がある。本研究ではリスザルを用い、低Na餌とフロセミド処置によりNa枯渇状態としてRAA系を活性化させた。また、経口投与時のリスザルの血圧に対する作用を簡便に評価する方法としてtail cuff法を用いた血圧測定システムを考案した。これらの実験条件及び測定方法で、レニン阻害薬の静脈内投与時並びに経口投与時の降圧作用の評価が可能であること、さらに、降圧作用を指標として経口吸収性の評価も可能であることが明らかとなった。リスザルは小型で扱い易いなどの点も考えると、本評価系は降圧作用及び経口吸収性の評価に有用な系であると考えられる。

 最後に、本実験で用いた3種のレニン阻害薬のYM-21095、YM-26365及びKRI-1314の血漿中濃度の定量法を確立し、薬動力学的解析から、これらのバイオアベイラビリティを求めて、薬効評価から推定した経口吸収性が妥当であることを明らかにした。

 以上のように、本研究により、ヒト及び霊長類のレニンを特異的に抑制するレニン阻害薬はリスザルで、あるいは、ヒト・レニンを利用することによりラットで、その薬効及び経口吸収性の評価が可能であることが明らかとなった。本研究は新しい評価系を考案することにより、レニン阻害薬のスクリーニング系を構築した点で、高血圧及び心不全の病態研究並びに薬物治療の分野への貢献は多大であると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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