1990年以降、糖鎖の生理的また病理的な役割に関する研究が爆発的に進展したが、これは細胞認識に重要な役割を果たす「糖鎖を認識する分子」の性状、分布、機能等が明らかにされはじめたことと表裏の関係にある。学位申請者、小島京子の本論文[アネキシンファミリーの糖結合タンパク質に関する研究」の内容は、このような糖鎖生物学の最近の発展の歴史に新たな1ページを加えるものである。 現在までに種々の動物組織、細胞から単離・同定されてきたレクチンは、そのほとんどが一次配列上の相同性(特に糖認識部位に保存されたアミノ酸残基)に基づいてCa2+要求性のCタイプレクチンと、Ca2+非要求性のガレクチン群(Sタイプレクチン)に分類された。糖特異性に関しては、ガレクチンがすべて-ガラクトシド結合性であるのに対し、Cタイプレクチンには多様性が見られる。しかしながら、多くは中性糖を認識するものであり、酸性糖鎖を認識するものは少ない。学位申請者は複合糖鎖上に陰性電荷を付与するシアル酸や硫酸化糖に対して親和性を持つタンパク質に着目し探索した結果、Cタイプレクチンやガレクチンとは異なる、アネキシンファミリーに属する新しいタイプの糖結合タンパク質を見い出した。 本論文は序論と5つの章から成る。 第1章では糖結合タンパク質が精製された経緯が述べられている。精製の出発材料としてウシ腎臓を選択した。分子量33kDa(p33)と41kDa(p41)のタンパク質を精製した。p41はp33が還元により切断されうる何かの修飾を受けたものであることを見い出した。またp33/41は腎臓に限らず肝臓、膵臓、小腸に多く含まれることを明らかにした。 第2章では糖特異性の検討が行われた。西洋ワサビペルオキシダーゼをフェツインおよびヘバリンに標識し、プローブとして用いる固相アッセイ法を新たに開発した。学位申請者はCa2+存在下で単糖や複合多糖による阻害実験を行った結果から、単糖レベルではp33/41の糖結合性を特徴づけられず、p33/41は非還元末端の糖残基のみを認識しているのではなく、さらに広い糖鎖部分が結合に関与していることを見い出した。一方、糖タンパク質や酸性多糖では糖鎖上の陰性電荷との相互作用のみではなく、糖鎖との特異的相互作用があることが確かめられた。 第3章ではp33/41の一次配列分析、cDNAクローニングとアネキシンIVとの異同について述べられている。p33/41をプロテアーゼ消化し、得られたペプチド断片のアミノ酸配列を調べるとCタイプレクチンあるいはガレクチンとのホモロジーは見い出されず、既存のレクチンとは異なるタンパク質であることが明確になった。ホモロジー検索の結果、p33/41の部分アミノ酸配列のほとんどがウシアネキシンIVに一致することが判明した。アネキシンIVはCa2+/リン脂質結合性を共通活性とするアネキシンファミリーに属するタンパク質で、今迄、糖結合性に関する報告のなかった分子である。そこで、この分子とアネキシンIVとの異同をさらに追及するために、p33/41の部分配列に基づいて合成した数種のオリゴヌレオチドをプローブに、ウシ肝臓のcDNAライブラリー(gt10)をスクリーニングしてp33/4lのcDNAクローニングが行われた。取得されたcDNAを大腸菌に発現させ、得られた蛋白の性状を調べた結果、p33とp41は単一の遺伝子から合成されるが、何らかの修飾をうけて酸化型と還元型になり、電気泳動により見かけ上異なるサイズの二つのバンドとして検出されることが明らかになった。さらに糖結合性に関する実験結果などからもp33/41はアネキシンIVと同一であると結論づけられた。 第4章ではp33/41の腎臓での局在性が、組織化学的方法で追及されている。腎臓の切片を免疫組織化学的に染色すると、腎臓の近位尿細管とネフロンの終末部である乳頭管が強く染色された。細胞内における特徴的な分布は、少なくとも近位尿細管上皮では、この分子が細胞の頂端部側へ選択的な輸送され、濃縮されることを示唆していた。これらの結果は、今後p33/41の細胞機能や臓器機能との関係を知るうえで重要な知見となるであろう。 第5章ではまとめと考察が述べられている。アネキシンは動物及び植物組織中に広く見出される。Ca2+/リン脂質結合性のタンパク群で、現在までにアネキシンI〜XIIIまでが同定されている。エキソサイトーシス、エンドサイトーシスに関与する分子であること、イオンチャネルの形成、in vitroでの抗炎症作用、抗凝固作用など様々な活性が見出されているがその機構は不明であることなどが、本章にまとめられている。 以上のように、本論文では、緻密な実験に基づいて、結果的にはアネキシンが「糖鎖を認識しうる分子であること」を明白に示した。これまで記述されてきたアネキシンが関与する生命現象には、この分子がCa2+やリン脂質と結合性するタンパクであるだけでなく、酸性糖鎖と相互作用するタンパクである、という視点で解析すべきであること指摘された。また、「すでによく知られている機能分子が糖鎖認識という付加的な機能を持ちうる」という新しい概念を生化学、糖鎖生物学にもたらし、これらの領域の発展に寄与するところが大である。当初の予想に反する実験結果を正しく解釈し、斬新な発見へと研究を進めた学位申請者の研究業績は高く評価できる。よって本研究は博士(薬学)の学位に価すると判断した。 |