学位論文要旨



No 211910
著者(漢字) 小島,京子
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,キョウコ
標題(和) アネキシンファミリーの糖結合タンパク質に関する研究
標題(洋)
報告番号 211910
報告番号 乙11910
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11910号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 講師 久保,健雄
内容要旨

 糖鎖構造解析手法の発展にともない生体内複合糖質上の糖鎖の構造解析が進み、糖鎖の多様性が示される一方、近年は糖鎖の生理的意義を明らかにするためのアプローチが精力的に進められている。糖鎖の機能を考える上での魅力的な研究対象の一つに、生体内での複合糖鎖シグナルの受け手、レクチンがある。最近、実際に細胞間認識、接着に関連した生命現象が、糖とレクチンの特異的相互作用により説明づけられたこともあり、動物レクチンに関する研究が活発になってきている。

 現在までに種々の動物組織、細胞から単離・同定されてきたレクチンは、そのほとんどが一次配列上の相同性(特に糖認識部位に保存されたアミノ酸残基)に基づいてCa2+要求性のCタイプレクチンと、Ca2+非要求性のガレクチン群(Sタイプレクチン)に分類される。糖特異性に関しては、ガレクチンがすべて-ガラクトシド結合性であるのに対し、Cタイプレクチンには多様性が見られる。しかしながら、多くは中性糖を認識するものであり、酸性糖鎖を認識するものは少ない。そこで本研究では、複合糖鎖上に陰性電荷を付与するシアル酸や硫酸化糖に対して親和性を持つタンパク質に着目し、探索することを目的とした。その結果、Cタイプレクチンやガレクチンとは異なる、アネキシンファミリーに属する新しいタイプの糖結合タンパク質を見いだしたので以下その概要を記す。

1.糖結合タンパク質の精製

 精製にあたり、腎臓は高度に分化した、機能の異なる多種類の細胞から構築される臓器の一つであること、Tamm-Horsfall糖タンパク質、ボドカリキシン、などの機能的に意義づけがなされていないシアロ糖タンパク質を多く産生、発現していることなどをふまえ、精製の出発材料としてウシ腎臓を選択した。

 EDTAを含む緩衝液で調製したウシ腎臓抽出液から、フェツイン-セファロースとヘパリン-セファロースを使ったCa2+依存的な二段階アフィニティークロマトグラフィーと、DEAEイオン交換HPLCにより、分子量33kDa(p33)と41kDa(p41)のタンパク質を精製した。p33とp41は、よく類似したアミノ酸組成を持ち、ともにN-末端アミノ酸がブロックされており、またp41はSDS、尿素、熱変性では分子量に変化は見られないが、DTT、2-MEで処理することによりp33に変換された。これらの結果から、p41はp33が還元により切断されうる何らかの修飾を受けたものであることが示唆された。植物レクチン(Con A、WGA、RCA、LCA、UEA-I、PNA)を使ったp33/41の染色結果はすべて陰性であり、p33/41は糖鎖を持たないタンパク質であると考えられた。p33/41に対するウサギポリクローナル抗体でのウシ主要臓器抽出液のイムノブロッテイングの結果から、p33/41は腎臓に限らず肝臓、膵臓、小腸に多く含まれていることが明らかになり、一方、脳、胸腺、甲状腺、筋組織抽出液中にはほとんど検出されなかった。

2.西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識化プローブを使った糖結合活性の測定と糖特異性の検討

 p33/41はヒト、ウシ、ウサギ赤血球を凝集しない。そこで凝集試験に変わる簡便なin vitro糖結合活性測定法として、HRPをフェツインおよびヘパリンに標識し、プローブとして用いる固相アッセイ法を開発した。HRPとフェツインは過ヨウ素酸酸化法で、HRPとヘパリンはEEDQを用いてカッブリングし、どちらもゲルろ過で精製後に実験に用いた。p33/41をマイクロタイタープレートに固定化し、HRP-フェツインあるいはHRP-ヘパリンと反応させるとCa2+存在下では濃度依存的な結合が認められ、EDTAにより阻害された。この活性を単糖で阻害すると、調べた中ではNeu Acでもっとも強く阻害されたが、100%阻害には200mMを必要とした。またGlcNAc、GalNAcでも高濃度では阻害活性が高かった。これらの結果から、単糖レベルではp33/41の糖結合性を特徴づけられず、p33/41は非還元末端の糖残基のみを認識しているのではなく、さらに広い糖鎖部分が結合に関与していると思われた。糖タンパク質では、シアル酸を含む複合型糖鎖を持つチログロブリン、フェツインで強く阻害され、高マンノース型糖鎖のリボヌクレアーゼBでは弱く、O-グリコシド型糖鎖の顎下腺ムチンでは阻害されなかった。シアル酸を含むN-グリコシド型糖鎖でもトランスフェリンでは阻害されなかった。これはフェツインのN-グリコシド型糖鎖が主に3本鎖であるのに対し、トランスフェリンでは2本鎖であり、p33/41との結合能が弱いこと、また糖含量が低いことが考えられた。HRP-ヘパリンとの結合を酸性多糖で阻害すると、ヘパリン、ヘパラン硫酸、フコイジンで強く阻害されたが、硫酸含量が高くてもキチン硫酸、デキストラン硫酸では阻害されないため、p33/41と糖との結合は、糖鎖上の陰性電荷との相互作用のみではなく、特異的相互作用であることが示唆された。

3.p33/41の一次配列分析、cDNAクローニングとアネキシンIVとの異同

 p33/41をプロテアーゼ消化し、得られたペプチド断片のアミノ酸配列を調べると、Cタイプレクチンあるいはガレクチンとのホモロジーは見いだされず、既存のレクチンとは異なるタンパク質であることが示唆された。ホモロジー検索の結果、p33/41の部分アミノ酸配列のほとんどがウシアネキシンIVに一致することが明らかになった。アネキシンIVはCa2+/リン脂質結合はを共通活性とするアネキシンファミリーに属するタンパク質で、今まで糖結合性に関する報告のなかった分子である。そこでアネキシンIVとの異同を明らかにするために、p33/41のcDNAクローニングを行なった。p33/41の部分配列に基づいて合成した数種のオリゴヌクレオチドをプローブに、ウシ肝臓のcDNAライブラリー(gt10)をスクリーニングした。得られた約1k baseのcDNAのORFには、319個のアミノ酸がコードされ、これは既報のウシアネキシンIVの配列とほぼ同一であった。このクローンのORFをタンパク発現用ベクターpGEX-3Xに挿入し、大腸菌体でグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST、26kDa)との融合タンパク質(GST-p33/41)として発現させた。SDS-電気泳動、イムノブロッティングにより、GST-p33/41は非還元下では分子量57kDaと62kDaの二本鎖として、還元下では57kDaの一本鎖として検出された。GST部分を切断、除去したリコンビナントp33/41は、ネイティブと同様に非還元下で33kDaと41kDaのダブレットとして、還元下で33kDaのシングルバンドとして検出され、p33/41に対するポリクローナル抗体と交差反応することが確認された。このことから、p33とp41は単一の遺伝子から合成されるが、何らかの修飾を受けて酸化型と還元型になり、電気泳動により見かけ上異なるサイズのバンドとして検出されることが明らかになった。GST-p33/41についてフェツイン糖ペプチド-、ヘパリン-セファロースカラムに対する親和性を調べると、Ca2+存在下で結合し、EDTAにより溶出され、一方、アシアロフェツイン糖ペプチドカラムには結合しなかった。これらの結果から、p33/41はアネキシンIVと同一であると結論づけた。

4.p33/41の腎臓での局在

 ウシ腎臓のホルマリン固定切片をp33/41に対するポリクローナル抗体を使って免疫組織化学的に染色すると、腎臓の近位尿細管とネフロンの終末部である乳頭管が強く染色された。近位尿細管上皮では細胞の頂端部側の刷子縁膜のみが強く染色され、高度に極性化した近位尿細管上皮細胞におけるp33/41の頂端部側への選択的な輸送、濃縮を示唆していた。このことは、ウシ腎臓ホモジネートから調製した刷子縁膜小胞に、ホモジネートと比較して高濃度にp33/41が濃縮されていた結果からも確認された。一方、近位尿細管での極性化した局在とは異なり、乳頭管上皮では細胞質が一様に染色された。

5.まとめと考察

 ウシ腎臓よりCa2+存在下でシアル酸を含む糖鎖や硫酸化多糖に結合するタンパク質p33/41を精製した。p33/41のcDNAクローニング、リコンビナントp33/41の免疫交差反応性とCa2+存在下の糖結合活性から、p33/41はアネキシンIVと同一のタンパク質であることが明らかになった。アネキシンは動物及び植物組織中に広く見いだされるCa2+/リン脂質結合性のタンパク群で、現在までにアネキシンI〜XIIIまでが同定されている。エキソサイトーシス、エンドサイトーシスに関与する分子であること、イオンチャネルの形成、in vitroでの抗炎症作用、抗凝固作用など様々な活性がアネキシンには見いだされているがその機構は不明である。本研究では、アネキシンが「糖鎖を認識しうる分子」であることを示した。アネキシンが関与する生命現象が、糖とタンパク質の相互作用によって説明づけられる可能性が示唆された。

審査要旨

 1990年以降、糖鎖の生理的また病理的な役割に関する研究が爆発的に進展したが、これは細胞認識に重要な役割を果たす「糖鎖を認識する分子」の性状、分布、機能等が明らかにされはじめたことと表裏の関係にある。学位申請者、小島京子の本論文[アネキシンファミリーの糖結合タンパク質に関する研究」の内容は、このような糖鎖生物学の最近の発展の歴史に新たな1ページを加えるものである。

 現在までに種々の動物組織、細胞から単離・同定されてきたレクチンは、そのほとんどが一次配列上の相同性(特に糖認識部位に保存されたアミノ酸残基)に基づいてCa2+要求性のCタイプレクチンと、Ca2+非要求性のガレクチン群(Sタイプレクチン)に分類された。糖特異性に関しては、ガレクチンがすべて-ガラクトシド結合性であるのに対し、Cタイプレクチンには多様性が見られる。しかしながら、多くは中性糖を認識するものであり、酸性糖鎖を認識するものは少ない。学位申請者は複合糖鎖上に陰性電荷を付与するシアル酸や硫酸化糖に対して親和性を持つタンパク質に着目し探索した結果、Cタイプレクチンやガレクチンとは異なる、アネキシンファミリーに属する新しいタイプの糖結合タンパク質を見い出した。

 本論文は序論と5つの章から成る。

 第1章では糖結合タンパク質が精製された経緯が述べられている。精製の出発材料としてウシ腎臓を選択した。分子量33kDa(p33)と41kDa(p41)のタンパク質を精製した。p41はp33が還元により切断されうる何かの修飾を受けたものであることを見い出した。またp33/41は腎臓に限らず肝臓、膵臓、小腸に多く含まれることを明らかにした。

 第2章では糖特異性の検討が行われた。西洋ワサビペルオキシダーゼをフェツインおよびヘバリンに標識し、プローブとして用いる固相アッセイ法を新たに開発した。学位申請者はCa2+存在下で単糖や複合多糖による阻害実験を行った結果から、単糖レベルではp33/41の糖結合性を特徴づけられず、p33/41は非還元末端の糖残基のみを認識しているのではなく、さらに広い糖鎖部分が結合に関与していることを見い出した。一方、糖タンパク質や酸性多糖では糖鎖上の陰性電荷との相互作用のみではなく、糖鎖との特異的相互作用があることが確かめられた。

 第3章ではp33/41の一次配列分析、cDNAクローニングとアネキシンIVとの異同について述べられている。p33/41をプロテアーゼ消化し、得られたペプチド断片のアミノ酸配列を調べるとCタイプレクチンあるいはガレクチンとのホモロジーは見い出されず、既存のレクチンとは異なるタンパク質であることが明確になった。ホモロジー検索の結果、p33/41の部分アミノ酸配列のほとんどがウシアネキシンIVに一致することが判明した。アネキシンIVはCa2+/リン脂質結合性を共通活性とするアネキシンファミリーに属するタンパク質で、今迄、糖結合性に関する報告のなかった分子である。そこで、この分子とアネキシンIVとの異同をさらに追及するために、p33/41の部分配列に基づいて合成した数種のオリゴヌレオチドをプローブに、ウシ肝臓のcDNAライブラリー(gt10)をスクリーニングしてp33/4lのcDNAクローニングが行われた。取得されたcDNAを大腸菌に発現させ、得られた蛋白の性状を調べた結果、p33とp41は単一の遺伝子から合成されるが、何らかの修飾をうけて酸化型と還元型になり、電気泳動により見かけ上異なるサイズの二つのバンドとして検出されることが明らかになった。さらに糖結合性に関する実験結果などからもp33/41はアネキシンIVと同一であると結論づけられた。

 第4章ではp33/41の腎臓での局在性が、組織化学的方法で追及されている。腎臓の切片を免疫組織化学的に染色すると、腎臓の近位尿細管とネフロンの終末部である乳頭管が強く染色された。細胞内における特徴的な分布は、少なくとも近位尿細管上皮では、この分子が細胞の頂端部側へ選択的な輸送され、濃縮されることを示唆していた。これらの結果は、今後p33/41の細胞機能や臓器機能との関係を知るうえで重要な知見となるであろう。

 第5章ではまとめと考察が述べられている。アネキシンは動物及び植物組織中に広く見出される。Ca2+/リン脂質結合性のタンパク群で、現在までにアネキシンI〜XIIIまでが同定されている。エキソサイトーシス、エンドサイトーシスに関与する分子であること、イオンチャネルの形成、in vitroでの抗炎症作用、抗凝固作用など様々な活性が見出されているがその機構は不明であることなどが、本章にまとめられている。

 以上のように、本論文では、緻密な実験に基づいて、結果的にはアネキシンが「糖鎖を認識しうる分子であること」を明白に示した。これまで記述されてきたアネキシンが関与する生命現象には、この分子がCa2+やリン脂質と結合性するタンパクであるだけでなく、酸性糖鎖と相互作用するタンパクである、という視点で解析すべきであること指摘された。また、「すでによく知られている機能分子が糖鎖認識という付加的な機能を持ちうる」という新しい概念を生化学、糖鎖生物学にもたらし、これらの領域の発展に寄与するところが大である。当初の予想に反する実験結果を正しく解釈し、斬新な発見へと研究を進めた学位申請者の研究業績は高く評価できる。よって本研究は博士(薬学)の学位に価すると判断した。

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