学位論文要旨



No 211913
著者(漢字) 崎玉,克彦
著者(英字)
著者(カナ) サキタマ,カツヒコ
標題(和) Group II線維を介した屈曲反射に関する薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 211913
報告番号 乙11913
学位授与日 1994.09.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11913号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 小野,秀樹
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨

 多シナプス反射の一つである屈曲反射には侵害性の知覚情報を伝えるgroup-III及びIV線維を介して誘発される防御反射としての機能を持つ成分(侵害性の屈曲反射)の他に、触覚や振動覚及び運動感覚の知覚情報を伝達しているgroup II線維を介して誘発される成分がある。Group II線維を介した屈曲反射は防御反射というよりは姿勢や種々の屈曲運動の発現と調節に関係があると考えらている。侵害性の屈曲反射についてはcatecholamine性神経による下行性制御に関して多くの研究がなされてきた。特にnoradrenaline性の下行性線維の影響については精力的に研究されており、脊髄において促進と抑制の両作用を発揮すること、及び促進作用は1-アドレナリン受容体(1-受容体)を介することが解明されている。薬理学的には麻薬性鎮痛薬や中枢性筋弛緩薬の評価に用いられてきた。ところがgroup II線維を介した屈曲反射を記録した報告はほとんど無かったために、これらの機能の異なる屈曲反射についての生理学的及び薬理学的な比較はこれまでは不可能だった。屈曲反射の普遍的に持つ性質や機能に対応して異なる性質を解明し、さらには生体における反射の統合様式を理解していく上で二種類の屈曲反射の比較をすることは重要であると考えられた。そこで本研究ではgroup II線維を介した屈曲反射を同定及び記録して、脊髄におけるnoradrenalineの影響と、薬物に対する感受性について調べた。さらに、group II線維を介した屈曲反射を抑制した薬物について、その作用機序の中にnoradrenalineによる反射促進の抑制作用が含まれているか否かを検討した。

IGroup II線維を介した屈曲反射の同定と記録

 屈曲反射を筋電図を指標として記録した時に観察される、潜伏時間が短い(10msec以下)の相性の成分に対応する求心性線維の発火を記録し、同定した。麻酔ラットの後肢の頸骨神経を電気刺激し、同側の屈筋である前頸骨筋より誘発筋電図を、L5後根から求心性発火を記録した(図1)。屈曲反射が記録される閾値下の電圧で第一刺激を加えると、L5後根に単相性の発火(peak1)が記緑された(図1A)。第一刺激から0.9msec遅れて第二刺激を加え、電圧をpeak1の閾値の2倍にしたとき、peak1から遅れて新たな発火(peak2)が出現し、同時に前頸骨筋に潜伏時間が7.6±0.4msecの相性の筋電図が記録された(図1BからD)。第一刺激で発火した線維は第二刺激の時点では絶対不応期なので、屈曲反射を誘発するための求心性発火のみが抽出された。Peak1とpeak2の伝導速度は、各々54.1±8.1m/sと39.9±3.2m/sであり、group Iとgroup II線維の伝導速度の範囲に入った。閾値電圧と神経伝導速度より、潜伏時間の短い相性の筋電図として記録される屈曲反射は、group II線維を介して誘発されていることが初めて証明された。

図1 Group II線維を介した屈曲反射と対応する求心性発火の記録▲電気刺激。
II脊髄におけるnoradrenalineのgroup II線維を介した屈曲反射に対する影響に関する薬理学的研究

 Noradrenalineを脊髄髄腔内投与すると、低濃度ではgroup II線維を介した屈曲反射を緩徐に抑制したが、高濃度では一過性に反射を促進した後抑制した(図2)。1-受容体興奮薬のmethoxamineと2-アドレナリン受容体(2-受容体)興奮作用を持つclonidineは脊髄髄腔内投与により、反射に対して各々促進と緩徐な抑制作用を示した。以上の結果より、脊髄においてnoradrenalineは、group II線維を介した屈曲反射に対して。1-受容体を介した促進作用と2-受容体を介した抑制作用を及ぼすことが解明された。さらに、noradrenalineとmethoxamineは、反射の促進と同様の時間経過で前頸骨筋の筋電図の自発発火を増強したことから、noradrenalineのgroup II線維を介した屈曲反射促進作用の機序には1-受容体を介した運動神経の興奮性の上昇作用が含まれることが示唆された。

図2 Noradrenaline(NA)脊髄髄腔内投与の作用データは3-4例の平均値 ± 標準誤差 *、**危険率5%、1%で投与前に対して有意差あり。

 2-受容体拮抗薬のyohimbineを脊髄髄腔内に前処置して、反射を抑制する濃度のnoradrenalineを脊髄髄腔内投与するとgroup II線維を介した屈曲反射は著明に促進された。促進作用はnoradreneblineの単独投与の場合よりもはるかに著明であり、かつ反射の抑制作用は全く認められなかった。Yohimbineを前処置して、noradrenalineの投与で誘発される反射促進作用は、1-受容体拮抗薬のprazosinを静脈内に前処置すると用量依存的に抑制された(図3)。以上の結果より、脊髄髄腔内にnoradrenalineを投与すると、1-受容体を介した促進作用と2-受容体を介した抑制作用が重畳して発現していることが示唆された。

図3 Noradrenalineの脊髄髄腔内投与に対するyohimbine及びprazosinの作用データは3-4例の平均値 ± 標準誤差 *、**危険率5%、1%で投与前に対して有意差あり。
IIIGroup II線維を介した屈曲反射に対する薬物の効果(脊髄intact動物)

 麻薬性鎮痛薬のmorphineは、侵害性の屈曲反射を消失させる用量を静脈内投与してもgroup II線維を介した屈曲反射に対しては作用を示さなかった。一方中枢性筋弛緩薬のmephenesinは、侵害性の屈曲反射に対しては作用を示さないが、group II線維を介した屈曲反射は用量依存的に抑制した。これらの結果よりmorphineとmephenesinは、各々侵害性の屈曲反射とgroup II線維を介した屈曲反射を選択的に抑制することが示唆された。中枢性筋弛緩作用を持つtolperisone、baclofen、chlorpromazine、diazepam及びtizanidineは、作用様式は異なったが、group II線維を介した屈曲反射を抑制した(表1)。Tolperisone、chlorpromazine及びbaclofenの作用は、用量依存的であった。Diazepamは、高用量を静脈内投与してもgroup II線維を介した屈曲反射に対する作用は飽和したことより、多シナプス反射のdiazepam抵抗性の成分にはgroup II線維を介した屈曲反射が含まれると考えられた。侵害性の屈曲反射は用量依存的に抑制するtizanidineは、group II線維を介した屈曲反射に対してはベル型の抑制作用を示したことより、tizanidineの屈曲反射に対する作用は、反射を誘発するために発火している求心性神経によって異なる可能性が示唆された。

IV中枢性筋弛緩作用を持つ薬物の脊髄ラットにおける作用とnoradrenalineによるgroup II線維を介した屈曲反射促進作用に対する作用

 脊髄ラットではmephenesin、diazepam、tolperisone、chlorpromazine及びbaclofenはgroup II線維を介した屈曲反射を抑制したが、tizanidineは反射を促進した(表1)。これらの結果は、tizanidine以外の薬物のgroup II線維を介した屈曲反射抑制の作用部位には脊髄が含まれること、及びtizanidineの脊髄intactラットにおける反射抑制作用は、上位中枢を介した抑制作用が脊髄における促進作用より優位に発揮されて発現していることを示唆している。

 Noradrenalineによるgroup II線維を介した屈曲反射促進作用に対しては、mephenesinとdiazepamは影響しなかったが、tizanidine、tolperisone、chlorpromazine及びbaclofenは抑制作用を示した(表1)。これらの結果より、tizanidine、tolperisone、chlorpromazine及びbaclofenのgroup II線維を介した屈曲反射抑制の機序には、noradrenalineによる1-受容体を介した反射促進作用を脊髄レベルで抑制する作用が含まれていることが示唆された。これまでに、多シナプス反射に関してnoradrenalineによる反射促進に対する薬物の作用についての報告はなく、本研究成果が初めてである。

表1 各種中枢性筋弛緩作用を持つ薬物のgroup II線維を介した屈曲反射とnoradrenalineによる反射増強作用に対する作用
【結論】

 1.筋電図を指標として屈曲反射を記録したときに観察される、潜伏時間が短い筋電図成分は、group II線維を介した非侵害性の刺激によって誘発される屈曲反射であることが初めて明らかとなった。

 2.脊髄におけるnoradrenalineは、group II線維を介した屈曲反射に対しては、1-受容体を介して促進作用を、2-受容体を介して抑制作用を及ぼしていることが初めて明らかとなった。さらに、noradrenalineによる反射の促進作用の機序の中には、1-受容体を介した-運動神経の興奮性の上昇作用が含まれることが示唆された。

 3.Group II線維を介した屈曲反射は、麻薬性鎮痛薬のmorphineに対しては感受性を示さないが、中枢性筋弛緩作用を持つ薬物によっては、作用様式は薬物によって異なるが抑制されることが明らかになった。又、morphine、mephenesin、diazepam及びtizanidineの屈曲反射に対する作用は、反射を誘発する刺激によって興奮する求心性線維の種類によって異なる可能性があることを解明した。

 4.Mephenesin、diazepam、tolperisone、chlorpromazineとbaclofenのgroup II線維を介した屈曲反射に対する抑制の作用部位には、脊髄が含まれることが明らかになった。また、tolperisone、tizanidine、chlorpromazine及びbaclofenのgroup II線維を介した屈曲反射の抑制の機序には、noradrenalineによる1-受容体を介した反射促進作用を脊髄レベルで抑制する作用が含まれることを初めて明らかにした。

 本研究において私は、group II線維を介した屈曲反射を同定及び記録し、この屈曲反射が、脊髄においてnoradrenalineにより、1-受容体を介した促進作用と、2-受容体を介した抑制作用を受けていること、及び中枢性筋弛緩作用を持つ薬物によって抑制されることを初めて明らかにした。さらに、中枢性筋弛緩薬の反射抑制作用の機序に関しては、noradrenalineによる1-受容体を介した反射促進作用に対する脊髄レベルでの拮抗作用も考慮すべきであることを解明した。

審査要旨

 この論文は、非侵害性の刺激によって興奮する求心性線維である、group II線維を介した屈曲反射について薬理学的な性質を調べ、まとめたものである。

 屈曲反射には、侵害性の知覚情報を伝えるgroup III及びIV線維を介して誘発される防御反射としての機能を持つ成分の他に、触覚や振動覚及び運動感覚の知覚情報を伝達しているgroup II線維を介して誘発される成分があることは知られていた。これまで、侵害性の刺激によって誘発される屈曲反射については、下行性制御や薬物の感受性について多くの研究がなされてきたが、group II線維を介した屈曲反射を記録した報告はほとんど無く、薬理学的検討は、ほとんどなされなかった。

 本研究ではgroup II線維を介した屈曲反射を同定及び記録して、この反射に対する下行性制御機構を調べる第一歩として、脊髄におけるnoradrenalineの影響を調べること、加えて薬物に対する感受性について調べ、その作用機序についても解明することを目的としている。

 本論文は四章より構成されている。第一章では、筋電図を指標として屈曲反射を記録したときに観察される、潜伏時間が短い成分が、group II線維を介した屈曲反射であることを初めて明らかとした。第二章ではnoradrenaline及び1-及び2-アドレナリン受容体の興奮薬と拮抗薬を脊髄髄腔内に投与することにより(prazosinについては静脈内投与)、group II線維を介した屈曲反射に対する脊髄におけるnoradrenalineの役割が、1-アドレナリン受容体を介した促進作用と、2-アドレナリン受容体を介した抑制作用であることを明らかにした。第三章では、group II線維を介した屈曲反射は、侵害性の刺激によって誘発される屈曲反射に対しては強い抑制作用を示す麻薬性鎮痛薬のmorphineに対しては感受性を示さないが、中枢性筋弛緩作用を持つ薬物によっては抑制されることを明らかにした。第四章では、第三章でgroup II線維を介した屈曲反射に抑制作用を示した中枢性筋弛緩作用を持つ薬物の中に、noradrenalineによる1-アドレナリン受容体を介した反射促進作用を脊髄レベルで抑制する機序を持つものがあることを初めて明らかにした。

 以上、本研究はgroup II線維を介した屈曲反射を初めて同定及び記録し、薬理学的な性格を明らかにすることにより、侵害性の刺激によって誘発される屈曲反射との比較を可能にした点と、歩行等の四肢の運動機能と関係の深い屈曲反射について薬理学的検討を加えた報告である点で、今後の屈曲反射の生理学的役割と薬理学的性質を比較解明する研究に多大に寄与すると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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