学位論文要旨



No 211914
著者(漢字) 宮本,武司
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,タケシ
標題(和) エアアシストインジェクタによって生成される過渡的な噴霧流の構造に関する数値的研究 : 燃料液の微粒化から蒸発まで
標題(洋)
報告番号 211914
報告番号 乙11914
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11914号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小竹,進
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
内容要旨

 エアアシストインジェクタは,燃料液を空気流で微粒化することによって噴霧を生成するという方式のインジェクタである。その典型的なものはポペットバルブを有している。そして,燃料と空気は,ポペットバルブが開いたときにバルブと本体との間にできる円錐状の狭いノズル部を流れ,その出口から中空円錐状に噴射される。このようなインジェクタはガソリンエンジンの筒内直接噴射への応用が期待されている。しかし,エアアシストインジェクタによって生成される過渡的な噴霧流に関する研究はまだ少なく,現象の詳細,たとえば微粒化特性と噴霧構造や噴霧蒸発特性の関係については不明な点が多い。

 以上のような背景から,エアアシストインジェクタによって生成される噴霧流を対象とし,その特徴を明らかにし,燃料液が気流によって微粒化され,噴霧流を形成し,蒸発するまでの一連の現象を理解すること,および,インジェクタの操作条件や仕様が噴霧現象にどのような影響を与えるかを理解することを目的として本研究を行った。

 流れや蒸発に関わる噴霧の内部構造を調べるには,計測によるアプローチではまだ非常に困難である。そのため,本研究では数値シミュレーションによるアプローチを用いた。従来の数値シミュレーションには,多くのサンプル粒子を用いて液滴の運動を解析するLagrange的なモデルが用いられてきたが,ここでは,噴霧内部の計算格子内の物理量の平均値を求める必要があることや,液滴粒径に対して単一粒径近似が利用できる場合にはメモリや計算時間が節約できることに着目して,Euler的な噴霧流モデル(軸対称二次元)を構築した。これには乱流中の液滴蒸発のモデルも含まれている。また,噴霧流の解析に必要な諸条件のうち最も重要な条件と言える流入境界条件,すなわち,インジェクタのノズル出口における燃料液の平均的な噴射速度と液滴粒径を予測するためにノズル内部の二相流とノズル出口における燃料液膜の微粒化のモデリングを行い,これらを合わせて微粒化モデルとした。本研究で構築された噴霧流モデルと微粒化モデルを組み合わせることによって,エアアシストインジェクタによる燃料液の微粒化から蒸発に到るまでの一連の噴霧現象を種々の条件下で解析することが可能となった。図1にモデルの構成と各モデルの領域を示す。

図1 本研究におけるモデルの構成とモデル化の対象領域

 ノズル出口における液膜の微粒化現象に関しては,高速度撮影による可視化実験を行い,その可視化結果をもとにモデリングを試みた。そのモデルによれば微粒化後の液滴平均粒径は液膜厚さの1/3乗と気液間の平均的な相対速度(≒気流の平均速度)の-4/3乗の積に比例する。その妥当性は,モデルによる計算結果と他の研究者の実験結果とを比較することによって確認された(図2参照)。さらに,このモデルとノズル内部流モデルとの組み合わせにより,エアアシストインジェクタの性能予測にも応用できることが本研究で行った実験(数値シミュレーションも含めて液体物性については本文参照)との比較によって示された。

図2 粒径計算結果と実験結果との比較

 非蒸発噴霧流の一連の数値シミュレーション結果により以下のようなことが示された。インジェクタの操作条件である微粒化用空気の流量を増加させると,燃料噴射速度が増加すると同時に液滴の平均粒径が減少する。噴射速度が増加すると噴霧先端の到達距離が増加し,粒径が減少すると噴霧角が減少する。とくに,粒径が非常に小さい場合には,中空円錐状に噴射されたにも関わらず中実状の噴霧構造が形成される。さらに,噴射する液滴の粒径をパラメータとして90mから5mまで変化させた一連の数値シミュレーション結果から,中空円錐状の噴射によって形成されうる噴霧流の構造が図3のように分類された。図3に示された構造を簡単に説明すると以下のようになる。共通した特徴はポペットバルブ下面に固定された渦と,噴霧の伸張とともに下流側へ移動しながら外側に巻き上がる渦(通常は先端渦と呼ばれる)が存在することである。大粒径の液滴が多い場合は中空円錐状の噴霧構造が形成され,先端渦と呼ばれる渦は,実際の噴霧先端よりはかなり上流側にある。大粒径液滴と小粒径液滴が混在する場合に形成される噴霧流の構造の特徴は以下のようになる。その先端が噴霧の最先端部となる中空円錐状の構造部が大粒径液滴によって形成され,中実構造が小粒径液滴によって形成される。さらに,大粒径液滴からなる中空円錐状の構造部を下流側で内側から外側へ貫くロールアップ状のパターンを描く構造部が小粒径液滴によって形成される。外側に巻き上がる渦は,そのロールアップ状の構造のやや上流側に存在する。微粒化が促進されて小粒径液滴が多くなると,周囲気流に追従しやすい液滴が多くなり,噴霧中心軸付近に液滴が集中しようとする。その結果,その構造は,円形断面のノズルから噴射された噴霧流の構造に近い中実構造となる。

図3 非蒸発噴霧流の構造の模式図(SMDはSauter平均粒径)Droplet size:<<

 次に,主に液滴粒径をパラメータとして変化させた一連の蒸発噴霧流の数値シミュレーションによって,微粒化特性と噴霧蒸発特性との関係が調べられた。図4は,噴射液滴の粒径(横軸),そして噴霧流の構造(燃料液滴と蒸気の質量密度の等高線)と噴霧流中の蒸気量(縦軸)との関係を示している。噴射液滴の粒径が20m以下の領域では液滴が噴霧中心軸付近に集中する傾向が見られ,微粒化による蒸発促進の効果が現れにくくなっている。このことは以下のようなことを意味している。すなわち,この種の噴霧の全体的な蒸発速度に対する微粒化の影響には,燃料液の総表面積増加による蒸発促進の他に,燃料液滴が噴霧中心軸付近に集中するような噴霧構造に起因する蒸発抑制という逆の影響が存在しうる。

図4 噴射液滴の粒径と噴霧流の構造および噴霧流中の蒸気量の関係(噴射開始後5msのとき。詳細条件は本文参照)

 また,エアアシストインジェクタで非蒸発噴霧を生成し,可視化実験や噴霧液滴の粒径と速度の計測を行い,それらの結果と数値シミュレーション結果とを比較した。その結果,数値シミュレーションによって得られた非蒸発噴霧流に関する結論がほぼ妥当であることが示された。図5は微粒化用空気流量を決める空気圧が噴霧外形に与える影響を比較した例である。計算結果は実験結果と同様の傾向を示し,空気圧増加に伴う噴霧先端到達距離の増加と噴霧角の減少をよく表している。このことは,本研究で構築された微粒化モデルと噴霧流モデルの組み合わせが有効であることを意味している。しかし,噴霧液滴の粒径や速度分布については,実験と計算と両者の間に定量的に一致しない部分もあったため,今後の研究により,各モデルおよび数値計算の精度をより向上させる必要があるものと思われる。

図5 噴霧外形に関する実験と計算との比較(上側写真,下側写真,詳細は本文参照)
審査要旨

 本論文は,エアアシストインジェクタから燃料を中空円錐状に噴射することによって生成される過渡的な噴霧流を対象として,主に数値的に行われた研究をまとめたものである。その研究目的は,上記の噴霧流の特徴を明らかにすること,燃料液が気流によって微粒化され,噴霧流を形成し,蒸発するまでの一連の現象を理解すること,および,インジェクタの操作条件または仕様が噴霧現象に影響を与えるメカニズムを理解することである。

 エアアシストインジェクタはガソリンエンジンの筒内直接噴射への応用が期待されている。しかし,エアアシストインジェクタによって生成される過渡的な噴霧流に関する研究は少なく,そのような噴霧流の特徴や,現象の詳細については不明な点が多い。

 本論文では,エアアシストインジェクタによって燃料液が微粒化され,噴霧流を形成し,蒸発するまでの一連の現象を数値的に解析する方法が提案されており,その方法による数値シミュレーションの結果が示され,噴霧流の構造や蒸発特性に関して考察がなされている。さらに,数値シミュレーションによって得られた知見のいくつかを確認するために行われた実験について記述されている。

 本論文は全7章から構成されている。

 第1章は「序論」であり,研究の目的,従来の研究の概要と本論文の特徴が述べられている。

 第2章は「噴霧流のモデリング」であり,軸対称二次元非定常噴霧流のEuler的な基礎方程式を出発点として,乱流を考慮するために平均化された支配方程式が求められている。また,液滴蒸発速度に対する速度変動の影響がモデル化され,過去の実験データを用いた検討により,その有効性が示されている。

 第3章は「噴霧流の数値シミュレーション法」であり,支配方程式の差分化について述べられ,改良型ICE法の考え方を応用した数値解法が示されている。

 第4章は「エアアシストノズルにおける内部流と微粒化現象のモデリング」と題されている。本章では,インジェクタの操作条件または仕様の情報を内部流モデルによる計算に用いてノズル内部における液膜厚さと気液の速度分布を求め,その結果を液膜微粒化モデルによる計算に用いることによってノズル出口付近での液滴の平均粒径と噴射速度の大きさを求める,という方法が提案されている。このようにして求められる液滴粒径と噴射速度は噴霧領域における流入境界条件として利用できるため,本方法の提案によってインジェクタの操作条件または仕様と関連づけて噴霧流の解析を行うことが可能となったと言える。液膜厚さと気液相対速度が既知であれば,本章で提案された液膜微粒化モデルによってザウタ平均粒径の定量的な予測が可能であることが他の研究者の粒径計測結果との比較によって示されている。

 第5章は「エアアシストインジェクタによって生成される噴霧流の数値シミュレーション」である。本章では,噴霧流に対する種々の条件の影響が系統的に調べられている。インジェクタの操作条件のうちとくに空気流量が増加したときには,平均粒径が小さくなると同時に噴射速度が増加し,その結果,噴霧角が減少し,噴霧先端の到達距離が増加することが示されている。さらに,流入境界条件としての液滴粒径を変化させた一連の計算結果をもとに,この種のインジェクタによって生成される過渡的な噴霧流の構造が3種類に分類され,それぞれの構造についてその形成メカニズムが説明されている。また,この種の噴霧の蒸発特性に対する微粒化の影響には,燃料液の総表面積増加による蒸発促進以外に,液滴が噴霧中心軸付近に集中することによる蒸発抑制という逆の影響も存在しうることが示されている。

 第6章は「エアアシストインジェクタによる液膜の微粒化と噴霧生成の実験」と題されており,本章では非蒸発噴霧に関して行われた一連の実験についてまとめられている。まず,第4章のモデリングに関して行われた微粒化実験について述べられている。とくに液滴のザウタ平均粒径が計測されており,その計測結果と予測結果との比較によって,内部流モデルと液膜微粒化モデルを用いる方法が平均粒径の予測に有効であることが示されている。次に示されているのは,噴霧生成の実験であり,この実験により噴霧流に対する微粒化の影響に関して第5章で得られた知見のいくつかが確認されている。さらに,噴霧内部の構造を実験的に把握するために行われた液滴の粒径と速度の計測実験について述べられている。本章の最後では,噴霧流のシミュレーション結果と実験結果とがまとめて比較されており,数値シミュレーションモデルの妥当性と今後の課題について述べられている。

 第7章は「結論」であり,本研究の成果がまとめられている。

 以上を要するに,本論文の著者は,エアアシストインジェクタによって生成される過渡的な噴霧流について,燃料液の微粒化から蒸発までの一連の現象をインジェクタの操作条件または仕様と関連づけて数値的に解析する方法を提案し,その方法を用いた系統的な数値シミュレーションによって,インジェクタの操作条件や燃料液の微粒化状況が噴霧流の構造や蒸発特性に対してどのようなメカニズムでどのような影響を与えるかを明らかにしている。また,数値シミュレーションで得られた知見のいくつかについて実験的にも確認している。これらの点において,著者の研究は工学上寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク