学位論文要旨



No 211915
著者(漢字) 吉田,正武
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,マサタケ
標題(和) 4ストロークガソリンエンジンの吸入新気量に関する熱力学的考察
標題(洋)
報告番号 211915
報告番号 乙11915
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11915号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 斎藤,孝基
 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 河野,通方
内容要旨

 ガソリンエンジンでは供給される空気と燃料の混合割合(空燃比という)が基本的に一定であるので,供給空気の単位質量あたりの発熱量も一定であり,吸入される空気と燃料の混合気(以後吸入新気と呼ぶ)の質量はガソリンエンジンの発生トルクを決定する最も重要な量である.エンジンからより多くの出力を発生させるためにはより多くの新気を吸入させればよく,この意味で吸気管の長さなどの設計因子の影響について多くの研究がなされてきたが,種々の因子がそれぞれどのように吸入新気量に影響するかを,特に全負荷に限らず部分負荷条件に対して明確にする研究はほとんど行われなかった.

 さらに,大気汚染が重大な社会問題となって以来,自動車用ガソリンエンジンは出力などの性能に加えて排気の清浄性も要求され,エンジンに供給される混合気の空燃比制御と各シリンダへの分配の精度を向上させる必要が生じた.したがって,精度の高い空燃比制御が容易な吸気管内燃料噴射方式が従来の気化器方式にとってかわり,吸気絞り弁の直後にコレクタといわれるサージタンクを配置し,そこから各シリンダに長さの等しい吸気管を介して新気を供給する形式に変化した.また,新気の排気管への吹き抜けを防ぐために,弁のオーバーラップも格段に小さくされている.このようなエンジン吸気系の革命的な変化に対して,従来の研究成果を適用することはできない.

 また,前述のように従来の研究は各因子の吸入新気量にたいする影響を断片的かつ実験的に検討したものであり,吸入新気量がどのような因子によって決められるかを明確な関数として表した例が少なく,さらなる性能向上やより良い空燃比制御に対しては理論的な方向付けは困難であり,実験的なアプローチに頼るしかないのが現状である.

 本論文は現在の自動車用ガソリンエンジンにおける吸排気過程について,シリンダ内などでの熱伝達も考慮にいれた熱力学的な考察を行い,吸入新気量がどのような因子の関数として表せるかを明らかにし,さらに吸入新気量を支配する主要な因子を明らかにする事を目的とし,自動車用ガソリンエンジンのさらなる性能向上やより精度の高い空燃比制御の開発を可能にせんとするもので,全6章および付録から構成されている.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的を述べ,本研究に関連した従来の研究についてその得られた結果と残された問題を論じ,さらに社会情勢の変化によって生じた自動車用ガソリンエンジンの変化について述べ,本研究の課題を抽出して研究の展開について論じている.

 第2章「現在の自動車用ガソリンエンジンの特性調査」では,主として現在の自動車用ガソリンエンジンの吸入新気量の特性を詳細に調査するために行った実験,および吸入新気量や指圧線図などの得られた結果について論じている.

 供試エンジンは約4000RPMで吸入新気量と図示仕事が最大となる高速型エンジンと約2000RPMで吸入新気量と図示仕事が最大となる低速型エンジンであるが,エンジン特性の違いにもかかわらず,吸入新気量および図示仕事やエンジン冷却水への放熱量は吸気管負圧のほぼ一次式で表せることが知られた.

 第3章「シリンダ内ガスの温度経過」では,吸入新気量へのシリンダ内でのガスと壁面間との熱伝達の影響を検討するために必要なシリンダ内ガスの温度経過を指圧線図から求める方法について述べ,本論文で提案するシリンダ内での熱伝達率の式や得られた温度経過について論じている.はじめに,従来の研究で得られているシリンダ内ガスと壁面間の熱伝達率の式の問題点を論じ,ガソリンエンジンに適切と考えられる熱伝達率の式の関数形を抽出し,第2章の実験で得られた冷却水放熱量と指圧線図の解析結果より得られた排気ポートでの冷却水への伝熱量との差として得られるシリンダ内での伝熱量を用いて係数を定めている.得られた熱伝達率の式は形式の異なる供試エンジンのシリンダ内での伝熱量を同じ一つの関数形で精度良く表せ,一般性のある事が知られた.次にシリンダ内ガスの温度経過を求める方法について述べている.従来の方法では,指圧線図と同時に吸気管や排気管内の圧力経過を採取し,吸気弁や排気弁をノズルとして各瞬間の質量流量を求めてシリンダ内ガスの質量経過を求め,状態式よりシリンダ内ガスの温度経過を求めたが,この種の方法では各瞬間の吸排気弁の動的な流量係数が明確でなく,また吸気弁直前での吸入されるガスの温度が測定困難であるなどの問題があった.本論文ではこれに代わる新たな方法として,シリンダ内ガスでのエネルギ保存則を用いて熱伝達を考慮したエンタルピ変化を求め,吸排気過程では燃焼などによる発熱がない事からこのエンタルピ変化が排気や新気のシリンダからの出入りによると考え,各瞬間の質量流量を求めてシリンダ内ガスの質量経過と温度経過を求める方法を提案している.本方法によれば吸気弁直前でのガス温度が確実に算出される.そして吸入新気量の多いエンジン回転数では吸気弁直前での吸入新気の温度が低くなっている事などが知られた.

 第4章「自動車用エンジンの吸排気過程に関する考察」では,吸排気過程でのシリンダ内での圧力変動や熱伝達を考慮してシリンダ内ガスの温度や質量の変化を熱力学的に考察し,その結果として吸入新気量が吸気管内圧や吸気弁開閉時のシリンダ内体積などの因子の関数として表せる事を述べ,実測値との比較を行って得られた式による算出精度などを論じている.この考察の結果,吸入新気量を決める因子は吸気弁開閉時期のシリンダ内体積,吸気弁開閉時および吸気管に吹き返されたガスの再吸入終了時のシリンダ内圧力,燃焼ガスの吸気管への吹き返しと再吸入期間および新気吸入期間でのシリンダ内での熱伝達,新気吸入期間でのシリンダ内での仕事,吸入新気の吸気弁直前温度であることが知られた.また,圧縮始めのシリンダ内ガスの質量,温度などの関数形も知られた.

 第5章[吸入新気量を支配する因子」では,前章で知られた吸入新気量の関数に取り込まれた各因子のうち,どの因子が支配的な因子であるかを論じている.その結果,シリンダ内での熱伝達は従来言われていたような支配的な因子ではなく影響が小さい事,シリンダ内での仕事も影響が小さい事,吸気弁開時のシリンダ内圧力は大気圧で置き換えても影響が小さい事,吹き返されたガスの再吸入終了時のシリンダ内圧力は吸気管内圧で置き換えても影響が小さい事が知られ,吸入新気量を決める支配的な因子は吸気弁開閉時のシリンダ内体積と吸気弁閉時のシリンダ内圧力および吸気弁直前の吸入新気の温度である事が知られた.さらに,吸気弁閉時のシリンダ内圧力は吸気管内圧に比例しているので吸気管内圧の係数倍として置き換え可能である事が知られた.これらの知見を用いて,吸入新気量をその支配的な因子のみで精確に表現できる簡単な式を導くことができた.そしてこの式は,吸気弁直前の吸入新気温度の確実な推定手法の出現を前提として,将来におけるサイクル毎の燃料制御システムに適用される可能性が示された.

 第6章「結論」は,本研究の成果の総括である.

 「付録」では,得られた全条件での指圧線図と温度線図を示している.さらに,理想的な吸排気過程にたいする熱力学的考察について述べ,吸気絞り弁における吸入新気の温度変化とポンプ仕事の意味について論じている.その結果,吸気絞り弁は従来考えられているように絞りとする事は妥当ではなくノズルとして扱うべきである事が知られた.

 以上を要約すると,本論文は4ストロークガソリンエンジンの吸排気過程について,圧力経過と熱伝達を考慮した熱力学的考察を行い,その吸入新気量を精確に記述する式を導くとともに,そこに現れた各因子の寄与を明らかにしたものである.

審査要旨

 本論文は,「4ストロークガソリンエンジンの吸入新気量に関する熱力学的考察」と題し,現在の自動車用ガソリンエンジンにおける吸排気過程について,シリンダ内などでの熱伝達も考慮にいれた熱力学的な考察を行い,吸入新気量がどのような因子の関数として表せるかを明らかにし,さらに吸入新気量を支配する主要な因子を明らかにする事を目的とし,自動車用ガソリンエンジンのさらなる性能向上やより精度の高い空燃比制御の開発を可能にせんとするもので,全6章および付録から構成されている.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的を述べ,本研究に関連した従来の研究についてその得られた結果と残された問題を論じ,さらに社会情勢の変化によって生じた自動車用ガソリンエンジンの変化について述べ,本研究の課題を抽出して研究の展開について論じている.

 第2章「現在の自動車用ガソリンエンジンの特性調査」では,主として現在の自動車用ガソリンエンジンの吸入新気量の特性を詳細に調査するために行った実験,および吸入新気量や指圧線図などの得られた結果について論じている.

 供試エンジンは約4000RPMで吸入新気量と図示仕事が最大となる高速型エンジンと約2000RPMで吸入新気量と図示仕事が最大となる低速型エンジンであるが,エンジン特性の違いにもかかわらず,吸入新気量および図示仕事やエンジン冷却水への放熱量は吸気管負圧のほぼ一次式で表せることが知られた.

 第3章「シリンダ内ガスの温度経過」では,吸入新気量へのシリンダ内でのガスと壁面間との熱伝達の影響を検討するために必要なシリンダ内ガスの温度経過を指圧線図から求める方法について述べ,本論文で提案するシリンダ内での熱伝達率の式や得られた温度経過について論じている.得られた熱伝達率の式は形式の異なる供試エンジンのシリンダ内での伝熱量を同じ一つの関数形で精度良く表せ,一般性のある事が知られた.次にシリンダ内ガスの温度経過を求める新たな方法として,シリンダ内ガスでのエネルギ保存則を用いて熱伝達を考慮したエンタルピ変化を求め,吸排気過程では燃焼などによる発熱がない事からこのエンタルピ変化が排気や新気のシリンダからの出入りによると考え,各瞬間の質量流量を求めてシリンダ内ガスの質量経過と温度経過を求める方法を提案している.本方法によれば吸気弁直前でのガス温度が確実に算出される.そして吸入新気量の多いエンジン回転数では吸気弁直前での吸入新気の温度が低くなっている事などが知られた.

 第4章「自動車用エンジンの吸排気過程に関する考察」では,吸排気過程でのシリンダ内での圧力変動や熱伝達を考慮してシリンダ内ガスの温度や質量の変化を熱力学的に考察し,その結果として吸入新気量が吸気管内圧や吸気弁開閉時のシリンダ内体積などの因子の関数として表せる事を述べ,実測値との比較を行って得られた式による算出精度などを論じている.この考察の結果,吸入新気量を決める因子は吸気弁開閉時期のシリンダ内体積,吸気弁開閉時および吸気管に吹き返されたガスの再吸入終了時のシリンダ内圧力,燃焼ガスの吸気管への吹き返しと再吸入期間および新気吸入期間でのシリンダ内での熱伝達,新気吸入期間でのシリンダ内での仕事,吸入新気の吸気弁直前温度であることが知られた.また,圧縮始めのシリンダ内ガスの質量,温度などの関数形も知られた.

 第5章「吸入新気量を支配する因子」では,前章で知られた吸入新気量の関数に取り込まれた各因子のうち,どの因子が支配的な因子であるかを論じている.その結果,吸入新気量を決める支配的な因子は吸気弁開閉時のシリンダ内体積と吸気弁閉時のシリンダ内圧力および吸気弁直前の吸入新気の温度である事が知られた.さらに,吸気弁閉時のシリンダ内圧力は吸気管内圧に比例しているので吸気管内圧の係数倍として置き換え可能である事が知られた.これらの知見を用いて,吸入新気量をその支配的な因子のみで精確に表現できる簡単な式を導くことができた.そしてこの式は将来,吸気弁直前の吸入新気温度の確実な推定手法の出現を前提として,将来におけるサイクル毎の燃料制御システムに適用される可能性が示された.

 第6章「結論」は,本研究の成果の総括である.

 「付録」では,得られた全条件での指圧線図と温度線図を示している.さらに,理想的な吸排気過程にたいする熱力学的考察を行っている.

 以上を要約すると,本論文は4ストロークガソリンエンジンの吸排気過程について,圧力経過と熱伝達を考慮した熱力学的考察を行い,その吸入新気量を精確に記述する式を導くとともに,そこに現れた各因子の寄与を明らかにしたもので,内燃機関工学の進歩に貢献するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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