学位論文要旨



No 211916
著者(漢字) 鈴木,重信
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,シゲノブ
標題(和) 建物免震用高減衰積層ゴムに関する研究
標題(洋)
報告番号 211916
報告番号 乙11916
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11916号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 大野,進一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 神田,順
内容要旨

 免震構造とは、構造物の固有周期を意図的に延長し、構造物に伝わる地震動の影響を低減する構造を意味する。建物の免震構造については、従来より様々な方式が提案されてきたが、本格的な免震構造が実現されるようになったのは積層ゴムが利用され始めてからであり、これを契機にして免震建物の実用化が急速に進展した。

 免震建物が実用化された当初は、積層ゴムに別置きのエネルギ吸収装置(弾塑性ダンパ、粘性ダンパなど)を組み合わせた方式の免震装置が主として用いられた。しかし、最近では、ゴム材料自体にエネルギ吸収機能を持たせた高減衰積層ゴムや、鉛プラグ内蔵型積層ゴムのようなダンパー体型積層ゴムの使用が増大している。ダンパー体型積層ゴムのほうが経済的なメリットが大きいため、今後、この傾向がさらに強まるものと予想される。

 ところで、本格的な実用期に達した今日の建物免震技術において、免震システム(免震層)の耐震信頼性を検討し、その設計をより適正化することは非常に重要な課題である。免震システムの耐震性については、通常、積層ゴムの許容限界(破断条件に対してある安全余裕度を持った値)が判断の基準となるため、これまで、積層ゴムの応答値と許容限界の比較に重点が置かれてきた。しかしながら、今後、上述の課題を解決していくためには、積層ゴムの許容限界まででなく破断限界までを問題にすることが重要であり、免震システムの終局耐力を解析し、予測し得ることが必要であると考えられる。

 本論文は、建物免震用の高減衰積層ゴムの開発過程における研究と、高減衰積層ゴムを用いた建物免震システムの終局耐力に関した研究について述べたものであり、ここでの研究は高減衰積層ゴムの実用化の基盤を築き上げたものである。また、本研究で開発した免震システムの終局耐力評価の考え方は、高減衰積層ゴムに限らず他の積層ゴムについても有効であり、研究が進展中の原子力施設の免震構造における信頼性の検討にも利用されている。

 このように、本論文の内容は、高減衰積層ゴムに関連した研究成果をまとめたもので、全8章と付録から構成されている。

 第1章は「序論」で、研究の背景として建物の免震技術の実用化の状況を示し、国内外における研究・開発例を調査した上で、高減衰積層ゴムの開発研究の有用性を述べたものである。さらに、建物免震システムの終局耐力の評価を可能にすることの必要性についても指摘している。

 第2章は「高減衰積層ゴムの構造と設計式」と題し、高減衰積層ゴムの基本構造、高減衰ゴム材料の特性、高減衰積層ゴムの設計式について述べたものである。設計式は、従来より積層ゴム(低減衰積層ゴム)について展開されたきた弾性理論を、ゴム材料の減衰性を考慮に入れて拡張することにより導出されたものであり、水平および鉛直方向の剛性と減衰の算出式が提示される。

 第3章は「高減衰積層ゴムの復元力特性」と題し、高減衰積層ゴムについて行った種々の動的加力実験の結果をまとめたものである。実大規模の積層ゴムを供試体とした加力実験により、高減衰積層ゴムは、変位依存性のある非線形な復元力特性を有し、広い振幅領域で免震装置として要求される減衰能力(等価減衰比で0.12〜0.20)を備えていること、減衰特性は振動数にあまり影響されず履歴減衰に近い性質を持つことを確証している。さらに、積層ゴムの縮尺モデルを用いた加力実験により、復元力特性は荷重履歴に影響されるが、同一振幅のもとでは数サイクル後に安定し(より大きな変形を与えない限り著しい特性変化は生じない)、長期間放置した後に再度加力すると初期加力の状態に近い特性が得られることを明らかにしている。また、温度の低下に伴い、等価ぱね定数、等価減衰比ともに増大する(20±30℃の温度変化に対して、前者は15〜30%、後者は10%程度変化する)こと、ゴム材料の長期の経年劣化により、等価ぱね定数は徐々に増大し(60年間で最大20%程度変化する)、等価減衰比は殆ど変化しないと予測されることを示している。

 第4章は「高減衰積層ゴムの復元力モデル」と題し、前章の加力実験結果に基づいて、高減衰積層ゴムの復元力特性のモデル化の方法について述べたものである。ここでは、復元力モデルとして、Bi-linearモデル、Ramberg-Osgood(R-O)モデル、Rateモデルを基本にして、実特性をより忠実に表現するように、これらを変位依存型に修正した3種類のモデルを扱い、新規にRateモデルを変位依存型に修正する方法を確立している。各モデルは、復元力特性をスケルトンカーブと振幅により形状の変わる履歴ループで表現したもので、履歴ループに違いを持っているが、これらの内、R-OモデルとRateモデルが実特性に近い滑らかな履歴形状を与えることが示されている。

 第5章は「高減衰積層ゴムを用いた免震建物の地震応答解析」と題し、縮尺免震建物モデルの地震波加振実験と応答解析の結果を述べたものである。応答解析では、高減衰積層ゴムの復元力モデルとして、前章で作成した3種類のモデル(履歴減衰型モデル)を用いた場合の解析に、等価線形モデルを用いた場合の解析も加えて、各モデルの妥当性を検討している。これにより、等価線形モデルに比較して3種類の履歴減衰型モデルのほうが再現性に優れ、建物応答(主に建物や積層ゴムの最大応答値)を評価する上では、3種類の履歴減衰型モデルともに有効であることを確認している。また、床応答スペクトルの解析では、復元力モデルによる違いが認められ、滑らかな履歴ループを描くR-OモデルとRateモデルが実験結果と比較的一致する結果を与え、Rateモデルがより優れた再現性を持つモデルであることを示している。

 第6章は「高減衰積層ゴムの破断特性と大変形復元力モデル」と題し、高減衰積層ゴムの破断実験の結果と、破断域に及ぶ特性まで考慮した水平・鉛直方向の復元力モデルについて述べたものである。破断特性については、通常の圧縮荷重が作用している状態では、せん断方向に大きな変形性能を有し(破断せん断ひずみ400%以上)、引張方向には圧縮方向のような十分な強度が得られないことを示し、せん断ひずみと引張/圧縮応力の関係において破断限界を明確化している。また、破断実験の結果を踏まえて、水平方向には、第4章で示したRateモデルを拡張して、大変形域のハードニング現象を再現できる復元力モデルを作成し、鉛直方向には、引張域の非線形な特性を考慮し、水平変形による特性変化も勘案した復元力モデルを作成している。

 第7章は「高減衰積層ゴムを用いた免震システムの終局耐力の解析」と題し、免震システムの終局耐力の解析手法を提案した後、様々な形状の免震システムの終局耐力を系統的に評価したものである。ここで提案した解析手法は、地震入力に対する各積層ゴムの水平変位応答と鉛直荷重応答を解析し、これらを積層ゴムのせん断ひずみ-引張/圧縮応力平面上の破断限界曲線と比較して終局耐力を評価するもので、応答解析に前章で作成した積層ゴムの大変形復元力モデルが利用される。まず、縮尺免震建物モデルの地震波加振実験と応答解析により、過大な入力に対する積層ゴムの水平変位と鉛直荷重の関係を求め、終局耐力評価の前提となる解析モデルの有効性を検証している。この際、鉛直荷重の変動は水平変位と相関して増大し、建物のロッキングの影響が支配的であることが確認される。さらに、本解析手法に基づいて、実大免震システムを対象に様々な形状を想定して終局耐力を評価することにより、積層ゴムの列数と建物の形状が終局耐力に著しく影響し、列数が多いほど、形状が縦長なほど、積層ゴムに作用する鉛直荷重の反動が大きく、終局耐力が低下することを明確にしている。また、これらの解析を通して、建物のロッキングが増大して積層ゴムに引張力が作用すると、その鉛直剛性が低下するため、建物底部の回転中心が水平方向に移動する(建物が浮上る)現象が認められ、これに起因して、積層ゴムの鉛直荷重は圧縮方向に片寄って変動し、場合によっては、荷重変動に高い振動数の成分が含まれるようになる可能性があることが示されている。

 第8章は「結論」で、以上の結果を総括したものである。

 なお、付録は「木造住宅免震用高減衰積層ゴムの開発」について述べたものである。従来より、木造住宅のような軽量構造物を免震する場合、積層ゴムの適用は変位吸収能力の点で困難であった。ここでは、木造住宅免震用として円筒構造および多段構造の高減衰積層ゴムを設計・制作し、これらの加力実験を行い、両構造の積層ゴムともに、剛性、減衰や変位吸収能力について要求性能をほぼ満足することを確認している。また、実験用に建設された木造免震住宅(多段型を用いている)の地震応答観測により、地動部加速度が0.5m/s2前後の記録が幾つか計測され、免震効果を実証している。

審査要旨

 本論文は、「建物免震用高減衰積層ゴムに関する研究」と題し、8章と付録から構成されている。

 第1章は「序論」で、建物免震に必要なエネルギー吸収機能をゴム材料自体に持たせた高減衰積層ゴムは、経済的利点の大きいダンパー一体型積層ゴムであるため、今後、広く使用される可能性を有しており、その復元力特性の解析モデルが必要になっていること、また、積層ゴムを用いた免震システム(免震層)の信頼性評価のためには、積層ゴムの破断限界までを考慮した免震システムの終局耐力を解析し、予測し得る手法の確立が重要であることを指摘している。

 第2章は「高減衰積層ゴムの構造と設計式」と題し、高減衰積層ゴムの基本構造、高減衰ゴム材料の特性、高減衰積層ゴムの設計式について述べている。設計式は、従来より積層ゴム(低減衰積層ゴム)について展開されたきた弾性理論を、ゴム材料の減衰性を考慮に入れて拡張することにより導出されたものであり、水平および鉛直方向の剛性と減衰の計算式を提示している。

 第3章は「高減衰積層ゴムの復元力特性」と題し、高減衰積層ゴムについての種々の動的加力実験の結果をまとめたものである。実大積層ゴムの加力実験により、高減衰積層ゴムは、変位依存性のある非線形復元力特性を有し(等価減衰比で0.12〜0.20)、振動数依存性の小さい履歴減衰に近い減衰特性を持つことを明らかにしている。さらに、縮尺モデルを用いた加力実験により、復元力特性に及ぼす荷重履歴、温度、経年劣化の影響を論じている。

 第4章は「高減衰積層ゴムの復元力モデル」と題し、前章の加力実験結果に基づいて、高減衰積層ゴムの復元力特性のモデル化の方法について述べている。すなわち、復元力モデルとして、Bi-linearモデル、Ramberg-Osgood(R-O)モデル、Rateモデルを基本にして、実特性をより忠実に表現するように、これらを変位依存型に修正した3種類のモデルを提案している。各モデルは、復元力特性をスケルトンカーブと振幅により形状の変わる履歴ループで表現したもので、履歴ループに違いを持っているが、これらの内、R-OモデルとRateモデルが実特性に近い滑らかな履歴形状を与えることを示している。

 第5章は「高減衰積層ゴムを用いた免震建物の地震応答解析」と題し、縮尺免震建物モデルの地震波加振実験と応答解析の結果を述べたものである。応答解析では、前章で作成した3種類の履歴減衰型モデルの妥当性を検討している。これにより、建物応答(主に建物や積層ゴムの最大応答値)を評価する上では、3種類の履歴減衰型モデルともに有効であるが、床応答スペクトルの解析では、復元力モデルによる違いが認められ、滑らかな履歴ループを描くR-OモデルとRateモデルが実験結果と比較的一致する結果を与え、Rateモデルがより優れた再現性を持つモデルであることを示している。

 第6章は「高減衰積層ゴムの破断特性と大変形復元力モデル」と題し、高減衰積層ゴムの破断実験の結果と、破断域に及ぶ特性まで考慮した水平・鉛直方向の復元力モデルについて述べている。破断特性については、通常の圧縮荷重が作用している状態では、せん断方向に大きな変形性能を有し(破断せん断ひずみ400%以上)、引張方向には圧縮方向のような十分な強度が得られないことを示し、せん断ひずみと引張/圧縮応力の関係において破断限界を明確化している。また、破断実験の結果を踏まえて、水平方向には、第4章で示したRateモデルを拡張して、大変形域のハードニング現象を再現できる復元力モデルを作成し、鉛直方向には、引張域の非線形な特性を考慮し、水平変形による特性変化も勘案した復元力モデルを作成している。

 第7章は「高減衰積層ゴムを用いた免震システムの終局耐力の解析」と題し、免震システムの終局耐力の解析手法を提案し、様々な形状の免震システムの終局耐力を系統的に評価している。ここで提案されている解析手法は、地震入力に対する各積層ゴムの水平変位応答と鉛直荷重応答を解析し、これらを積層ゴムのせん断ひずみ-引張/圧縮応力平面上の破断限界曲線と比較して終局耐力を評価する方法である。また、本手法に基づいて、実大免震システムを対象に様々な形状を想定して終局耐力を評価することにより、積層ゴムの列数と建物の形状が終局耐力に著しく影響し、列数が多いほど、形状が縦長なほど、積層ゴムに作用する鉛直荷重の変動が大きく、終局耐力が低下することを明確にしている。また、これらの解析を通して、建物のロッキングが増大して積層ゴムに引張力が作用すると、その鉛直剛性が低下するため、建物底部の回転中心が水平方向に移動する(建物が浮上る)現象が認められ、これに起因して、積層ゴムの鉛直荷重は圧縮方向に片寄って変動し、場合によっては、荷重変動に高い振動数の成分が含まれるようになる可能性があることを示している。

 第8章は「結論」で、以上の結果を総括したものである。

 付録は「木造住宅免震用高減衰積層ゴムの開発」について述べたものであり、木造住宅免震用として円筒構造および多段構造の高減衰積層ゴムを設計・制作し、これらの加力実験を行い、両構造の積層ゴムともに、剛性、減衰や変位吸収能力について要求性能をほぼ満足することを確認している。また、実験用に建設された木造免震住宅の地震応答観測によって免震効果を実証している。

 以上を要約すると、本論文は、建物免震用高減衰積層ゴムの履歴型復元力特性の解析モデルと、高減衰積層ゴムを用いた建物免震システムの終局耐力の解析手法の研究を骨子とした論文であり、高減衰積層ゴムの実用化の基盤を築き上げたものである。また、本研究で提案された免震システムの終局耐力評価の考え方は、高減衰積層ゴムに限らず他の積層ゴムについても有効であり、研究が進展中の原子力施設の免震構造における信頼性評価にも利用されており、一般の免震構造にも寄与するところ大と思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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