学位論文要旨



No 211917
著者(漢字) 古谷,克司
著者(英字)
著者(カナ) フルタニ,カツシ
標題(和) 圧電素子を利用した放電加工用小型電極送り機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 211917
報告番号 乙11917
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11917号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 最近の電子機器はコンパクト化の傾向にあり、小型・軽量でかつ多機能・高機能な微細部品の加工に対する要求は非常に大きい。その中でも、微細な穴加工の必要性はますます高まっている。

 微細な穴加工の方法には、ドリル加工のような機械加工や放電加工、レーザ加工のような特殊加工がある。そのうち放電加工は複雑な輪郭を持つ穴の加工が可能で、比較的装置が簡単であるため、微細穴加工に一般的に用いられている。一般に、微細な穴は1個の工作物に多数加工される場合が多い。放電加工は、ドリル加工、レーザ加工などに比べ加工速度が小さいため、全体の加工時間が問題となる。この解決法の一つとして同時に複数の穴を加工することが考えられる。

 従来の電極主軸送り機構は、ボールねじ、歯車とモータの組み合わせもしくは油圧シリンダなどにより構成されていた。そのため、小型化が困難であり複数の穴の同時加工を行うには適していない。圧電素子などの固体変位素子を用いればアクチュエータの小型化が可能であるが、それ自身の変位量が小さいという欠点を持つ。そのため、放電加工においては他の機構と組み合わせて補助的に用いるか、もしくは電極を振動させるためだけにしか用いられた例はなかった。これに対し、圧電素子を用いた大変位用小型駆動機構が近年多数開発された。それらは、小型で応答性が高く、高分解能の移動が可能である。また、それらの駆動機構では圧電素子により移動体を駆動するため、圧電素子の変位量以上のストロークを得ることが可能である。

 本論文は、圧電素子を利用した駆動機構を電極送り機構に適用することで放電加工機を小型化することを目的とする。また、それらを近接して配置し同時に加工することで全体の加工時間の短縮を図っている。

 本論文は第3章から第5章で圧電素子を利用した単軸電極送り機構について述べた。従来から行われているチャックで電極を保持して電極主軸を送る方式のほかに、電極を直接駆動する電極ダイレクトドライブ方式による送り機構を提案した。細穴放電加工では電極消耗が激しいため、従来のようにチャックで電極を保持する方式では電極を頻繁に取り替える必要がある。また、細い電極は取付方向のアライメントが困難である。電極ダイレクトドライブ方式は電極をガイドに沿わせて電極を直接駆動するため、電極消耗を補償することが可能で、かつ、取付方向のアライメントを頻繁に行う必要がないという利点を持つ。第6章、第7章では、小型電極送り機構を応用したシステムについて述べた。以下それらを総括する。

 第1章「緒論」では、小型の電極送り機構が必要とされる背景について述べた後、細穴放電加工用電極送り機構に要求される仕様をまとめた。その仕様に基づき、従来の電極送り機構をまとめるとともに、そのほかの直動機構を電極送り機構への適用可能性を検討した。これにより、圧電素子を利用した微動機構が細穴放電加工用電極送り機構に適していることが明らかになった。

 第2章「インパクト駆動機構」では、圧電素子を利用した微動機構のうち、衝撃的な慣性力を利用した自走機構であるインパクト駆動機構の特性を検討した。インパクト駆動機構は非常に簡単な構造であるにも関わらず、非常に高い移動分解能と応答性を持つ。そのため、第3章および第6章で電極主軸送り機構に適用したほかに、第7章で位置決め用の移動機構として用いている。まず、印加電圧パターンを決定する各パラメータが移動量に与える影響を実験と計算によって検討した。次に、移動量の安定性を実験的に検討し、サブミクロンオーダの移動を行う場合に用いる移動体、ベースの材質および仕上げ方法の指針を示した。また、衝撃的な慣性力の摩擦力制御および浮上への適用を検討した。その結果、条件により圧電素子の伸縮量以上の変位を得ることが可能であることが明らかになった。さらに、これを利用したインパクト駆動機構の高速化を検討した。

 第3章「インパクト駆動機構を利用した単電極放電加工機」では、第2章で述べたインパクト駆動機構を電極主軸送り機構に適用した放電加工機の構成および加工性能について述べている。構造を図1に示す。送り機構の寸法は汎用機と比較し、体積比で約400分の1まで小型化できた。電極と工作物の間隙調整用の圧電素子も備えているため、電極を振動させたり、インパクト駆動によるステップ状の送りを補間するようにさらに微細な分解能で高速に送ることが可能である。インパクト駆動のみで電極を送っても放電加工が可能であったため、間隙調整用の圧電素子を省略することでさらに小型化できることが明らかになった。間隙調整用の圧電素子を併用して放電加工を行った場合は、インパクト駆動のみで電極を送った場合より加工時間が短縮された。これは、加工屑の排出が促進されたことと、電極送りの応答性が向上したためであると考えられる。また、第2章で述べた衝撃的な慣性力による浮上機構の電極送り機構への適用を提案した。

図1 インパクト駆動機構を利用した電極主軸送り機構

 第4章「衝撃力を利用した電極ダイレクトドライブ方式の開発」では、第2章で述べたインパクト駆動機構に類似した移動原理を持つ電極ダイレクトドライブ方式を提案している。構造を図2に示す。その機構ではインパクト駆動機構のベースに当たる部分を急速に駆動する場合に電極に発生する衝撃的な慣性力を利用した。電極送り特性は実験とシミュレーションにより解析した。シミュレーションでは、電気系と機械系を一元的に扱えるモデルを用いて圧電素子を表現した。計算値と実験値とは、オーダ、傾向ともに一致していた。

 第5章「楕円運動を利用した電極ダイレクトドライブ方式による電極送り機構」では、楕円運動を得る方法として多く用いられている2個の圧電素子を直角に配置し、それぞれに位相の異なる正弦波を印加する方式を用いた。構造を図3に示す。駆動周波数が移動量に与える影響の実験的解析と電極の固有振動数の理論計算より、電極の曲げ振動の固有振動数が移動特性に影響を与えることが明らかになった。また、楕円発生装置に軌跡が円になる電圧を印加した場合でも駆動子の軌跡が楕円となる原因を有限要素法を用いて解析した。その結果、構造に依存する特性であることが明らかになった。

図表図2 衝撃力を利用した電極ダイレクトドライブ機構 / 図3 楕円運動を利用した電極ダイレクトドライブ機構

 第6章「多電極放電加工機」では、第3章で述べたインパクト駆動機構を利用した電極主軸送り機構を複数組み合わせた放電加工機を試作し、複数の穴の同時加工を行った。第3章で述べた方式を用いて電極主軸送り機構をさらにペンシルサイズまで小型化した。この送り機構は、インパクト駆動用の圧電素子のみを持つ構造とした。その電極主軸送り機構を3台組み合わせた放電加工機を製作し、3個の穴の同時加工を行った。制御方式には時分割方式を用い、1台の単電極送り用コントローラで3台の電極主軸送り機構を制御した。これにより、各送り機構は独立に制御することが可能になり、全体の加工速度は電極数に比例して増加することになる。また、構成部品の重複を減少させることができた。電極数の最大は、時分割の周波数とインパクト駆動機構の駆動パターンの1周期の時間により制限を受けることを計算によって明らかにした。

 第7章「ローカル・マシニング・ステーション方式による精密加工」では、大型工作物への加工において加工位置の位置決め精度を向上するとともに、工作機械の応答性を向上させる方法として、ローカル・マシニング・ステーション(LMS)方式を提案した。第6章で述べたペンシルサイズまで小型化した電極主軸送り機構を第2章で述べたインパクト駆動機構により構成されるxy駆動機構に登載し、それをロボットアームの先端に取り付ける。ロボットにより粗位置決めを行い、xy駆動機構により精密位置決めを行うため、局所的な位置決め精度を向上させることが可能である。また、小型であるため応答周波数が高いという利点を持つ。さらに、自走式放電加工機についても検討した。この場合、移動面と加工面が同一であるため移動できない場合があった。しかし、LMS方式では加工面以外に変位測定機能を持つ移動面を持つため、移動不可能となることはない。LMS方式により、穴加工だけでなく、ロボットだけでは加工が不可能であった溝加工も可能となった。

 第8章「結論および圧電素子を利用した電極送り機構の応用展開」では、本論文全体を総括するとともに、第6章および第7章で述べた以外への電極送り機構の応用展開を提案した。また、本論文で提案した電極送り機構と従来方式の特徴を比較し、それぞれの適用分野を検討した。

 以上のことより、本論文で述べた圧電素子を利用した電極送り機構は、従来方式に比べ非常に小型、軽量であるので、多電極化に適するとともに可搬性に富む。そのため、細穴放電加工の問題点である加工時間の短縮や大型工作物への加工に関する問題の解決法の一つになるということが明らかになった。

審査要旨

 本論文は「圧電素子を利用した放電加工用小型電極送り機構に関する研究」と題し,放電加工機のマイクロ化を目的とし,その最も重要な要素である電極の送り機構を,圧電素子を利用することにより,飛躍的に小型化することに成功した研究に関する一連の成果を纏めたものである.

 論文は8章から構成されている.第1章(緒論)では,本研究を行う動機と目的を明確に示す為,まず,放電加工技術および微細穴加工技術の研究開発の動向を纏め,次に,放電加工機のマイクロ化を目指すことの意義を述べている.そして,放電加工機のマイクロ化で最も重要な課題である電極の送り機構の小型化を,本研究の主たる目的とすることを述べている.

 第2章(インパクト駆動機構)では,電極の送り機構の小型化に適する駆動機構としてインパクト駆動機構の利用を検討した.インパクト駆動機構は,圧電素子の急速変形に伴う反作用力を利用した自走機構であり,ナノメータオーダの微細送りも可能で,構造が極めて簡単である特徴がある.このインパクト駆動機構について,移動量と圧電素子への印加電圧波形の関係等を把握するとともに,高速化の手法として摩擦力の制御を付加する方法を提案し,その有効性を実証している.これらの成果は,放電加工機への利用だけでなく広く精密位置決めの分野での応用に役立つと評価できる.また,放電加工機での利用では,加工液中での駆動が考えられることから,摺動面に油を塗布した場合のインパクト駆動機構の特性を調べ,乾燥摺動面と同等の性能が得られることを明らかにしている.

 第3章(インパクト駆動機構を利用した単電極放電加工機)では,前章で特性を把握したインパクト駆動機構を用いて,寸法が5cmの放電加工機を試作し,従来の機構によるものと同等以上の加工を行えることを明らかにした.また,電極の駆動の他に,圧電素子により電極を微小振幅で振動させることにより加工速度を向上すること見いだしている.

 第4章(衝撃力を利用した電極ダイレクトドライブ方式の開発)では,電極として用いる細線のみを衝撃力で移動する方法を新たに提案している.この方法によれば,放電加工で問題となる電極消耗への対応が可能となる.実験によりmオーダの移動が得られ,放電加工が可能であることを明らかにした.

 第5章(楕円運動を利用した電極ダイレクトドライブ方式による電極送り機構)では,慣性力を利用した前章の電極の直接駆動法で問題となった駆動力の,不足を解決するために,2個の圧電素子を直交するように配置し,位相の異なる正弦波を印加し楕円運動を得,これによって電極を送り出す機構を考案している.この方式によっても微細穴の放電加工を行うことに成功している.

 第6章(多電極放電加工機)では,第3章で開発した放電加工機を更に小型化し,これを複数個束ねて,同時に多数の微細穴の加工を行う試みている.複数の電極の位置の制御を1個のコンピュータで行う為に,時分割方式の制御法を開発し,その有効性を試作によって確かめている.

 第7章(ローカル・マシニング・ステーション方式による精密加工)では,大型工作物に対する局所的な加工を目的とし,自走能力を有する小型放電加工機を提案している.第2章のインパクトドライブ方式によって平面上のXYの3自由度の位置決めが可能な自走機構を試作し,溝加工と穴加工を行うことに成功している.この試作機は,自走機構による工作機械としても先駆的なものである.

 第8章(結論)では,研究を総括し,従来の電極駆動機構との相違点を論じるとともに,本論文で開発した,3つの新しい駆動方式の将来展望と今後の研究課題を述べている.

 このように,本論文は,放電加工機の小型化に必須である電極送り機構のマイクロ化を,圧電素子を利用する幾つかの方式を考案することにより実現している.これらは,従来のものと比べて寸法で1桁程度小さく,画期的なものと言える.インパクト駆動機構の解析や微細穴の放電加工に関して得られた成果と新たな知見は,精密位置決め,精密加工の分野における工学の進展に寄与し,工業の発展の貢献が大きいものと評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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