学位論文要旨



No 211918
著者(漢字) 小澤,宏臣
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,ヒロオミ
標題(和) エアクッション双胴船の初期設計時所要動力評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 211918
報告番号 乙11918
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11918号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 木下,健
 東京大学 助教授 山口,一
 熊本工業大学 教授 梶谷,尚
内容要旨

 船舶の高速化は造船技術者の永年の課題である。従来の排水量型船舶では一時期高速化指向の時期があったが、元々商船の持つ大量の貨物を安価で効率的に運ぶという利点に沿ったものが多く、船型開発、機関や推進器の効率向上化といった、いわば数パーセントのオーダーの研究開発が主である。

 一方で、従来の船舶の速力を大幅に超えるために全く新しい原理の水上船舶の開発も続けられている。水上船舶を高速化するためには現在の科学では水中翼による動的揚力の利用と空気圧力による静的揚力の利用が最も可能性のある手段と考えられている。両概念共に小型の旅客艇として実用化されているが、大型化にはそれぞれ根本的な問題点が存在して来た。水中翼方式については、揚力が面積に比例するのに対して重量は体積に比例すると言ういわゆる2乗〜3乗則の原理に基づく重量増加の問題があるので、よほど比強度の高い材料が開発されない限り、水中翼単独による大型化には限度があると言われている。一方で空気圧力については大型化に伴い浮上用空気量が増加すること、及び、従来より高速用の高効率型推進器として用いられて来た空中プロペラの大きさの制限から大直径の空中プロペラを4基搭載したSR.N4以上の大型化は不可能と言われて来た。しかしながら、空気浮上方式の高速における抵抗性能の利点、すなわち、従来の排水量型の船舶に比べて速度に対する抵抗増加率が小さいという性質は他の形式の船舶には見られず、また高速化すればするほどその効果が顕著となる特質を備えている。

 このような原理的な特徴を踏まえた上で、現実の商船の高速化を考えると、一般にはその水力的抵抗の主たる要因は船体表面の摩擦力と船体表面に掛かる水圧力であり、造波抵抗を最小にする船型学と合わせて、特に高速化に伴って急激に増加する摩擦力を減ずることが解決の近道と考えられて来た。船体表面をイルカの表皮のような物質で覆う方法や非ニュートニアン物質を船首部から流す方法は原理的には可能であるけれども、実用面からは解決すべき問題点は多いとされている。また、船体表面に空気膜を生成して摩擦抵抗を減ずる方法も原理的には可能であるが、船底深く空気を送るための動力や空気膜を効果的に保持する方法等の問題点が少なくない。

 ところで双胴船の双胴間に効率的に空気圧を保持して船体を浮上させることができれば、船体部の喫水が減る事で水の摩擦抵抗を減ずることが可能である。また、排水量の一部を空気圧で保持することで、エアクッション船としての高速性能を活かす事ができれば、一挙両得の成果を得る事が可能と期待される。著者は船舶の高速化を研究の主題として、ホーバークラフト、高速型非対称双胴船、半没水型双胴船(SWATH)等について、主として推進抵抗の観点から船型の研究開発を行って来たが、この中のホーバークラフトの空気浮上原理と高速型の非対称双胴船の原理を組み合わせる事で、主題の船型開発を進めてきた。

 本研究では、これら個別の技術的成果を踏まえた上で、基本設計の中心となる動力性能について理論的推定法の提案を行い、推定法の基盤となる造波抵抗の理論的推定法の妥当性を基礎的な水槽実験により検証した上で、設計初期の段階でエアクッション化による動力低減の効果を評価するチャート(ACCチャート)を提案した。

 成果の一例としてこの手法を応用した実用船規模の所要動力の推定及び評価を行い、確かに双胴船をエアクッション化することにより全動力を減ずる事が可能であることを明らかにした。

 以下に、本論文の構成及び結論の要旨を述べる。

 第1章は序論であり、エアクッション船開発の歴史的背景、双胴船のエアクッション化手法の開発が難しかった理由等を説明した上で本研究の位置づけを明らかにした。

 第2章は本研究の主題であるエアクッション双胴船の造波抵抗の理論的推定法について、基礎的な理論構成の説明を行った上で、エアクッション双胴船の造波抵抗を矩形の圧力分布と単純船型の双胴船体を組み合わせた線形理論により計算する方法に基づき、2次元及び3次元の船体形状について具体的な造波抵抗の計算例を示した。計算の内容は線形理論に基づく双胴船体(Thin Ship)とエアクッションの圧力分布(Flat Ship)のそれぞれから発生する自由波の重ね合わせにより、造波抵抗を計算するもので、双胴船のCws、エアクッションのCwc及び計算上の干渉抵抗のCwlの合計として計算されれる。

 第3章では前章の理論的推定法の妥当性を実験的に確かめるために、船型の流体特性のよく分かっている数式船型を用いた水槽実験をおこない、造波抵抗解析値と理論造波抵抗計算値を比較して推定手法の妥当性を検証した。また、実用船型の評価を行うためにより実用船型に近い高速型の双胴船を用いた水槽実験を行い、これに近似の船体形状を持つエアクッション双胴船の造波抵抗を理論的に計算し、双胴船体部の抵抗計算に適切な影響係数を加味することにより、初期設計という観点から本計算手法が実用上十分な精度を有することを示した。さらに従来より非常に難しいとされてきた空気圧力単独の造波抵抗の分離計測を試み、エアクッションから発生する造波抵抗をプレナムチャンバ内壁面の圧力積分と前後のシール下端から流出する空気の運動量変化の修正を行うことで実験的に分離計測する方法を提案した。この方法の妥当性を理論的に証明した上で、模型実験においてプレナムチャンバ下端から前後に流出する空気の運動量変化を正確に解析する事により、空気の圧力分布から求めた理論造波抵抗が実験解析値とよく合うことを確かめている。

 これらの結果からプレナムチャンバ内壁面の圧力積分と造波抵抗の関係を把握することが可能となり、エアクッションの理論造波抵抗計算法の妥当性を確認した。また、エアクッション双胴船の後続波形を実験的に解析した結果、双胴船体とエアクッション部の各船型要素から発生する波の線形重ね合わせが、計測された波形及び解析された振幅関数において成り立つことを確認し、さらに供試模型の造波抵抗においても理論計算結果と実験解析値が全体的によく合うことを示した。

 第4章ではこの理論造波抵抗を中心にエアクッション双胴船の全抵抗を推定し、推進動力の推定を行うとともに、エアクッション双胴船特有の浮上動力を推定し、幅広い設計条件の範囲において双胴船のACC化の効果が期待できる領域が存在する事を明らかにした。特に、40〜50ノットの範囲で3000トンクラスの大型双胴船に対してもACC化が有効である事が分かった。この方法を活用して実用的な観点からクッション平面形状の縦横比、全排水量、クッション支持率等の基本的な設計パラメータを設定して全動力の推定を行うとともに、これらの計算結果から各回の計算範囲において双胴船をACC化することにより全動力において有利となる速度、排水量及びクッション支持率を評価できるチャート(ACCチャート)を作成した。

 第5章では実船の評価を行うために、実用船型の模型尺度における全抵抗値の計測値と計算値の直接比較を行い、これらがよく一致することを確認するとともに、実際に建造された船長31m、設計速力30ノットの高速双胴船を対象に、その推進動力を第4章の計算手法により推定して実船の試運転結果と比較、検証した上で、この双胴船をACC化設計によって全所要動力を低減化することに成功した例を示した。本船を40ノット型ACCとして設計した場合に、現状の双胴船型で予測される推進動力の約半分の全所要動力で設計速力を達成できる結果を得るとともに、近い将来実現が予想される70m型の超高速カーフェリーのACC化設計例を示した。

 第6章では結言として研究の成果及び今後の課題を述べている。主な研究の成果では、エアクッション双胴船の全所要動力の理論的計算法の妥当性が実験により検証されたこと、及び本評価法に基づく双胴船のACC化が大型船舶の超高速化を実現するのに非常に有効な手法であること等を述べている。さらに、今後の課題では、高速船がさらに大型化した場合の低フルード数化と低クッション支持率化に対応して、エアクッションの船首部平面形状及び双胴船体部の理論計算モデルの厳密化が望まれること、また、全体の設計精度向上のためには推進システムや浮上システムにおける各種効率の適正化が望まれること、及び波浪中速力性能の検討が重要であること等を述べている。

 最後にあとがきと関係者に対する謝辞を述べている。

審査要旨

 本論文は「エアクッション双胴船の初期設計時所要動力評価法に関する研究」と題し、6章から成っている。

 第1章「序論」においては著者が「エアクッション双胴船」と名づけた新しい形式の高速船舶についてその着想、可能性、長所、短所等について歴史的な経緯を含めて述べている。すなわち双胴船は従来の単胴船にくらべ、設計上の自由度が大きくいくつかの長所があるが、浸水表面積が大きく摩擦抵抗が増加するために高速化が困難である。この問題に対し、著者は、双胴の間をエアクッションで保持し、喫水を浅くすることにより浸水表面積を減少させ、これによって抵抗を減少させることを考えている。一方エアクッションの存在によって造波抵抗が増加すること、双胴間の前後部に設けたシールにより接水抵抗を生ずること、リフトファンの空気吸い込みに伴う運動量変化により抵抗を生ずること、を述べこれらの正確な算定が重要であるとしている。

 第2章「造波抵抗の理論的考察」においては上述のエアクッション部と左右の双胴部船体による造波抵抗の理論推定法について述べている。

 双胴部の船体は長さおよび喫水にくらべ幅が極めて薄いものと仮定して簡単化した薄い船(Thin Ship)の理論を使うことが出来るとしている。一方エアクッション部は長さ、幅にくらべ喫水が極めて浅いものと仮定し、偏平な船(Flat Ship)の理論が使えるとしている。さらにこれらの船型要素から発生する自由波の重ね合わせによって、エアクッション双胴船の全造波抵抗を求められると仮定している。

 このような仮定はかなり大胆なものであるが、著者は第3章に示す実験によって、実用上問題ない精度で、これらの仮定が成り立つことを示している。このような簡単化は、その有効性が確認出来れば、現象を見通しよく記述することが出来、実用上から極めて有意義である。

 著者は上述の仮定に基づいてエアクッション双胴船の造波抵抗を算定する一般的な理論式を導き、さらに2つの単純船型(船体形状が簡単な数式で表せる船型)について実際に計算出来る具体的な式を導いている。

 第3章「模型実験による検証」においては、第2章で採用した仮定が実際に成り立つかどうかについて実験により調べている。

 双胴船体部については従来の単胴船の実験の場合と同様の考え方で、造波抵抗を分離計測することが出来る。一方エアクッション部については、剰余抵抗として解析することは適当でなく、また過去の波形解析法による方法も満足のいく結果を与えていないことを指摘し、エアクッション室内(プレナムチャンバ)の壁面における圧力分布を計測することにより直接造波抵抗を求めるという新しい着想に基づく分離計測法を提案している。

 エアクッション双胴船およびその一部であるプレナムチャンバとエアクッションのない双胴船の3種について曳航水槽で実験をおこなっている。そして上述の新しい計測法が従来の方法によるものより精度が高いことを実際にたしかめている。この計測法はプレナムチャンバ内の圧力分布の他、シール下端部からの空気の運動量の推定を精度よく行うことが重要であり、著者は種々の工夫により造波抵抗が最大でも±10%以内の精度で計測出来る結果を得ている。

 以上述べた新しい計測法の精度の確認の後、後続自由波の計測を行って第2章で仮定した「各船型要素から発生する自由波の線形重ね合わせが成り立つ」ことを実証している。そしてエアクッション双胴船の造波抵抗の理論計算値が実験値と定性的にも定量的にもよく一致することを示している。

 第4章「エアクッション双胴船の所要動力に関する検討」では、第3章までの結果をふまえて所要動力の検討を行っている。

 所要動力としては浮上用動力と推進用動力があり、後者はさらに造波抵抗、摩擦抵抗、空気の運動量変化に基づく抵抗、空気抵抗と付加抵抗に分けられるが、これらについての計算式を導いている。そして基準船型と実用的船型の2種類のエアクッション双胴船につき、排水量、速力、エアクッション支持率等を系統的に変えて、所要動力を計算しチャートにまとめている。そしてエアクッション化により所要動力が減少する領域、最適なエアクッション率、所要動力の減少量等を求めている。例えば500トン型の実用船型エアクッション双胴船では、エアクッション化により50ノットで所要動力を60%以下に減らすことが出来る。

 第5章「実船の設計例」においては、第4章までの結果を利用して、現行の高速双胴船のエアクッション化の設計を行い、大巾な所要動力減少が得られることを実例で示している。さらに全長約70m、最大速力48ノットのエアクッション双胴型の超高速カーフェリーの設計を行って本研究の成果を具体的に示している。

 第6章「結言」においては本研究の成果を述べるとともに、今後の課題についても言及している。

 以上要するに本論文は新しい形式の高速船舶であるエアクッション双胴船について、初期設計時に所要動力を精度よく推定する方法を開発し、実験により確かめたものであり、船舶流体力学および船舶推進工学の発展の寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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