学位論文要旨



No 211922
著者(漢字) 飯田,健二
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,ケンジ
標題(和) エレクトロニクスによる住空間の省エネルギー技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 211922
報告番号 乙11922
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11922号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
内容要旨

 民生用機器、特に家電機器は生活や文化水準の向上に深く係わっている。家庭部門のエネルギー需要はGNPに対して高い弾性値を持っており、生活や住居水準の向上とともに、他の産業部門に比し高い伸びを示している。年間消費量は近年ほぼ10Gcal/所帯・年で、暖冷房、給湯、照明・動力他の3要素がほぼ同割合を占めている。欧米諸国は暖(冷)房エネルギーの値が大きい。日本でも家庭用エネルギーとしては住宅と関連して暖冷房空調のエネルギーの研究が重要である。

 本研究は、エレクトロニクスによる住空間の省エネルギー技術に関し、「住空間に於けるエネルギー動向と研究のあるべき姿」、「インバータによるヒートポンプエアコンの能力可変制御」、「家庭情報通信システムによる住空間のシステム空調」、「対話形知的分散処理によるエネルギーコントロール」、という4つの側面から研究を行い、これらを総合して成果を纏めたものである。

 「住空間に於けるエネルギー動向と研究のあるべき姿」では、家庭用エネルギーの消費動向の解析を行い、最も重要な空調の省エネルギー技術の動向の分析を加え、主要分野に分け研究のあるべ姿の提言を行った。

 近時エネルギーは資源の枯渇より、更に地球環境特に温暖化の対応が必要となり、家庭用エネルギーを考える上で、カロリー当たりの二酸化炭素発生の少ない資源を選ぶことが重要になっている。具体例として、ヒートポンプエアコン、石油FF温風暖房及びガス燃焼器の区分にて、効率(a.空調成績係数、b.資源原単位効率)、コスト(空調熱量kcal当たり)、CO2発生量のエネルギー性能を比較した。空調kcal当たり、CO2発生が少なく、エネルギー使用量又は、コスト最少の基準では、ヒートポンプ方式(電気)は総合して優れた方式であることを明らかにした。図1にその結果を示す。

図1 空調方式とエネルギー性能

 エアコン等の省エネルギーの評価法として期間エネルギー消費効率(SEER)の考えが浸透しているが、本評価によれば部分負荷性能の向上が求められる。省エネルギーの一方の柱である住宅について新省エネルギー基準のもとに高断熱・高気密化の動向を検討し、又日本・諸外国における省エネルギー住宅の研究実施例につき分析した。住宅内のゾーン毎の温度管理、高断熱・高気密に伴う空気清浄・湿度管理及び自然エネルギーの導入には、エレクトロニクスによる通信・制御技術が求められていることは明かである。

 以上の基礎的研究成果を踏まえて、研究課題を次の4分野に分類し研究のあるべき姿を展望した。1)マイコン・センサによる高度制御、2)パワーエレクトロニクスによる能力可変制御、3)家庭内情報通信による住空間のシステム空調、4)対話形知的分散処理によるエネルギーコントロール。上記1)については各種の研究実施例があるので、2)〜4)の各項を研究対象と定めた。

 「インバータによるヒートポンプエアコンの能力可変制御」では、期間エネルギー効率に対応する能力可変制御は各種の方法が考えられた。インバータ搭載は画期的で各種のメリットが予測されるが高性能化と低コスト化の実現がキーファクターと考えられた。当初開発のカスタムエアコン(3相、3kW)について、高性能・低コストインバータの構成法を研究し空調機としての性能・省エネルギー解析を行って実現性があること示した。

 インバータの量産化方式である、ディジタル化・ROM利用の正弦波PWM方式につき、その主な仕様と回路構成及び波形合成の手続を明らかにした。ディジタル回路の特徴を生かした精密波形合成の採用でインバータ効率として、理想正弦波電源での運転に比べて5%以下の低下に止まり、低価格・高効率を得ることが可能となった。

 上記のインバータ搭載した空調機(IDCSと称す)につき、従来の単一速度駆動のエアコン(SCSと称す)と比較し、省エネルギーの原理及び試験結果の解析を行った。期間エネルギー効率(SEER)の向上は部分負荷における高効率(EER)の運転及びサイクリング損失の減少として表され、IDCSについてはSCSに対し、比較法による部分負荷運転の節減値と、推定サイクリング損失(5〜7%)を加え、エネルギー節減値として冷房26%、暖房22%となることを示した。

 エネルギー節減値を基に、IDCSのSCSに対するシステムコストの増加を20%とし、インバータエアコンの償却期間を求めると、3年から4年となり、他のシステムに較べ最も有利で、インバータエアコンに現在匹敵するものはないことを明らかにした。図2に各システムの比較を示す。

図2 比較システムコストとEER

 インバータの構成に関する開発経過の概要を示した。回路方式として予備研究を経て3方式に絞り、第1案くし形PWM方式、第2案正弦波PWM方式、第3案中性点クランプPWM方式を候補に選定し、各種効率の評価検討を行った。ディジタル制御正弦波PWM方式はインバータ及びモータ効率とも所期の性能を得、コスト分析の結果を踏まえて、量産方式として最も適切であるとの結論を下した。

 次に家庭用主力の単相100V機種に適用するため、倍電圧整流回路を開発し、3相モータと本研究方式のインバータを用いて、単相でも高い省エネルギー率を達成できた。本方式より本格的に量産化し、小形エアコンから業務用にも採用が進み普及し、大きな省エネルギー効果を実現することができた。

 「家庭内情報通信システムによる住空間のシステム空調」では、家庭内外の情報通信についてホームバスシステムを中心に研究・標準化の経緯を述べ、住宅に於ける実施研究を紹介した。又サービスシステムの分類、エネルギー管理のイメージを示した。住宅内のダクト式空調システム・ホームコントロールシステムへの適用研究において、新しい通信方式とその効果を明らかにした。

 エネルギー機器・管理への適用として、多室空調の代表としてダクト式エアコンの実施研究を行った。ゾーニング技術により分散配置式空調の省エネルギーと、セントラル方式の便利さが達成される。ホームバス通信をVAV(Vari able Air Volume)ダンパー制御部とインバータ駆動VRV(Variable Refrig erant Volume)室内ユニット制御部の相互通信へ適用し有効な制御結果が得られる事を明らかにした。図3に制御システムの構成図を示す。ゾーニングの省エネルギー効果は、居室・寝室など生活時間に合わせ温度設定を行って、25%と報告されている。寒冷地の高断熱・高気密住宅(床面積:115m2)に適用し、暖房定格能力5150kcal/h(45kcal/m2h)にて暖房可能で大幅な省エネルギーが達成されることを示した。

図3 制御システムの構成図

 ホームバスシステムの基本要素であるインターフェースユニットの開発を行い、その機能のOSIモデルに於ける位置づけを示し、本開発のホストコンピュータ側と機能分担したICによれば、基板面積を増さずに情報量の増加に対処でき、従来の個別通信とほぼ同コストで実現できることを示した。

 「対話形知的分散処理によるエネルギーコントロール」では住宅と機器類をモデル化し、コンピュータ上でコントロールを実現する研究を行った。対話形知的分散処理を選定し、システムモデルは住宅の一部屋にて、複数機器を組合せコントロールし省エネルギーと快適性を実現するものである。

 先ず、インバータエアコン等につき国内外の規格を参考に基本性能データベースを作成した。また簡易形としてソフトウェアに容易に適用する広能力可変幅機種の線形式を示した。インバータエアコンの部分負荷性能の評価について、新たに中間負荷(1/2定格値)を含む計算方式を提案した。本案による基本性能データベースの期間エネルギー効率の出力結果を示したが、予期した省エネルギー率20%〜30%が得られ、本案が妥当であることを確認した。

 次にエネルギーコントロールに関連し、快適性の指標につきPMV表示による方法を採りあげた。また空気質に関して、CO2及びO2濃度と住宅の気密度につき計算式を導き、空気質の指標としてCO2濃度を採用した。

 上記のデータを基に住空間のコントロールシステムとして、空調システム側の複数の要件を満足し、プログラムの独立性を維持していく、新しい対話形知的分散形システムを採用した。プロトタイプとして、一部屋に於ける複数機器(インバータエアコン、床暖房、ガスファンヒータ及び換気扇)を対象にシステムを構築し、オブジェクト指向の配置による新しいアルゴリズムを用いて、機器間の協調コントロールにつき研究した。図4にプログラムの概要を示す。

図4 コントロールプログラムの概要

 結果として複数機器が条件によって連携を行うことにより、5〜10%のコスト低減、5〜25%の省エネルギーと安定した快適性が得られ、対話形知的分散処理がエネルギーコントロールに有効であることを示した。

 以上、インバータによるエアコンの能力可変制御、家庭内情報通信による住空間のシステム空調、対話形知的分散によるエネルギーコントロール、というエレクトロニクスによる省エネルギー技術の成果を述べた。住空間のエネルギー問題の解決には、エネルギー利用の最も重要な部分に付きエレクトロニクス技術を適用し系統エネルギーを最も有効に利用するとともに、将来自然エネルギー等と共存出来る環境を作っていくことが効果的であると考えている。

審査要旨

 本論文は,「エレクトロニクスによる住空間の省エネルギー技術に関する研究」と題し,とくに家庭の暖冷房の省エネルギー技術を追究したものであり,全6章よりなる.

 第1章は序論であって,研究の背景や研究の範囲を述べている.

 第2章「住空間におけるエネルギー動向と研究のあるべき姿」では,家庭用エネルギーの消費動向を調査し,とくに空調の省エネルギー技術の動向を分析している.具体例として,ヒートポンプエアコン,石油FF温風暖房,ガス燃焼器をとりあげ,効率,コスト,さらに地球温暖化への対応から,暖冷房能力当たりのCO2発生量を比較した結果,ヒートポンプ方式が総合的に優れた方式であることを明らかにしている.

 最近では,空調機などの省エネルギー評価基準として期間エネルギー消費効率(SEER)が用いられ,部分負荷性能の向上が求められるようになっていることを考慮し,内外における省エネルギー住宅の研究実施例を分析した結果,高いSEERの実現のためには,住宅内ゾーン別温度管理,高断熱・高気密に伴う空気清浄・湿度管理,さらに自然エネルギーの導入などが必要であり,エレクトロニクスによる通信・制御技術が重要な役割を果たすことを明らかにしている.

 以上の基礎検討をもとに,研究課題を,(1)マイコン・センサによる高度制御,(2)パワーエレクトロニクスによる能力可変制御,(3)家庭内情報通信による住空間のシステム空調,(4)対話形知的分散処理によるエネルギーコントロールという4分野に分類し,項目(1)については多くの研究実施例があるので,(2)〜(4)の各項を本論文での研究対象としたことが述べられている.

 第3章「インバータによるヒートポンプエアコンの能力可変制御」は本論文の核となる章であり,SEERの向上に最も効果のある空調機の能力可変制御(いわゆるインバータエアコン)の開発について詳述している.

 インバータの導入は画期的な方策であり,多くのメリットがあると同時に,高性能化と低コスト化の両立が重要であった.まず,初期のカスタムエアコン(3相3kW)について,高性能かつ低コストなインバータの構成法を研究した結果,十分な実現性があること示している.次に,インバータの量産化のために,ROMを用いた正弦波PWM方式を考案し,その仕様と回路構成を提案している.ディジタル回路の特徴を生かした精密波形合成法の採用によって,理想正弦波での運転に比べて5%以下の効率低下に止め,低価格と高効率を同時に達成している.

 本インバータを搭載した空調機を製作し,従来の単一速度駆動の空調機と比較試験を行った結果,エネルギー節減値として冷房26%,暖房22%となることを示している.さらに,従来形に対するシステムコストの増加を20%として償却期間を求めると,3年から4年となり,他の方式に比べ最も有利であることを明らかにしている.また家庭用として主力の単相100V機種に適用するため,倍電圧整流回路を適用し,3相モータと本方式のインバータを用いて,高い省エネルギー率を達成している.

 本方式は本格的に量産化され,小形空調機から業務用まで採用が進み,大きな省エネルギー効果を実現していることは衆知の事実である.

 第4章「家庭内情報通信システムによる住空間のシステム空調」では,家庭内の情報通信技術であるホームバスシステムの標準化の経緯を述べ,実施研究を紹介すると同時にサービスシステムの分類を行い,エネルギー管理という概念の重要性を示している.ダクト式空調システム,さらに広範囲のホームコントロールシステムの実現に必要とされる新しい通信方式を提案し,予想される効果を明らかにしている.

 具体的には,多室空調の代表としてダクト式空調システムの実施研究を行い,分散配置式による省エネルギーと,セントラル方式の便利さを達成している.ホームバス通信をVAV(Variable Air Volume)ダンパー制御部とインバータ駆動VRV(Variable Refrigerant Volume)室内ユニット制御部の相互通信へ適用して良好な結果を得ている.すなわち,居室・寝室などの生活時間に合わせた温度設定を行うことにより,25%の省エネルギー効果を達成している.また,寒冷地においても,住宅(床面積115m2)の高断熱・高気密化により,定格暖房能力5150kcal/h(45kcal/m2h)程度で十分暖房可能であり,大幅な省エネルギーが達成できることを示している.

 さらに,ホームバスシステムの基本要素であるインターフェースユニットの開発を行い,ホストコンピュータ側と機能分担したICを作製し,基板面積を増やすことなく情報量の増加に対処でき,従来の個別通信とほぼ同コストで実現できることを示している.

 第5章「対話形知的分散処理によるエネルギーコントロール」では,住宅と機器類をモデル化し,コンピュータによる対話形知的分散処理を実現する方法を提案している.住宅の一部屋モデルにおいて,複数機器を組合せて制御し省エネルギーと快適性を実現するものである.

 まず,インバータエアコンなどにつき内外の規格を参考にして基本性能データベースを作成し,広い能力可変幅をもつ同機種の性能評価においても簡便に用いることのできる線形式を導いている.インバータエアコンの部分負荷性能の評価については,新たに中間負荷(1/2定格値)を含む計算方式を提案し,実際に期間エネルギー効率(SEER)の計算結果を示してその妥当性を確認している.

 快適性の指標にはPMV(Predictive Mean Vote)表示を用い,空気質に関しては,CO2およびO2濃度と住宅の気密度の関係式を導いている.これらのデータをもとに,複数の要件を満足しかつプログラムの独立性を保つことのできる,新しい対話形知的分散システムを提案している.プロトタイプとして,一部屋における複数機器(インバータエアコン,床暖房,ガスファンヒータ,換気扇)を対象にしたシステムを構築し,オブジェクト指向の配置による新しいアルゴリズムを用いて,機器間の協調コントロールを行っている.

 結果として,複数機器が連携を行うことにより,5〜10%のコスト低減,5〜25%の省エネルギーと安定した快適性が得られ,対話形知的分散処理がエネルギーコントロールに非常に有効であることを示している.

 第6章は結論であって,本論文の成果を総括し,今後の課題を述べている.

 以上これを要するに,本論文は,インバータによる空調機の能力可変制御,家庭内情報通信によるシステム空調,対話形知的分散処理によるエネルギーコントロールなどのエレクトロニクス技術によって,家庭内を主とする住空間において大きな省エネルギーを達成する技術を提案し,その大部分を実用化に結びつけた成果を述べたものであって,電気工学上貢献するところが少なくない.

 よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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