学位論文要旨



No 211923
著者(漢字) 小椋,有希子
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,ユキコ
標題(和) 磁場イメージングの分解能向上を目的とした設計手法の研究
標題(洋)
報告番号 211923
報告番号 乙11923
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11923号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
内容要旨

 現在、種々の医用画像診断システムが開発されているが、本論文ではこれらの中で、被験体から発生する磁場データから被験体内部の磁場発生源を再構成する磁場イメージングに注目する。その磁場イメージングとして、MRイメージングと生体磁場源イメージングがある。MRイメージングで画像再構成する磁場発生源は、核磁気共鳴現象を起こすことによって生じる核磁化で、その信号は対象物体の核スピン密度、緩和時間、化学シフトなどの物理的および化学的情報を含む。このMRイメージングにより、例えば腫瘍や循環器系疾患、また代謝機能の異常などの診断および代謝機能の解析が行なわれる。一方、生体磁場源イメージングで再構成する磁場発生源は、生体の神経活動に伴って神経に発生する電流である。この生体磁場源イメージングにより、脳の神経疾患や心臓の伝導路障害の診断および脳機能の解析が行なわれる。これら疾病の診断や生体機能解析の精度を向上するためには、磁場イメージングの高分解能化は重要な課題である。

 そこで本論文では、磁場イメージングの分解能向上のために磁場イメージングにおけるシステムパラメータと再生画像の空間分解能との関係を定量的に評価し、システムの最適化を行うことを目的とした。本論文は2部構成とし、MRイメージングと生体磁場源イメージングについて、各部にわけてそれぞれ議論した。

 まず第1部では、MRイメージングの分解能向上に関して述べる。通常、MRイメージングの画像再構成にはフーリエ変換法が用いられており、その空間分解能はサンプリング間隔によって決まる画素幅となる。従って、分解能向上のためには、サンプリング間隔を小さくすればよいが、通常の大視野ではエンコード回数を増大させなければならなので測定時間が増大する。そこで、MRイメージングではイメージング領域を小さくする方法がとられ、その手法にはin-vivoとin-vitroの2つの方向がある。前者が局所拡大イメージング法であり、後者はいわゆるNMR顕微鏡である。

 MRイメージングでは画素幅Pを小さくすると、画像SNRは画素面積に比例して劣化する。また、一般にコントラスト/ノイズ比が劣化すると、目視によって識別し得る物体の大きさ、すなわち識別限界Dが劣化する。従って、局所拡大イメージングでは、対象のコントラストに応じた最適なサンプリング間隔を選択する必要がある。そこで、局所拡大イメージングにおけるP、画像のコントラスト/ノイズ比ICNRおよびDの関係を明確にするために、Pを変え、contrast-detail diagramを測定した。図1にその結果を示す。そして、図1より次の関係式を得ることができ、

 

 目的とする解像度を得るためには、ICNRに応じて画素幅を式(1)を満足するように設定すればよいことが明らかとなった。

図1 画素幅を変えたときのcontrast-detail diagram

 次にin-vitroにおける高分解能化であるが、この場合、試料を回転させることが可能になるので、固体試料でスペクトルの線幅の広がりの原因となる化学シフトの異方性を除去するMagic Angle Spinning(MAS)法が併用できる。そこで、本論文では骨などの固体試料のMRイメージングを目的とし、MAS法が併用できる新しいイメージング法を提案し、さらに本法におけるシステムの最適化を行う。図2に本法におけるパルスシーケンスを示す。本法では2次元フーリエ変換法ではなく、Macovskiが提案した1点毎に再構成を行う方法を利用している。本法では、図2に示すように傾斜磁場の駆動が不要となるので、試料を回転させながらも大勾配傾斜磁場の印加が可能であるという利点を持つ。

 本法の概要を以下に説明する。回転周波数rで回転する物体に固定した座標系(xr,yr)で考えると、観測される信号S(t,tk)は

 

 となる。M0(xr,yr)は磁化分布、Gは傾斜磁場強度、は磁気回転比、(xr0,yr0)は再構成する点の座標である。物体の回転中心と傾斜磁場の中心との距離であるx0は、次のようにして求める。まず、tkをK回変えてK個のS(t,tk)を得、1/KS(t,tk)のフーリエ変換を計算する。その結果rに依存せずに共通に現われるサイドバンドの周波数からGx0が求まる。この後はMacovskiの再構成手法を適用できるので、S(t,tk)とexp[iD(xr0,yr0,t,tk)]の積の平均値f(t)を求め、これをフーリエ変換すると、間隔rの離散スペクトルを得る。そのn番目のサイドバンドの振幅値hn

 

 となる。hnは点像分布関数(PSF)がJn2(Gp/r)である、点(xr0,yr0)の磁化分布に等しい。Jn(・)はn次の第1種ベッセル関数である。しかし、Jn2(Gp/r)は大きなsidelobeを持つので、PSFを適当な形に改良する必要がある。その方法として、Jn2の線形結合で表すJ2synthesisと呼ばれる方法がある。

 図3にJ2synthesisによってPSFを改良した再構成画像を示す。線形結合の次数Nを増加させるにつれ、PSFのsidelobeが減少し、画像が鮮明になっていく。ここで、十分な画質を得るためには、視野幅をLとするとNGL/rとする必要がある。このNはf(t)のフーリエ変換によって得るサイドバンドの個数に等しく、PSFの半値幅すなわち空間分解能に反比例する。図4にf(t)の離散スペクトルの振幅値と面積値を用いたときの再構成画像を示す。静磁場の不均一および傾斜磁場の非線形性が存在すると、前者の場合その影響を大きく受け、画像歪みが生じる。しかし、後者では磁場の不均一の影響が相殺される。図5にrと画質の関係を示す。空間分解能を向上させる点からはrを小さくする方がよいが、図5に示すように隣接するサイドバンドの分離が劣化し、画質の劣化を招く。従って、rはサイドバンドのenvelopeが重ならない程度に大きくする必要がある。

図表図2 本法で用いるパルスシーケンス / 図3 Nを変えたときの点像分布関数と再構成画像 / 図4離散スペクトルのサイドバンドの(a)振幅値を用いた場合と(b)面積値を用いた場合の再構成画像図5 3つの異なる回転周波数に対する再構成画像

 本論文では使用した装置の性能上、G=9.4×10-3T/mとしたので、最適な回転周波数は約100Hzとなり、得られた空間分解能は0.7mmとなった。しかし、高分解能化のためには傾斜磁場強度をさらに増加させる必要がある。例えば、10mの空間分解能を得るためには、r=100Hzとすると、G=66×10-3T/mとする必要がある。また、MAS法を併用する場合、rは2kHz程度要求されるので、100mの空間分解能を得るためにはG=1.3T/mとする必要がある。このような大傾斜磁場を時間的に駆動することは非常に難しいが、本法では傾斜磁場の時間駆動の必要がないので、例えば磁石内の超伝導シムコイルによって10T/m程度まで印加することは可能である。本論文では筆者が提案した方法の原理を実験的に確認し、そのシステムの最適条件を示したが、今後、本論文で得た結果をもとに実際に固体に適用できるシステムを構築し、本法の有効性を確認していく必要がある。

 次に、第2部では生体磁場源イメージングの分解能向上に関して述べる。生体磁場源イメージングでは、対象に応じて適当な磁場源のモデルを設定する必要があるが、最も多く用いられているものが電流ダイポールモデルである。電流ダイポールとは空間的に孤立した微小電流要素で、聴覚、視覚、痛覚などの刺激による神経活動やてんかんの発作の異常興奮部位を表すものとして生理学的に妥当性があるモデルと言われている。このダイポールモデルを用いた磁場源イメージングは非線形逆問題となるので、反復法により磁場源を求めるが、その精度はシステムパラメータおよび測定データのSNRの影響を受ける。

 そこで本論文ではこのダイポールモデルを用いた脳内磁場源推定を対象としてその空間分解能とシステムパラメータの関係を評価し、分解能向上を目的としたシステムパラメータ(測定領域、コイル径、測定点数)の最適化を行うこととした。評価はモンテカルロ法を用いたコンピュータシミュレーションにより行い、モデルとして脳磁場源イメージングで一般的に用いられる均一導体球内の単一ダイポールモデルを用いた。

 図6に測定領域と推定誤差rの関係を示す。rはダイポールの位置ベクトルの設定値と推定値の差で、磁場源イメージングにおける空間分解能といえる。図6より、ダイポールの位置が非常に深い場合はrを最小限に押さえるためには、測定領域に磁場の極値を2つとも含ませる必要があることがわかる。しかし、ダイポールの位置がそれほど深くない場合にはrは測定領域の選択の影響を受けない。図7に電気的ノイズneを一定とし、環境磁気ノイズnfを変えたときのコイル直径とrの関係を示す。nfはコイル径に依存しないが、neは1/コイル面積に比例するので、nfとneの比に応じてrを最小とするコイル径が存在することが示されている。実際の測定条件を想定すると、最適なコイル直径は20mm〜30mmとなる。図8に測定点数とrの関係を示す。最小のrを得るための必要最小限の測定点数は測定点数の最適値といえ、その値はSNR=8,2の場合、16,36となる。

図表図6 測定領域に磁場の極値が1つしか含まれていない場合(実線)と2つの極値を含む場合(破線)のrとSNRの関係。 / 図7 nfを変えたときのrとコイル直径の関係 ここでne=0.02pTである。 / 図8 測定点数とrの関係

 今後の課題としては、より空間分解能を向上させるために、実際の人間の頭部に則した不均一な導伝率分布や非対象な形状を考慮し、システムパラメータの最適化に関して検討していくこと、また、同時に複数個の電流ダイポールが活動するようなより複雑な対象に応じたシステムパラメータの最適化に関して検討していくことが挙げられる。

審査要旨

 本論文は「磁場イメージングの分解能向上を目的とした設計手法の研究」と題し,被験体から発生する磁場データから被験体内部の磁場発生源を再構成する磁場イメージングに注目し,MRイメージングと生体磁場源イメージングを対象として,分解能を向上するための磁場イメージングにおけるシステムパラメータと再生画像精度の関係を定量的に評価し,システムの最適化を行うことを目的として行った一連の研究を纏めたもので,2部よりなっている。

 「序論」では,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第1部は「MRイメージングの高分解能化に関する研究」と題し,4章より成っている。第1章「緒言」では,MRイメージングの高分解能化を論じている。

 第2章「in-vivoにおける高分解能化手法の最適化」では,局所拡大イメージング法における高分解能化の手法を論じている。MRイメージングではサンプリング間隔を小さくすると,画像SNRはサンプリング面積に比例して劣化する。また,コントラスト/ノイズ比が劣化すると,識別限界が劣化する。従って,局所拡大イメージングでは,対象のコントラストに応じた最適なサンプリング間隔を選択する必要があり,サンプリング間隔を変え,contrast-detail diagramを測定し,局所拡大イメージングにおける画素幅,画像のコントラスト/ノイズ比および識別限界の関係を明らかにしている。

 第3章「in-vitroにおける高分解能化手法の開発とシステムの最適化」では,in-vitroであることの利点を活かし,試料を回転させ,傾斜磁場の周期回転駆動を必要としない,骨などの固体試料のMRイメージングを可能とする新しいイメージング法を提案し,点像分布関数の改良方法を示すと共に,画質を向上させるためのシステムパラメータの最適条件を検討し,顕微鏡的なイメージング及び固体NMRイメージングの実現のための設計指針を示している。

 第4章「結言」では,以上の研究の纏めを行っている。

 第2部「生体磁場源イメージングの高分解能化に関する研究」は,4章より成っている。第1章「緒言」は,本研究の背景を述べ,目的を明らかにしている。

 第2章「生体磁場源イメージングの原理および空間分解能の決定要因」では,磁場源のモデルとして,空間的に孤立した微小電流要素で,聴覚,視覚,痛覚などの刺激による神経活動やてんかんの発作の部位として生理学的に妥当性がある電流ダイポールモデルを用い,脳内磁場源推定を対象として,その空間分解能とピックアップコイルのサイズ,測定点数,測定領域の位置等のシステムパラメータの関係を評価し,分解能向上を目的としたシステムパラメータの最適化を論じている。

 第3章「生体磁場源イメージングシステムの最適化」では,システムパラメータが電流タイポールの推定精度に与える影響を,モンテカルロ法を用いたコンピュータシミュレーションにより評価している。

 第4章「結言」では,第2部の成果を纏め,「結論」では,本研究の成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は,磁場イメージングにおける分解能向上を目的として,MRイメージングにおいては,局所拡大イメージング法における画素幅,画像のコントラスト/ノイズ比および識別限界の関係を明らかにすると共に,試料を回転させる新しいイメージング法を提案し顕微鏡的なイメージング及び固体NMRイメージングの実現のための設計指針を示し,生体磁場源イメージングシステムにおいては,脳磁場源イメージングシステムパラメータの最適化を論ずる等,医用画像工学の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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