学位論文要旨



No 211925
著者(漢字) 瀧澤,由美
著者(英字)
著者(カナ) タキザワ,ユミ
標題(和) モデル化に基づく非定常過程に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 211925
報告番号 乙11925
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11925号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 高羽,禎雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 自然界からの信号、人工的に生成された工学的信号を正確に把らえること、そしてそこから有用な情報を求めることは必要であり、有意義なことである。自然が語りかける言葉に耳を傾け、自然に由来する森羅万象を正確に把えることは自然科学の本来の命題である。

 信号解析の方法を研究するに当たって、どの様な視点からそれを行うかは基本的重要事項である。これにより研究成果の有用性,有効性が直接支配される。本研究は信号の有する非定常性に視点を置いている。そして、微妙,複雑,多様な信号の中から有意な情報を把らえることを目的としている。

 人間はいわゆる五感によって、ごく微妙な状態変化を高感度に知覚でき、また、音響と画像のごとく態様の異なる多様な信号を統合的に知覚することができる。しかし、時間,空間,および集合について、対象とする範囲の拡大に伴い、人間の知覚能力は低下し、再現性が劣化する。また、人間の知覚能力は物理的な制限を受け、個人差の問題等がある。これらの問題を克服するため、信号の検出および処理方式の一層の高度化がもとめられる。

 最近、医療・診断,運輸・交通,生産・保守を含む広範な分野において、センサの高感度化,システムの機能の高度化が期待されている。これは単調,不快,危険作業からの人間の解放への要請に基づいている。一方、信号処理方式の普遍的な有効性が最近認識されるようになり、その適用領域の拡大が期待されるようになってきた。

 情報通信においては、その本質的目的は、自然および人工信号を検出し、符号化した後、媒体を介してこれを伝達し、人間にとって有益な作用をもたらす事にある。この分野においても、信号処理能力の高度化は高品質の情報通信方式の実現にとって重要である。

 計測制御の分野においては、センサの高感度化,信号解析アルゴリズム,およびコンピュータの進歩によって、信号の検出および処理の自動化が広い領域に於いて実現されつつある。しかし、自然界および工学分野において、特に微妙,複雑,多様な信号を分離検出し、その識別および制御を実行する上で、信号処理に関する方式能力は未だ不充分である。そのため熟練者による有人システムが一般的に用いられている。

 以上の状況の下で、本研究は自然,人間および人工的信号の解析において、変化しやすく複雑で多様な信号の特性に対応できる有効な信号解析法の実現を目的とする。そのため、非定常過程の瞬時および時変特性の解析,複数の過程によって支配された信号に対して過程の分離と解析法について研究する。また、非定常現象のモデル化と解析,非定常信号の波形のモデル化と解析について研究する。さらに、および非定常スペクトル推定法の統一的視点での解析法の検討等の基礎的研究の進展を図り、またその応用を試みる。

 本研究の成果は、最近期待の高まりつつある計測制御,情報通信分野におけるシステムの高度化,自動化,および高信頼化について意義を有するものと考えられる。

 本論文は7章から構成され、各章は以下に示す内容より成っている。

 第1章は序論で、本研究の主題と研究の位置付けについて述べている。まず、研究の背景を明らかにするとともに、この分野における従来研究との関連および本論文の構成について述べている。

 第2章は非定常スペクトル推定に関する研究で、観測データの解析の基礎である。非定常スペクトル推定法として、瞬時化最大エントロピー法を提案する。

 近傍定常の仮定の下に、まず、時刻の一点において過程の特性を記述(瞬時特性)し、つぎに、近傍を越えた時間変化の特性(時変特性)を考える。そのためスペクトルを二次元化し、過程の非定常性を第2の周波数軸に沿って観測されること、これにフィルタリングを施すことにより、過程が本来有する時変特性を損なわず、推定に伴う誤差を有効に除去できることを述べている。

 第3章は多段非定常過程の解析に関する研究について述べる。信号の生成,伝搬を含む複数の過程によって支配された信号に対して過程を分離しそれらの特性を解析する方法として、多段瞬時化最大エントロピー法を提案する。

 過程のモデルとして、複数の非定常過程が縦続的に結合された多段非定常AR過程を考え、各々の非定常特性の差に注目して過程の分離を行う。多段AR過程の理論的取扱いのため、まず非定常AR過程の瞬時応答を明らかにする。つぎに予測残差を瞬時化し、各々の非定常特性に対応したローパスフィルタを瞬時信号積に挿入することにより、多段結合された過程を分離できることを述べている。

 第4章は非定常現象とその特性に対する研究について述べる。非定常現象が過程の運動に由来するものとしてモデル化し、非定常特性を解析する方法として、運動エネルギーに基づく非定常解析法を提案する。

 これまで述べてきた研究は、非定常性の支配下にある過程の解析法であったが、本研究では非定常現象自体の研究を試みる。そのため、まず過程の瞬時特性を多次元空間上の点で表す。次に空間上の点の動きを力学的な運動の視点でモデル化し、運動ベクトルを求める。非定常現象を運動エネルギーの時間微分の視点でモデル化する。これにより典型的な非定常現象の出現時刻を求めその特性を規定する。この方法を音声に適用し、日本語における音韻の構成を明らかにする。

 第5章は非定常信号の波形の解析に関する研究について述べる。波形を変調波とみなし、瞬時位相角を慣性成分と摂動成分によってモデル化し解析する方法として、慣性-摂動法を提案する。

 まず、非定常信号の波形を少数の振動成分よりなる変調波とみなすことによりモデル化する。波形の位相成分に着目する。瞬時位相角を考え、時間に対して緩やかに変化する(慣性)成分と、それからのずれである摂動成分とで表す。近傍定常の仮定の下に、Vandermondeマトリクスを解き、振動成分の振幅および近傍区間における初期位相を決定する。非定常周波数の慣性成分を瞬時化最大エントロピー法により推定する。近傍の初期位相の時間変化から非定常周波数の摂動成分を求める。

 次に、波形の特徴への視点から他の波形解析法として正規化慣性-摂動法を提案する。基本波に着目し、瞬時位相角が零となる時刻を基準とし、この時刻での各振動成分の位相を求め正規化位相とする。振幅,周波数の正規化は基本波のそれによって単純に正規化できる。正規化パラメータの組を複素ベクトルとして表現しこれにより波形のを規定する。この方法にを対応した試験波形を合成し、聴覚における波形の感知を実験により明らかにしている。

 第6章は瞬時化最大エントロピー法と他の非定常スペクトル推定法について統一的視点からの研究について述べる。瞬時化最大エントロピー法および瞬時化共分散法を提示し、Wigner一Boashash法を含めこれらが統一的に記述されることを示す。また、瞬時化最大エントロピー法を適用し、自動車エンジンのアイドリング状態の解析、走行時の車輌の特徴の分析を試みている。

 第7章は本研究の成果とその意義について述べ、また、今後の発展動向について言及している。

審査要旨

 本論文は「モデル化に基づく非定常過程に関する基礎的研究」と題し、信号の非定常特性を、その生成過程に対する変調理論的な視点から体系的に検討したものであって、7章からなる。

 第1章は「序論」であって、本研究の主題と研究の位置付けについて述べている。すなわち、監視・制御、情報・通信システム等の分野で扱われる信号は多岐にわたり、その有効な解析法を導くためには信号を非定常過程としてとらえて、その瞬時および時変特性に着目することが必要になることを論じ、研究の背景を明らかにするとともに、この分野における従来研究との関連および本論文の構成について述べている。

 第2章は「非定常過程のスペクトル推定」と題し、非定常スペクトル推定法として、瞬時化最大エントロピー法を提案している。すなわち、近傍定常の仮定の下に、まず時刻の一点において信号過程の瞬時特性を記述し、つぎに近傍を越えた時間変化つまり時変特性を記述する。こうしてスペクトルを二次元的にとらえることにより、信号の非定常性のしくみが明らかとなり、特に第2の周波数軸(非定常周波数軸)にそってフィルタリングを施すことにより、信号過程が本来有する時変特性を損なわずに推定に伴う誤差を有効に除去できることを述べている。

 第3章は「多段非定常過程の分離とスペクトル推定」と題し、特性の異なる複数の過程によって生成された信号から、それぞれの生成過程を分離して特性を解析することを試み、そのための解析手法として多段瞬時化最大エントロピー法を提案している。その基本的な考え方は、信号の生成過程のモデルとして、複数の非定常過程が縦続に結合された多段非定常自己回帰過程を仮定し、それぞれの非定常特性の差に注目して生成過程を分離することである。具体的には、多段非定常自己回帰過程から計算される瞬時応答に対して第2章で提案した瞬時化最大エントロピー法を適用して二次元時変スペクトルを求め、その非定常周波数軸にそってそれぞれの過程の非定常特性に対応した低域通過フィルタを挿入することにより、多段結合された生成過程を分離している。

 第4章は「運動モデルに基づく非定常過程の解析」と題し、非定常現象が生成過程の運動に由来するものとしてモデル化し、運動エネルギーに基づく非定常解析法を提案している。これは観測された信号の非定常性ではなく、その基となる非定常現象そのものをモデル化することを特徴としている。すなわち、まず信号過程の瞬時特性を多次元空間上の点で表し、その空間上の点の動きを力学的な運動の視点でモデル化して運動ベクトルを求める。そして非定常現象を運動エネルギーの時間微分の視点でモデル化する。これにより典型的な非定常現象の出現時刻を求めその特性を規定することができる。実際にこの方法を日本語音声に適用して、その音韻の構成を明らかにしている。

 第5章は「変調モデルに基づく非定常信号の波形解析」と題し、非定常信号の波形解析に関する研究について述べている。ここでは波形を変調波とみなして、その瞬時位相角を慣性成分と摂動成分によってモデル化して解析する方法として、慣性-摂動法を提案している。すなわち、まず非定常信号の波形を少数の振動成分よりなる変調波とみなしてモデル化する。次に波形の位相成分に着目してその瞬時位相角を考え、時間に対して緩やかに変化する慣性成分とそれからのずれである摂動成分で表して、近傍定常の仮定の下に非定常周波数の摂動成分を求める手法を示している。

 第5章ではさらに、波形の特徴を記述する波形解析法として正規慣性-摂動法を提案している。これは基本波に着目して、その瞬時位相角が零となる時刻を基準とし、この時刻での各振動成分の位相のふるまいにより波形の特徴を記述するものである。

 第6章は「スペクトルの時変特性に基づくエンジンの動作状態及び車両特徴の分析」と題し、本論文で提案した瞬時化最大エントロピー法と他の非定常スペクトル推定法を統一的に論じて、スペクトルの時変特性の観点から自動車エンジンのアイドリング状態の解析と走行時の車輌の特徴の分析を試みた結果について述べている。

 第7章は「結論」であって、本研究の成果と意義について述べるとともに、今後の発展方向を示している。

 以上これを要するに本論文は、信号の非定常特性の解析法の体系化を目的として、瞬時化最大エントロピー法や慣性-摂動法など、非定常信号の瞬時特性と時変特性に着目した新しい信号解析法を提案して、その有効性を示したものであって、電気通信工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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