高温超伝導体の発見以来、その物性を明らかにするために多くの研究がなされてきた。特に磁場下の振る舞いは基礎物性的にも、また、応用上も重要であるために様々な測定がなされてきた。しかしながら、磁歪、すなわち磁場を印加した時の試料長ないしは体積の変化を測定した例は少なく、しかも多結晶体による測定しかなされていなかった。またそこで観測された磁歪の起源も、未だ明らかにされていなかった。本研究では初めて高温超伝導体の単結晶試料の磁歪を測定した。測定結果に基づいて、これらの系における磁歪の機構を説明するモデルを考察した。またこのモデルを用いてシュミレーションを行い、さらに実験結果と定量的な比較を行った。 測定には三端子キャパシタンス法を用いた。これは試料長変化の測定法の中でも精度の高い手法として知られている。また、結晶軸のc軸方向に磁場を加えab面内の試料の長さの変化を測る配置、すなわち横磁歪を測定した。磁場は試料をゼロ磁場中で冷却した後に印加し、10mT/sの速度で±6Tまで掃引した。 図1はBi2Sr2CaCu2O8単結晶の4.8Kにおける磁歪曲線を示している。この試料のサイズは2.17×2.50×0.15mm3である。ただし最初が試料長変化を測定した方向の長さであり、最後の長さが結晶軸のc軸方向すなわち磁場方向の長さである。この図から相対的な試料長の変化量L/Lが6Tで2×10-4にも及ぶ大きな値を持つ事がわかる。これは多結晶体試料や従来型の金属超伝導体などで観測された磁歪より2桁ないし3桁も大きな磁歪である。さらに図から試料長は増磁過程で減少し、減磁過程で増加するが、その変化には大きなヒステリシスを伴う事がわかる。また磁場掃引後、ゼロ磁場において試料は磁場印加前に比べ伸びている。一方、同様の測定を30Kまで温度を変えて行った結果、温度と共に磁歪が小さくなり、さらに磁歪曲線の形も徐々に変化する事が分かった。 次に(La1-xSrx)2CuO4のSr組成を変えた一連の単結晶試料についても同様の測定をした。例として図2にx=0.05の試料の4.9Kでの測定結果を示す。この試料のサイズは0.5×2.45×1.35×mm3である。ただしBi2Sr2CaCu2O8同様、最初が試料長変化を測定した方向の長さであり、最後の長さが結晶軸のc軸方向すなわち磁場方向の長さである。一連の測定により、(La1-xSrx)2CuO4における磁歪の大きさはBi2Sr2CaCu2O8に比べ一桁ないし二桁小さいという結果を得た。また、磁歪曲線の形も組成に応じて変わる。しかし、増磁過程においては最初試料が縮む事、大きなyヒステリシスがある事、磁場掃引後にゼロ磁場において試料が磁場印加前に比べて伸びている事などの共通点がみられる。 図表図1:Bi2Sr2CaCu2O8単結晶の4.8Kにおける磁歪曲線。 / 図2:(La1-xSrx)2CuO4(x=0.05)単結晶の4.9Kにおける磁歪曲線。 さらにこれらの試料において磁場掃引をある磁場で止めた後の試料長の時間変化を測定した。(La1-xSrx)2CuO4(x=0.07)の試料の結果を図3に示す。この図は、それぞれ図中に示した磁場において掃引を止めて測定した結果を示している。図より増磁過程の2Tにおけるデータを除いて磁歪が時間と共に減少していく事、すなわち磁歪の単純な緩和が観測されている。これに対して、増磁過程の2Tにおいては磁歪は一度時間と共に増大し、t〜200sで極大値をとった後にゼロに向かって緩和していく事がわかる。 図3:5Kにおいて磁場掃引を図中に示した磁場で止めた後の(La1-xSrx)2CuO4(x=0.07)単結晶の試料長の時間変化。(a)減磁過程、(b)増磁過程。 次にこれらの実験結果に基づいて高温超伝導体の磁歪の機構を考察する。超伝導体における磁歪は通常、磁場の変動及び相転移に伴う自由エネルギーの変化や、試料の形状に起因する効果の寄与によって起こる。しかしながら、上に述べてきた実験結果の特徴、特に磁歪曲線のヒステリシス及び磁歪の緩和はこれらの効果では説明できない。この様な振舞いはむしろ、ここで観測された磁歪にピニング効果が強く関連している事を示している。 そこで、試料が磁束に及ぼしているピニング力の反作用が結晶の歪みを起こすものと考えた。例えば、増磁過程においては試料中に侵入しようとする量子化磁束に試料端方向へのピニング力が働く。したがってその反作用として結晶に中心方向への力が加わり、試料が縮む。一方、減磁過程においてはこの逆のプロセスで試料を伸ばす方向に力が働く。ただしその変化は磁化過程が非平衡であるためヒステリシスを持つ事が期待される。また磁場印加後のゼロ磁場においては磁束が試料中にトラップされているため、試料は磁場印加前に比べ伸びる。このように実験結果はこのモデルで定性的に良く説明されるので、次にその定式化を行った。 その結果、一次元モデルのもとでは臨界状態が成立しているものと仮定すると、ピニングによる試料長の変化は次の式によって表わす事ができる。 ただしL=2dは試料の長さ、Beは外場、B(x)は局所的な磁束密度、0は真空の透磁率、cは弾性定数である。反磁場は無視できるものと仮定した。 式(1)を用いれば試料内部の磁束分布に適当なモデルを仮定する事で磁歪曲線を計算する事ができる。ピニング力の磁場に対する依存性についてはいくつかのモデルが知られているが、この内でも重要なBean model、Kim model、及び臨界電流Jcが磁場に対して指数関数で減衰するとするexponential modelの三つについて、式(1)を用いて磁歪曲線の表式を解析的に求めた。さらに、得られた結果を用いてパラメータを色々変えてシュミレーションを行った。その例を図4に示す。図4(a)ではJcが磁場に依存しないBean modelが成り立つものと仮定しており、図4(b)ではexponential modelを仮定している。また、図4(a)では弾性係数としてはBi2Sr2CaCu2O8の80Kでのc11を用いており、図4(b)では結果を規格化した形で示してある。ここで、Bpはゼロ磁場冷却した試料に磁場を印加していった時に磁束が試料中心に到達する磁場、Lpはその時の試料長の変化量の絶対値である。 図4からわかるようにシュミレーションによって得られた磁歪曲線は実験結果を良く再現している。特にJcが指数関数的に減衰するとしたモデルでの再現性が良い。ただしBi2Sr2CaCu2O8については、低温での実験結果は定量的には計算結果に比べ約1桁大きい。しかしこれはこの試料の持つ形状のために反磁場効果が強く効くためである。反磁場効果を大ざっぱに評価してやると実験結果は定量的にも十分にここで示したモデルで期待される範囲にある事が分かる。さらに、反磁場効果があまり大きくない(La1-xSrx)2CuO4の磁歪の測定結果を、別に測定した磁化曲線と定量的に比較した。臨界電流Jcが磁場に対して指数関数的に減衰するモデルで磁化曲線をフィッティングしてパラメータを決め、これから期待される磁歪曲線を計算した結果、定性的のみならず定量的にも実験結果とかなりよく一致した。一方、高温超伝導体は磁化緩和が速い事が知られているが、これによって磁歪の緩和が期待され、図3の結果と矛盾しない。特に、増磁過程の2Tで観測された特異な緩和曲線もここで示したモデルで期待される振る舞いで説明できる。 図4:ピニング機構による磁歪曲線の計算結果。(a)臨界電流密度Jcが磁場に依存しないBean modelの場合。(b)Jcが磁場に対して指数関数的に減衰するモデルの場合。 以上のように高温超伝導体単結晶の磁歪を測定し、これらの系に大きな磁歪がある事を見い出した。また、磁歪の原因として実験結果に基づいてピニング効果による機構を考察し、具体的にいくつかの臨界状態モデルについて磁歪曲線を計算した。そして、モデル計算と実験結果を定量的に比較し、ここで観測された磁歪が実際、ピニング機構によるものである事を明らかにした。 |