水押し型油層は、主に油層の底部または端部に存する水層内の水膨張により排油が行われる油層である。水押し型油層の特徴としては、産油に伴い油層圧力が低下し、その結果水層の水が膨張(それに岩石の膨張も加わる)することにより、水層から油層内に水が浸入し、油が産出される。水の浸入には端水押しタイプと底水押しタイプとがある。この油層の生産挙動としては、生産早期から構造下部に仕上げられた坑井には水の産出があるが、一般に構造下部の油は浸入水により上部に押し上げられるため、構造下部の坑井で水が産出されても構造上部の坑井では油の採収が可能である。このため水押し型油層からの原油最終回収率は普通他の排油機構を持つ油層に比べて高く、通常40%時には60%以上の値を示す。これらの回収率の値は、主に水押しの活動量と水の原油置換効率とに関係する。水層の規模が大きくしかも原油の粘性係数が小さく油の浸透率が水のそれより大きい程、原油の回収率は大きくなる。 水押し型油層から生産する場合、ある一定の生産レートを上回るレートで生産を行うと、底水押しタイプでは坑井に向かって水が円錐状(コーン)に吸い上げられ、できたウォーターコーンが不安定となり坑井にブレークスルーするウォーターコーニング現象が起きる。坑井より原油を生産すると坑井近傍の圧力勾配が形成され、坑井近傍において新たな油水界面が形成される。この際、この油水界面は、原油生産レートがあるレート以下であれば、その生産レートにより生じる粘性力の作用と油と水の密度差によって生じる重力の作用がバランスするように円錐状(コーン)になる。さらに生産レートを大きくすれば、坑井近傍の粘性力の作用が重力の作用に打ち勝つようになり、坑井にて地層水の生産が始まる。上記の安定したコーンが形成され、地層水の生産を生じない最大生産レートを臨界生産レート(クリティカルレート)と呼ぶが、従来このウォーターコーニング問題の対策として、この臨界生産レート以下の生産レートで油層より原油を回収することを目的にこのレートをいかに正確に求めるかが石油工学の分野では、議論されてきた。しかしながら、この臨界生産レートは一般に坑井の生産レートとしては現実的に小さ過ぎることが多く、また生産が進むにつれて油水界面の上昇に伴いこの臨界生産レートを超えて生産をせざるを得ないことが多い。このような場合、ウォーターコーンがいつ坑井にブレークスルーするのか、及び坑井にブレークスルー後地層水の生産がどのように上昇するのかを推定することは油田管理上重用なことである。十分な管理をせずに生産を行った場合水の産出を早めるだけでなく、水のついた坑井は自噴しなくなり、生産が不可能となる。これは、経済限界を早め、ひいては究極回収率を低下させることにもなる。しかし、従来の解析的手法ではウォーターコーンがブレークスルーした坑井の含水率の上昇は、坑井の生産レートによらず累計生産量によって一意に決まるという予測を与えていた。これは、油の回収を早め経済的に油の生産を行うには、大きな生産レートで生産を行えばよいことを意味する。この理論に従い、水の生産が始まれば原油生産レートをそれまでと同じかそれ以上で、急増する水と一緒に生産を行う操業方式が採用されてきた。しかし、中東の強力な底水押しの排油機構をもつフィールドの実績は、この解析的な手法による予測と異なるものであった。 本研究では、この相違を理論的に検討するために、新たにウォーターコーニング生産挙動数値モデルを構築した。このモデルの実用性については、フィールドの実績との比較により検証した。このモデルにより遮水作業(Water Shutoff)の定量的評価、計画立案および将来予測が可能となった。また、このモデルと解析的な手法との比較により、同手法の特徴と限界を明らかにし、含水率の将来予測について新しい知見を得た。 ウォーターコーニング現象による水の産出を抑制しながら油の生産レートを増加する新しい手法として、1980年後半に実用化が進められた水平坑井の適用を取り上げ、それの定量的評価を行うために新たに水平坑井生産挙動数値モデルを構築した。このモデルの実用性については、フィールド実績との比較により検証した。垂直坑井における遮水作業と水平坑井適用との比較より、水平坑井は含水率の増加を抑制しながら油の生産レートを数倍に増加できることを明らかにした。 この水平坑井生産挙動数値モデルをフィールド全体のシミュレーションに適用すべく水平坑井擬似関数の作成を行い、複数の水平坑井を含むフィールド全体の将来予測を可能とした。今回の研究により以下の項目が明らかにされた。 1.ウォーターコーニング現象 ウォーターコーニング生産挙動数値モデルと解析的手法との比較により以下のことが明らかになった。解析的手法によれば、臨界生産レートは手法により幅があり、コーンがブレークスルーするまでの時間が長めに算定され、ブレークスルー後の含水率の挙動は累計生産量のみに依存する。本数値モデルでは、ブレークスルー後の含水率の挙動は生産レートに依存する結果が得られた。(図1に計算結果を示す。)本数値モデルの実証に使用した時点以後のフィールドの実績は、本数値モデルの予測と良く一致している。このことより、ブレークスルー後の段階において、適切な生産レートを選択できる余地があるという新しい知見が得られた。このことは生産操業にとって重要な水の産出のコントロールの可能性を示唆するものである。 2.遮水作業の適用 遮水作業の計画立案とその後の予測についてウォーターコーニング生産挙動数値モデルを適用した。坑井Aは1988年6月に遮水作業を行った。遮水作業前の生産レートは油が3,000b/d(480m3/d)、含水率は20%であった。作業直後は油5,000b/d(795m3/d)で水は産出しなかった。1993年現在は5,000b/d(795m3/d)で含水率は約12%である。本数値モデルの1993年末の予測では、7,000b/dで15%、5,000b/dで8%である。遮水作業を行わない場合には、本モデルによれば、含水率は30%以上になると予想された。(図2参照)これより、ウォーターコーニング現象の抑制に遮水作業が有効であり、含水率を低く抑えて油の生産を継続できることが定量的に評価された。本モデルは遮水作業の立案と生産予測に有効であることが示された。 図表図1 油の回収量に対する含水率の変化 / 図2 遮水作業の効果3.水平坑井の適用 遮水作業は、底水に近い仕上げ部分をセメントで閉塞するので、坑井の生産性が損なわれるという固有の欠点を伴う。このため新しい対策として水平坑井の適用を取り上げた。水平坑井は油層内の面積を大きくすることができるため、垂直坑井の数倍の生産性を確保できるのでウォーターコーニング現象に効果があると考えられていたが、この裏付けとなる定量的な検討の手段が欠如していた。そこで、この理論的検討が可能となる水平坑井生産挙動数値モデルを構築した。 本数値モデルを計画立案に使用し、実績と比較した次の例を示した。1989年4月に仕上げられた坑井Bにおいて、同一油層に垂直坑井で遮水作業を行った場合と水平坑井を仕上げた場合の生産挙動予測の比較を行った。2年後の予測は、垂直坑井に遮水作業を行った場合の臨界生産レートは2,500b/d(400m3/d)であったが、水平坑井の場合には水平部分の長さと生産性の関係を検討し、6,000b/d(950m3/d)の生産レートが可能であることが本数値モデルで予測された。(図3参照)水平坑井Bの実績と本モデルによる予測とを比較し、良く適合することを確認した。 4.フィールドスケールの水平坑井 坑井1本あたりの水平坑井生産挙動数値モデルを、油層全体の数値モデルに組み込むための坑井擬似関数の作成の手法を検討し、油層全体のフィールドスケールでの生産挙動予測を行った。油の回収率と含水率の関係を定量的に予測することができ(図4参照)、これより水平坑井が含水率の増加を抑制しながら油の生産レートを高く維持できることを示し、それ以後の水平坑井掘削計画の立案に貢献した。 図表図3 水平坑井と垂直坑井の臨界生産レートの比較 / 図 4予測される水平坑井の効果 底水押し型油層の産水対策として用いられる遮水作業と水平坑井の適用の定量的評価と生産予測を可能とする2つの数値モデルを新たに提案し、その拡張に必要な水平坑井擬似関数を検討した。これらはフィールド実績により実用性と普遍性が実証された。 |