内容要旨 | | 我々の身近にあるパーソナルコンピュータ用の小型磁気ディスク装置には,当初塗布媒体が使われていたが,最近の約10年は信頼性よりも高記録密度を重視する立場から,薄膜媒体が使われるようになってきた。しかしながら,公文書を扱う大規模システムの外部記憶装置,銀行や証券会社の大規模システムの外部記憶装置等は,高度の信頼性,すなわち記録媒体が腐食されないこと,磁気ヘッドとの機械的な接触により破壊され難いこと等の要求から,塗布媒体が用いられている。 このような状況のもと,高密度磁気記録用の塗布媒体の開発が重要である。したがって,種々の塗布媒体における塗膜構造と磁気特性の関係,及び磁気特性と電磁変換特性の関係を明らかにする研究が重要となる。そこで,これらについて詳細な検討を行うこととした。また,磁性塗膜中の磁性粉の凝集状態及び磁性粉間の磁気的相互作用の関係,及び媒体雑音発生の機構を明らかにして,磁性塗膜の設計及び作製工程に指針を与えることを実用上の目的とした。本研究では,磁気ディスク装置用の磁気記録媒体を用いて上記の検討を行ったが,本研究で得られた結果は,フロッピディスクや磁気テープ等の塗布媒体にも応用できると考える。 本研究では,高保磁力と高残留磁化が期待できるCo被着酸化鉄磁性粉(以下では,Co-Fe2O3磁性粉と記す)と,結晶磁気異方性が大きいために高保磁力と保磁力の分布が小さく高記録密度化が期待できるバリウムフェライト磁性粉を用いた。電磁変換特性は,25〜35kFCI(kilo Flux Change per Inch;1インチ当りに磁化反転が起こる回数)という高記録密度で評価を行なった。 以下に,本研究で明らかになったことを総括する。 1.Co-Fe2O3磁性粉を用いた塗布媒体の研究 塗布媒体は高出力かつ低雑音が必須である。著者は低雑音化の点から媒体雑音と磁性粉の大きさとの関係の検討,高出力化の点から磁性粉の高含率化の検討を行った。また,微細磁性粉を用いて従来にない極薄塗膜の作製に成功し,この媒体の雑音発生機構を検討した。 (1)媒体雑音と磁性粉の大きさとの関係 保磁力がほぼ同じ値であって,比表面積が異なる3種類のCo-Fe2O3磁性粉を用いた塗布媒体を作製し,以下のことを明らかにした。 (a)磁性粉の微細粉化により,磁化遷移領域の幅は減少することを初めて実験的に示した。この結果,再生出力の増加,媒体雑音の減少を実証して,微細粉実用化へ道を付けた。 (b)ジグザグ磁区状の構造を持つ磁化遷移領域のモデルを提案し,上記のことを定性的に説明した。 (2)高出力化を目的とした磁性粉の高含率化 高出力化を目的に,Co-Fe2O3微細磁性粉について高含率化の可能性を検討した。本研究では高含率媒体と,種々の磁性粉含率を変えた媒体を作製し,以下のことを明らかにした。 (a)磁性粉体積含率を増やして飽和磁化Msを増加した場合,孤立波出力はMsの0.78乗で増加するが,高密度記録の伸びを示すD50(孤立波出力の50%になる記録密度)近傍の高密度領域ではMsの0.52乗で増加する。この結果,高出力化に高含率化が有効であることを定量的に示した。 (3)微細磁性粉を用いた極薄塗膜における媒体雑音発生機構 Co-Fe2O3微細粉を新たに開発した粉体混合混練法により塗料化すると,塗布後の磁性膜厚が0.12mといった極薄塗膜が得られる。塗布後の磁性膜厚が,0.12〜0.33mという媒体について,以下のことを明らかにした。 (a)磁性膜厚tmの減少に従い,D50は増加し,tmが0.12mのとき,磁気ヘッドの浮上スペーシングが0.20mで,36.5kFCIとなる。この値は従来得られたことのない値であり,薄膜化が高密度化に有効なことを定量的に示した。 (b)媒体雑音の挙動が従来の塗布媒体と異なることを見出した。この原因が,磁性粉の配向方向がランダムな凝集塊が磁性塗膜中に存在するためであり,このような凝集塊が発生する媒体雑音をモデル化して,雑音挙動の機構を明らかにした。 以上の検討結果の一部は磁性塗膜の設計及び作製工程にフィードバックされ,現在市販されている日立製作所大容量磁気ディスク装置の塗布媒体に応用技術として用いられている。 2バリウムフェライト磁性粉を用いた塗布媒体の研究 著者等はバリウムフェライト磁性粉の選定と,磁性塗膜作製のためのプロセス面の検討を進めてきた。バリウムフェライト磁性粉塗布媒体について,作製工程指針を明らかにし,次世代の磁気ディスク装置用に充分な電磁変換特性の潜在能力を示すことを目的とした。 (1)磁性粉含率の影響 磁性粉の含率が10wt%から75wt%まで変化した7種類のバリウムフェライト磁性粉塗布媒体を作製し,以下のことを明らかにした。 (a)残留磁化Mrと磁性膜厚tmの積Mr*tmが増加すると,35kFCIにおける再生出力は増加する。ただし,Mr*tmが20mA以上になると出力の増加率が減少すること,規格化媒体雑音Nd/E0は一定となることを見出した。この結果,高含率化により出力は増加するが媒体雑音はそれほど増加しないので,S/Nが向上する。 (b)磁性粉の含率を増加すると,媒体の保磁力及びSFD(Switching Field Distributionの略であり,保磁力Hcの分布を表す)も減少した。バリウムフェライト磁性粉塗布媒体は,正の磁気的な粒子間相互作用があり,磁性粉含率を増加すると保磁力は増加するはずである。実験結果は予想と逆であり,現在この原因は磁性粉が密着した単位(磁性粉のスタック)間の負の磁気的相互作用であると考えている。 (2)磁性粉粒子サイズの影響 磁性粉の保磁力及び1kg当りの磁気モーメント(s)はほぼ同じ値で,比表面積が異なるバリウムフェライト磁性粉を用いて塗布媒体を作製し,以下のことを明らかにした。 (a)磁性粉を微細粉化すると,孤立波出力が減少した。この原因は,磁気特性における角形比の減少,及びSFD値の増加によるものであった。 (b)磁性粉の微細化に伴い,媒体雑音の減少が見られる。この原因は,Co-Fe2O3磁性粉塗布媒体で見られた,磁化遷移領域の狭小化によるものではない。 (c)SEMを用いて磁性塗膜表面を観察した結果,磁性粉のスタックの程度は微細粉を用いる程減少し,ランダムな配向状態となる。 (3)磁気的な相互作用と媒体雑音の関係 バリウムフェライト磁性粉塗布媒体における媒体雑音と磁気的相互作用との関係について検討し,以下のことを明らかにした。 (a)磁性粉間の磁気的な正の粒子間相互作用が強くなると,SFD値は減少し,D50が大きくなり高記録密度特性が良好となる。 (b)正の粒子間相互作用が生じてSFD値が小さくなる理由は,バリウムフェライト磁性粉のスタックによる。 (4)極薄塗膜の作製と特性 薄膜化による高密度記録用塗布媒体を実現するために,バリウムフェライト磁性粉の極薄磁性塗膜を作製する検討を行い,以下のことを明らかにした。 (a)0.20mの磁気ヘッド浮上スペーシングで電磁変換特性を測定した結果,膜厚0.20mの磁性塗膜において,従来得られていない42kFCIといった高いD50の値が得られた。 (b)回転塗布後の磁性塗膜厚が0.25m以下となる極薄塗膜の新たな作製技術を開発した。この技術により塗布膜厚が約0.1mといった,バリウムフェライト磁性粉を一層だけ整列させた極薄塗膜の形成に成功した。 以上の検討結果から,バリウムフェライト磁性粉塗布媒体について,情報を記録する磁性塗膜のSFDを小さくできる理由と,設計及び作製工程への指針を明らかにし,次世代の磁気ディスク装置用に充分な電磁変換特性の潜在能力を持つことを示した。 3本研究のまとめ 本研究は,塗布媒体における高密度化に有効な手段を明らかにすることを目的に行われた。Co-Fe2O3磁性粉塗布媒体では,(1)磁性粉の微細化が高密度化及び媒体雑音低減に有効であること,(2)薄膜化が高密度特性の伸びに有効であること,(3)高含率化が再生出力の増加に有効であることを,磁性塗膜作製上の問題点を解決し,実際に塗布媒体を作製して電磁変換特性を評価することにより,実験的に証明した。本研究で開発した技術は,現在市販されている日立製作所製の大容量磁気ディスク装置の塗布媒体に使われている。 また,バリウムフェライト磁性粉塗布媒体では,(1)薄膜化が高密度化の伸びに有効であること,(2)高含率化が再生出力の増加に有効であること,(3)保磁力の分布を表すSFD(Switching Field Distribution)値を小さくすることが高密度特性の伸びに有効であること,(4)SFDが磁気的粒子間相互作用と密接に結び付いていることを,磁性塗膜作製上の問題点を解決し,実際に塗布媒体を作製して電磁変換特性を評価することにより,実験的に証明した。本研究により,次期高密度磁気記録用の塗布媒体として,バリウムフェライト磁性粉塗布媒体が非常に高い潜在能力を持つことを明らかにした。 さらに将来の塗布媒体に用いる磁性粉は,大きな単位体積当たりの磁気モーメントを持つこと,小さいSFD値を持つために結晶異方性に起因した保磁力を持つことが望ましいといえる。 |