学位論文要旨



No 211935
著者(漢字) 岩崎,義光
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,ヨシミツ
標題(和) 低周波捩り内部摩擦法の基礎とその鉄鋼物性への応用
標題(洋)
報告番号 211935
報告番号 乙11935
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11935号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 助教授 香山,晃
内容要旨

 鉄鋼業における内部摩擦の応用は、主に自動車用深絞り鋼板の固溶C、Nの定量にある。省エネルギーと生産性向上の要求は、連続焼鈍法という新たな薄鋼板製造プロセスの開発につながった。新プロセスは急速冷却であるため鋼中固溶C、Nを増し、C、N量の測定のために従来にも増して内部摩擦が注目されるようになった。しかし、Snoekダンピング測定には高度の技術を必要とし、長時間の拘束を強いられ測定効率が悪く、時効指数AI測定が主流となり、固溶C、N量の個別分析や高精度が求められるときに内部摩擦が測定された。ところが、エレクトロニクスの急速な進歩に助けられ、装置の自動化が進み測定の負荷が軽減された。鉄鋼業における内部摩擦の重要性は高品質の要求のもとなお一層認識されるようになったが、解決しなければならない測定上の問題、利用上の問題を看過できない。本研究はこれら種々の問題を解決し、新たな応用の展開を図った。以下に主要な結論を記述する。

(1)捩り振子法による内部摩擦測定の一般性

 自由減衰する捩り振子から振幅の対数減衰率をもとに内部摩擦を求めるが、その根拠は振子の運動方程式

 

 に、振動系の構成要素である試験片の擬弾性がどの程度の一般性をもって反映しうるかに掛かっている。式(1)は擬弾性を代表するモデルであるVoigtモデル、Maxwellモデル、標準線型体、一般線型体に適用できる十分一般性のある式であることを示した。

 実際に用いられる振子は、試料のほかに吊線を構成要素とする複合振子である。実用に供される製品寸法に近い形で内部摩擦測定するには試料の剛性が十分でない場合、吊線の影響を無視できない。吊線、試料間のバネ定数の関係、粘性率の関係から吊線補正式を導出し、正確に吊線補正ができることを実験的に検証した。

(2)珪素鋼中Sbの粒界偏析の研究への粒界内部摩擦の応用

 商用珪素鋼板は優れた磁気特性を発現することを目標に開発されるが、後の加工を考えると開発上種々の制約を伴う。焼戻し脆化の代表的元素であるSb添加は磁気特性向上に有利な集合組織をもたらす点で有効ではあるものの、加工性を犠牲にするおそれがあり添加量に限界がある。実用材では微量のSb添加しか許容されず、通常の方法では珪素鋼中のSbは検出が困難であった。Sbのように粒界偏析型元素に関しては、粒界内部摩擦の溶質ピークが、微量不純物に対しても感度良くその粒界偏析挙動を、しかも非破壊的に捕えられることを示した。Sb含有珪素鋼が焼戻し処理(500℃7d)の後に粒界ピークを著しく低減させることをもとに、珪素鋼中Sbの粒界偏析挙動について、Guttmannの多重偏析理論から、SiとSbの間に排斥的な相互作用が働き、Sbの粒界偏析はSiが存在することでFe-Sb二元系の場合より増速されうる。Sb粒界偏析による方向性珪素鋼の粒成長抑制効果は、850℃でSbが粒界から乖離しており、drag効果は発揮しえないことが分った。

(3)方向性珪素鋼の二次再結晶過程の研究への高温バックグラウンドダンピングの応用

 粒径依存性の大きい高温バックグラウンドを、再結晶過程を動的かつ非破壊的に捕えるための新手法として初めて方向性珪素鋼の二次再結晶過程に適用し、再結晶のカイネッチックスを論じた。

 方向性珪素鋼は脱炭焼鈍時一次再結晶し、その後の等温焼鈍により二次再結晶するが、その過程は三つの段階から構成されることが分かった。段階Iは正常粒成長と局所的異常粒成長の段階であり、次の段階IIは板厚貫通粒の2次元的異常粒成長段階である。2次元粒成長のための活性化エネルギーとして高温バックグラウンドから131±0.6kcal/molが得られた。この値はMnS系の方向性珪素鋼の活性化エネルギー75.5kcal/molに比べると1.7倍と大きく、本研究の分散第二相MnSeがMnSに比べ高い粒成長抑制効果を有することが分かる。

 高温バックグラウンドは内部構造に敏感で、同一のバルク試料の再結晶過程をin-situで追跡する有力な手法といえる。分散第二相により抑制された遅延成長は従来の冶金的手法からは見極め難い現象である。従来手法と合わせて高温バンクグラウンドを用いれば、再結晶過程の機構解明、材料開発への指針が期待できる。

(4)フェライト・マルテンサイト混合組織低炭素鋼へのSnoek-Koster型緩和の応用

 混合組織鋼のフェライト中固溶C量やマルテンサイト分率が自動車用高強度冷間圧延鋼板の機械的性質を左右する。従来、Snockピーク高さから直接フェライト中固溶C量を定量していたが、フェライト分率fMの補正が必要であることを示した。

 フェライト中固溶C量が一定でマルテンサイト分率の異なるとき、Snoekピーク高さQP-1とマルテンサイト分率の間には定点(fM=1,QP-1=0)を通る直線関係が成立し、測定試料のQP-1とfMからその直線は一意に決まり、フェライト中固溶C量をfM=0の切片のQP-1に対応するC量として求まることを示した。

 Snock-Kosterピークと類似のピークが混合組織鋼にも現われ、マルテンサイト分率とピーク高さの間に単調増加の直線関係が得られた。

 冷間加工はSnoekピークを下げ、バックグラウンドを増加させ、Snock-Koster型ピークを高める。この現象は、冷間加工でフェライトが変形し、導入された転位と転位周辺の固溶Cの相互作用の結果である。

 内部摩擦の鉄鋼物性への応用では、Snockダンピングが主で、その他の応用例はきわめて少ない。粒界内部摩擦による微量の粒界偏析の検出は、非破壊的検出法として品質管理にも使える。高温バックグラウンドは850℃等温焼鈍時の二次再結晶完了点を検知できるので、必要以上に焼鈍をすることなく、省エネルギー効果が期待できる。二次再結晶過程を動的に捕えることが、そのバックグラウンドの時間の関数としてのプロファイルから最終製品の磁気特性を予測できるので、材料開発の迅速化、品質管理に役立つ。

 最後の応用例、フェライト・マルテンサイト混合組織鋼のマルテンサイト分率の新測定法は、従来のエッチング法に比べ精度が高く、5%以下の微量であっても検出可能で、同次に、フェライト中固溶C量を正確に求めることができるので、連続焼鈍法には不可欠の測定法である。

審査要旨

 本論文は商用珪素鋼板の粒界に偏析したSbの検出や、自動車用深絞り鋼板中の固溶炭素の定量に低周波捩り内部摩擦測定法を応用し実用鋼板の品質向上をはかった一連の研究をまとめた論文である。エレクトロニクスの進歩が10-6Hzという低周波数の領域でも内部摩擦の測定を可能にしたので、従来専ら基礎的研究の手法という色彩の強かった内部摩擦法が製品の品質管理にも使える技術となったことを実例として示したのが本論文の特徴である。

 論文は6章よりなる。

 第1章は序論である。鉄鋼材料に生ずる内部摩擦ピークのタイプを分類し、低周波捩り法がピーク温度を下げ、測定中に鋼の内部の構造が変化する問題を避けるうえで好ましいことを指摘している。連続焼鈍法など近年の急冷を伴なう組織制御をうけた鋼ではこれは重要な意味をもつ。

 第2章は捩り振子内部摩擦測定法の原理を述べた章である。珪素鋼板のように注目する領域の性格から試片が薄板となる場合、吊線補正が必要であるが、著者は捩り振子の運動方程式をもとにこれを理論的に詳細に検討し、その精度を実験的に検証している。

 第3章は、これまでの粒界内部摩擦研究を調査し、これをまとめた章である。Keに始まった多結晶体の内部摩擦ピークの研究や高温バックグランドの研究を展望し、この分野が、近年再開したKeの研究やWoirgardの仕事にも関わらず、その微視的メカニズムに関して定説化が完了するところまで至っていないことを指摘している。

 第4章は本論文の中心となる研究である。珪素鋼板において集合組織形成のために添加されるSbの粒界への偏析と、このときの二次再結晶の進行ぶりとを動的に追跡するために、この内部摩擦測定法を適用している。珪素鋼の粒界内部摩擦ピークは500℃付近に出現する溶媒ピークと600℃付近に生ずる溶質ピークとからなっており、これに高温バックグランドが重畳したスペクトルとして解析できることを珪素濃度の異なる各種珪素鋼板で実験的に明らかにしている。このうち、溶質ピークは本来、Siの粒界偏析によるものとされているが、Sb添加によりその温度依存性に顕著なヒステリシスが生じ昇温時と降温時でその値が異なる。これはSbが低温では粒界に偏析し、高温度では粒界から遊離するときSiの粒界偏析を変化させるためで、SiとSbの間に排斥的な相互作用があることを示しているとGuttmannとMcLeanの多元系偏析理論を用いて説明している。

 一方、二次再結晶に関しては、高温バックグランドの低下によりこれを動的に解析し、Sbの役割は従来考えられていたように粒界偏析して一次再結晶粒の正常粒成長を抑制するというものではないことを結論した。そして、測定された二次再結晶の活性化エネルギー値131±0.6Kcal/molより、直接には分散第二相MnSeが正常粒成長抑制に利いていると推論している。このとき、SbはむしろこのMnSeの析出制御に利いているものとしている。

 再結晶過程の機構解明という課題に対して、低周波捩り内部摩擦測定法が、従来の冶金学手法では感知できない内部構造変化を敏感に検出できる有力な技法であることを結論している。

 第5章は同じく内部摩擦法を用いてフェライト・マルテンサイト2相鋼の内部組織変化を解析した研究である。自動車用高強度低合金鋼のSnockピークとSnock-Kosterピークとを測定することにより、鋼のフェライト相中の固溶炭素量やマルテンサイト分率を求めることができることを実験的に示した。2相鋼ではマルテンサイト分率が変化するとき、補正が必要で、Snockピークの高さがそのままフェライト中に固溶した炭素の濃度を示すわけではない。このマルテンサイト分率の測定法は従来の光学顕微鏡と比べて精度が高く、5%以下の微量でも検出できるので有利である。

 第6章は総括である。

 以上、本論文は低周波捩り内部摩擦測定法を用いて、珪素鋼中のSbの挙動やフェライト・マルテンサイト2相鋼中の炭素の挙動を解明し、これら実用鋼板の品質向上に貢献したもので、従来鉄鋼分野への応用が極めて限られていた内部摩擦法を製品の品質管理に使える技術にまで高めた優れた研究である。とくに粒界内部摩擦、高温バックグランドという、これまで専ら基礎的興味の対象であった諸現象を実用鋼の組織制御に使うことに成功した本研究の成果は材料学上高く評価される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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