学位論文要旨



No 211937
著者(漢字) 神田,不二宏
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,フジヒロ
標題(和) 環境中の不快物質及び有害物質の質量分析的研究
標題(洋) Mass Spectrometric Studies on Unpleasant and Hazardous Substances in the Environment
報告番号 211937
報告番号 乙11937
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11937号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 合志,陽一
 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 助教授 北森,武彦
 東京大学 講師 宮村,一夫
内容要旨

 人間を取り巻く環境を快適に保ち、健康を維持するためには、人間活動によって作り出され環境中に存在する微量物質、すなわち人に不快感を与える悪臭物質や、いわゆる「公害」となる有害物質などを極力除去又は減少させる努力が払われなければならない。そのためにはこれらの物質の検出や濃度測定に有用な手法の開発あるいは改良を行い、さらにこれを利用してその発生・消滅・除去機構の解明などを行う必要がある。

 質量分析法はその卓越した感度及び情報量を持つが故に、有機微量物質の測定に不可欠の方法として位置づけられ、広汎に利用されている。特に最近の市販GC/MS及び質量分析法におけるイオン化法の進歩発展は目覚しいものがあり、それらの手法や技術はほぼ完成域に達したかの観がある。しかし、具体的にある対象物質を測定しようとする場合、特に複雑な組成を持つ環境試料などでは、しばしば選択性や感度が不十分な場合があり、また異性体別の測定も必要で、さらには誘導体化法など検討を要する点が多い。

 本研究は、質量分析法を用い、環境中の各種微量物質を高感度高選択的に測定する場合に最適なイオン化法について基礎的検討を行い、実際試料への適用の可能性を追求するとともに、従来の方法・器具を改良し、操作条件の最適化を行って、環境中に存在する不快物質や有害物質などの極微量分析法の基礎を確立した。不快物質についてはさらにその発生、除去機構の解明をも行ったものである。本研究は論文目録に記載された論文の総括であり、その概要は以下のごとくである。

 低級脂肪酸は人体臭に関係があるといわれているが正確にこれを原因物質として確定した研究は殆どなく、GC/MS法でもカラムへの吸着が生じるなど測定は難しい。そこでEI法によるGC/MS法の最適条件を求めたのち、足臭の強い人とそうでない人の足及び靴下の抽出物を測定し、前者からは各種低級脂肪酸が明らかに検出され、特にイソ吉草酸が足臭に大きく寄与していた。また腋臭も同様であった。足臭の強い人と弱い人の汗と皮脂をフラスコ内で培養すると前者からは強い足臭、後者からは弱い臭いを再現することができ、後者に酸を加えたところ強い足臭様の臭いを発生し、前者と同様イソ吉草酸を含む低級脂肪酸が検出された。この現象について不揮発性の低級脂肪酸の金属塩が酸の添加により解離して揮発性の遊離脂肪酸を生成したものと解釈した。逆に遊離の低級脂肪酸を金属塩に変換して無臭とする消臭機構を明らかにし、酸化亜鉛が有効であることを見出し、消臭剤としての有用性を確認した。

 ベンゼン、ビフェニール、アルカン、アルケンなどのハロゲン化合物及び塩素系農薬の測定をNICI法によって行う場合について基礎的検討を行い、化合物中のハロゲン原子の種類及び数と、生成イオン種、イオン強度などを調べNICIにおけるイオン生成機構は対象化合物の電子親和力及び(又は)活性化エネルギーに依存しており、GC用の電子捕獲検出器(ECD)のそれと類似していることを見出した。また、正イオン化学イオン化(PICI)法と生成イオン強度を比較し両者の基準ピーク強度比(N/P)が100〜1000倍に達する化合物も多く、その絶対検出下限がfg〜数pgのレベルであることを明らかにし、NICI法がそれらの化合物のトレースアナリシスに極めて適していることを示した。

 多環芳香族炭化水素類(PAHs)及び関連物質約50種のNICIスペクトルを検討し、唯一の例外を除きすべて(M-H)-、M-、あるいはMH-のいずれかが基準ピークとして観測された。M-が基準ピークになる化合物は比較的電子親和力が高くN/Pは1より大きかった。炭素数が18以下の化合物では異性体間でスペクトル差が大きく、識別が容易で、例えばベンゾ(a)ビレン(B(a)P)はベンゾ(e)ビレンと比べてM-のピーク強度が大きく、高感度で選択的な検出が可能であることを示唆した。PAHsの試料溶液を乾燥後、1000℃/sでフラッシュデゾープションを行うことによりきわめて鋭いピークプロフィールを得ることができ、GC/MS法よりS/Nが著しく向上した。その高さからpg以下の高度検出を行うことを可能にした。

 タウンゼンド放電--酸化窒素試薬ガスCI法を用いてアルコール、アルケン、置換ベンゼン各24〜80種のスベクトルを測定した結果、きわめて特徴的なスペクトルが得られ、アルコールでは容易に級別、アルケンではシスートランス異性体、置換ベンゼンではメタ・パラ異性体などの判別を可能にした。結果はこれらの物質の選択的検出に利用できる可能性を示した。

 化学イオン化法は試薬ガスの種類を変えることにより、得られるスペクトルが異なり測定対象によっては選択性や感度の増加が期待される。しかし酸化性の試薬ガスはフィラメントが損傷を受け用いることができないので、市販の質量分析計に取付け可能なタウンゼンド放電用挿入型電極を試作し、一酸化窒素試薬ガスなどの適用を可能にした。

審査要旨

 人間を取り巻く環境を快適に保ち、健康を維持するためには、人間活動によって作り出され環境中に存在する微量物質、すなわち人に不快感を与える悪臭物質や、いわゆる「公害」となる有害物質などを極力除去又は減少させる努力が払われなければならない。そのためにはこれらの物質の検出や濃度測定に有用な手法の開発あるいは改良を行い、さらにこれを利用してその発生・消滅・除去機構の解明などを行う必要がある。

 質量分析法はその卓越した感度及び情報量を持つが故に、有機微量物質の測定に不可欠の方法として位置づけられ、広汎に利用されている。特に最近の市販GC/MS及び質量分析法におけるイオン化法の進歩発展は目覚しいものがあり、それらの手法や技術はほぼ完成域に達したかの観がある。しかし、具体的にある対象物質を測定しようとする場合、特に複雑な組成を持つ環境試料などでは、しばしば選択性や感度が不十分な場合があり、また異性体別の測定も必要で、さらには誘導体化法など検討を要する点が多い。

 本研究は、質量分析法を用い、環境中の各種微量物質を高感度高選択的に測定する場合に最適なイオン化法について基礎的検討を行い、実際試料への適用の可能性を追求するとともに、従来の方法・器具を改良し、操作条件の最適化を行って、環境中に存在する不快物質や有害物質などの極微量分析法の基礎を確立した。不快物質についてはさらにその発生、除去機構の解明をも行ったものである。本研究は論文目録に記載された論文の総括であり、8章から構成されている、その概要は以下のごとくである。

 低級脂肪酸は人体臭に関係があるといわれているが正確にこれを原因物質として確定した研究は殆どなく、GC/MS法でもカラムへの吸着が生じるなど測定は難しい。そこでEI法によるGC/MS法の最適条件を求めたのち、足臭の強い人とそうでない人の足及び靴下の抽出物を測定し、前者からは各種低級脂肪酸が明らかに検出され、特にイソ吉草酸が足臭に大きく寄与していた。また腋臭も同様であった。足臭の強い人と弱い人の汗と皮脂をフラスコ内で培養すると前者からは強い足臭、後者からは弱い臭いを再現することができ、後者に酸を加えたところ強い足臭様の臭いを発生し、前者と同様イソ吉草酸を含む低級脂肪酸が検出された。この現象について不揮発性の低級脂肪酸の金属塩が酸の添加により解離して揮発性の遊離脂肪酸を生成したものと解釈した。逆に遊離の低級脂肪酸を金属塩に変換して無臭とする消臭機構を明らかにし、酸化亜鉛が有効であることを見出し、消臭剤としての有用性を確認した。

 ベンゼン、ビフェニール、アルカン、アルケンなどのハロゲン化合物及び塩素系農薬の測定をNICI法によって行う場合について基礎的検討を行い、化合物中のハロゲン原子の種類及び数と、生成イオン種、イオン強度などを調べNICIにおけるイオン生成機構は対象化合物の電子親和力及び(又は)活性化エネルギーに依存しており、GC用の電子捕獲検出器(ECD)のそれと類似していることを見出した。また、正イオン化学イオン化(PICI)法と生成イオン強度を比較し両者の基準ピーク強度比(N/P)が100〜1000倍に達する化合物も多く、その絶対検出下限がfg〜数pgのレベルであることを明らかにし、NICI法がそれらの化合物のトレースアナリシスに極めて適していることを示した。

 多環芳香族炭化水素類(PAHs)及び関連物質約50種のNICIスベクトルを検討し、唯一の例外を除きすべて(M-H)-、M-、あるいはMH-のいずれかが基準ピークとして観測された。M-が基準ピークになる化合物は比較的電子親和力が高くN/Pは1より大きかった。炭素数が18以下の化合物では異性体間でスペクトル差が大きく、識別が容易で、例えばベンゾ(a)ビレン(B(a)p)はベンゾ(e)ビレンと比べてM-のピーク強度が大きく、高感度で選択的な検出が可能であることを示唆した。PAHsの試料溶液を乾燥後、1000℃/sでフラッシュデゾープションを行うことによりきわめて鋭いピークプロフィールを得ることができ、GC/MS法よりS/Nが著しく向上した。その高さからpg以下の高感度検出を行うことを可能にした。

 タウンゼンド放電--酸化窒素試薬ガスCI法を用いてアルコール、アルケン、置換ベンゼン各24〜80種のスペクトルを測定した結果、きわめて特徴的なスペクトルが得られ、アルコールでは容易に級別、アルケンではシスートランス異性体、置換ベンゼンではメタ・パラ異性体などの判別を可能にした。結果はこれらの物質の選択的検出に利用できる可能性を示した。

 化学イオン化法は試薬ガスの種類を変えることにより、得られるスペクトルが異なり測定対象によっては選択性や感度の増加が期待される。しかし酸化性の試薬ガスはフィラメントが損傷を受け用いることができないので、市販の質量分析計に取付け可能なタウンゼンド放電用挿入型電極を試作し、一酸化窒素試薬ガスなどの適用を可能にした。

 以上本論文は質量分析法により環境中の不快及び有害有機物質の分析に関して新たな知見を数多くもたらしている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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