学位論文要旨



No 211939
著者(漢字) 御福,英史
著者(英字)
著者(カナ) ゴフク,エイシ
標題(和) レーザーと電子ビームにより熱化学的に改質した材料に関する研究
標題(洋) Study of Thermochemically Modified Materials Using Laser and Electron Beam
報告番号 211939
報告番号 乙11939
学位授与日 1994.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11939号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 合志,陽一
 東京大学 助教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 橋本,和仁
内容要旨

 本研究の目的はマイクロエレクトロニクス分野で広く使用する材料(RuO2,TiO2,ポリイミド,エポキシ)を,レーザ及び電子ビームで熱化学的に改質するとき,その現象を材料科学の見地に立ち,各種分析計測手法により明らかにしようとすることである.高エネルギービーム応用は特に金属材料に対して詳細な研究がなされてきた一方で,化合物材料などの電子デバイスの開発を目的とした機能性材料に対する応用は,実験データが不足しており.未だ学術的な検討が進んでいない未開領域と言って良い.

 レーザでルテニウムを過飽和固溶したガラス中構成元素のXPSによる内殻電子の結合エネルギーは初期状態のガラス中と比較すると約1.7eVのケミカルシフトを示す.ガラスの比抵抗は過飽和以前と比べると著しく減少する.8K付近の領域では,このガラスを含む厚膜抵抗体の電気伝導の活性化エネルギーは減少する.これらの現象は高い伝導電子密度に依っていると予想する.従来から提唱されている厚膜抵抗体の伝導理論を総括し,実験事実に基づいて従来理論の矛盾点を指摘する.さらに,工学応用の成功例として,高分子フィルムで被覆した抵抗体の抵抗値の調整方法を示し,熱伝導モデルを用いてレーザ照射の熱過程を説明する.

 絶縁体非晶質酸化チタニウム薄膜に真空中で電子ビームを照射して得られた高伝導性薄膜の結晶構造,光学特性及び電気特性を調査する.照射後に薄膜はアナターゼ構造に結晶化し,ドープしない二酸化チタニウムとしては過去最高の伝導率を得た(5×10-4m).電子ビーム照射後に光の吸収係数の低エネルギー側にテイルを観察する.これらの変化は電子ビーム照射で導入した格子欠陥によるものと予想する.

 エキシマレーザの"abrasive decomposition"反応を用いたポリイミドの微細加工技術が注目を集めている.加工時に発生する生成物をFTIRにて同定する.主な生成物はシロキサンであり,エキシマレーザでは加工壁面に付着するのに対し,より小型のNd:YAGレーザでは発生する高い動圧のために付着物は認めらない.回路基板に求められる電気的な仕様を電磁界解析数値演算により明確化し,エキシマレーザシステムに代えて,Nd:YAGレーザシステムの適用を提案する.

 ガラス基板とエポキシの接着部はエキシマレーザの照射により劣化する.FTIR測定の結果,レーザ照射したエポキシ表面には外来のものと思われるOH基が認められる.この劣化反応を用いて,液晶ディスプレイパネルの分離技術を開発した.

 本研究で一貫する主題はビーム照射によって材料に既存する性質を変化させ,その変化を積極的に応用し,新規な電子デバイスを開発しようとするものである.ビーム照射によって,通常の熱処理では達成できない非平衡状態を作り出すことができる.さらに,ビームが有する空間的選択性は従来からの微細加工を越え.任意の箇所を目的とする特性に制御できる.これら改質現象を議論するうえで,機器分析手法などの評価技術と材料科学に立脚した議論は極めて重要である.本研究で取り上げた4種の電子材料に止まらず.広範囲な研究対象が存在することは明らかであり.この研究が新しい分野への一矢となると期待する.

 以上

審査要旨

 光(電磁波)、電子、イオンを励起源とする固体材料の表面励起プロセシングが近年注目を集めている。論文筆者はこのうちレーザと電子ビームに着目し、マイクロエレクトロニクス分野で広く使用する材料(RuO2、TiO2、ポリイミド、エポキシ)を、熱化学的に改質し、その諸現象を材料科学の見地に立ち、各種分析計測手法により明らかにした。

 第1章では、上記研究の目的と背景が述べられている。第2章、第3章、第4章は本研究の骨格となるRuO2基厚膜抵抗体のNd:YAGレーザによる改質現象についての実験と考察である。当該レーザの熱過程によりルテニウムを過飽和固溶したガラス中構成元素のXPSによる内殻電子の結合エネルギーは、初期状態のガラス中と比較すると約1.7eVのケミカルシフトを示す。ガラスの比抵抗は過飽和以前と比べると著しく減少する。比抵抗の減少と内殻電子の結合エネルギのケミカルシフトを同時に観察した例は少なく、現象論的にも新規な実験結果と言える。8K付近の領域では、このガラスを含む厚膜抵抗体の電気伝導の活性化エネルギーは減少する。これらの現象は高い伝導電子密度に依っている。この実験事実をMottの金属-絶縁体転移理論と対比し、従来から提唱されている厚膜抵抗体の伝導理論を総括すると共に、従来理論の矛盾点を指摘した。厚膜抵抗体の伝導は粒子間ガラス中の伝導のみによって説明可能である。また、ガラス中の伝導電子の濃度が高い場合には、抵抗値の温度係数が正の値を持ち得ることを予測している。さらに、この熱化学的プロセシングを実際の工学応用として、厚膜抵抗体の抵抗値の制御プロセスに適用した。

 第5章では絶縁体非晶質酸化チタニウム薄膜に真空中で電子ビームを照射して得られた高伝導性薄膜の結晶構造、光学特性及び電気特性を調査している。照射後に薄膜はアナターゼ構造に結晶化し、ドープしない二酸化チタニウムとしては過去最高の伝導率を得ている(5×10-4m)。電子ビーム照射後に光の吸収係数の低エネルギー側にテイルを観察する、これらの変化は電子ビーム照射で導入した格子欠陥による新しいエネルギ準位である。

 エキシマレーザの"ablative photodecomposition"反応を用いたポリイミドの微細加工技術が注目を集めている。第6章では、加工時に発生する生成物をFTIRにて同定している。主な生成物はシロキサンであり、エキシマレーザでは加工壁面に付着するのに対し、より小型のNd:YAGレーザ(第3高調波)では発生する高い動圧のために付着物は認めらない。加工壁面はエキシマレーザと同様に平滑であるが、レーザの投入エネルギに対して、加工可否のしきい値が明瞭であるため、該反応は熱化学的寄与の大きさを示唆している。

 第7章では、ガラス基板とエポキシの接着部はエキシマレーザの照射による劣化現象が議論されている。FTIR測定の結果、レーザ照射したエポキシ表面では、高分子主構造の変化は認められず、外来のものと思われるOH基を観察する。この劣化反応を用いて、液晶ディスプレイパネルの分離技術を開発した。

 本研究で一貫する研究の背景はビーム照射によって材料に既存する性質を熱化学的に変化させ、その変化を積極的に応用し、新規な電子デバイスを開発しようとするものである。その一方で、適切な分析解析手法による評価と材料科学に立脚する議論、解釈を展開している。本論文は言わば境界領域に属するものであり、今後の新しい研究分野となると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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