LSI配線を構成するアルミニウム原子は、電子流(electron wind)によって突き動かされ移動する、所謂、エレクトロマイグレーション(electromigration,以下、EMと略記)を起こす。その結果、配線組織内にボイドが発生し、その成長によって最後には断線に至り、回路動作を不能たらしめる。この現象は、EM故障と呼ばれ、LSI信頼性上の大きな問題の一つである。LSI素子の微細化に伴い、配線サイズはサブミクロンオーダーへと微細化し、その結果、電流密度は増大する。この為、EM耐性の高い配線を形成することは、近年、益々重要性を増しつつある。本研究は、LSI配線のEM耐性をアルミニウム結晶微細組織の観点から考察した以下の四つの取り組みから成り立っている。 第一の研究では、配線が段差部で示す脆弱なEM耐性の物理的要因を段差部Al結晶微細組織の観察とEM加速試験を通して解析し、解析結果からEM寿命評価の新手法を提案した。従来、配線は段差部でEM断線し易いことが知られている。これは、段差部で集中する応力がEM現象を加速する為と考えられている。本研究では、配線を構成する各アルミニウム結晶粒の粒界面方位と結晶方位を、透過型電子顕微鏡(TEM)と電子線回折(ED)により測定し、段差部と平坦部で比較した。この結果、平坦配線ではAl結晶は(111)に、配線方向に対しては(112)方位に揃っていた(図1-1)。これに対して、段差部粒界の方位と結晶配向性はランダムであって(図1-2)、平坦部と比較して表面エネルギーの高いものであることが示された。更に、段差部では、結晶粒径が小さいこと、粒界のネッキングが多いことなども観察された。これらの結晶微細組織の成因は、段差形状と応力集中に影響されるアルミニウム結晶の再結晶過程にあると解釈した。また、対応粒界理論から推定された段差部配線の結晶粒界の粒界エネルギーは平坦部配線のそれよりも低いものであった。段差部配線のEM耐性低下は、結晶配向性の乱れたアルミニウム結晶微細組織に起因することが推察された。さらに、最もEM耐性の低い結晶粒界の存在を考慮をしたEM寿命定量評価方法を提案した。従来の表現形式が累積故障率に至る時間で定義される曖昧さを持つのに対して、本方法では、配線中に含まれる最も脆弱な構造のEM寿命(図2)で決定される最低限保証寿命として表現されるので(表1)、総配線長が数mに及ぶ実際のLSIの配線の寿命評価に適用できる妥当性を有している。 図表図1-1 平坦部配線のAl結晶方位を示す逆極点図 / 図1-2 段差部配線のAl結晶方位を示す逆極点図図表図2 最も脆弱な組織で下限の決まるEM断線時間 / 表1 新EM定量評価法によるEM寿命 第二の研究では、AlCu/TiN積層配線と、タングステンプラグ(W-plg)をビア・コンタクトホール埋込みに使用する配線システムで、Al(111)結晶配向性低下のメカニズムとその解決技術を示した。従来、(111)方位に配向したAl結晶は、高いEM耐性を示すことが知られている。また、AlCu/TiN積層構造のAlCu膜は、スパッタ成膜時に、下地TiN膜に対してエピタキシャル成長することでTiN(111)配向性を引き継ぎ、その結果、強いAl(111)配向性を示すことが知られている。W-plug形成の為の全面成長CVDW膜のエッチバックで、TiN表面にエッチングガスの構成元素であるS,Fが付着し、その上にスパッタ成膜されるAlCu膜が低いAl(111)配向性と低いEM耐性を示す問題点が、オージェ電子分光(AES),X線回折(XRD)による分析とEM加速試験を通して示された。付着したS,F原子は、Ar+スパッタ、アンモニア過水処理で除去が可能であり、この除去によってAlCu配向性とEM耐性を回復できることが、確認された。 第三の研究では、AlCu配線中のCu原子がEM耐性に及ぼす影響を議論した。Al配線のEM耐性は、Alに0.5〜4wt.%のCuを添加することで大幅に向上することが知られている。従来、このメカニズムとして、大きく分けて以下の3つが提案されている。即ち、(1)Al結晶粒界のCuAl2析出物が、結晶粒界に沿ったAl原子の拡散を抑制する,(2)Cu添加されたAl合金層は機械的強度が増大し、Al原子の拡散が抑制される,(3)Cu原子が結晶粒界のAl原子のダングリングボンドと結合することによって、結晶粒界の空孔濃度が減少し、結晶粒界に沿った空孔の移動が抑制される,といったものである。LSI製造工程を経た後の250℃,10〜100時間の低温熱処理をAging処理と称した。本研究では、Aging処理によって、AlCu/TiN配線のEM耐性が変化する現象を観察し、これをAlCu中のCu原子分布状態の変化の観点から議論した。EM耐性は、Aging時間に対して一旦増大して最大値を迎えた後、逆に減少する挙動を見せた(図3)。1nmのプローブスポット径を持つ電子線を用いたEnergy-dispresive X-ray spectroscopy(EDX)によって、Aging後のAlCu膜内のCu原子分布を調査した。Aging後にAl結晶粒界へのCu原子の偏析が観察された。偏析したCu原子のEDX信号強度は、Aging時間に対して一旦ピーク値を迎え、その後減少した(図4)。このAging時間に対する変化がEM耐性の変化と同じであることから、結晶粒界に偏析したCu原子がEM耐性に対して重要な役割を果たしていることが推定された(図5)。従来提案されているCu原子の添加がEM耐性を向上させる各メカニズムについて、実験結果と照合しながら議論した。結晶粒界でCu原子がAl原子のダングリングボンドと結合し、粒界での空孔濃度を低減させているとするメカニズムが、偏析Cuの存在がどのようにしてEM耐性を向上させるのかの説明として推定された。EM耐性と粒界偏析Cuを極大化させるAging処理は、現時点、制御しうる範囲で、最適なAlCu中Cu分布状態を作り出す技術と考えられた。 図表図3 Aging処理時間とEM耐性 / 図4 Aging処理時間と粒界偏析Cu / 図5 Aging処理に伴うCu原子分布状態の変化 第四の研究は、タングステンプラグに挾まれたアルミニウム配線に於いて観察されたEM抑止現象の解析を通して行なわれた。EM加速実験に於いて、プラグ間配線の長さが50m以下となるとEM断線時間が長くなり、5m以下ではEMによる断線が全く起こらなくなる現象が観察された。この現象は、Blechによって見いだされたEM進行によって発生する配線長手方向のアルミニウム結晶中の空孔濃度勾配に起因するBack-Flow効果によって説明でかきることが配線内応力のXRDによる測定を通して明かとなった。EMとBack Flow効果が釣り合うプラグ間配線の長さは、測定された応力勾配を用いて15mと計算された。この値は、5mではEM断線が起こらなくなる現象をよく説明することが示された。 以上、本研究は、LSI配線EM耐性を結晶配向性,Cu原子分布と原子空孔濃度勾配の三つのAl結晶微細組織の観点から、EM耐性向上とEM寿命の定量評価の二つを目的として実施された取り組みとして総括することが出来る。粒界偏析するCu濃度の増大や粒界エネルギーといったAl結晶粒界の状態の制御がEM耐性向上にとって重要であること、また、最もEM耐性の低い粒界構造の存在を考慮したEM寿命定量評価が必要であることが示されたと言える。さらに、配線内空孔濃度勾配の形成といったEM進行過程そのものの理解が必要であることが示されたと言える。 |