学位論文要旨



No 211943
著者(漢字) 大橋,正健
著者(英字)
著者(カナ) オオハシ,マサタケ
標題(和) ファブリーペロー方式レーザー干渉計型重力波検出器の開発
標題(洋)
報告番号 211943
報告番号 乙11943
学位授与日 1994.09.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11943号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 遠山,濶志
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 神谷,幸秀
 東京大学 助教授 手嶋,政廣
内容要旨

 重力波検出は、一般相対論という純粋に物理的な観点からみても、光、電波、X線、線、ニュートリノと観測手段を増やしてきた天文学の次なる窓としても、挑戦すべき、またはする価値のあるものである。一般相対論を提唱したアインシュタインは、自ら重力波について計算し、観測可能性を検討したが、その頃ではとても現実的とは思えなかったようである。しかし、科学者の努力と技術の進歩につれ、現在ではもはや夢物語ではなくなってきた。

 特にレーザー干渉計を用いた重力波検出の分野では、既にLIGO計画とVIRGO計画が推進されている。LIGO計画とは、アメリカ東西両海岸にそれぞれ基線長4kmのレーザー干渉計型重力波検出器を建設し、両検出器のコインシデンスをとることで地面振動や統計的な雑音を除去し、単独でも重力波天文台を構成しうるというものである。VIRGO計画はフランス・イタリア共同によるもので、ピサに基線長3kmのレーザー干渉計を建設し、LIGOとともに重力波天文台ネットワークを構成する。

 観測可能な天体現象としては、連星中性子星の合体や超新星爆発がある。前者は、連星系を成す2つの中性子星が互いに周回しながら落ち込んでいって、ついには合体するという天体現象で、現在発見されているいくつかの連星中性子星は大体3億年後ぐらいに合体するはずである。このとき、最後の3分間にはチャープと呼ばれる準正弦波的な波形を持つ重力波が放出され、合体の瞬間にはバースト波が放出される。周波数としてはチャーブが10〜1kHz、バースト波が1kHz程度である。また後者は、恒星が燃え尽き、輻射圧ではもはや自分自身を支えられなくなったときに起こるもので、星の中心に向かって一瞬にして落ち込む重力崩壊という現象である。落ち込んでゆくと、ついには堅いコアができ、そこから発生する反跳波により星の外層が吹き飛ばされる。このときに超新星となって明るく輝くわけである。放出される重力波はバーストであり、周波数はやはりkHz帯である。

 重力波の大きさとしては、乙女座銀河団でこのような現象が起きた場合、大体h=10-21になると推定されている。前述の大型レーザー干渉計計画は、このようなものを捕らえることを目標にしているのである。100〜1kHzの重力波に対してレーザー干渉計を最適化するために基線長はその半波長である75〜750kmにする必要があるが、このようなものを地上で実現することは不可能である。そのために、レーザー干渉計としては単純なマイケルソン干渉計ではなく、その腕の部分をファブリーペロー共振器で置き換えた構成になっており、等価的に長い基線長を得ているのである。

 大型計画が推進されているとはいえ、まだ細部まで完全に確立されたわけではなく、建物や真空槽の建設・製作をしながらプロトタイプの研究を平行させて進めているのが現状で、ファブリーペロー方式レーザー干渉計の基礎研究は価値がある。本研究は、そういう基礎研究や日本におけるレーザー干渉計技術の土台となることを目的としたものである。

 具体的には、国立天文台三鷹に基線長20mのファブリーペロー方式レーザー干渉計を建設し、それを用いて干渉計の動作原理の開発・研究を行った。光学系の設計においては、リサイクリング可能な直接干渉型とすることを主目的にした。ファブリーペロー方式のプロトタイプは世界に何台かあるが、いずれも直接干渉型ではないため、大型計画には必須であるリサイクリングの研究はできない。これをいち早く実現すれば、リサイクリングの技術開発では最先端をゆくことになる。また、マイケルソン干渉計の本来の性能である同相雑音の除去が生かせるという利点もある。しかし、現在までに、直接干渉は光学ベンチ上に固定された干渉計でしか研究されていなかった。

 直接干渉を実現するための補助技術として、Schnupp法(プレモジュレーション)をプロトタイプとして初めて本格的に取り入れた。プレモジュレーションとは、マイケルソン干渉計をダークフリンジにロックするために必要な変調を、ビームスブリッターにレーザー光が入射する前で電気光学素子によりかけるものである。通常このような位相変調は、マイケルソン干渉計の持つ差動特性により打ち消されてしまうので、意図的に干渉計の2本の腕の長さに差を付けて変調のサイドバンドが残るようにするのがSchnupp法である。不用意に腕の長さに差を付けると、干渉計のコントラストが低下したり、2つのファブリーペロー共振器のマッチングを同時にとることが不可能になるため、慎重に設計する必要がある。本研究では、プレモジュレーションを完全に動作させることに成功した。さらに、この変調はファブリーペロー干渉計を動作点にロックするための変調にも共用しており、光学設計を簡素化するのに役立っている。

 振り子で釣られた状態にある、非常に揺らぎの大きいファブリーペロー共振器を、2つとも動作点に置き、しかも高いコントラストを得るためには、多くの解決すべき問題があった。まず、2つの共振器のフィネス、ビジビリティなどの光学特性を良く合わせなければならない。次に、プレモジュレーションによって2つの共振器の位置は異なっているが、そのの違いによらないようなマッチング光学系が必要である。共振器からの反射光がビームスプリッターできれいに干渉するように、同時に良いアラインメントを行う必要もある。最後に問題となるのは、サーボ系の制御帯域である。直接干渉型では、重力波の信号はマイケルソン干渉計から取り出される。もしファブリーペロー共振器を動作点に置くための制御帯域を広くすると、信号そのものを打ち消してしまうことになる。そのため、観測したい重力波の周波数より充分低いところに制御のUGF(Unity gain Frequency)を設定しなくてはならない。地面振動等に起因するファブリーペロー共振器の揺らぎを抑えて安定に動作点に置くためには、ある程度の制御帯域が必要である。本研究ではこれらの問題も解決し、制御に関してはUGF〜300Hzでの安定動作に成功した。

 光源としては、将来の高出力・高安定レーザーとしての第一候補である、LD励起Nd:YAGレーザーを導入した。このレーザーは波長1.064mなので赤外である。プロトタイプとしてこのタイプのレーザーを取り入れたのは初めてであるが、その理由の1つに赤外光のハンドリングの問題がある。これについても本研究ではノウハウを蓄積した。

 光学部品関係で最も力を入れたのは、モノリシック・ミラーであった。ミラーは弾性体でもあるので、機械的特性、特に共振モードとその共振周波数、Q値は重要である。共振周波数が低いモードが存在すると制御の邪魔になるし、Q値の低いモードは熱雑音の問題を引き起こす。ファブリーペロー方式のプロトタイプではオプティカル・コンタクトされたミラーがよく使われているが、大型計画で最終的に使用されるはずのモノリシック・ミラーを、本研究ではいち早く使用した。これは非常に屈折率揺らぎの小さな合成石英を研磨して誘電体多層膜コーティングしたもので、最低次の機械共振はミラーの光軸方向の伸縮モードで、共振周波数は約30kHzである。このミラーの使用により、観測周波数帯には機械共振に伴うラインスペクトルは今のところ見えていない。小さな屈折率揺らぎは、透過波面の乱れを最小限に抑えるために必要であり、長さ9cmほどの光路で、波面乱れは/20以下になっていると推測される。

 以上のように、いくつかのオリジナリティをもつプロトタイプを設計し、それをほぼ完全に実現したのが本研究の成果である。周辺技術でも、大型計画に必要な10-8torrの真空度を達成したアルミ製真空槽、真空排気時の真空槽の変形に影響されない光学テーブルの設計、その設計を最大限に生かせるように最適化された土台を埋め込んだ実験室、ネットワーク環境での使用に適し、かつリアルタイム性を兼ね備えたOSを組み込んだデータ収録・モニター装置等も、成果として挙げられる。20mプロトタイプの開発により、将来の大型計画につながる基礎技術を確立した意義は大きい。

 20mプロトタイプで得られた雑音レベルは、等価雑音変位で2×10-15(m/ at 1kHz)、重力波の感度で10-16(1/)であるが、本研究につづく周波数安定化を目的としたモードクリーナーの開発や、その次の目標であるリサイクリングの導入により何桁かの改善が期待できる。

審査要旨

 本論文は5章と補遺からなり、第1章はレーザー干渉計による重力波検出、第2章は20mFP(ファブリーペロー)型干渉計プロトタイプ、第3章は結果と解析、第4章は今後の研究について、第5章はまとめであり、補遺はファブリペロー干渉計、光学部品、干渉計における雑音について述べられている。

 重力波検出は、一般相対論という純粋に物理的な観点からみても、光、電波、X線、線、ニュートリノと観測手段を増やしてきた天文学の次なる窓としても、期待は大きい。特にレーザー干渉計を用いた重力波検出の分野では、既にLIGO計画(アメリカに基線長4km干渉計2台)と仏・伊合同のVIRGO計画(イタリア、ビサに基線長3km干渉計1台)のプロジェクトがスタートしている。これらの計画は、距離200Mpc以内で起きる連星中性子星の合体や超新星爆発を捕らえることを目標にしている。この現象で放出される1kHz程度の重力波に対してレーザー干渉計を最適化するため、光路長はその半波長である150kmにする必要があるが、このようなものを地上で実現することは不可能である。そのため、マイケルソン干渉計の腕の部分をFP共振器で置き換えて、等価的に長い基線長を得ている。

 大型計画が推進されているとはいえ、まだ細部まで完全に技術が確立されたわけではなく、建物や真空槽の建設・製作をしながらプロトタイプの研究を平行させて進めているのが現状で、FP方式レーザー干渉計の基礎研究は重要な課題となっている。本論文は、そのような基礎研究や日本におけるレーザー干渉計技術の土台となることを目的としたものである。具体的には、国立天文台三鷹に基線長20mのFP方式レーザー干渉計を建設し、それを用いて干渉計の動作原理の開発・研究を行った。光学系の設計においては、リサイクリング(光の再利用)可能な直接干渉型とすることを主目的にしている。FP方式のプロトタイプは世界に何台かあるが、いずれも直接干渉型ではないため、大型計画には必須であるリサイクリングの研究はできない。本研究ではこれをいち早く実現したために、リサイクリングの技術開発では最先端をゆくことが可能となった。また、マイケルソン干渉計の本来の性能である同相雑音の除去が生かせるという利点も確認された。

 本装置では直接干渉を実現するために、プレモジュレーション(PM)をプロトタイプとして初めて本格的に取り入れている。PMとは、マイケルソン干渉計をダークフリンジにロックするために必要な位相変調を、ビームスプリッターにレーザー光が入射する前でかけるものである。通常このような位相変調は、マイケルソン干渉計の持つ差動特性により打ち消されてしまうので、意図的に干渉計の2本の腕の長さに差を付けて変調のサイドバンドが残る上うにする。不用意に腕の長さに差を付けると、干渉計のコントラストが低下したり、2つのFP共振器のマッチングを同時にとることが不可能になるため、慎重に設計する必要があるが、本論文ではPMを完全に動作させることに成功している。さらに、この変調はFP干渉計を動作点にロックするための変調にも共用しており、光学設計を簡素化するのに役立っている。

 振り子で釣られた状態にある非常に揺らぎの大きいFP共振器を2つとも動作点に置き、しかも高いコントラストを得るための問題も、本論文では解決している。光源として、高出力・高安定レーザーとして最も有力なLD励起Nd:YAGレーザー(波長1.064m)を導入しており、赤外光を用いた初めてのプロトタイプとなっている。光学部品関係で最も力を入れているのはモノリシックミラーである。ミラーは弾性体でもあるので、機械的特性、特に共振モードとその共振周波数、Q値は重要である。大型計画で最終的に使用されるはずのモノリシックミラーを、世界に先駆けて本論文では使用している。

 以上のように、いくつかのオリジナリティをもつプロトタイプを設計し、それをほぼ完全に実現したのが本論文の成果である。20mプロトタイプで得られた雑音レベルは、等価雑音変位で2×10-15(m/211943f03.gif at 1kHz)、重力波の感度で10-16(1/211943f04.gif)である。周辺技術でも、大型計画に必要な10-8torrの真空度を達成したアルミ製真空槽、真空排気時の真空槽の変形に影響されない光学テーブルの設計、その設計を最大限に生かせるように最適化された土台を埋め込んだ実験室、ネットワーク環境での使用に適し、かつリアルタイム性を兼ね備えたOSを組み込んだデータ収録・モニター装置等も、成果として挙げられる。20mプロトタイプの開発により、将来の大型計画につながる基礎技術を確立した意義は大きい。

 なお、本論文は藤本眞克氏、新谷昌人氏、寺田聡一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって建設及び実験を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。したがって、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50904