審査要旨 | | 作物生産に及ぼすオゾンの影響については,特にアメリカにおいて多くの圃場実験がなされ,その影響が国家的規模で評価されるまでになっている。我が国でもイネに対するオゾンの影響に関する報告がいくつかなされているが,いずれも定性的なもので,オゾンの影響を定量的に評価するには至っていない。これは,日本における従来の研究が,ガラス室内でのポット栽培など,圃場とは異なる実験条件下で行われたため,実際の圃場に適用できるモデルがまだ確立されていないことによるものと考えられる。 そこで本研究では,水田におけるイネ群落のオゾン濃度を制御する施設を開発し,同施設を用いた圃場実験を実施して,イネの生長と収量に及ぼすオゾンの影響を数理モデルによって解析した。 I.水田条件下でのオゾン曝露チャンバーシステムの開発 実際の水田で栽培したイネに,外気オゾン濃度の変動を反映した濃度制御ができるオゾン曝露チャンバーシステムを新たに開発した。このチャンバー内のオゾン濃度の制御精度と分布の均一性,チャンバー内の環境変化を調べたところ,このシステムは外の光・温度環境をほぼ維持したまま,チャンバー内のオゾン濃度を外気に対応させて精度良く制御できることが示された。 II.イネの生長と収量に及ぼすオゾンの影響 水田に設置した前記のオゾン曝露チャンバー内で,1987年から1989年までの3年間イネを栽培し,その生長と収量に及ぼすオゾンの影響を調べ,以下の結果を得た。 (1)オゾン濃度が増加するにつれて全乾物重は減少したが,その影響は特に出穂後に顕著であった。 (2)オゾン濃度が高くなると,全乾物重に占める葉身重の比率が増加し,他の部分特に葉鞘重の比率が低下した。 (3)オゾンは葉面積に影響を及ぼさなかった。 (4)玄米収量はオゾンによって有意に減少した。平均オゾン濃度と相対収量との関係は,Yを玄米収量(gm-2),Ocを日中7時間(9:00〜16:00)の平均オゾン濃度(ppb),Obをバックグラウンドのオゾン濃度(ppb),YbをObの時の玄米収量(gm-2)とすると, Y/Yb=exp〔-0.00235(Oc-Oc)〕で表せることが判った。 (5)このオゾン濃度と収量との関係は,カリフォルニアのイネで得られた関係と実験誤差の範囲で同等であった。しかし,アメリカのダイズについての実験結果と比べると,イネはダイズよりも明らかに耐性が強いことが判った。 (6)収量構成要素についてみると,オゾン濃度の増加は単位面積あたり穂数を増加させたが,1穂粒数を減少させたため,粒数には影響を与えなかった。登熟歩合はオゾン濃度の増加につれて減少する傾向を示し,玄米1000粒重も有意に減少した。 (7)オゾンは子実収量と全乾物重に同程度の影響を与え,その結果,両者の比である収穫係数はオゾンの影響を受けなかった。 III.イネ群落の光吸収量と光利用効率に及ぼすオゾンの影響 イネ群落の光吸収量と光利用効率(日射吸収量に対する乾物増加量の比)に及ぼすオゾンの影響を調べ,以下の結果を得た。 (1)イネ群落の光透過率,反射率は,ともにオゾンに影響されず,従って光吸収量もオゾンに影響されなかった。 (2)オゾンはイネの光利用効率,特に出穂後の光利用効率を顕著に低下させた。 (3)オゾン濃度(Oc,ppb)と光利用効率(,gmol-1)との関係は,出穂の前後でそれぞれ次のように表すことができた。出穂前:=1.057〜1.302×10-5Oc2,出穂後:=0.908〜3.733×10-3Oc。 (4)光利用効率に及ぼすオゾンの影響が出穂後に大きくなる機構としては,出穂後は新しい葉が群落上部に展開せず,最上部の葉の光合成速度はオゾン曝露期間が長くなるほど低下するので,それにつれて群落の光利用効率も大きく低下することが考えられた。 IV.イネの生長に及ぼすオゾンの影響のモデル 3年間のオゾン曝露実験の結果に基づき,オゾン存在下でのイネの生長をシミュレートするモデルを開発した。 (1)モデル開発に用いなかった圃場実験の結果(1988年実施)について,実際の気象とオゾンのデータをモデルに入力して生長過程をシミュレートしたところ,葉面積,全乾物重とも実測値と一致した。 (2)1986年4月から6月の間に3回田植をした圃場実験の結果につき,気象データを用いて乾物重の増加と葉面積の拡大をシミュレートしたところ,4月植えの場合にはモデルは実測値を過小推定したが,5月植えと6月植えについては,モデルの推定値は実測値に比較的良く一致した。 以上,本研究は,水田条件下でのオゾン曝露チャンバーシステムを開発し,そこで得られたデータからモデルを構築して,オゾンの影響解析を行ったものであり,学術上,応用上貢献するところが大きい。ようて審査員一同は,本研究が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |