審査要旨 | | 微小動物プランクトンは,食物連鎖の中で微細々生物群と大型動物群を連結する動物群として重視されるようになったが,富栄養内湾城における定量的な研究は非常に少なく,その個体群動態や生態系の中での役割は明らかでない。このような富栄養内湾域における微小動物プランクトンの生態の解明は,内湾生態系の保持とそれを考慮した資源生物の持続的利用のために必要な重要課題である。 著者は微小動物プランクトンの中で最重要群である有鐘繊毛虫類(有鐘類)に注目し,富栄養内湾域における種類毎の出現,増殖,摂食についての生態的な特性を把握することによって,富栄養海域における有鐘類の個体群変動機構と基礎生産の消費者としての役割を解明しようとした。論文は6章から成り,第1章の序論の後,以下のような結果を得ている。 第2章では,2つの富栄養化した内湾(広島湾と三重県五ヶ所湾)に調査定点をとり,1〜2週間毎の現場調査を3年にわたり行い,微小動物プランクトンとその最重要群である有鐘繊毛虫類の長期的あるいは短期的な出現特性を把握した。 その結果,両湾とも微小動物プランクトンの出現密度は最高で104個体/lの桁に達し,夏季にはその中で有鐘類が卓越する現象が認められた。有鐘類の出現密度は水温,クロロフィルa濃度及び鞭毛藻類の出現密度と密接に関係していた。各種有鐘類の出現時期は多くの場合限定され,かつ固有であった。両海域の有鐘類の出現種には外海水の影響によって大きな違いが認められた。赤潮期間中に有鐘類は低密度であったが,赤潮崩壊後一部の種は急速に増殖することが判明した。 第3章では,室内培養実験で有鐘類の増殖能力を把握し,増殖が起こるための餌料の質・量的条件を検討した。 4種の有鐘類の最短世代時間の測定結果から,有鐘類が1日に1〜2回分裂の増殖能力をもつことが明らかになった。また,有鐘類は餌料選択性をもち,好適な餌料がクロロフィルaとして1〜20g/lの濃度で存在する時に増埴することが判明した。 第4章では,富栄養内湾域における植物プランクトンに対する微小動物プランクトン及び有鐘類の摂食圧を把握した。 その結果,湾奥域における20m以下の微細藻類群集の現存量に対する1日当たりの摂食量は,年間平均で29%になった。さらに,その値は,しばしば微細藻類群集の1日当たりの生産量にほぼ等しくなることが判明した。また,室内実験で求められた有鐘類の摂食率の結果から,湾奥域の微細藻類群集に対する有鐘類の1日当たりの摂食圧が15%となり,微小動物プランクトンによる摂食圧の半分以上を占めていると推定された。 第5章では有鐘類が海底泥中のシストを起源として各個体群を形成していると考え,海底泥中からの脱シストの条件を検討し,最確数法によって広島湾における有鐘類シストの分布特性を把握した。その結果,海底に休眠している有鐘繊毛虫シストは海底泥の20〜125mの粒径画分中に存在することが判明した。また,有鐘類の脱シストは温度・光強度・植物プランクトンの細胞外分泌物によって影響を受けた。広島湾での有鐘類シストは有機汚染の進行した湾奥海底に豊富に存在し,夏季の海水中における濃密分布域とよく一致することが明らかとなった。 第6章において富栄養海域における有鐘類の脱シストを発端とした個体群形成機構と基礎生産の消費者としての役割がまとめられ,有鐘類が独自の出現機構を持ち,富栄養内湾域における微細藻類群集による基礎生産の消費者として大きな役割を果たしていることを明らかにされている。 以上本論文は,富栄養内湾域生態系における微小動物プランクトン,とくに有鐘繊毛虫類の個体群動態及び基礎生産の消費者としての重要性を明らかにしたもので,学術上,応用上の大きな貢献であることを認める。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |