学位論文要旨



No 211949
著者(漢字) 細見,和雄
著者(英字)
著者(カナ) ホソミ,カズオ
標題(和) 組織培養系におけるチューインガム原料植物の機能発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 211949
報告番号 乙11949
学位授与日 1994.10.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11949号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐分,義正
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 助教授 松本,雄二
内容要旨

 本研究は組織培養したチューインガム原料生産植物の各種機能の開発を目的としたもので、チューインガム用天然樹脂生産植物の組織培養による物質生産およびミント系香料生産植物の組織培養における器官分化、植物体再生の化学制御についての基礎的研究である。

 チューインガム用天然樹脂生産植物のカルス培養を行ない、その抽出成分の分析を行ない、原植物樹液の主成分を生産することを見い出した。次いで、生長と生産の相関関係を明らかにした。また、培養条件を検討し、生産に最適な培地を確立した。ミント系香料生産植物の組織培養については、植物生長調節物質の種類や濃度を変化させたり、その他の培地添加物による化学制御によりプロトプラストからの植物体再生が可能なことを示した。

 以下に本研究で得られた成果の概要を示す。

 1.チューインガム用天然樹脂チクルの生産植物であるサポジラ(Achras sapota)の樹液をユカタン半島にて採取し、新たに開発したHPLCによるトリテルペン成分の分別定量法を用いることにより、環境との関係を調べた。樹液のトリテルペンの含量、組成は大きな変異を示していたが、環境との関係は見い出せず、個体差によるものと考えられた。これは、精英樹選抜の可能性を示唆していた。

 2.ジェルトン(Dyera costulata)の樹液より抗アレルギー活性物質の単離・同定を行ない、ダンボニトールを見い出した。これは甘味を示す、イノシトール誘導体であり、特定保健用食品素材としての利用可能性を有していた。チューインガム用天然樹脂の新たな機能を見い出す知見であり、物質生産の新たなターゲットを提供するものでもあった。

 3.チクルの生産植物であるサポジラの培養細胞を誘導し、その成分を検索して、原植物の樹液の主成分であるルペオールアセテートを含むトリテルペン類の生産を認めた。そして、その生産パターンは典型的な二次代謝産物のものであることを確認した。

 4.サポジラ培養細胞のトリテルペン生産条件を検討し、植物生長調節物質としては2,4-Dが有効であり、窒素源とリン源はLinsmaier and Skoog培地より低めることが必要であることを明らかにした。また、カルスと懸濁培養細胞において、若干の培養条件の差異を認めた。

 5.ジェルトン、ソルバ(Couma macrocarpa)についても培養細胞を誘導し、その成分を検索した。そして、原植物樹脂の主成分であるトリテルペン成分を認め、培養細胞による生産の可能性を明らかにした。

 6.和ハッカ(Mentha arvensis)の培養細胞を誘導し、培養条件を検討することにより、カルス-不定根-カルス-不定芽の段階を経る植物体再生系を確立した。従来、この植物体再生系はMentha属植物においては、その確立は困難と考えられていた。

 7.ペパーミント(Mentha piperita)を用いて6.で述べた植物体再生法を改良し、カルスより直ちに不定芽を誘導する効率的な植物体再生系を確立した。本法は培養条件を若干修正するだけで、スペアミント(Mentha spicata)にも適用可能であった。

 8.ペパーミントを用い、プロトプラストの調製法を確立した。ついで培養条件を検討することによりカルスへの培養法を見い出した。この培養法と7.で述べたカルスよりの植物体再生法を組み合わせ、従来、Mentha属植物においては、その確立は困難と考えられていたプロトプラストよりの植物体再生系を確立した。

 9.Mentha piperiataとMentha gentilisのプロトプラストを用いて、電気細胞融合を行ない、8.で述べたプロトプラストよりの植物体再生法を活用することにより体細胞雑種を作出した。そして、この雑種が両者の香気成分の主成分を含むことを認め、育種への応用の可能性を明らかにした。

 以上の結果から、組織培養技術をチューインガム原料生産植物に応用する可能性について論文末で論議した。

審査要旨

 チューインガムの重要な構成要素には,ガムペースの天然樹脂(チクル,ジェルトン,ソルバ)と香料としてのミント系香料がある。これらはいずれも植物起源のものであり,供給は自然条件により制約されている。さらに,樹脂は自生木からの採取に依存しているため,原産地における石油開発に伴う森林破壊の進行により資源的な危機にある。また,ミント系香料も生産地が穀物生産地域と競合することで将来的には供給に不安がある。加えて両原料ともほとんど輸入に依存しているのが現状である。

 このような状況下,本研究では植物組織培養法の適用により,樹脂生産植物の培養系における樹脂生産ならびに,ミント系香料生産植物の再分化系の確立,さらに,体細胞雑種の作出を行い,考察したものである。

 本論文は,5編より構成され,第1編は序論,第5編は総括で,本論は第2編から4編にわたって述べられている。

 第2編では最も古くからチューインガム原料に使用されているチクルの化学組成と生産植物サポジラの生育環境との関係を考察している。原産地のメキシコユカタン半島において多数のテクルを採取し,その主成分であるトリテルペン成分を新たに開発した方法で分別定量し,生育環境より個体による含有量の差が大きいことから精英樹の選抜の重要性を指摘している。また,天然樹脂の機能開発の一環として生理活性成分の検索を行い,抗アレルギー活性成分をチクルについで広く使用されているジェルトンから単離しダンポニトールであると同定している。

 第3編では樹脂生産植物の培養系の確立,培養細胞の抽出成分の分析,樹脂成分生産の培養条件の検討を行っている。即ち,サポジラからカルスを誘導し,抽出成分としてトリテルペン類を同定定量している。ついで,トリテルペン成分の生産条件をカルスおよび液内培養系で種々検討し最適条件を確定している。さらに,ジェルトン,ソルバについても生産植物よりカルス誘導,液内培養系の確立をし,樹脂生産条件を最適化し,原植物の葉における生産量より生産性の大きい系を見出している。

 第4編においては,ミント系香料生産植物の再分化培養系の確立,再生植物体における香料成分の分析を行っている。さらに,細胞融合法による体細胞雑種の作出を検討している。即ち,和種ハッカを用いてカルス誘導,不定芽・不定根の分化など種々の条件を検討,再分化系を確立した。さらに,ペパーミントにおいて,より簡便で変異の少ない再分化培養系を確立,本法のスペアミントへの適用も可能であることを明らかにしている。ついで,ペパーミントよりプロトプラスト調製および培養条件を種々検討し,再生植物体を得ることに成功し,この成分分析を行い,原植物とあまり差異のないことより再分化系において変異が少ないことを確認している。さらに,これらの培養手法を組合せ,ペパーミントとジンジャーミントのプロトプラスト化,電気融合法により細胞融合することにより初めて体細胞雑種の作出に成功している。体細胞雑種であることは,形態観察,染色体分析,遺伝子解析さらに香料成分の分析により確定している。

 以上,本論文は,チューインガム原料として非常に重要な天然樹脂の起源植物の組織培養系において生産を検討し,最適な生産条件を明らかにしたものである。また,今迄困難であると言われていたミント系香料植物の再分化培養系を確立し,さらに体細胞雑種の作出に成功し,種々の新らたな知見を見出し農学分野における貢献も非常に大きいものがある。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた次第である。

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