学位論文要旨



No 211954
著者(漢字) 柳内,睦人
著者(英字)
著者(カナ) ヤナイ,ムツヒト
標題(和) 熱赤外線を利用したコンクリート内部の診断手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 211954
報告番号 乙11954
学位授与日 1994.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11954号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 前川,宏一
内容要旨

 建築構造物壁面の損傷や劣化、山腹斜面のモルタル吹付け面および橋梁床版のひび割れなどの診断に熱赤外線が利用されるようになってきたが、これまでの手法は、あくまで表面あるいは極く薄い表面層を対象とした損傷診断で、熱映像内の表面温度の相対的な違いから損傷、欠陥の有無および位置などを識別するレベルであった。また、その測定法による結果は天候、・気温および日射などの影響を受けるので、測定対象の周辺環境や測定時刻に制限が加わるのが普通である。したがって、これらの結果の評価に当たっては、熟練者の経験に基づく判断が重要な部分を占めているので、常に一様な基準で診断が行われることは期待できない。さらに、重要な点は、構造物の内部状態を定量的に診断するまでには到っていないという点である。

 本研究では、このような現状にある熱赤外線を利用した内部診断手法の研究をさらに進め、実用化の段階まで発展させることを考えた。すなわち、従来の熱赤外線を利用した診断では扱われていなかった測定時の天候、気象および日射などによる影響を克服し、コンクリート構造物表面の損傷だけではなく内部の配筋状態や空隙の存在などを診断する手法を提案するものである。具体的には、構造物表面を人為的に加熱し、その冷却時の表面温度の経時変化を指標として内部を診断し、早期に損傷や欠陥を容易に高精度で定量的に診断しようと試みたものである。そのためには、従来では考えられていなかった次の4点を満足するような処理を施した。

 (1)測定の対象となる構造物の表面を人為的に加熱し、構造物表面温度の冷却過程を熱赤外線センサで撮る。

 (2)内部診断の指標となる温度変化の温度特性曲線を作り出すために、熱赤外線センサの測定で得られた時系列の熱映像に高度な画像処理を加える。

 (3)表面加熱後の冷却時の温度変化から内部状態が判読できる妥当性を立証するために、表面に与えた熱のコンクリート内部における熱伝導現象の実験および熱拡散方程式の境界要素法による非定常熱伝導現象の数値シミュレーションを行い、検討を加える。

 (4)本診断法を基本としたコンピュータによる内部診断ソフトを作成し、本診断法の実用化を図る。

 これらの手順で行われた実験は、次の要領のとおりである。

 基本的な実験においては、空隙ならびに鉄筋を球形物体(発泡スチロール球および鋼球)でモデル化してコンクリート中に埋め込み、表面を人為的に一定時間加熱した後の冷却時における表面温度分布の変化を熱赤外線センサで測定し、その時系列的な熱映像から、発泡スチロール球および鋼球の位置および大きさを定量的に判読する手法を体系化した。その結果、従来の方法では知ることのできなかった表層部だけではなく相当の深さにいたるまでのコンクリート層に含まれる空洞および鉄筋の位置、形などを定量的に判読できることが可能となった。なお、この手法の理論的な妥当性については、熱拡散方程式の境界要素法による非定常熱伝導現象の数値シミュレーションを行い検討した。

 熱赤外線による診断の弱点の一つは、前出のように診断結果が測定当日の気象条件に左右されることが多く、かつ、一日のなかでも測定施行の時刻が制限されることが多いため、測定が全天候型であることが望ましいとされていた。この問題に対処するために、本研究ではコンクリート構造物の表面を事前に加熱して制御された環境を作りだし、その冷却過程における温度変化を利用することによって解決した。

 第1章では、本研究の目的と特色および熱赤外線に関する既往の研究を総括した。

 第2章では、熱赤外線を利用した表面温度の測定に関する記述であって、物体から放射する熱赤外線エネルギー、物体表面における電磁波の放射率と反射率ならびに熱赤外線の放射量と温度との関係などを概説した。さらに、物理的および熱力学的な観点から熱赤外線を用いて表面温度の測定ができるまでの過程ならびに表面温度の測定に影響を及ぼす外的要因などについて、既往の研究結果を参考にしながら説明している。

 第3章では、熱赤外線で測定して得られた既存コンクリート実構造物の熱映像を通じて日射、風および水分による測定結果への影響、ならびにコンクリート実構造物の表語を加熱した後の冷却過程で得られた表面温度分布の特徴を熱映像がどのようにとらえるかについて実例で示した。

 その結果、自然環境下での熱映像には局所的な風および水分などによる影響が明瞭に現れ、熱赤外線センサによる温度測定時には測定物体の周辺環境を十分に考慮しなければならないことを指摘している。さらに、日没時や人為的に加熱した後の熱映像には複雑な温度分布パターンが現れた現象から内部状態を判読するきっかけを見い出している。

 第4章では、加熱したコンクリートの冷却過程における表面温度の経時変化と内部状態との関連について解析した。すなわち、熱赤外線による測定で得られた時系列的な熱映像および表面温度分布の特徴を強調した熱画像を作成した。次に、これらの熱映像に対して画像解析を行い、表面温度の経時変化を計測するとともに、その経時変化の特徴を表わす『温度特性曲線』を作成し、この温度特性曲線の線形と内部状態との関連について解析している。さらに、熱拡散理論に基づいたコンクリート内部の熱伝導状態のシミュレーションを行い実験結果の妥当性を検証している。

 その結果、加熱後の冷却時におけるコンクリート表面の時系列の熱映像には、内部状態に対応した温度分布パターンの変化が現れ、これから求めた温度特性曲線を使うことにより空洞や鉄筋の大きさや位置を定量的に判読できることを明らかにできた。

 第5章では、熱映像を利用したコンクリート内部にある鉄筋の判読実験であり、熱赤外線による測定で得られた時系列的な熱映像と、熱映像の画像解析で作成した温度特性曲線を利用した内部診断手法について検討している。さらに、この診断手法が誰でも利用可能な内部診断ソフトプログラムを作成し、この診断ソフトを使った実用例を記述している。

 その結果、加熱後の冷却時におけるコンクリート表面の時系列の熱映像から求めた温度特性曲線を指標として診断するコンピュータソフトウエアを使えば、目視では判読が困難なリアルタイムの熱映像から判読可能な内部診断画像を作り出すことができた。

 第6章では、加熱後の冷却時における既存コンクリート実構造物の時系列的な熱映像から、温度特性曲線を指標とした内部診断の結果について記述している。

 その結果、本研究で提案した温度特性曲線を指標とした診断法の実用性を立証することができた。

 第7章では、プレキャストコンクリート製品を対象にして、本研究で提案している温度特性曲線を指標とした内部診断法を製造工程での品質検査に適用することを検討した。

 その結果、製品内部の鉄筋のかぶり厚に対する品質検査ばかりでなく、製品のひび割れ発生ひずみによる強度管理に発展させることが可能であることを示した。また、時系列の熱映像を利用することにより製造工程を停止せずに短時間で低コストで検査することができる品質検査システムを提案することができた。

 第8章は結論であって、本研究によって得られた主要な結果を総括したものである。

 本研究で得られた結果を総合すると、研究当初に目標とした熱映像を利用してコンクリートの損傷および欠陥などによる品質の劣化、鉄筋の配筋状態の確認などについての診断技術に対する種々の問題点がこの研究により大きく改善され、十分実用性を持つ技術として評価できることを確認することができたと思われる。

審査要旨

 近年、熱赤外線はコンクリート構造物の壁面、橋梁床版や山腹斜面の吹付けコンクリートなどのひび割れや剥離などの診断に対し適用されるようになってきたが、この測定方法は気温変化、風、水分および日照等の影響を受けるため、測定上の制限が大きい。また、その結果を評価するに当たっては熟練者の経験に基づく判断が重要となり、常に一定の判断規準に基づいて診断を行うことは難しいのが現状である。また、この手法ではコンクリートの極表層部分に関する情報しか得ることができず、かぶり6cm程度までの配筋状態などを判定するまでには至っていない。このような現状を考慮し、本研究では天候等に左右されずに、コンクリート構造物の表面の損傷だけでなく内部の配筋状態や空隙の存在などを計測できる新しい手法としてコンクリート表面を人為的に加熱し、その冷却過程から判別する方法の適用性について検討したものである。

 第1章では、本研究の目的と特徴、およびコンクリート構造物への熱赤外線に関する既往の研究を総括している。

 第2章では、本研究で用いた熱赤外線装置ならびにその測定原理について概説している。

 第3章では、熱赤外線で計測した場合に、日照、風および水分による影響について検討し、さらにコンクリート構造物の表面を加熱した後の冷却過程においてどのような表面温度分布が得られるかを実験的に明らかにしている。

 第4章では、表面を加熱したコンクリートの冷却過程における表面温度の経時変化と内部状態との関連について解析している。すなわち、計測されたコンクリート表面温度の経時変化の特徴を表す「温度特性曲線」が、コンクリート内部に鉄筋が存在する場合と空隙が存在する場合とでは大きく異なっており、コンクリート内部の空洞や鉄筋に対応した温度分布パターンが現れることを実験ならびに熱拡散理論に基づく理論計算で明らかにしている。さらに、この曲線を用いればコンクリート内部に存在する鉄筋や空隙の深さや大きさを定量的に求めることができることを示している。

 第5章では、第4章で提案された手法をコンクリート内部に鉄筋が存在する場合について適用し、その判定精度について実験的に検討している。また、測定が客観的に行えるようにするために加熱後の計測値から内部に存在する鉄筋や空隙の判定手法を提案し、その精度について検討している。その結果、かぶり1cm程度であれば、16mmから25mmまでの鉄筋の位置を精度よく求めることができることを明らかにしている。

 第6章では、提案している本手法の実用性について検証するため、コンクリート構造物に適用し、かぶりが70mm程度までであれば鉄筋の存在を判別できることを明らかにしている。さらに、既設のコンクリート構造物の場合、表層部のコンクリートの劣化状況を検出する方法として、コンクリートの圧縮強度を平均温度部との温度差から推定することができることを示している。

 第7章では、ラインで製造されている蒸気養生後のプレキャスト製品の検査に用いる場合について検討を行い、かぶりが規格通りであるか否かを判定する手法として適用する場合の具体的な方法を検討している。その結果、温度特性曲線の定量値を利用することで短時間で鉄筋の配筋状態を検査することができ、規格適合品であるか否かの品質管理が行えることを明らかにしている。

 第8章は、結論であって、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上を要約すると、本研究は、コンクリート構造物を人為的に加熱することで従来では天候等によって左右された熱赤外線による計測を、その条件の如何を問わず精度よく実施することを明らかにしたばかりでなく、従来では困難とされていたコンクリート内部の鉄筋や空隙の存在、コンクリート強度の推定等に利用できることを明らかにし、二次製品等の品質管理にも用いることができることを明らかにしており、コンクリート工学の発展に寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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