コホモロジー理論においてLefschetzの固定点公式は基本的な公式であり,エタール・コホモロジーにおいてもなりたつことが知られている。しかし一般に各固定点ごとの寄与を表す局所項の具体的な計算は困難である。また多様体がコンパクトでない場合にはその境界の寄与がありうるか,これも難しい問題である。さてP.Deligneは幾何的なLanglands予想の解決を念頭において,有限体上の場合に与えられた代数的対応に対し,Frobenius写像の十分高いべきを合成してやれば,その各局所項は単純なものになり,また無限遠の寄与も0となることを予想した。最近,R.Pinkらはこの予想を正標数でも特異点の解消が成り立つとの仮定の下で証明した。本論文ではそのような仮定は使わずまた全く違う方法によりDeligneの予想を証明している。その方法とはTate,Raynaudらにより基礎づけられた非Archimedes局所体の上のrigid解析幾何を用いるというものである。 一般に代数多様体Xの自己準同型,さらに一般にX上の代数的対応fに対し,そのコホモロジーへの作用の跡の交代和 を,局所項と呼ばれるfの各固定点の寄与の和により表す式がLefschetzの固定点公式である。さらに一般にX上のエタール層FとfのFへの作用が与えられたときの の公式も考える。この公式自体はコホモロジーの一般的性質の抽象的帰結である。今Xの基礎体が有限体であるときFrobenius写像のべきを合成することにより対応FrnofがえられTr(Frnof)が定義される。nが十分大きければ対応Frnofの固定点の集合Fix(Frnof)は孤立点のみからなる。Deligneの予想とは というものである。 さて数論において代数体上の保型表現とGalois群の表現との間に一対一対応を与えようというLanglandsプログラムは重要な問題である。この問題を有限体上の一変数関数体上の場合に解決しようとするとDrinfeld加群のmodular多様体についてのLefschetz固定点公式と一般線形群のArthur-Selberg跡公式を比較することが必要となる。ここでDeligneの予想がなりたてば両者は一致し,したがってこの場合LanglandsプログラムはなりたつことがFlicker-Kazdan,Laumonらにより知られている。 Deligne予想はXが曲線のときに正しいことは以前から知られていた。またXが曲面のときはZinkにより,一般次元の場合にはShpiz,Pinkらにより正標数でも特異点の解消がなりたつとの仮定の下で証明された。 本論文ではGabberのアイデアに基づきrigid解析幾何を用いて特異点の解消とは独立にDeligneの予想を証明した。rigid解析幾何とは,局所体の上のrigid解析多様体をその整数環の上のformal schemeのblow-upによる逆極限およびそのはりあわせとして定義しそれを研究するものである。このような多様体を考えることにより,通常のZariski位相をもった代数多様体よりも細かく局所化して考えることができるので,複素多様体におけるような議論が有効となることが期待される。実際にこの論文ではこのような考えに基づき,複素数体上の縮小的な代数的対応に対するGoresky-MacPhersonの公式の類似をrigid解析幾何で証明し,その応用としてDeligneの予想が証明される。ここで必要とされるコホモロジーの一般論は参考論文において詳しく研究された。 本論文におけるDeligneの予想の証明の概略は次のとおりである。まず複素数体上の場合の類似として代数的対応が縮小的であるということを定義する(3.1.1)。縮小的対応に対しては固定点公式の局所項が簡単な形になることを示す(3.2.4)。最後に代数的対応fに対しnが十分大きければ対応Frnofが縮小的であることをX内の固定点に対して(5.2.3)と境界の点に対して(5.4.1)確かめる。 このうち最も本質的なのは定理3.2.4である。その証明では,まず局所項を閉ファイバー上のvanishing cycleの層への代数的対応の作用に関する局所項で表す(2.2.7)。この公式により定理3.2.4は対応が縮小的かつ固定点での層のstalkが0という仮定のもとての,あるコホモロジー群の消滅に帰着される。この事実は直観的には一見自明であるが技術的には最もこみいったところであり,第4節がその証明にあてられる。 Deligneの予想は数論的代数幾何における重要な問題の一つでありそれを他の予想と独立に証明したのは大きな成果である。またその方法もrigid解析幾何におけるエタール・コホモロジーの基礎付けを含むもので価値のあるものである。よって、論文提出者藤原一宏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |