学位論文要旨



No 211961
著者(漢字) 藤原,一宏
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,カズヒロ
標題(和) リジット解析幾何、レフシェッツ・ヴェルディエ跡公式そしてドリーニュの予想
標題(洋)
報告番号 211961
報告番号 乙11961
学位授与日 1994.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第11961号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京工業大学 教授 加藤,和也
内容要旨

 本論文の目的はドリーニュにより提出された有限体上定義された代数多様体に対するレフシェッツ跡公式についての予想の解決を報告することである。

 位相幾何学における連続写像の不動点の数を計算するレフシェッツの不動点公式は1960年代にグロタンディーク、ヴェルディエにより、より一般的な空間上の層を係数とする場合に拡張された(以下、レフシェッツ・ヴェルディエの公式と言うこととする)。この新しい定式化により、有限体上の固有(コンパクト)代数多様体にたいしても公式は得られ、その形は代数的対応により層係数コホモロジーに引き起こされる準同型写像の跡を、局所項といわれる対応の不動点集合の周りだけで決まる寄与の和で書く形になっている。

 この公式自体は非常に一般的なものであるが、実際の問題に適用しようとすると局所項の具体的決定が問題になり、現在まで完全な回答はまだ得られていない。ただし、複素数体上の代数多様体に対してはゴレスキー、マクファーソンにより弱双曲的対応という概念が導入され、これに対して局所項が計算可能な形で表された。

 その一方で必ずしも固有と限らない有限体上の代数多様体にたいしてドリーニュは次の形の予想を提出した。

 与えられた代数的対応にたいし十分高いフロベニウス写像のべきを合成すれば局所項は非常に簡単となる。とくに、与えられた層が不動点集合に制限して零となるならば局所項も消える。

 (ドリーニュの予想)

 この予想には二つの意味がある。一つはもちろん局所項が簡単になることであるが、もう一つは多様体の固有性も外されていることである。考えている多様体をコンパクト化してレフシェッツ・ヴェルディエの公式を適用すると、つけ加えた無限遠からの局所項の寄与がすべて消えることを意味する。

 この問題が考えられるようになった動機として数論におけるモヂュラー多様体の研究があげられる。特にドリンフェルトモヂュラー多様体をつかってラングランズ型の非可換類体論を実現しようとするとドリンフェルトモヂュラー多様体にたいするレフシェッツ・ヴェルディエの公式と一般線形群に対するアーサー・セルバーグの跡公式を比較する必要がある。 (この二つが一致することが予想されている。)計算の際アーサー・セルバーグの跡公式は単純型と呼ばれるよりわかりやすい表示が知られており、二つが一致すればこの場合のドリーニュの予想は正しく、逆も成り立つ。つまり、ドリーニュの予想は非可換類体論の構成の唯一の技術的障害となっている。これについてはフリッカー・カズダンやローモンの仕事がある。

 多様体が曲線の場合には以前から知られており、非特異曲面の場合にも一九八九年にジンクにより予想ほぼ肯定的に示された。その後一九九〇年にピンク、シュピッツが独立に研究をし、多様体が非特異、無限遠が正規交差因子で、考えている層が従順分岐ならば予想が正しいことが示され、この結果を使うことで正標数での特異点解消予想の仮定からドリーニュの予想が従うことが示された。(特異点解消は標数0のときには広中により知られているが正標数では未解決である。)

 その一方でガバーによりドリーニュの予想に対しての全く別方面からのアプローチが提案された。それはリジッド解析幾何学(非アルキメデス体上の解析幾何学)の世界ではフロベニウス写像は縮小的(この概念は新しく定義する必要がある)であり、したがって任意の対応に対してその高いべきを合成すると縮小的になる。また縮小的な対応は複素数体上弱双曲的であり、もし前述のゴレスキー・マクファーソンによる結果の類似が成り立てば予想は肯定的に示せることになる。(残念なことにガバーはアイディアを出したにとどまり、この問題は追求されなかった。)

 このようなドリーニュの予想解決のための計画を実行するためにはリジッド解析幾何学のコホモロジー理論が必要になる。

 第一段階として著者は参考論文においてリジッド解析幾何学におけるコホモロジー理論の基礎を研究した。使っている位相はエタール位相である。また、解析空間としては非アルキメデス体上の場合に限らずネータースキームの場合も取り扱っている。得られた結果のうちもっとも基礎的なものは固有代数多様体の場合の比較定理であり、代数的に計算したコホモロジー群と解析的に計算した結果が一致することが示されている。また、より一般に準コンパクト解析空間に対しコホモロジー群が消滅サイクルたちの空間と一致することも示されている。固有でない場合にも非アルキメデス体上ならば構成可能層にたいして比較定理が成り立つ。

 一般に六つの演算と呼ばれるよいコホモロジー操作が知られていればレフシェッツ・ヴェルディエの公式はその帰結であるが、複素数体上のゴレスキー・マクファーソンの証明では解析的でない部分空間に対しても公式を適用する必要があり、上述の結果だけでは不十分である。また、解析的でない場合には不動点集合の定義すら自明でない。このため、本論文中では解析的と限らない場合(準コンパクト開部分空間の閉包)の不動点の定義を与え、エタールコホモロジー群に対してレフシェッツ・ヴェルディエの公式の類似を与えた。公式は第二節で与えられている。証明ではコホモロジー群を退化族における消滅サイクルの群として解釈し、よい条件を満たす退化族を作り対応を退化させたときの局所項の変化を調べることが必要となる(特殊化)。必要な特殊化の議論は第一節に与えられている。よい退化族を探すためにザリスキによる抽象リーマン面の理論の類似が使われる。

 第三節で縮小的対応に対しての跡公式が示されている。結論は複素数体上と全く同様である。第二節における非解折的な場合のレフシェッツ・ヴェルディエの公式の類似を使うと、複素数体の時と類似の議論が可能であるが、ホモトピーの議論を避けるため空間を射影極限に移行させるときの連続性を示す必要がある。この連続性は第四節で証明される。ドリーニュによるコホモロシー論では標準的な議論の変種が使われる。

 第五節においてドリーニュの予想が証明される。この証明では特異点解消は必要とされない。有限体上の多様体をリジッド解析的多様体と解釈すれば第三節の跡公式によりフロベニウス写像のべきを合成した対応の縮小性を示せば十分であり、また必要なべきの具体的な下界も与えることができる。特に対応がフロベニウス写像のべき自身の時、グロタンディークによる跡公式が知られており、それの再証明も得られる。

 以上本論文要旨である。

審査要旨

 コホモロジー理論においてLefschetzの固定点公式は基本的な公式であり,エタール・コホモロジーにおいてもなりたつことが知られている。しかし一般に各固定点ごとの寄与を表す局所項の具体的な計算は困難である。また多様体がコンパクトでない場合にはその境界の寄与がありうるか,これも難しい問題である。さてP.Deligneは幾何的なLanglands予想の解決を念頭において,有限体上の場合に与えられた代数的対応に対し,Frobenius写像の十分高いべきを合成してやれば,その各局所項は単純なものになり,また無限遠の寄与も0となることを予想した。最近,R.Pinkらはこの予想を正標数でも特異点の解消が成り立つとの仮定の下で証明した。本論文ではそのような仮定は使わずまた全く違う方法によりDeligneの予想を証明している。その方法とはTate,Raynaudらにより基礎づけられた非Archimedes局所体の上のrigid解析幾何を用いるというものである。

 一般に代数多様体Xの自己準同型,さらに一般にX上の代数的対応fに対し,そのコホモロジーへの作用の跡の交代和

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 を,局所項と呼ばれるfの各固定点の寄与の和により表す式がLefschetzの固定点公式である。さらに一般にX上のエタール層FとfのFへの作用が与えられたときの

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 の公式も考える。この公式自体はコホモロジーの一般的性質の抽象的帰結である。今Xの基礎体が有限体であるときFrobenius写像のべきを合成することにより対応FrnofがえられTr(Frnof)が定義される。nが十分大きければ対応Frnofの固定点の集合Fix(Frnof)は孤立点のみからなる。Deligneの予想とは

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 というものである。

 さて数論において代数体上の保型表現とGalois群の表現との間に一対一対応を与えようというLanglandsプログラムは重要な問題である。この問題を有限体上の一変数関数体上の場合に解決しようとするとDrinfeld加群のmodular多様体についてのLefschetz固定点公式と一般線形群のArthur-Selberg跡公式を比較することが必要となる。ここでDeligneの予想がなりたてば両者は一致し,したがってこの場合LanglandsプログラムはなりたつことがFlicker-Kazdan,Laumonらにより知られている。

 Deligne予想はXが曲線のときに正しいことは以前から知られていた。またXが曲面のときはZinkにより,一般次元の場合にはShpiz,Pinkらにより正標数でも特異点の解消がなりたつとの仮定の下で証明された。

 本論文ではGabberのアイデアに基づきrigid解析幾何を用いて特異点の解消とは独立にDeligneの予想を証明した。rigid解析幾何とは,局所体の上のrigid解析多様体をその整数環の上のformal schemeのblow-upによる逆極限およびそのはりあわせとして定義しそれを研究するものである。このような多様体を考えることにより,通常のZariski位相をもった代数多様体よりも細かく局所化して考えることができるので,複素多様体におけるような議論が有効となることが期待される。実際にこの論文ではこのような考えに基づき,複素数体上の縮小的な代数的対応に対するGoresky-MacPhersonの公式の類似をrigid解析幾何で証明し,その応用としてDeligneの予想が証明される。ここで必要とされるコホモロジーの一般論は参考論文において詳しく研究された。

 本論文におけるDeligneの予想の証明の概略は次のとおりである。まず複素数体上の場合の類似として代数的対応が縮小的であるということを定義する(3.1.1)。縮小的対応に対しては固定点公式の局所項が簡単な形になることを示す(3.2.4)。最後に代数的対応fに対しnが十分大きければ対応Frnofが縮小的であることをX内の固定点に対して(5.2.3)と境界の点に対して(5.4.1)確かめる。

 このうち最も本質的なのは定理3.2.4である。その証明では,まず局所項を閉ファイバー上のvanishing cycleの層への代数的対応の作用に関する局所項で表す(2.2.7)。この公式により定理3.2.4は対応が縮小的かつ固定点での層のstalkが0という仮定のもとての,あるコホモロジー群の消滅に帰着される。この事実は直観的には一見自明であるが技術的には最もこみいったところであり,第4節がその証明にあてられる。

 Deligneの予想は数論的代数幾何における重要な問題の一つでありそれを他の予想と独立に証明したのは大きな成果である。またその方法もrigid解析幾何におけるエタール・コホモロジーの基礎付けを含むもので価値のあるものである。よって、論文提出者藤原一宏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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