ある種の天然ダイヤモンドや、隕石中に含まれるグラファイトならびにダイヤモンドの成因や化学的特徴については多くの未解決な問題があり、その解明が求められている。本論文は、最近、地殼付近での生成が議論されている多結晶ダイヤモンド(カルボナド)について、種々の分光学的な測定のほか微量元素存在度などの面からその成因に新たな考察を加えている。また、強い衝撃を受けたユレイライト隕石に含まれる微結晶ダイヤモンド、グラファイトのラマンスペクトル、フォトルミネッセンススペクトルを顕微分光法により測定し、これらの分光学的特徴を論じている。本論文は、序論にあたる第1章と、結論及び今後の展望を述べた第6章を含め、六つの章から構成されている。 第2章ではカルボナドの分光学的特徴や微量元素存在度などについて述べている。ここでは中央アフリカ産カルボナドを試料とし放射性損傷起源のフォトルミネッセンスが観測されることを明らかにした。さらに、これらのカルボナドをスペクトル形状から大きくグループA、グループBに分類している。加熱実験から、グループAのカルボナドが約500℃でグループBのスペクトルに変化することを明らかにし、放射線損傷によって生じた格子欠陥が、高温で構造変化したものと解釈している。これはグループBのカルボナドがグループAのカルボナドと比較して、より高温を履歴したためと考えている。示差熱分析からは、グループBのカルボナドがグループAのカルボナドと比較して明らかに低い温度で酸化されることを示している。この酸化挙動の違いは、グループBのカルボナドにはより多孔性が高いためと解釈しており、SEMによる確認も行っている。多孔性の差はグループBのカルボナドがより高温の熱水と反応したためと説明しているが、これはフォトルミネッセンスの特徴ともよく対応している。 一方、カルボナド中の窒素原子の存在状態を調べるため赤外吸収スペクトルを測定し、窒素小板の存在を示唆する結果を得ている。これは、カルボナドを構成しているダイヤモンド微結晶が上部マントル程度の高温でアニールされたためと考えている。さらにカルボナドに含まれる希土類元素存在度は、キンバライトに極めて類似していることを見い出している。 以上の実験事実から、カルボナドは上部マントルで結晶化した微結晶ダイヤモンドに、地殻でU及びThの壊変の際に放出される粒子によって放射線損傷が生じ、さらに熱水によるエッチングを受け多孔性の組織となった、という生成起源を提案している。ここでの考察は既に報告されている観測事実とも矛盾していない。 第3章では、ユレイライト隕石に含まれるグラファイトの構造について、顕微ラマン分光法を用いて考察している。その結果、グラファイトのa軸方向の結晶子サイズは隕石間で異なるだけでなく、同一隕石内でも不均一性があることを明らかにしている。さらに各南極隕石中のグラファイトのE2gモードの振動数を、グラファイトの結晶子サイズに対してプロットすると、ある結晶子サイズ以下ではE2gモードの振動数が増加し、プロットがL字状のアレイにのることを見い出している。各隕石のアレイ上での位置は岩石学的観察から報告されている衝撃強度と対応しており、衝撃が大きくなるに従いグラファイトの構造が乱れ、sp3性をもつことを明らかにした。このことはユレイライト中のダイヤモンドが衝撃圧起源である説を支持している。 第4章では、ユレイライトに含まれるダイヤモンド微結晶のラマンスペクトルならびにフォトルミネッセンススペクトルについて報告している。ここではまず、大きく低波数側ヘシフトしたラマン散乱を示す微結晶の存在を見い出している。ダウンシフトの原因として、13C濃縮による平均換算質量の増加、及び六方晶ダイヤモンドの炭素間結合距離のc軸方向における伸び、という2つを作業仮設として提案した。前者の可能性を確認するため炭素同位体比測定を行っているが、10cm-1ほどの低波数側へのシフトを説明できるだけの13Cの濃縮は検出されていない。したがって、低波数側へのシフトは重なり位置にある炭素原子間の反発によるc軸方向の格子の伸長に起因するものと推測している。この解釈は論文提出者の研究結果が印刷公表されたのち、他グループによって実験的に確認された。 さらにユレイライト中のダイヤモンド微結晶が、空孔と窒素との複合欠陥に由来するフォトルミネッセンスを示すことが見いだされている。その起源としては宇宙線による放射線損傷、あるいは結晶成長時に導入された格子欠陥の二つの可能性を示しているが、明確な結論は本論文の範囲では得られていない。 第5章は、近年、複数のグループにより報告されているダウンシフトを示すグラファイトのラマンスペクトルが、顕微分光の際に集光されたレーザー光による試料温度の上昇に起因していることを述べている。また、菱面体グラファイトのラマンスペクトルを測定し、層内振動がグラファイトのスタッキングに影響されないことも明らかにした。 以上のように、本研究は、地球・惑星を構成する物質中に含まれる炭素の構造そして分光学的特質についてさまざまな角度から新しい知見が得ている。また、本論文の内容について、共著者の協力を得て6報の論文が発表されているが、いずれも本論文の提出者が第一著者でありその寄与が十分であると判断する。したがって博士(理学)を授与できると認める。 |