学位論文要旨



No 211963
著者(漢字) 鍵,裕之
著者(英字)
著者(カナ) カギ,ヒロユキ
標題(和) 天然多結晶ダイヤモンド(カルボナド)および隕石中の炭素質物質の地球物理化学的研究
標題(洋)
報告番号 211963
報告番号 乙11963
学位授与日 1994.10.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11963号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田隅,三生
 東京大学 教授 富永,健
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 野津,憲治
 東京大学 助教授 古川,行夫
内容要旨

 太陽系を構成する元素として4番目に存在度の高い炭素は、単体の場合は温度、圧力条件に応じてグラファイト、ダイヤモンド、液体炭素といった相が安定に存在する。さらに、グラファイト、ダイヤモンドについては、スタッキングシークェンスの異なる準安定相も存在するため、炭素質物質の構造は地球・惑星構成物質中での温度・圧力履歴だけでなく、磨砕をともなう変成作用などの動的な惑星形成過程に関する情報を与えうる。また、ダイヤモンドはバンドギャップ5.4eVの半導体であり、不純物や放射線起源の格子欠陥によって容易に不純物レベル(複合欠陥)が形成され、複合欠陥の構造は温度に対して敏感であることから、その光物性を調べることによりダイヤモンドの受けた温度履歴などにかなり明確な制約を与えることができる。

 本研究では、地球深部ではなく、地殼付近で生成したのではないかと議論されている多結晶ダイヤモンド(カルボナド)について、フォトルミネッセンススペクトル、赤外吸収スペクトルなどを測定し、地殼起源ではなく、マントル起源を示唆する結果を得た。また、強い衝撃波を受けた隕石に含まれる微結晶ダイヤモンド、グラファイトのラマンスペクトル、フォトルミネッセンススペクトルを顕微分光法により測定し、観測されたスペクトルの特徴からこれら物質の起源を、特に隕石母天体の受けた衝撃の強度の観点から論じた。

1、多結晶ダイヤモンド(カルボナド)の化学的性質及びその起源について

 カルボナドはサブミクロンオーダーのダイヤモンド微結晶が配向性を示さずに集合化した多結晶ダイヤモンドで、ダイヤモンド以外の包有物を粒界に含んでいるporousな組織をもつ。中央アフリカ産カルボナドから、放射性損傷起源のレーザー誘起フォトルミネッセンスが観測されることを明らかにした。本研究で測定したカルボナドから観測されたフォトルミネッセンスは、図1に示すように大きく分けて3種類のグループに分類することができた。すなわち、504nm付近に蛍光バンドを示すグループ-A、580nm付近と510nm付近に蛍光バンドをもつグループ-B、そして両者の特徴を兼ね備えたグループ-ABである。ここで観測されたフォトルミネッセンスは温度に対して敏感で、グループ-Aのカルボナドを約500℃に加熱することによってグループ-Bのスペクトルに変化することが明らかになった。このことは、放射線損傷によって生じた格子欠陥が、加熱によって構造を変化させたことに対応しており、地球化学的にはグループ-Bのカルボナドがグループ-Aのカルボナドと比較して、より高温を履歴していることを意味している。示差熱分析からは、グループ-Bのカルボナドがグループ-Aのカルボナドと比較して明らかに低い温度で酸化されることが示された。ここで観測された酸化挙動の違いは、グループ-Bカルボナドにはより密にporosityが存在していることを意味している。また、porosityの差はカルボナドが受けた熱水からのエッチングの程度の違いから由来していると考えられる。つまり、グループ-Bのカルボナドの方がグループ-Aのカルボナドと比較してより高温の熱水と反応してポア密度が増加したと考えられ、このことはフォトルミネッセンスの違いと対応している。

 一方、カルボナドの赤外吸収スペクトルからは波数1386cm-1に強い吸収が観測され、窒素小板の存在を示唆する結果を得た。窒素小板の存在は、カルボナドを構成しているダイヤモンド微結晶が長い期間、上部マントル程度の高温にさらされていたことを意味している。さらにカルボナドに含まれる希土類元素存在度の測定も行ったところ、図2に示すようにキンバライトのパターンと極めてよく一致した希土類元素存在度パターンをもつことが明らかになった。

図表図1 中央アフリカ産カルボナドから観測された3タイプのフォトルミネッセンススペクトル。アルゴンイオンレーザーの488nm光によって励起し、室温で測定した。 (a)グループ-Aカルボナド (b)グループ-ABカルボナド (c)グループ-Bカルボナド / 図2 Leedeyコンドライトで規格化したカルボナドの希土類元素存在度パターン

 本研究で得られた観測結果を総合すると、カルボナドは上部マントルの高圧下で結晶化した微結晶ダイヤモンドに、地殼中でウラン・トリウムから放射された壊変粒子が打ち込まれ放射線損傷が生じ、さらに熱水によるエッチングを受けporousな組織となった、という生成起源を提案することができる。

2、ユレイタイト隕石に含まれるグラファイトの構造

 強い衝撃圧を受けた痕跡が残っているユレイライト隕石は、比較的大きなケイ酸塩鉱物の粒界にダイヤモンド、グラファイト、金属鉄、硫化鉄などを脈状組織として含んでいる。ここでは顕微ラマン分光法を用いて、南極産ユレイライト隕石中に含まれるグラファイトのラマンスペクトルを薄片のままではじめて測定し、a軸方向の結晶子サイズの見積りを行った。その結果、グラファイトの結晶子サイズは隕石間で異なるだけでなく、同一隕石内でも不均一性があることが示された。図3にグラファイトのEgモードの振動数とグラファイトの結晶子サイズ(グラファイトのラマンスペクトルから観測される1582cm-1のバンドと1352cm-1のバンド間の強度比)との相関をプロットした。この図から各南極隕石から得られたプロットが、L字状のアレイにのることがわかる。さらに、アレイの上方から右下部に向けて、言い換えればsp2性の炭素からsp3性の炭素へ、ALH-78019、Y-791538ならびにALH-77257、そしてMET-78008の順番で移行していることがわかった。ここ示したアレイ上の分布の順序は岩石学的観察から報告されている衝撃の強度と一致している。すなわち岩石学的な観察により見積られていたショックの大きさに応じて、グラファイトのラマンスペクトルが変化していることが明らかになった。このことはユレイライト母天体が受けたショック(衝撃波)によって、グラファイトの構造が乱され、sp3混成軌道をもった炭素原子の割合が増えたことを意味する。また、この結果はユレイライト中のダイヤモンドが衝撃圧起源であることを支持しているものである。(ユレイライト中のダイヤモンドは宇宙空間での気相成長によって生じたのではないか、という議論も衝撃波起源とは別に提案されており、現在のところ決定的なダイヤモンドの起源は提出されていない。)

図3 本研究で測定した4つの南極産ユレイライト (ALH-78019、ALH-77257、Y-791538、MET-78008)についてのG-バンド振動数に対するG-バンド/D-バンド強度比のプロット

 一方、衝撃度の極めて低いALH-78019(ダイヤモンドを含まないユレイライトとして知られている)について、炭素脈内でのグラファイトの分布の様子を詳細に調べた。その結果、結晶子サイズのひじょうに大きいグラファイトと、La値で約10nmとやや結晶子サイズの小さいグラファイトが同一脈内で隣接して存在することが明らかになった。これらのグラファイトは反射光を用いた顕微鏡観察によっても区別することができた。このように炭素脈内で、構造の異なったグラファイトの分布がはっきり観察されるようなことはALH-78019以外のユレイライトでは確認できなかった。これはユレイライト内でのグラファイト形成後にユレイライト母天体が受けたショックにより、グラファイト脈の組織が乱されたためと考えられる。

3、ユレイライト隕石に含まれるダイヤモンドの分光学的特徴

 南極隕石(Y-791538)を中心として、いくつかのユレイライトに含まれるダイヤモンド微結晶のラマンスペクトルならびにフォトルミネッセンススペクトルをAr+レーザーマイクロビームを用いた顕微分光によって測定した。その結果、Y-791538に含まれるダイヤモンドからは大きく(10cm-1)低波数側ヘシフトしているラマン散乱を示すグレインが見つかった。その低波数側へのシフトの原因として、異常な13Cの濃縮による平均換算質量の増加、及び六方晶系ダイヤモンド(X線回折により存在が確認されている)のc軸方向の延び、という2つの要因を提案した。そこで、低波数シフトが観測されたダイヤモンドについて炭素同位体比測定を行ったところ、10cm-1ほどの低波数側へのシフトを説明できるだけの13Cの濃縮は検出することはできなかった。したがって、ここで観測された低波数側へシフトしたダイヤモンドのラマンスペクトルは六方晶ダイヤモンドによるものと考えられる。(昨年、物性研のグループにより報告された人工六方晶ダイヤモンドのラマンスペクトルも低波数側へのシフトを示していた。)

 さらにこれらのダイヤモンド微結晶の示すフォトルミネッセンスが、同一隕石サンプル内(数mg)でも大きな不均一性をもつことも見いだされた(図4)。蛍光の原因としては宇宙線によるラディエーションダメージ、そして不均一性の原因としては母天体内での照射を受けた位置の違いを反映するものと推測した。

図4 アルゴンイオンレーザー514.5nm発振線を用いて測定したY-791538中に含まれるダイヤモンドのラマンスペクトル。それぞれ蛍光の相対強度がグレインによって異なる。
4、グラファイトの顕微ラマン分光における測定上の問題について

 近年、複数のグループにより約15cm-1程度ダウンシフトしたグラファイトのラマンスペクトルが報告され、その物理的意味について議論されていた。これらのスペクトルが顕微分光の際に集光されたレーザー光により、試料温度が約600℃に上昇していることに起因していることを、ストークス線とアンチストークス線の強度比から明らかにした。また、スタッキングシークェンスの異なるrhombohedral graphiteのラマンスペクトルを示し、層内振動がグラファイトのスタッキングに影響されないことも示した。

審査要旨

 ある種の天然ダイヤモンドや、隕石中に含まれるグラファイトならびにダイヤモンドの成因や化学的特徴については多くの未解決な問題があり、その解明が求められている。本論文は、最近、地殼付近での生成が議論されている多結晶ダイヤモンド(カルボナド)について、種々の分光学的な測定のほか微量元素存在度などの面からその成因に新たな考察を加えている。また、強い衝撃を受けたユレイライト隕石に含まれる微結晶ダイヤモンド、グラファイトのラマンスペクトル、フォトルミネッセンススペクトルを顕微分光法により測定し、これらの分光学的特徴を論じている。本論文は、序論にあたる第1章と、結論及び今後の展望を述べた第6章を含め、六つの章から構成されている。

 第2章ではカルボナドの分光学的特徴や微量元素存在度などについて述べている。ここでは中央アフリカ産カルボナドを試料とし放射性損傷起源のフォトルミネッセンスが観測されることを明らかにした。さらに、これらのカルボナドをスペクトル形状から大きくグループA、グループBに分類している。加熱実験から、グループAのカルボナドが約500℃でグループBのスペクトルに変化することを明らかにし、放射線損傷によって生じた格子欠陥が、高温で構造変化したものと解釈している。これはグループBのカルボナドがグループAのカルボナドと比較して、より高温を履歴したためと考えている。示差熱分析からは、グループBのカルボナドがグループAのカルボナドと比較して明らかに低い温度で酸化されることを示している。この酸化挙動の違いは、グループBのカルボナドにはより多孔性が高いためと解釈しており、SEMによる確認も行っている。多孔性の差はグループBのカルボナドがより高温の熱水と反応したためと説明しているが、これはフォトルミネッセンスの特徴ともよく対応している。

 一方、カルボナド中の窒素原子の存在状態を調べるため赤外吸収スペクトルを測定し、窒素小板の存在を示唆する結果を得ている。これは、カルボナドを構成しているダイヤモンド微結晶が上部マントル程度の高温でアニールされたためと考えている。さらにカルボナドに含まれる希土類元素存在度は、キンバライトに極めて類似していることを見い出している。

 以上の実験事実から、カルボナドは上部マントルで結晶化した微結晶ダイヤモンドに、地殻でU及びThの壊変の際に放出される粒子によって放射線損傷が生じ、さらに熱水によるエッチングを受け多孔性の組織となった、という生成起源を提案している。ここでの考察は既に報告されている観測事実とも矛盾していない。

 第3章では、ユレイライト隕石に含まれるグラファイトの構造について、顕微ラマン分光法を用いて考察している。その結果、グラファイトのa軸方向の結晶子サイズは隕石間で異なるだけでなく、同一隕石内でも不均一性があることを明らかにしている。さらに各南極隕石中のグラファイトのE2gモードの振動数を、グラファイトの結晶子サイズに対してプロットすると、ある結晶子サイズ以下ではE2gモードの振動数が増加し、プロットがL字状のアレイにのることを見い出している。各隕石のアレイ上での位置は岩石学的観察から報告されている衝撃強度と対応しており、衝撃が大きくなるに従いグラファイトの構造が乱れ、sp3性をもつことを明らかにした。このことはユレイライト中のダイヤモンドが衝撃圧起源である説を支持している。

 第4章では、ユレイライトに含まれるダイヤモンド微結晶のラマンスペクトルならびにフォトルミネッセンススペクトルについて報告している。ここではまず、大きく低波数側ヘシフトしたラマン散乱を示す微結晶の存在を見い出している。ダウンシフトの原因として、13C濃縮による平均換算質量の増加、及び六方晶ダイヤモンドの炭素間結合距離のc軸方向における伸び、という2つを作業仮設として提案した。前者の可能性を確認するため炭素同位体比測定を行っているが、10cm-1ほどの低波数側へのシフトを説明できるだけの13Cの濃縮は検出されていない。したがって、低波数側へのシフトは重なり位置にある炭素原子間の反発によるc軸方向の格子の伸長に起因するものと推測している。この解釈は論文提出者の研究結果が印刷公表されたのち、他グループによって実験的に確認された。

 さらにユレイライト中のダイヤモンド微結晶が、空孔と窒素との複合欠陥に由来するフォトルミネッセンスを示すことが見いだされている。その起源としては宇宙線による放射線損傷、あるいは結晶成長時に導入された格子欠陥の二つの可能性を示しているが、明確な結論は本論文の範囲では得られていない。

 第5章は、近年、複数のグループにより報告されているダウンシフトを示すグラファイトのラマンスペクトルが、顕微分光の際に集光されたレーザー光による試料温度の上昇に起因していることを述べている。また、菱面体グラファイトのラマンスペクトルを測定し、層内振動がグラファイトのスタッキングに影響されないことも明らかにした。

 以上のように、本研究は、地球・惑星を構成する物質中に含まれる炭素の構造そして分光学的特質についてさまざまな角度から新しい知見が得ている。また、本論文の内容について、共著者の協力を得て6報の論文が発表されているが、いずれも本論文の提出者が第一著者でありその寄与が十分であると判断する。したがって博士(理学)を授与できると認める。

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