学位論文要旨



No 211968
著者(漢字) 池田,正浩
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,マサヒロ
標題(和) 巨核球における細胞内Ca2+シグナリング:特に細胞内Ca2+濃度上昇機構に関して
標題(洋)
報告番号 211968
報告番号 乙11968
学位授与日 1994.10.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11968号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野々村,禎昭
 東京大学 助教授 多久和,陽
 東京大学 助教授 永井,良三
 東京大学 助教授 河西,春郎
 東京大学 講師 飯野,正光
内容要旨

 細胞外Ca2+濃度は10-3Mオーダーであるにもかかわらず、細胞質内Ca2+濃度(以下[Ca2+]iと略す)は、Ca2+ポンプ等の働きにより10-7M付近に保たれている。一方アゴニスト刺激に伴う[Ca2+]iは、10-7Mから10-6Mほどまでに上昇しこれは、1)細胞外からのCa2+流入、2)細胞内Ca2+貯蔵部位からのCa2+遊離の両機構による。最近これらの機構に対し様々なプロテインキナーゼ、G蛋白、さらにはCa2+それ自身がネガティブあるいはポジティブに作用することが報告されており、複雑に絡み合った[Ca2+]i調節機構が考えられている。しかし一方で個々の細胞においてはどの機序が主たる役割をはたしているのか、またそれらの統合機序はいかなるものなのか、そしてこれらの点を解明するためにはまず個々の細胞でどの様な[Ca2+]i上昇機序が存在するかを明らかにする必要がある。

 巨核球は、血小板の親細胞であり、多能性血液幹細胞が分化、増殖、核分裂し成熟する。血小板はこの巨核球の膜の一部が分離して産生される。しかしながら、この巨核球からの血小板産生機構は、現在のところ不明である。最近この細胞で、以前から形態変化や放出反応を引き起こすことが示されていたADPやトロンビンが[Ca2+]iを上昇させることが報告された。血小板産生が巨核球限界膜分離という形態変化を伴うこと、[Ca2+]iの変化が細胞の分化、増殖に関与していることを考え合わせると、この細胞における[Ca2+]iの変化と血小板産生機構には何らかの関係があることが考えられる。しかしながらこの細胞における[Ca2+]i上昇機序を検討した報告は非常に少ない。

 本論文では、パッチクランプ法とfura-2による[Ca2+]i測定法を組み合わせ、巨核球におけるアゴニストによる[Ca2+]i上昇にInsP3が関与するか、InsP3以外の細胞内情報伝達物質による[Ca2+]i上昇機構が存在するか否かを検討した。

 ADP、トロンビンにより[Ca2+]iが上昇し、この反応は一部外液Ca2+依存性を示した。また、InsP3細胞内注入によっても[Ca2+]iは上昇するが、この反応は外液Ca2+の影響を受けなかった。ADPの反応、InsP3の反応ともルテニウムレッドにより抑制された。以上より、血小板と同様巨核球においても、アゴニストによるCa2+流入および遊離機構が存在し、後者はInsP3を介して生じることが考えられた。次に[Ca2+]i上昇機構を詳細に検討した。直接細胞内にCa2+を注入すると細胞内Ca2+のスパイク状遊離反応(Caスパイク)が観察された。この反応は、細胞内Caポンプ抑制薬thapsigargin、phospholipaseC抑制薬であるNCDCにより抑制されるが、Ca2+-induced Ca2+releaseを活性化する低濃度caffeine(1mM以下)あるいは抑制薬であるprocaineでは影響されなかった。これらのことより、[Ca2+]i上昇によるphospholipaseCの活性化、それに伴うInsP3産生増加によりCaスパイクが発生することが考えられた。さらに、1)Caスパイクの発生が潜時を伴っていたこと、2)InsP3依存性[Ca2+]i上昇反応が電極内InsP3濃度依存性を示したのとは対照的にCaスパイクの大きさが電極内Ca2+濃度依存性を示さなかったこと、3)NCDC前処置によりInsP3産生を抑制した条件下においても発生した例のCaスパイクの大きさがNCDC非処置群と差がなかったこと、4)注入されたCa2+の一部がthapsigargin感受性細胞内Ca2+貯蔵部位内に取り込まれたことなどから、細胞内Ca2+貯蔵部位内のCa2+濃度が上昇すればInsP3レセプターの感受性が増加し、わずかな細胞内InsP3濃度によっても十分なCa2+遊離反応が生じる可能性が示唆され、この機構もCaスパイク発生に関与していることが考えられた。

審査要旨

 本研究は巨核球が形態変化や放出反応を引き起こすときに重要な役割を演じていると考えられる細胞質内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇機構を明らかにするために、マウスおよびラットから単離した巨核球にパッチクランプ法による細胞内薬物注入法とfura-2による[Ca2+]i測定法を適用し、下記の結果を得ている。

 1.ADP、トロンビン刺激による[Ca2+]i上昇、そしてこの上昇反応の一部が外液Ca2+依存性で、Ni2+感受性であることを観察した。ADP、トロンビンによる巨核球の[Ca2+]i上昇機構は1)細胞外からのCa2+流入、2)細胞内Ca2+遊離の両機構に大別されること、そして1)の機構にはNi2+感受性の経路が関与していることが示された。

 2.InsP3細胞内注入によっても[Ca2+]iの上昇を観察したが、この反応は外液Ca2+の影響を受けなかった。また、ADPの反応、InsP3の反応ともにルテニウムレッドにより抑制された。1)本細胞にはInsP3による細胞内Ca2+遊離機構が存在すること、2)ADPによる[Ca2+]i上昇反応の一部はInsP3を介して生じることが明らかになった。

 3.細胞内Ca2+注入により、細胞内Ca2+のスパイク状遊離反応(Caスパイク)が観察された。この反応は、以下の性質を有していた。1)Caスパイク発生は潜時を伴っていた。2)InsP3依存性[Ca2+]i上昇反応が電極内InsP3濃度依存性を示したのとは対照的に、Caスパイクの大きさは電極内Ca2+濃度依存性を示さなかった。3)細胞内Caポンプ抑制薬thapsigargin、phospholipaseC抑制薬であるNCDCはCaスパイクを抑制したが、Ca2+-induced Ca2+releaseを活性化する低濃度caffeine(1mM以下)あるいは抑制薬であるprocaineは抑制しなかった。4)NCDC前処置によりInsP3産生を抑制した条件下において、発生した例のCaスパイクの大きさはNCDC非処置群と差がなかった。5)細胞内Ca2+注入後Caスパイク発生までの間に、注入されたCa2+の一部がthapsigargin感受性細胞内Ca2+貯蔵部位内に取り込まれた。これらの結果より、 Caスパイク発生には既存のCa2+-induced Ca2+release機構が関与しているのではなく、1)細胞内Ca2+注入により活性化されたphospholipaseCによるInsP3産生の増加、2)細胞内Ca2+貯蔵部位内Ca2+濃度上昇によるInsP3レセプターの感受性の増加の両機構が関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文は、巨核球におけるNi2+感受性のCa2+流入機構、InsP3によるCa2+遊離機構の存在、そして両機構がADPによる[Ca2+]i上昇反応を形成していることを明らかにし、さらにphospholipaseCの活性化、InsP3レセプターの感受性変化も[Ca2+]i上昇に関与する可能性を示唆した。本研究により、精緻に調節されている巨核球の[Ca2+]i上昇機構の一部が明らかにされたことは、これまで未知に等しかった巨核球の[Ca2+]i上昇機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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