学位論文要旨



No 211969
著者(漢字) 周,新華
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,シンカ
標題(和) マウス精巣の発生・成熟過程における形態学的およびレクチン組織化学的研究
標題(洋)
報告番号 211969
報告番号 乙11969
学位授与日 1994.10.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11969号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣澤,一成
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 養老,孟司
 東京大学 教授 河邉,香月
 東京大学 助教授 岩森,正男
内容要旨 [序論]

 精巣の生殖細胞や間質細胞の分化過程においては細胞間相互作用に与る分子として,数多くの物質が報告されている.その中でも複合糖質は発生初期から一貫して重要な細胞間シグナルとして作用しており,とりわけ精巣は複合糖質の豊富な組織の1つとして注目されてきた.間質細胞の分化に関しては,形態的に明瞭に異なる胎生期型と成体期型のライディッヒ細胞群が出現時期を異にして存在すると考えられている.しかし,ライディッヒ細胞にみられる複合糖質が発生過程に際し,いかなる変化を示すかについてはまったく知られていない.本研究は,ICR系統マウスの精巣発生過程における精巣索あるいは精細管,および間質では胎生期型と成体期型のライディッヒ細胞の形態の変化を検討するとともに,主として生殖細胞群と二つの型のライディッヒ細胞群の細胞膜および細胞質の糖鎖の分布とその経時的変化を調べることにより,それぞれの細胞機能に糖鎖がどのように関与しているかを解明することを目的とした.

[材料と方法]

 胎齢13日,14日,15日,16日,17日,18日,19日の雄性マウスを各群15匹,及び生後1日,3日,5日,7日,10日,2週,3週,4週,6週,8週の雄性マウスを各10匹ずつ,2.5%グルタルアルデヒド-2%ホルムアルデヒドにて固定した後,精巣を摘出した.一部はさらにブアン固定した後,パラフィン切片を作製,ABC法により光顕的にレクチン染色を行った.用いたレクチンは,ConA,WGA,RCA-I,UEA-I,GS-I,PNA,SBA,GS-IIの8種類である.また一部は,1mm3程度に細切した後,エポンまたはLowicryl K4Mに包埋した.後者は,超薄切片を作製,コロイド金標識法により,ConA,WGA,GS-I,GS-IIの4種類のレクチン染色を行い透過型電子顕微鏡下で観察した.

[結果]

 1.精巣発生過程における一般形態変化の観察:胎生13日齢の精巣内において,生殖細胞はセルトリ細胞によって取り囲まれ精巣索を形成した.胎生13〜15日齢に原始生殖細胞の分裂像がしばしば認められ,胎生16〜19日齢に原始生殖細胞が主として精巣索の中心部に存在し,分裂像はほとんど消失した.生後1〜3日齢に,原始生殖細胞が精巣索周辺部へ移動し,分裂像が再び出現した.この時期に初期の精祖細胞をわずかながら確認することができた.生後1週間になると,精巣索中の原始生殖細胞はほとんど精祖細胞に分化した.生後2週頃に第一次精母細胞が出現した.生後4週頃に精巣索が精細管になり,早期と後期の精子細胞がみられた.生後8週頃には,精細管内では各分化段階の生殖細胞はそれぞれの細胞群を形成した.精細管腔には精子が存在した.一方で精巣間質では,胎生13日齢には特有の脂肪滴構造をもつライディッヒ細胞が認められた.さらに胎生14日齢になると,滑面小胞体が発達し、明らかにステロイド産生細胞の特徴を示すようになった.生後1日〜1週齢ではライディッヒ細胞は集団をなし,細胞質内に多くの脂肪滴が貯留し,グリコーゲン顆粒が存在した.生後2週頃に間質は以前より疎となり,ライディッヒ細胞の数も減少し,電顕的にライディッヒ細胞の崩壊像がみられた.生後4週頃に,間質の毛細血管周囲にライディッヒ細胞群が再び出現し,生後8週頃には,これらが集団をなし,細胞質にはよく発達した滑面小胞体,ミトコンドリア,ゴルジ装置,散在性のグリコーゲン顆粒およびライソゾームがみられた.

 2.精巣発生過程におけるレクチン反応所見:精巣索形成直後の胎生13日齢において,原始生殖細胞にConA,WGAおよびRCA-Iの反応性が強く認められた.胎生期後半にはこれらの反応性は次第に低下した.生後,特に思春期になって精子発生が始まると共にレクチン結合性は次第に上昇したが,特にPNAやGS-IIの結合性の増強が顕著であった.精子形成過程をさらに観察していくと,精子細胞の先体領域がConA,WGA,RCA-I,PNA,SBA,UEA-I,GS-I,GS-IIによって強く染色された.一方で,間質に目を移すと,ライディッヒ細胞において,8種類のレクチンの結合パターンを胎生期より成体期まで比較検討すると,ConA,WGA,RCA-I,UEA-IおよびGS-Iは,胎生13日齢より生後8週間の全期間を通じて染色陽性所見を呈していた.反応部位は細胞膜と細胞質であった.一方,PNA,SBA,GS-IIの3種類のレクチンは,胎生13日齢より生後2週の幼若期まで陽性所見を呈し,以後は徐々にその染色性が消失した.電顕的にストレプトアビジンーコロイド金を用いた包埋後染色法にてレクチン結合部位を検討すると,主として細胞質の顆粒様構造や脂肪滴,および細胞膜に一致して反応陽性であった,各レクチンに対する特異的阻害糖を添加した対照実験では,光顕,電顕ともに反応陰性であった.

[考察]

 ICRマウスにおいては胎生13日齢に雄性の生殖腺の形態的区別が可能であった.生後まもなく最初の精祖細胞が出現し,2週頃精子発生過程が開始した.間質における胎生期型ライディッヒ細胞から成体期型ライディッヒ細胞への移行期は生後2週頃であった.精巣発生過程におけるレクチン結合性については,精巣索形成直後の胎生13日齢に原始生殖細胞にConA,WGAおよびRCA-Iの反応性が強く認められた.これは分化中の細胞にmannoseやN-acetyl-D-glucosamine(GlcNAc)をコアにもち末端にgalactose(Gal)やシアル酸をもつN-グリコシド型糖鎖が豊富に存在することを示す.胎生後期にはこれらの反応性は次第に低下し,その後思春期から成熟期にかけて,生殖細胞にはPNAやGS-IIの結合性が出現してきた.これらはGal-GalNAc(galactose-N-acetyl-galactosamine)構造や,末端のGlcNAc構造の増加を意味し,おそらくこれらのレクチンに親和性の高いO-グリコシド型の糖鎖の発達が関係しているものと考えられる,PNAやGS-IIは,精母細胞や精子細胞のマーカーとしての有用性が期待できる.また精子細胞の先体領域にConA,WGA,RCA-I,PNA,SBA,UEA-I,GS-I,GS-IIによる強い染色性が認められることより,この部分の糖鎖構築が極めて複雑であることが推定される.一方ライディッヒ細胞では,光顕的にConA,RCA-I,WGA,UEA-I,GS-Iは発生過程を通じて細胞膜と細胞質に反応陽性であった.PNA,SBAおよびGS-IIは胎生13日齢より生後20日齢まで細胞膜と細胞質に反応陽性であるが,生後20日齢以後はこれらの反応は完全に消失し,胎生期型と成体期型とでは糖鎖の発現が異なることが示唆された.電顕的には,結合部位は主として細胞膜と細胞質の顆粒様構造であることが確認された.これらの所見は,Gal,GalNAc,GlcNAc系の複合糖質がライディッヒ細胞の細胞膜と細胞質に,胎生13日齢より生後20日齢の間に発現することを意味する.PNA,SBAおよびGS-IIが精巣分化過程における胎生期型と成体期型ライディッヒ細胞を識別する有用な組織化学的マーカーとなり得ると考えられる.

審査要旨

 本研究は哺乳動物の精巣発生・成熟過程において重要な役割を演じていると注目される複合糖質の分布、あるいは生理的意義を明らかにするため、ICR系統マウスの精巣発生過程における生殖細胞とライディッヒ細胞の形態変化を検討するとともに、複合糖質の分布とその経時的変化をレクチン組織化学的に検討し、下記の結果を得ている。

 1.ICRマウスにおいては胎生13日齢に雄性生殖腺の形態的区別が可能であった。胎生13日〜15日齢に原始生殖細胞の分裂が一過性に高まり、生後間もなく細胞増殖が再開し、この時期に初期の精祖細胞を確認することができた。生後2週頃に第一次精母細胞が出現し、精子発生過程が開始した。

 2.ICRマウスにおいては胎生13日頃、精巣間質にライディッヒ細胞が出現し、胎生14日齢以降、滑面小胞体がさらに発達し、脂肪滴やグリコーゲンを有する典型的なライディッヒ細胞像を示した。生後2週頃に大食細胞が多数出現し、並行してライディッヒ細胞の退縮像が頻出した。その後これと入れ替わるように成年期型ライディッヒ細胞の出現が確認された。

 3.精巣発生過程における生殖細胞のレクチン結合性については、精巣索形成直後の胎生13日齢の原始生殖細胞に、ConA,WGAおよびRCA-Iの反応性が強く認められた。これは分化中の細胞にmannoseやN-acetyl-D-glycosamine(GlcNAc)をコアにもち末端にgalactose(Gal)やシアル酸をもつN-グリコシド型糖鎖が豊富に存在することを示す。胎生後期には、これらの反応性は次第に低下し、その後思春期から成熟期にかけて、生殖細胞にはPNAやGS-IIの結合性が出現してきた。これらはGal-GalNAc(N-acetyl-galactosamine)構造や、末端のGlcNAc構造の増加を意味し、おそらくこれらのレクチンに親和性の高いO-グリコシド型糖鎖の発達が関係していると考えられた。PNAやGS-IIは、精母細胞や精子細胞のマーカーとしての有用性が期待された。

 4.ライディッヒ細胞では、ConA,RCA-I,WGA,UEA-I,GS-Iが精巣発生過程を通じて細胞膜と細胞質に光顕的に反応陽性であった。PNA,SBAおよびGS-IIは胎生13日齢より生後20日齢まで細胞膜と細胞質に反応陽性であるが、生後20日齢以後はこれらの反応は完全に消失し、胎生期型と成年期型とではライディッヒ細胞の糖鎖の発現が異なることが示された。電顕的には、結合部位は主として細胞膜と細胞質中の顆粒様構造であることが確認された。これらの所見は、Gal,GalNAc,GlcNAc系の複合糖質がライディッヒ細胞の細胞膜と細胞質に、胎生13日齢より生後20日齢の間に発現することを意味した。なお、PNA,SBAおよびGS-IIが精巣発生過程における胎生期型と成体期型ライディッヒ細胞を識別する有用な組織化学的マーカーとなり得ると考えられた。

 以上、本論文はICRマウス精巣発生過程における生殖細胞の分化・増殖と精子発生および二種類のライディッヒ細胞の移行のタイミングを明らかにし、さらに、レクチン組織化学的手段により生殖細胞およびライディッヒ細胞の発生・成熟過程における糖鎖の分布とその経時の変化を追究し、いくつかの新知見を得たものである。特に、胎生期型ライディッヒ細胞と成年期型ライディッヒ細胞の糖鎖の差異を初めて具体的に明らかにした。本研究は精子発生および精巣内外の機能調節に関する研究の発展に重要な貢献をなすことが予測され、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク