本論文は、いわゆる国家法の域外適用の問題につき、競争法・輸出管理法の2分野を対象として包括的な比較法的研究を試みたものである。我が国では、松下満雄教授の「国際取引と独占禁止法」(東大出版会・1974年)を除き、この種の包括的研究は行われて来なかった。 域外適用問題の焦点は、自国内で規制対象行為が何らなされていなくとも、自国内に効果(実質的・第一次的効果)が及んでいることを理由に、自国独禁法等を適用してよいとする考え方、即ち効果理論を、どうとらえるかにある。これに対して、伝統的な原則たる属地主義は、あくまで行為が自国内でなされていなければならないとする。本論文は、いわゆる効果理論の実質的採用へと傾斜する各国の理論・実務の展開を踏まえつつ、議論の出発点にまで常に溯りながら、問題の全貌の把握に努めたものである。 以下、本論文の要旨を紹介し、その上で評価を下すことにする。 まず、序章「国家管轄権原理の概観」は、本論文での議論に必要な限りで、国際法上の国家管轄権原理について論ずる。国家管轄権の行使に対する国際法上の制約の有無の点に重点を置き、域外適用問題について国際法上のある程度の制限のあることを、まず確認する。そして、効果理論を「純化された」客観的属地主義として位置づける。 全4章からなる第1部は、「競争法の域外適用」を論じており、本論文の中核をなしている。域外適用問題を国家管轄権論に即して整理する際、著者は実体管轄権と手続管轄権とに分けて論ずる。第1章は、そのうち実体管轄権(立法管轄権または事物管轄権とも呼ばれる)についてのものである。本章が最も重要な部分をなすため、若干詳細にその論旨を辿ることとする。 まずアメリカの反トラスト法につき、筆者はシャーマン法の立法史から説き起こす。1890年制定の同法の立法過程においては、既に外国での脱法行為等の規制の必要性が議論されていたが、1909年の連邦最高裁判所判決は法の属地性を強調し、域外適用を否定した。だが、数年を経ずして、規制対象行為の対内的効果に着目して属地主義を拡張する判決が現れ、こうした流れが、効果理論を初めて正面から採用したものとして世界的な議論を巻き起こした1945年のアルコア判決に、つながって行ったことが明らかにされる。つまり、アルコア判決から説き始めるのではなく、その登場に至るプロセスに、著者の目は向けられている。また、アルコア判決についても、事案との関係でどこまで効果理論の一般的な形での提示が必要であったのかの点に、著者はむしろ注目する。他方、同判決の事案の特性を離れて効果理論の一人歩きが始まったことと、それへの反省としての、その後のブリュスター教授による管轄権上の合理の法理(rule of reason)の提唱(1958年)との、内在的な関係が明らかにされる。対外関係法第2・第3リステートメント(1965年、1987年)における法理の定式化等についていきなり論ずるのではなく、そこに至るアメリカにおける法発展のプロセスが、重視されているのである。同様のアプローチは、1992年4月のアメリカ司法省反トラスト法新執行方針への評価についても、貫かれている。この新方針については、アメリカからの輸出を阻害する外国での行為を規制する方向で、反トラスト法の域外適用がさらに強化され、それが通商法301条を補完する通商手段とされるのではないか、との点に一般の関心が集まっている。だが、著者は、1912年のアメリカン・タバコ判決以来、既に約40件の事件において、アメリカの輸出を阻害する海外の競争制限行為に対する反トラスト法による規制がなされて来ている、とする。つまり、この新執行方針は域外適用の新たな拡張ではなく、従来の執行方針への復帰に過ぎないことが、明らかにされる。その上で、この新執行方針の立法上の根拠を洗い直すことを通して、行き過ぎた域外適用に対する国際礼譲の観点からの抑制の必要性を、理論的に基礎づけるのである。 次に、著者は、アメリカで提唱された効果理論のドイツ競争制限禁止法(1957年成立)に対する影響を論ずる。そこでも、立法史が重視されている。即ち、アメリカは1930年代末以来、精力的に国際カルテルの規制を行っていたが、そのうちドイツ企業をも対象としたものは、1945年までに19件にも及ぶ。そのことが、アメリカ(そしてイギリス)の強い影響のもとになされた戦後のドイツ競争制限禁止法制定への伏線をなす。だが、ドイツは、むしろ内外人の無差別待遇の原則を強調することによって、いわば自主的にアルコア判決的な効果理論を採用した。同法98条2項である。著者は、域外適用問題についてのこのような展開を、我が国の独禁法の立法史と対比した場合の重要な差異であると評価している。本論文では、このような立法史を踏まえた上でのドイツのその後の域外適用問題の処理について、克明な叙述がなされているが、その際、過度な域外適用への抑制原理につき、アメリカの場合との重要な比較もなされている。即ち、概してアメリカでは「裁量と礼譲」が抑制原理とされるが、ドイツでは「不干渉原則」を軸とした国際法上の原則が正面から用いられているのである。 以上のアメリカ・ドイツに関する論述に続き、戦後ドイツと同様な立場に置かれた我が国の独禁法の立法史が、ドイツとの対比において論じられる。我が国の場合、昭和22年法は外国企業への同法適用についての規定を欠いていたが、昭和24年改正法で、ドイツ同様内外人無差別待遇を根拠としつつ、若干の規定が置かれた。けれども、ドイツのような効果理論に基づく一般規定は設けられなかった。著者は、法解釈により日独のかかる展開過程の相違を克服する必要のあることを強調するのである。かかる観点から、独禁法6条1項に関するこれまでの議論と諸事例とが細かく検討され、その上で、公取委事務局による1990年2月の渉外問題研究会報告書の見解が、画期的なものと評価される。そこで実質的に効果理論が採用されているからである。もっとも、ここでも、著者の目は公取委事務局が従来より効果理論の採用に積極的だったが、委員会側がそれに対して終始慎重であった、というこれまでの経緯に向けられている。著者はこの公取委事務局と委員会との関係を、EC裁判所に於ける法務官と裁判官との関係(前者は効果理論の採用に積極的であった)に類似するものと把握する。この報告書の通りに公取委が動くとは、いまだ断言できない、とするのである。 実体管轄権問題の最後に検討されているのは、EEC競争法の場合である。1964年以来、EC委員会は効果理論の採用に積極的であったが、EC裁判所は正面からそれを採用することに慎重であった。著者は、イギリスが従来より効果理論の採用に最も消極的であって、アメリカの域外適用に対しても、この観点から常に外交抗議等を繰り返して来ていたことが、かかるEC裁判所の従来の姿勢と関係し得ることを、まず示唆する。その上で、個々の事例に於いていかなる管轄権原理が採用されたのかを克明に検証する。帰責理論・実行理論等の理論が実質的にEEC独禁法の域外適用範囲を十分に拡大させる形で機能し、もはや効果理論に直接依拠する必要の殆どない状況にあることが、そこで示されている。 以上の第1章に続き、第2章では手続管轄権(裁判管轄権・執行管轄権とも呼ばれる)の問題が検討されている。具体的には対人管轄権、国外における文書送達・証拠収集の問題であり、アメリカを中心とした上記諸国に於ける域外適用の手続的側面が検討されている。とくに文書の域外送達の問題は、我が独禁法の域外適用に対する実際上の障害ともなっていた点であるため、力点が置かれている。 第3・4章は、域外適用される側の国家の対応と、管轄権の衝突の解決方法について論じている。各国の対抗立法制定等の動きをも踏まえつつ、他方、GATT及びその前身たるITO憲章、そしてウルグアイ・ラウンド以降の各国競争政策の調和の可能性について、論ずるのである。著者は、これまでの国際機関等に於ける、制限的取引慣行の規制に関する世界規模での調和ないし統合が、世界各国の経済発展段階、競争に対する価値観の相違等のゆえに、基本的に失敗の繰り返しであったとの認識の下に、今後のGATTの場での調和にも懸念を表明する。そこで次善の策として、国際的な管轄権原理の定式化を条約の形で行うことに期待する。1972年の国際法協会ニューヨーク総会、1977年の万国国際法学会オスロー総会での、効果理論容認決議を踏まえた条約化を示唆するのである。続いて著者は、多国間・二国間の取り極めによる競争当局間の行政共助の進展に着目する。1967年、79年、86年のOECD理事会勧告、アメリカとオーストラリア・,カナダ間の協定に言及しつつ、とくにオーストラリア・カナダ両国が、アメリカの過度な域外適用に対して、それぞれ(イギリスにならった)対抗立法を制定しつつ、他方でアメリカと共助協定を結んでいる点を、我が国としても参考とすべきである、とする。 以上の本論文第1部に続き、第2部は、輸出管理法の域外適用について論ずる。検討の中心は、いわゆるココム規制の関係で最も積極的に輸出管理を行って来たアメリカの域外適用の問題である。著者は、冷戦構造の終焉後も、国家管轄権を考える上で、この分野での問題の分析が重要であることを、まず指摘している。 第1章は、アメリカ輸出管理法の域外適用につき、1982年のシベリア・パイプライン事件以前と、それ以後とを分けて論じている。ここでも著者は、1917年の対敵取引法以来のアメリカ輸出管理法制の展開から説き起こし、個々の事件に於ける関係各国との摩擦の構図を明らかにしている。最も過激な域外適用事例とされることの多いシベリア・パイプライン事件については、事件の展開過程、各国の対抗立法等の発動、そして輸出管理法の遡及的域外適用の私企業への影響を、詳細に論じている。同事件以後の展開については、東芝機械事件、そしてそれ以降のアメリカ輸出管理法の性格の変化が論じられている。とくに大量破壊兵器の拡散防止の強化等の目的で、輸出管理法の規制が1992年改正でかえって強化されていることによる行き過ぎを、著者は懸念するのである。 続く第2章は、我が国の輸出管理について、1988年のアメリカ包括通商・競争力法の対日適用が日本の立法や判決に影響を及ぼしているか否か、との視点を含めて考察している。昭和44年の日工展事件訴訟や昭和63年の東芝機械事件判決への言及がなされ、とりわけ後者の事件において、いわゆる不正輸出とソ連原潜のスクリュー音低下との因果関係の否定されたことが、この点に関する行政府の判断と対比され、特筆に値するものとされている。 以上が、本論文の要旨である。 本論文の長所としては、以下の点が上げられる。 第1に、本論文は著者の長年の研究の集大成であり、1974年の松下満雄教授の研究以後、包括的な研究の欠如していた国家法の域外適用問題について、その後の動向を、効果理論が各国で定着して行く過程に重点を置きつつ詳細に論じた点で、これまでの研究の不足部分を埋める重要な意義を有する。ちなみに、松下教授の上記の著書は、効果理論が各国で徐々に定着して行きつつある時期に書かれたものであり、従って叙述の重点も、客観的属地主義に置かれている。これに対して、本論文は効果理論を正面に据えて、その利害得失を詳細に論じたものである。松下教授の上記の著書と本論文とをあわせて読むことによって、初めて問題の全体像が、その歴史的展開を含めて理解できる性格のものとして、本論文は位置づけられる。 第2に、我が国に於いて域外適用問題は、とかく各国間の摩擦の現象面にのみ着目して、皮相的に取り扱われる傾向にあったが、本論文は各国の立法史、個々の事例の全体的な問題展開の中での位置づけ、等に留意しつつ、丹念に問題の全体像を描こうとした労作である。域外適用問題は、国際法・国際経済法・国際私法にまたがる問題として、一般に注目される割りには、我が国に於ける研究者の層が極端に薄い分野であったが、本論文は、今後のこの分野での研究上の必須の文献となるであろうし、本論文によって従来の研究に関する学問的蓄積が、大いに厚みを増したことは、特筆すべきことである。 第3に、上記の第2の点とも関係するが、域外適用問題は事実として各国の政治の渦の中に巻き込まれ易い問題であるため、とかくひとつの価値観で押し切るか、もしくは従前の属地主義の枠組みにひたすらとどまる、といった対応の中で論じられがちである。これに対して、本論文はあえて効果理論を正面に据え、かつ、極力客観的に、分析の度を深めようとしたものであり、その着実な方法論と学問的作法を十分わきまえた作業は、十分な評価に値する。 だが、本論文には以下の短所もある。 第1に、極力客観的叙述に徹しようとする余り、自説を大胆に提示し、その正当性を基礎づけてゆくという点では、やや迫力に欠けるものがある。 第2に、全体についての総合的な議論の提示が十分ではない。本論文は競争法と輸出管理法を扱うが、重点は明らかに前者におかれている。また、それ以外に、証券取引法・租税法・環境法等における域外適用問題の重要性も、著者自身指摘しているところである。それら種々の領域を視野に収めた上での立法史・学説史の体系的な把握や、管轄権の衝突に際しての処理方法に関する一層突き詰めた論述の展開が望まれるところであった。だが、それは学会にとっての今後の課題と言うべきであろう。 本論文に以上のような短所があることは否定できないが、それらも本論文の価値を大きく損なうものとは言えない。本論文は、国家法の域外適用問題についての我が国での研究レヴェルを今後大いに向上させる上で、重要な役割を担うものとなろう。 |