学位論文要旨



No 211973
著者(漢字) 村上,俊明
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,トシアキ
標題(和) 高速増殖炉原子炉円筒容器の地震時せん断曲げ座屈における形状不整効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 211973
報告番号 乙11973
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11973号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 助教授 桑村,仁
内容要旨

 高速増殖炉の原子炉円筒容器は内部に炉心、冷却材を有し、半径は実証炉で5m〜10m、長さ・半径比は1〜2、半径・板厚比は100〜200程度の片端部に鏡板を持つ薄肉構造である。このため、わが国のような地震国においてはその耐震性評価が重要な検討課題となるが、中でも水平地震時の横荷重に対する座屈評価が成立性を支配するポイントとなる。この原子炉容器の座屈挙動は弾塑性座屈であることに加えて、せん断座屈と曲げ座屈の境界領域にあることが特徴である。また、一般に座屈荷重は形状不整により影響を受けることが知られているが、原子炉容器の座屈評価に当たっては、材料の塑性挙動と形状不整効果の両者の考慮が必要となる。以上の背景の基に、本論文では半径・板厚比が100から200の円筒を対象とし、形状不整がせん断曲げ座屈に与える影響を、境界条件、製造時の不整、運転中に想定される不整などを考慮して総合的に解明することを目的とした。ここでは形状不整効果を、1)座屈強度低下の観点、および、2)座屈後挙動までを考慮した地震荷重下のエネルギー吸収能の両者の観点から捉えた研究を実施し以下の結論を得た。

(1)せん断座屈、曲げ座屈の基本特性と相互作用に関する研究

 半径・板厚比、曲げ・せん断応力比をパラメータとした座屈試験・解析から、弾塑性領域におけるせん断座屈、曲げ座屈は座屈後挙動、繰返し座屈挙動も極めて安定な荷重-変位関係を示し、対象とした半径・板厚比の範囲では、曲げ・せん断応力比が1.5以下に対してはせん断座屈、2.5以上については曲げ座屈、2.0前後については両者の座屈が生じることを明らかとした。さらに、図1に示すように横荷重に対するせん断座屈、曲げ座屈の相互作用は、試験・解析結果をせん断座屈、曲げ座屈の評価荷重(Qs、Qb)で無次元化すれば、5乗式程度の弱い相関で近似できることを明らかとした。

(2)せん断座屈に及ぼす端部境界条件の影響に関する研究

 原子炉容器に想定される片端部に鏡板を有する円筒の座屈試験・解析から、弾塑性せん断座屈に対する鏡板の影響として、座屈荷重は図2に示すように鏡板付き円筒の方が低下する傾向を示し、この差は塑性の影響が強いほど小さいことを明らかとした。上記の荷重低下の原因として座屈試験・解析結果から鏡板付き円筒のせん断座屈に対しては円筒長さの割り増し効果が認められ、外圧座屈の場合と同様、鏡板高さの1/3で保守的に評価できること、および実機の原子炉容器の座屈評価(図2の横軸の塑性化パラメータの値は0.1前後)においては塑性の影響がさらに強く鏡板の影響を特に考慮する必要はないことを示した。

図表図1 せん断座屈と曲げ座屈の相互作用 / 図2 端部鏡板の座屈荷重に与える影響
(3)せん断座屈、曲げ座屈の形状不整効果に関する研究

 プレス加工による縦じわ(せん断座屈)、および象脚型の座屈モード(曲げ座屈)を不整として有する円筒の座屈試験・解析から、形状不整による座屈荷重の低下は、せん断座屈に対しては板厚の2倍、曲げ座屈に対しては板厚程度の大きさの不整量(座屈モード形状)に対して20%程度であることを示した。さらに不整(板厚、板厚の2倍、4倍)を有する場合の座屈後挙動は、図3に示すように荷重低下も緩慢となり、不整のない場合に漸近すること、および形状不整によるせん断座屈、曲げ座屈荷重低下()の試験・解析結果は図4に示すように良い一致を示すことを明らかとした。さらに、せん断、曲げ座屈評価式の適用限界と、これを越える形状不整に対する座屈荷重の補正係数を提示した。

図表図3 荷重-変位線図(せん断座屈) / 図4 座屈荷重低減係数(曲げ座屈)
(4)熱ラチェット変形がせん断曲げ座屈に及ぼす影響に関する研究

 運転中に想定される不整として、熱ラチェット変形を有する円筒を用いた座屈試験・解析から、この座屈荷重の低下は小さく、原因として、ラチェット変形の進展に伴う材料硬化が座屈荷重の低下を抑止していることを明らかとした。さらに、材料硬化の有無とラチェット変形を考慮した座屈解析を実施し、上記の現象が解析的にも説明できること、および材料硬化がない場合の座屈荷重の低下は前述の軸対称形状不整を有する曲げ座屈の不整効果とほぼ一致することを示した。

(5)不整付き円筒の地震荷重下の耐震性評価に関する研究

 不整付き円筒の地震荷重を模擬した準動的座屈試験、および荷重-変位の骨格、曲線と座屈履歴則を用いた非線形地震応答解析から形状不整が地震荷重下の耐震特性に与える影響を考察した。入力加速度に対する応答を、仮想座屈変位(e)、応答がこれに達する入力加速度(Ae)で無次元化表示すれば、図5に示すように解析結果は試験結果と良い対応を示すこと、および地震荷重下の応答は座屈変位(e)を越えても安定に推移し、不整の有無による座屈荷重、座屈変位などの基本的特性と、座屈後挙動は静的試験結果と良い対応を示すことを明らかとした。さらに応答が仮想座屈変位、および座屈変位に達する入力加速度の比は座屈荷重の低下率とほぼ等しいが終局状態と見なせる座屈変位の2倍程度の変位に達する入力加速度の差はほとんど認められずまたエネルギー吸収能の点からも不整の有無による有意差は認められないことを示した。

図5 入力加速度と応答変位(せん断座屈)

 以上の研究から、端部境界条件、製造時の不整、運転中の不整、地震荷重下の耐震特性に与える形状不整の影響などを系統的な座屈試験を通して初めて実体として捉えた意義は大きい。この結果、座屈評価式の適用限界とこれを越える形状不整に対する座屈荷重の補正係数を統一式形式で提示し、さらに、地震荷重下の座屈挙動に与える形状不整の影響を解明した。

審査要旨

 高速増殖炉主容器は500℃前後の高温にさらされ、熱応力を軽減させる為に炉壁の板厚を低減させることが必須の条件となる。一方、我国の様な強地震国では、耐震安全性を確保せねばならず、薄肉の円筒炉容器の地震時の典型的な損傷モードであるシェル座屈を回避する為の必要板厚の確保が必要条件となる。この様に互いに対立する条件を共に満たすことができるか否かに我国における高速増殖炉の成立性はかかっている。

 本論文は高速増殖炉主容器の座屈現象を形状不整との関係において解明し、地震時における構造安全性の評価を初期不整との関わりにおいて行なったものである。座屈モードは円筒殻の半径板厚比に支配され、地震時においては、せん断座屈、曲げ座屈および両者の連成座屈に大別される。形状不整は製作に伴う不整と、熱サイクル荷重によるラチェット変形等からなる。座屈現象は地震時慣性力の合力としての水平力Qと炉容器の代表点水平変位の関係としてとらえられる。Q-曲線において、座屈発生はQの最大値Qmax、座屈時変位crで位置づけられる。座屈発生の後、変位の進展に伴って、水平力は減少するが、円筒殻は常に変位に対応した抵抗力を発揮する。この意味で地震荷重は、変位制御型の荷重とみなされる。この様な観点に立って本論文では、座屈荷重のみならず、座屈後の円筒殻のエネルギー吸収能力が形状不整との関わりにおいて解明されている。

 論文は8章より成っている。

 第1章「序論」では本論文で扱う問題点を明確にし、形状不整効果の定量化の必要性を述べている。

 第2章「形状不整効果に対する既往の研究と研究課題」では、既往の研究を整理し、形状不整に関する従来の研究成果は過度に保守的な評価につながり、耐震安全性の適切な評価を行なう為には、形状不整効果の実験による定量化が不可欠であることを述べている。

 第3章「せん断座屈、曲げ座屈の基本特性と相互作用に関する研究」では、対象とする炉容器の座屈現象の基本特性を把握する為に、一連の模型実験を行ない、円筒構造の幾何形状と座屈モードとの関係を明かにすると共に、せん断座屈と曲げ座屈の相互作用は極めて小さいことを解析的に証明している。

 第4章「せん断座屈に及ぼす端部境界条件の影響に関する研究」では、炉容器の端部に取り付く鏡板と円筒殻の接続部における境界条件を一種の形状不整としてとらえ、一連の模型実験により、両端部固定条件の円筒殻との比較において鏡板付き円筒殻の座屈荷重の定量化を行なっている。結論として、鏡板部の等価円筒置換法を導くと共に、高温条件下では鏡板の影響は無視し得る程小さいことを明かにしている。

 第5章「せん断座屈、曲げ座屈の形状不整効果に関する研究」では、炉容器に想定される製作上の形状不整を持つ一連の模型実験により、形状不整によるQ-曲線の変化を定量的にとらえている。形状不整は座屈モードに則して与えられる。せん断座屈支配型の円筒殻においては、周方向に一定振幅の正弦波状の不整がプレス加工により付けられる。曲げ座屈支配型の円筒殻においては、円筒端部に象脚型の形状不整がプレス加工により付けられる。不整の大きさ、円周方向への不整拡大範囲が実験パラメータとなている。実験結果は不整量と座屈荷重低下の明瞭な相関関係として表現され、Q-曲線は不整により頂点が低下するが、その形状は安定しており、エネルギー吸収の観点からは形状不整の及ぼす影響は小さいことが明かにされている。これ等の実験結果は解析により補強され、一般化がはかられている。

 第6章「熱ラチェット変形がせん断曲げ座屈に及ぼす影響に関する研究」では、炉容器上端部のナトリューム液面の移動による円筒殻のラチェット変形を形状不整としてとらえ、これによるQ-曲線の変化を実験的に解明している。先ず、熱源を移動させることによりラチェット変形を生成する装置を実現し、これにより円筒端部に数段階の不整を有する模型についての実験を行なっている。熱ラチェット変形は座屈荷重に殆ど影響を与えないことが示され、これは、形状不整による座屈荷重の低下が熱履歴に伴う材料硬化による座屈荷重の上昇により相殺される為であることが解析的に明かにされている。

 第7章「不整付き円筒の地震荷重下の耐震性評価に関する研究」では、不整付き円筒、不整無し円筒に対して、準動的加力装置を用いて、地震時の円筒構造の挙動を実験的に求め、両者の挙動の差異を明かにしている。形状不整により座屈発生時点は早まるものの、座屈後挙動は両者に殆ど差異の無いことが明かにされ、解析によっても、両者のエネルギー吸収能力に差がないことから、形状不整の耐震安全性に及ぼす影響は極めて小さいことが結論づけられている。

 以上、本論文は、これ迄に実証的資料が極めて欠如していた円筒構造における形状不整と座屈現象との相関関係を一連の実験により明かにし、解析的にその一般性を裏付けると共に、現実の円筒構造の耐震性評価において欠くべからざる判断材料を提供したものであり、よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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