高速増殖炉主容器は500℃前後の高温にさらされ、熱応力を軽減させる為に炉壁の板厚を低減させることが必須の条件となる。一方、我国の様な強地震国では、耐震安全性を確保せねばならず、薄肉の円筒炉容器の地震時の典型的な損傷モードであるシェル座屈を回避する為の必要板厚の確保が必要条件となる。この様に互いに対立する条件を共に満たすことができるか否かに我国における高速増殖炉の成立性はかかっている。 本論文は高速増殖炉主容器の座屈現象を形状不整との関係において解明し、地震時における構造安全性の評価を初期不整との関わりにおいて行なったものである。座屈モードは円筒殻の半径板厚比に支配され、地震時においては、せん断座屈、曲げ座屈および両者の連成座屈に大別される。形状不整は製作に伴う不整と、熱サイクル荷重によるラチェット変形等からなる。座屈現象は地震時慣性力の合力としての水平力Qと炉容器の代表点水平変位の関係としてとらえられる。Q-曲線において、座屈発生はQの最大値Qmax、座屈時変位crで位置づけられる。座屈発生の後、変位の進展に伴って、水平力は減少するが、円筒殻は常に変位に対応した抵抗力を発揮する。この意味で地震荷重は、変位制御型の荷重とみなされる。この様な観点に立って本論文では、座屈荷重のみならず、座屈後の円筒殻のエネルギー吸収能力が形状不整との関わりにおいて解明されている。 論文は8章より成っている。 第1章「序論」では本論文で扱う問題点を明確にし、形状不整効果の定量化の必要性を述べている。 第2章「形状不整効果に対する既往の研究と研究課題」では、既往の研究を整理し、形状不整に関する従来の研究成果は過度に保守的な評価につながり、耐震安全性の適切な評価を行なう為には、形状不整効果の実験による定量化が不可欠であることを述べている。 第3章「せん断座屈、曲げ座屈の基本特性と相互作用に関する研究」では、対象とする炉容器の座屈現象の基本特性を把握する為に、一連の模型実験を行ない、円筒構造の幾何形状と座屈モードとの関係を明かにすると共に、せん断座屈と曲げ座屈の相互作用は極めて小さいことを解析的に証明している。 第4章「せん断座屈に及ぼす端部境界条件の影響に関する研究」では、炉容器の端部に取り付く鏡板と円筒殻の接続部における境界条件を一種の形状不整としてとらえ、一連の模型実験により、両端部固定条件の円筒殻との比較において鏡板付き円筒殻の座屈荷重の定量化を行なっている。結論として、鏡板部の等価円筒置換法を導くと共に、高温条件下では鏡板の影響は無視し得る程小さいことを明かにしている。 第5章「せん断座屈、曲げ座屈の形状不整効果に関する研究」では、炉容器に想定される製作上の形状不整を持つ一連の模型実験により、形状不整によるQ-曲線の変化を定量的にとらえている。形状不整は座屈モードに則して与えられる。せん断座屈支配型の円筒殻においては、周方向に一定振幅の正弦波状の不整がプレス加工により付けられる。曲げ座屈支配型の円筒殻においては、円筒端部に象脚型の形状不整がプレス加工により付けられる。不整の大きさ、円周方向への不整拡大範囲が実験パラメータとなている。実験結果は不整量と座屈荷重低下の明瞭な相関関係として表現され、Q-曲線は不整により頂点が低下するが、その形状は安定しており、エネルギー吸収の観点からは形状不整の及ぼす影響は小さいことが明かにされている。これ等の実験結果は解析により補強され、一般化がはかられている。 第6章「熱ラチェット変形がせん断曲げ座屈に及ぼす影響に関する研究」では、炉容器上端部のナトリューム液面の移動による円筒殻のラチェット変形を形状不整としてとらえ、これによるQ-曲線の変化を実験的に解明している。先ず、熱源を移動させることによりラチェット変形を生成する装置を実現し、これにより円筒端部に数段階の不整を有する模型についての実験を行なっている。熱ラチェット変形は座屈荷重に殆ど影響を与えないことが示され、これは、形状不整による座屈荷重の低下が熱履歴に伴う材料硬化による座屈荷重の上昇により相殺される為であることが解析的に明かにされている。 第7章「不整付き円筒の地震荷重下の耐震性評価に関する研究」では、不整付き円筒、不整無し円筒に対して、準動的加力装置を用いて、地震時の円筒構造の挙動を実験的に求め、両者の挙動の差異を明かにしている。形状不整により座屈発生時点は早まるものの、座屈後挙動は両者に殆ど差異の無いことが明かにされ、解析によっても、両者のエネルギー吸収能力に差がないことから、形状不整の耐震安全性に及ぼす影響は極めて小さいことが結論づけられている。 以上、本論文は、これ迄に実証的資料が極めて欠如していた円筒構造における形状不整と座屈現象との相関関係を一連の実験により明かにし、解析的にその一般性を裏付けると共に、現実の円筒構造の耐震性評価において欠くべからざる判断材料を提供したものであり、よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |