一つの地震によって構造物に入力されるエネルギーの総量(総エネルギー入力)は、構造物の総質量と1次固有周期に主として依存するきわめて安定した量であり、地震動の荷重効果をエネルギー入力、構造物の抵抗をエネルギー吸収能力として捉えることによって、骨組の終局強度に基づいた耐震設計ができる。エネルギー論的耐震設計法では、起こり得る最大級の地震(極限地震)に対して、建物は損傷を受けても倒壊せず、比較的頻度の高い地震(強地震)に対して、建物は弾性範囲に留まることを目標としている。ここで、極限地震下で建物が倒壊を免れる条件は、倒壊に至るまでに建物全体が吸収しうる塑性歪エネルギーが、極限地震下で建物全体の塑性変形によって吸収するエネルギーを上回っていることである。エネルギー論的耐震設計法の基本量であるところの、倒壊に至るまでに建物全体が吸収しうる塑性歪エネルギーを知るには、構造物を構成する部材について、最大耐力以降の劣化域までを含んだ終局挙動を正確に把握すること、そして、部材別の復元力特性に立脚した弾塑性応答解析を行い構造物が崩壊に至るまでの終局挙動を解明することが必要である。 本論文では、第2章において、部材断面の形状を主要なパラメーターとした短柱圧縮試験を統計的に処理し、局部座屈を伴う鋼部材断面の劣化挙動のモデル化を行った。モデル化にあたって、短柱の終局挙動を支配するパラメーターとして、平板の座屈荷重の理論解をもとに、箱形断面部材について(=y(B/t)2:yは降伏歪)、H形断面部材フランジについてf(=y(b/t)2)ウェブについてw(=y(d/w)2)の基準化幅厚比を採用した。まず劣化の開始点である最大耐力点を歪塑性率0(=u/y:uは最大耐力時の歪度)で見た場合、箱形断面短柱の歪塑性率と基準化幅厚比の逆数の間には、溶接組立・ロール成形・プレス成形といった製造方法別に、それぞれ線形関係が成り立っていた。同様に、H形断面部材の歪塑性率とフランジ・ウェブの基準化幅厚比の逆数の間にも、それぞれ線形関係が成り立っていた。これらの関係を回帰分析で処理し、箱形断面短柱およびH形断面短柱の歪塑性率の実験式を得た。また、劣化第1勾配から劣化第2勾配へと移る劣化挙動についても、箱形断面短柱の場合には、基準化幅厚比との間に製造方法に関わらない一定の関係があることがわかり、H形断面部材についても、フランジ・ウェブの基準化幅厚比と劣化挙動の間に一定の関係があることがわかった。これらの関係を整理し、箱形断面短柱およびH形断面短柱の劣化挙動の実験式を得た。 第3章では、一定軸力下において曲げを受ける鋼部材の、最大耐力までの荷重-変形関係の解析法である数値積分による面内解析法を発展させ、局部座屈を伴う鋼部材の、劣化域までを含む荷重-変形関係の解析法として提案した。この解析方法の主な特徴は以下の点にある。 (1)局部座屈を伴う鋼部材の荷重-変形関係を、一様圧縮を受ける短柱の応力度-歪度関係と、一様引張を受ける素材試験片の応力度-歪度関係から予測する。(2)載荷初期から最大耐力、そして劣化域に至るまでの面内挙動を、一貫して数値積分によって解析する。(3)最大耐力は、最大耐力規定点における応力度が、等価な断面を有する短柱の最大応力度に達した時点として予測する。(4)最大耐力以降の劣化域については、部材を塑性変形の進行する局部座屈領域と、除荷の起こる弾性除荷域に分けて解析する。(5)劣化域においては、局部座屈領域の圧縮を受ける部分の剛性は、最大耐力規定点の剛性で代表する。 解析結果を既往の部材実験結果と比較したところ、高軸力下において大きな変形能力を発揮する場合に安全側の評価をしたものの、箱形あるいはH形といった断面形状、溶接組立・ロール成形・プレス成形といった製造方法、片持梁形式あるいは単純梁形式といった荷重条件に関わらず、ほとんどの試験体に対して解析結果は実験結果と劣化域に至るまで良好に対応しており、本解析方法が、局部座屈を伴う鋼部材の劣化域を含む荷重一変形関係の解析方法として適切なものであることが検証された。 第4章では、局部座屈を伴う鋼部材の変動軸力下における終局挙動、特に最大耐力以降の劣化挙動の評価を行うため、軸力の変動パターンをパラメーターとして、一定軸力、軸力増加、軸力減少といった3通りの条件下で、箱形断面鋼柱部材の曲げ圧縮試験を行った。一方で、軸力比をパラメーターとした一定軸力下における荷重-変形関係の解析結果から、軸力履歴における対応点をプロットし、これらの点を結んで変動軸力下における荷重-変形関係を予測した。予測結果を実験結果と比較したところ、予測結果は最大耐力以降の劣化域に至るまで実験結果と良好な対応を示しており、局部座屈を伴う箱形断面鋼部材の変動軸力下における荷重-変形関係が、一定軸力下における荷重-変形関係をもとに、劣化域に至るまで予測できることがわかった。 最終的には第5章において、第4章までの研究で得られた局部座屈を伴う鋼部材の現実的な復元力特性を用いて、多層多スパン剛接骨組の弾塑性応答解析を行った。解析モデルの設計は、終局強度型の耐震設計法である「部材別Ds値を用いた耐震設計法」により、構造ランクI,II,IIIのそれぞれに対して、要求される変形能力に対応する部材断面とした。応答解析は、地震外力の入力レベルをパラメーターとして行い、部材の劣化挙動が骨組の終局挙動に与える影響を調べた。まず塑性仕事の内訳であるが、柱と梁を同一の構造ランクとした骨組の応答解析結果から、骨格曲線中劣化域で吸収するエネルギーの全塑性仕事に占める割合は、骨組が崩壊に至る手前で、構造ランクIで入力波によらず約35%、構造ランクIIでは入力波によって多少ばらつくものの約60%であり、部材の劣化域における塑性歪みエネルギーの吸収が、骨組全体のエネルギー吸収能力に大きく寄与することがわかった。また、バウシンガー部で吸収するエネルギーの全塑性仕事に占める割合は、部材が劣化しない限度で構造ランクによらず全塑性仕事の約40%を占めたが、骨組が崩壊に至る手前では構造ランクIで約10〜20%、構造ランクIIで約2〜15%と、かなり小さくなった。次に損傷分布であるが、柱と梁を同一の構造ランクとした骨組では柱降伏型の損傷分布となったが、骨組の損傷集中層では、急激な劣化を伴う部材によって骨組が構成される場合のみならず、ある程度の塑性変形能力を有する部材により骨組が構成される場合においても、劣化を開始した部位に損傷が集中し、骨組の崩壊の要因となることがわかった。また、柱と梁を異なる構造ランクの組み合わせとしたモデルにおいても、劣化を開始した部位に損傷が集中し、骨組の崩壊の要因となった。そして、骨組が崩壊に至らない限度の加速度倍率をかけた場合の最大層間変形角は、柱を構造ランクIIIとした骨組では全層0.01(rad)以内であった。一方、柱を構造ランクI,IIとした骨組では、多くの場合その最大値は0.04(rad)程度であったが、0.08(rad)程度に達する場合があった。さらに、骨組が崩壊に至るまでの総エネルギー入力と、骨組に見込まれるエネルギー吸収能力を比較したところ、柱を構造ランクI,IIとした骨組では梁の構造ランクによらず、骨組が崩壊に至るまでの総エネルギー入力は、骨組に見込まれるエネルギー吸収能力と同程度もしくは大きめの値であり、「部材別Ds値を用いた耐震設計法」の妥当性が検証された。一方、柱を構造ランクIIIとしたモデルでは、骨組が崩壊に至るまでの総エネルギー入力は、骨組に見込まれるエネルギー吸収能力よりかなり小さなものであった。塑性化後直ちに急激な劣化を伴う構造ランクIIIの柱は、今回扱ったような中層骨組で終局強度型の耐震設計法を適用するには適していないと考えられる。 以上のように、純圧縮を受ける短柱の終局挙動をもとに、局部座屈を伴う鋼部材の一定軸力下における荷重-変形関係が劣化域に至るまで解析できること、さらには変動軸力下における荷重-変形関係も、一定軸力下における荷重-変形関係の解析結果をもとに劣化域に至るまで予測できることがわかった。そして、局部座屈を伴う鋼部材の現実的な復元力特性を用いた多層多スパン剛接骨組の弾塑性応答解析ができることになり、応答解析結果から、骨組の終局耐震性能における劣化域でのエネルギー吸収の有効性が検証された。 |