本論文は、鉄道車輪・レールの接触非線形性を考慮した車両運動シミュレーションと題し、6章と付録とから構成されている。 第1章は序論で、研究の背景と目的、論文の構成を述べ、さらに以下の内容を読む上での準備として、この論文で採用した座標系、用語、記号等の説明を行っている。 現在の鉄道における課題は、列車の到達時間の短縮である。それには、高速性能ばかりでなく、曲線旋回性能の向上が必要である。両者は二律背反の関係にあり、台車設計においていかに両者の折り合いをとるかが重要だが、両立できるような台車構造を考えることもまた重要である。 車両運動を解析する場合に、車輪の踏面とレールの頭頂面とがどの場所で接触するかが力学上の基本的な問題となるが、複雑な立体幾何学となるために厳密に解こうとすると計算に時間が掛かり、実用的でない。 また、車輪・レール間の接触力学(クリープ理論)の妥当性が曖昧である。理論モデルがいくつかあるが、現実のデータが不足しているために、その妥当性を明確にできない。それに、車両の運動の計算には、構成要素の数が多いので、計算に長時間を要するばかりでなく、精度の高い計算をするには非線形性を導入する必要があるが、計算時間はさらに延び、実用にならない。 以上の諸問題を解決する手がかりをあたえることがこの研究の目的であると述べている。 第2章は車輪・レール間の接触幾何学を論じ、車輪の踏面形状とレールの頭頂面形状とが決める車輪踏面とレール頭頂面との接触点の場所を、車輪とレールが相対運動する度に短時間で計算する実用的な計算法を開発し、以後の研究の準備としている。 第3章では、車輪・レールの接触力実験と題し、実物の車輪とレールとを使った接触力の室内実験と、その結果について述べている。 鉄道車両の車輪とレールとの間に働く接触力は、実車の実走行で詳細に測定することが困難であり、これまで実車の大まかな測定データか、小型模型を使った室内実験データしかなかった。この研究では、実物車輪とレールとを使って室内実験ができる大型実験装置を開発し、実物からの詳細な実験データを得ている。工作機械の大型研削盤を利用し、車輪は門型柱に固定して車輪に加わる3次元力の測定を容易にし、レールをスライドベッドに取り付けて直線運動ができるようにした。レールと車輪との間の接触姿勢を広範囲に変え、実物を使った大量のデータを得た。 得られたデータを整理し、一般的に使われているカルカーの理論モデルと丹念に比較している。この結果、カルカーの理論を利用する際の注意点が明確になった。実物実験データは実用実験式としてまとめ、今後の車両運動シミュレーションの精度を上げる手がかりを作った。 第4章は車両ダイナミックスの解析法と題し、車両運動のシミュレーションを非線形性を導入しながら効率よく計算ができるアルゴリズムを開発し、その成果について述べている。 これまでの計算法が、接触力学を予め数値表化して、数値表参照型で計算していたのに対し、第2章で述べた接触幾何学計算法を使えば接触点の高速計算ができるため、接触力計算を車両運動計算の中にオンラインで取り込むことができ、接触力学に非線形性を含めても、高速計算が可能になったと述べている。 第5章では、高速性能を犠牲にせず、曲線旋回性能を向上させる構造として、前後非対称構造を提案し、これまでの研究成果により出来上がった解析法を使ってその性能を論じている。 ここで提案している非対称台車とは、台車枠に対する輪軸の横方向の支持を、車軸中心からずらしてオフセットを持たせ、このオフセット量を前後非対称にする方式である。どの輪軸にどの程度のオフセット量を付けるかという最適配分については、いろいろな組み合わせがあり得るが、ボギー車では、一車両の先頭車軸と最後尾車軸にオフセットを付与するのが適当であると結論している。 第6章は以上のまとめと今後の課題を述べている。さらに付録として、これまでの古典とも云うべき主要な基礎理論を紹介して、本論文の読者が内容を理解しやすいようにしている。 以上を要するに、これまで得られていなかった実物車輪/レールを使った接触力実験データを、優れた実験装置を開発することによっって大量に採取し、これまでの理論モデルの利点、欠点を明らかにしたばかりでなく、それを実用的な実験式としてまとめた。あわせて、車輪とレールとの接触幾何学を基本として実用的な接触点計算法を開発し、非線形性を含めた鉄道車両運動の精度の高いシミュレーションを可能にした。さらに、高速走行性能と曲線旋回性能とを両立させる非対称台車構造を提案し、その妥当性を本研究で開発した計算法で確認した。その後、他の研究者によってさらに優れた非対称台車の提案がされたが、その考え方に手がかりを与えたものと考えられる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |