学位論文要旨



No 211976
著者(漢字) 河田,耕一
著者(英字)
著者(カナ) カワタ,コウイチ
標題(和) レーザ走査光学系の設計・加工・および応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 211976
報告番号 乙11976
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11976号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨

 レーザの応用の上でレーザ光の走査技術は重要な位置を占めるが、その一層の高度化のために、新しい概念の走査素子、走査方式の実現が望まれている。新しい走査光学系では、設計技術と共に、光学素子、機構に関する精密加工技術、微細加工技術の研究が必要である。このような基礎技術の研究によって、新しいレーザ走査応用機器の実現が可能となる。このような視点から、レーザ走査光学系の設計・加工・および応用に関し総合的に本研究を実施した。研究は3段階より成る。

 第1段階では光学材料の加工に関する研究を実施した。

 レーザ走査において基本となるものは、反射および屈折光学系の素子であり、良好な光学諸特性を得るには表面の砥粒加工の研究が重要である。ここでは大出力CO2レーザ用の素子を対象とした。

 まず、反射光学系のための、Mo,Wの加工に関する研究を実施した。材料を工場での損傷の実態を踏まえ、使用時の熱的、光学的特性の面から評価を行った。次いでポリシ加工を中心に、素材製作条件も含めて加工実験を進め、仕上げ面あらさによる評価と同時に、製作した反射率測定装置、吸収率測定装置、損傷しきい値測定装置によって、加工結果を光学特性的に評価すると共に、レーザ光の照射時に損傷を生じる限界パワー密度を求めた。

 これらの結果より加工条件と反射率、表面吸収の関係について、X線回折による加工変質層の評価、表面のコンタミネーションと共に検討した。Mo、Wにおいてはメカノケミカルな作用を加えることで高い反射率と対照射損傷性が得られるが、コンタミネーションについても留意する必要のあることを明らかにした。

 次に、屈折光学系のためのZnSe,KClのポリシ加工に関する研究を実施した。使用上では、光学素子のレーザ光の吸収による発熱とそれに起因する光学ひずみが問題であり、材料を光学ひずみの点から評価した。これら材料は軟質脆性材料であり、さらにKClは吸湿性を有するため加工上問題点が多く、特にメカノケミカルポリシングを中心に実験を行った。吸収には素材バルクの吸収と共に加工に関係する表面吸収があり、吸収率測定装置を製作し、加工結果をX線回折による加工変質層と対比しつつ評価した。

 加工においては、コンタミネーション、表層の流動に留意する必要があり、ZnSeには水,KClには薄いグリコール溶液によって弱いメカノケミカルな作用を加えることが精度を確保し、かつ吸収を低減させる上で有効であることを見出した。

 第2段階ではCO2レーザ応用システムに関して研究を実施した。

 まず、レーザの有効使用のため、レーザを複数の加工端末で同時に使用する時分割加工システムについて研究を行った。切断加工実験より切断品質とパルス出力、デューティファクタなどの関係を求め、尖頭値に対し相対的に短いパルスによって加工を行うことが望ましいことを見出した。この点に着目して、1パルスごとにチョッパミラーによって間欠的に振り分けを行うことにより、2個のパルスレーザビーム列に分割する方式を案出した。

 レーザ共振器の出力特性と発振制御の応答性を実験的に確認してチョッパミラーの設計を行い、同期信号に対するパルス発振の時間的遅れによる分割ビームの他端末への漏光と、各端末で必要な異種のパルスを交互に混合発振させ得る条件について検討した。製作したシステムによって加工実験を行い、時分割の有効性を確認した。

 次に、災害環境下で作業する移動ロボットの視覚センサに用いる、CO2レーザを光源とするホログラムスキャナについて研究を行った。計算機ホログラムの手法によって、直線性、等速性などを最適化するホログラムパターンの設計も可能であるが、回折効率を高めるためのレリーフ型ホログラムの加工が困難であることより、ホログラムは単純直線格子とした。回折効率と格子の溝形状について解析を行い、二等辺三角形断面によって高い回折効率の得られることを明らかにした。

 本形状の実現のため、基板となるGeの反応性イオンエッチングについて研究を行い、添加O2量によって溝側壁傾き角を制御できることを見出した。また、基板上の形状寸法のばらつきに関して検討を加えた。実験結果に基づき、ホログラム素子を円板上に配置したホログラムスキャナを製作し、回折効率、および走査ビーム軌跡の測定を行なうと共に、揺動ミラーとの組み合わせによって2次元走査を行い、対象物の反射光よりその像の形成を行ない、十分な認識の可能であることを実証した。

 第3段階では走査領域の拡張に関して研究を行った。

 まず、回路基板に実装した電子部品の位置、姿勢などの検査のため、レーザ走査を行い、各走査点からの反射光の位置より三角測量によって高さを求め、機械走査と共に3次元形状を計測する装置の光学系に関して研究を行なった。走査はポリゴンミラーとfレンズによるが、走査対象は平面でなく3次元であるため、光学系では3次元空間に対する光学特性、および測定精度を満足するよう設計を行った。検出感度は三角測量における挾角の大きさによって定まり、光路の構成に検討を加えてその増大を計った。

 一方、光軸に対して傾いた面内で検出を行うため、走査中で光路長が変化し反射光位置の測定に誤差を生じるが、データ処理時に補正を加えることで対処した。試作した光学系によれば、補正の実施と共に実用上十分な測定分解能が得られ、小型高密度基板のインラインの検査が可能になった。

 次に新聞原稿などの画像通信のため、約1m幅の大画面をAOD(Acousto-Optical Deflector)と高速往復機械運動を併用して走査するプロッタ、スキャナの光学系について研究を実施した。

 プロッタでは高速化のため光源より2ビームを分割し並行して使用するが、分割方式について検討を行った。また、光源は固定されているが書き込みヘッドは往復運動を行なうため、入射瞳位置の変化するfレンズについて設計を行ない、AODによる走査時の非点隔差の補正と共に光学特性を確保した。書き込み実験ではAODの周波数掃引速度の直線性の確保によって、目標の画質の記録に対する目途を得ることができた。

 スキャナでは、受光素子として光電子増倍管、CCDの各々を用いる方式を検討し、設計、実験結果よりプロッタと同様の光学系で照明を行う前者が総合的に有利であることが認められ、必要な性能の実現に対する見通しを得た。

 さらに、血管内にそう入し、レーザによる診断・治療を行なう装置を想定した超小形光走査機構の作成を目的として、3次元の複雑形状の加工を行う微細放電加工についての研究を行った。放電エネルギーの微小化のためには、放電回路における浮遊容量の低減が必要であり、機構系にセラミックスを多用するなどによってサブミクロン領域の放電間隙を実現した。また、微細加工領域では電極の溶着が発生しやすく、その防止のためには電極の回転が必須であり、また加工精度の確保のため、加工と同一状態で電極の成形を行う必要のあることを明らかにした。

 実験結果に基づいて微細放電加工機を製作し、加工条件と加工時間、仕上げ面あらさなどの関係を求めると共に、シリコンウエハに関する加工実験を行い、金属よりも能率よく加工が可能であることを見出した。本加工機によって、マイクロタービン、マイクロポリゴンミラーを製作し、超小形レーザ走査機構の可能性を実証した。

 本研究で得た成果はすでに産業界において実用化されつつあるが、次世代のレーザ走査応用機器に対しても広く応用されてゆくものと考えられる。

審査要旨

 本論文はレーザ走査光学系の設計・加工・および応用に関する研究と題し、9章からなる。

 第1章「緒論」は本研究の背景と目的について述べている。レーザの応用の上でその走査技術は重要な位置を占め、新しい概念の走査素子、走査方式の実現が望まれているが、設計技術と共に光学素子の加工技術の研究が必要であり、これら基礎技術の上に立って新しいレーザ走査応用機器の実現が可能となことから総合的に本研究を実施したことを述べている。

 第2章「CO2レーザ用反射光学系材料の加工」では、Mo,Wを対象とし、ポリシ加工を中心に加工実験を行い、加工結果を加工変質層の測定と共に反射率、損傷しきい値などによって光学特性的に評価し、メカノケミカルな作用を加えることで高い反射率と対照射損傷性が得られるが、なおコンタミネーションについても留意する必要のあることを明らかにしている。

 第3章「CO2レーザ用屈折光学系材料の加工」では、ZnSe,KClのポリシ加工を扱い、加工結果を加工変質層と対比しつつ吸収率によって評価した結果、加工ではコンタミネーション、表層近傍の流動に留意する必要があり、各材料に対し、水,グリコール溶液による弱いメカノケミカルな作用を加えることが精度を確保しつつ表面吸収を低減させる上で有効であることを見出している。

 第4章「時分割CO2レーザ加工システム」では、レーザを複数の端末で時分割利用する装置を扱っている。レーザのパルスごとにチョッパミラーにより2個のビーム列に分割する方式を案出し、共振器の出力特性と発振制御の応答性を確認してチョッパミラーの設計を行い、パルス発振の遅れによるビームの他端末への漏光と、異種のパルスを交互に混合発振させ得る条件について検討し、システムの実用性を示している。

 第5章「CO2レーザ用ホログラムスキャナ」では、移動ロボットの視覚センサに用いるスキャナを扱っている。高い回折効率の得られる二等辺三角形断面格子の実現のため、基板材料であるGeの反応性イオンエッチングに関し実験を行い、ガス組成などによって溝形状を制御できることを見出すと共に、形状寸法のばらつきに関して検討を加え、ホログラムスキャナを製作して回折効率などの測定を行ない、さらに揺動ミラーと組み合わせた2次元走査によって対象物の反射光より像を形成した結果から、認識に十分な性能を有していることを実証している。

 第6章「レーザ走査による実装基板検査装置]では、三角測量の原理により3次元形状を計測する装置の光学系を扱っている。ポリゴンミラーとfレンズによる走査系を用い、3次元空間に対する特性と精度を確保し、構成に検討を加えて検出感度の増大を計ると共に、発生する光路長の変動に対しデータ処理時に補正を加えることによって実用上十分な分解能を得ており、小型高密度回路基板のインライン検査に適用可能であることを明らかにしている。

 第7章「AODと高速機械運動による大画面の走査」では、大型画像処理装置の光学系を扱っている。ブロッタでは往復運動により入射瞳位置が変化するfレンズの構成を検討し、AOD(超音波光偏向素子)走査時の非点隔差の補正を通じ必要な光学特性を得て、AOD周波数掃引速度の直線性の確保と共に目標の画質が実現できることを明らかにしている。スキャナでは光電子増倍管、CCDの各々を用いる方式を検討し、設計、実験結果よりレーザ走査により照明を行う前者を有利と判定し、性能に対する見通しを明らかにしている。

 第8章「微細放電加工によるマイクロ光走査機構の作成」では、超小形レーザ走査機構のための放電加工技術を扱っている。サブミクロン領域の放電間隙を実現すると共に、微細加工領域では溶着防止のための電極の回転と、加工精度の確保のための加工と同一状態での電極成形が必要であることを明らかにしている。製作した加工機によって加工条件と加工結果との関係を求めると共に、シリコンウエハに対する加工の可能性を見出し、マイクロタービン、マイクロポリゴンミラーを製作して、小形走査機構の可能性を実証している。

 第9章「結論」では、研究の成果である各形態のレーザ走査光学系について、それぞれの特性と実用化についての結論がまとめられている。

 以上、本論文はレーザ走査光学系に関し、設計、加工についての研究を基盤としつつ広く多方面への応用に対する知見を示しており、精密工学の分野に関して新しい展開を与えている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50908