学位論文要旨



No 211977
著者(漢字) 渡邊,和弘
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,カズヒロ
標題(和) 核融合プラズマ加熱実験用中性粒子入射装置イオン源の大出力化に関する研究
標題(洋)
報告番号 211977
報告番号 乙11977
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11977号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 井上,信幸
 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨

 中性粒子入射装置(NBI)は、磁気閉じ込め核融合プラズマの加熱および電流駆動の有力手段として注目されている。本論文は、NBIの中で最も重要な要素であるイオン源並びにビーム加速用電源の大出力化について、筆者が日本原子力研究所において行った研究の成果をまとめたものである。

 第1章「序論」では、中性粒子入射装置におけるイオン源及び電源の重要性と、現状のイオン源や電源の抱える問題点について述べ、本研究の目的と意義を述べている。本論文は、正イオン源開発に関するものとして、(1)低エネルギーながら大出力ビームを生成してプラズマ加熱実験範囲を低密度領域にまで拡大するための低プロトン比イオン源の開発、(2)高エネルギービーム成分を高めるための高プロトン比イオン源の開発、(3)将来のメガボルト級高エネルギーNBI実現に向けての負イオンビーム大電流化の研究、(4)負イオンビームの高収束性の確保と高エネルギー化の研究、そして、(5)イオン源と同様に重要なビーム加速用電源に関するものとして、大出力ビームの安定生成に重要なサージ抑制法の研究、さらに、(6)高エネルギーイオン源加速管開発のための真空中電極の絶縁特性に関する研究、について報告するものである。

 第2章「低プロトン比イオン源の開発」では、低密度ターゲットプラズマ領域にまで加熱実験範囲を拡大するために、イオン源での分子イオンの含有率を増す(プロトン比を低下させる)ことによって低エネルギーながら大出力ビーム生成を目的としたイオン源の開発について述べている。ここでは92%の高いプロトン比を生成するJT-60用イオン源を改造して、実用レベルのアーク効率(ビーム電流/アーク電力)を保ち、プロトン比を積極的に下げる研究を行った。本研究により筆者は、安定にプラズマを生成し、かつ、プロトン比を低下させるには、従来のプロトン比のスケーリング則に基づく手法、すなわち、イオン源のカスプ磁場を弱め、同時にプラズマ体積を小さくするといった単純な手法では不十分であり、陰極をプラズマ電極に近づける、プラズマ電極電位を陰極電位とする、などの方法が有効なことを明らかにした。すなわち、プロトン比を決める要素として、従来のプラズマ体積とイオンの損失面積の比の他に、高速一次電子の空間分布が大きく影響することを指摘し、最低プロトン比62%を得て低エネルギーで大出力ビーム生成の可能なイオン源の開発に成功した。

 第3章「高プロトン比イオン源の開発」では、高エネルギー成分を高めるための高プロトン比化の研究について述べている。本イオン源は日仏協力による荷電粒子回収共同実験に用いるためのもので内径34cmで長さ129cmの世界最大級の多極磁場型イオン源である。筆者は、第2章で得られた結果、すなわち、プロトン比が高速一次電子の空間分布に大きく影響されることに着目した。高速一次電子がビーム引き出し部に多量に存在すれば、そこで分子イオンが生成され解離される前に引き出されるのでビームのプロトン比は低下すると考えた。このことを各種磁場配位についての電子軌道計算、プラズマ電極(プラズマに接する第1番目の加速電極)の浮動電位測定、イオン組成比の測定から証明した。つまり、軌道計算で高速一次電子がプラズマ電極に多数流入する磁場配位の下では、プラズマ電極の浮動電位が実際に低く、プロトン比も低いという傾向の一致を明らかにした。これにより筆者は、プロトン比を決める重要な要素として、従来のプラズマ体積とイオン損失面積比以外に、高速一次電子の空間分布の効果を初めて明らかにし、より高いプロトン比を得るためには、従来のプロトン比のスケーリング則に従った大きなプラズマ体積と強い磁場の使用に加えて、ビーム引き出し領域への高速一次電子の流入を抑制することが非常に重要であることを見い出した。そして、高速電子のビーム引き出し部への流入を強力に抑制する磁場配位および陰極構造を考案し、現時点で世界最高値である95%のプロトン比を達成し、日仏共同研究用イオン源の開発に貢献した。

 第4章「負イオン源大電流化に関する研究」では、将来のメガボルト級高エネルギーNBIを実現するための負イオンビームの大電流化に関する開発研究について述べている。将来のNBIでは十アンペア以上の負イオンビームが必要とされるが、これまで世界の負イオン源開発はミリアンペア級止まりであった。負イオンNBI実現のマイルストーンとしてアンペア級負イオンビームの生成が緊急の課題であった。筆者は、NBI用に最も実用性が高いと考えられる体積生成型負イオン源に着目し、大電流化の開発を行った。負イオン生成に重要な各種パラメータ、つまり、イオン源深さ、ガス圧力、バイアス電圧、フィルター磁場形状および強度等の依存性を明らかにするとともに、これらを最適化した。特に、負イオンの高効率生成に重要な磁気フィルターに関して、従来のロッドフィルターの欠点を克服した外部磁気フィルターを適用し、1987年の時点で体積生成型の負イオン源では初めてアンペア級(30keV,1.6A)の負イオンビーム生成に成功し、大電流化の見通しを示した。

 第5章「大電流負イオンビームの高エネルギー化の研究」では、水素負イオンの高エネルギー加速法の研究について述べている。筆者は、加速効率が高く最も有望と考えられる静電加速方式に着目し、まず、負イオンの引き出しと一段加速を行うための電極系をイオンビームの軌道計算に基づいて設計した。この電極を用いて、負イオン電流値と引き出し電圧並びに加速電圧を最適化することによって真空中をほとんど発散せず直進する極めて収束性の良い負イオンビームの生成に成功した。また、最適パービアンスを保つことによって、正イオン源と同様負イオン源においても、エネルギーの異なる条件で同じビーム発散角が得られることを明らかにした。また、セシウム添加が負イオン電流増強に有効であるが、その場合の負イオン生成機構は表面生成が主であると考えられており、負イオン温度が高くビームの収束性が低下することが懸念されていた。セシウム添加時の負イオンビームの収束性については明らかにされておらず、これを調べることが重要な課題であった。本研究の結果、ビームのパーピアンスを一定にすることによって、セシウム添加時の負イオンビームでも純体積生成の場合と同じビーム収束性が得られることを明らかにし、セシウムの使用が可能なことを示した。次に、引き出しと二段加速を行うべく二段の多孔電極主加速部を持つ加速管を開発し、300keV,0.1A,1sの世界最高レベルの負イオンビーム加速を実証した。同時に、セシウムの耐電圧に対する影響についても実用的に問題の無いことを示した。

 第6章「イオン源用高出力加速電源におけるサージ抑制法の研究」では、放電破壊からイオン源を保護するためのサージ抑制に関する研究について述べている。この研究は日本原子力研究所JT-60トカマク装置のプラズマ中心イオン温度測定のための200keV,3.5Aのヘリウムビーム入射装置から成る能動粒子線計測装置の電源に関するものである。それまで世界の加速器やNBIの分野においてアンペア級の大電流ビームを200keVの高エネルギーまで加速した例は無く、このような領域においてのサージ抑制法は確立していなかった。従来、放電破壊による加速電極の損傷抑制には、サージの流入エネルギー(ジュール数)を低減することが重要であると言われてきた。当初の設計では従来のエネルギー抑制法を採用し、流入エネルギーを十分低く抑えた。しかし、イオン源で放電破壊が連続し、目標とする定格ビームの生成は極めて困難であった。そこで筆者は、放電破壊の損傷はエネルギーのみならず電流波高値にも依存するはずと考え、サージ電流波高値の低減に着目した。回路定数の測定や回路解析を行い、サージの最も大きな流出源をプラズマ生成用電源の絶縁変圧器と同定し、その二次出力側の各系統にゼロ相電流として流れるサージ電流にのみインピーダンスとして働く全系統一括巻きの高耐圧リアクトルを考案し適用した。その結果、サージ電流波高値を1.5kAから約500Aに低減でき、放電破壊による損傷が軽減され定格200keV、3.5Aのビームを安定に加速することに成功し本装置を完成できた。リアクトルの挿入によってサージの時定数が伸び、流入エネルギーは逆に増加した。すなわち、本研究により放電破壊時の電極損傷の軽減にはサージ電流波高値を抑制することの方がより有効であることを初めて明らかにした。

 第7章「高エネルギー加速管開発のための絶縁破壊特性の研究」では、高エネルギー負イオン源加速管の開発のために、イオン源と類似の条件下での電極の耐電圧特性について述べている。特に、負イオン加速管に特有の問題として、(1)大電流負イオン生成に有効なセシウムを使用可能か否か、(2)外部磁場の影響の有無、(3)想定される真空度が10-2Paの領域で、ギャップ長が数cmと長い場合の耐電圧特性はどうか、という問題があり、これらを解明することが必須の課題であった。実験の結果、以下のことを明らかにした。(1)セシウム蒸着密度が実際のイオン源より1桁高い値でも破壊電圧の低下は30%程度で実用上問題無い。(2)磁場を印加した場合には、放電がガスの電離に依存する高い圧力領域では放電破壊電圧が低下するが、通常のイオン源動作領域、つまり、真空放電領域ではほとんど影響が無く問題は無い。(3)真空度が10-2Paの領域でギャップ長が50mm程度までの実験範囲では破壊電圧はギャップ長の0.5〜0.6乗に比例して変化する。これによって、放電破壊機構が電極面の微小粒子が加速され対向電極に衝突し蒸気を発生し放電破壊に到る、というクランプ理論にほぼ従うことを明らかにした。また、セシウムを蒸着した場合の放電破壊機構はクランプ理論から外れることも明らかにした。これらの成果によって実用的なメガボルト級加速管の製作が可能となった。

 第8章「結論」では、本研究によって得られた成果と今後の展望についてまとめている。

審査要旨

 本論文は「核融合プラズマ加熱実験用中性粒子入射装置イオン源の大出力化に関する研究」と題し、磁気閉じ込め核融合プラズマの加熱および電流駆動の有力手段として注目される中性粒子入射装置(NBI)の主要部であるイオン源並びにビーム加速用電源の大出力化研究について論じたものであり、8章より構成されている。

 第1章は「序論」と題し、核融合研究における水素あるいは重水素を対象とした大出力NBIの必要性について論じ、特に、NBI用イオン源開発の歴史、本研究の背景、意義、目的、および関連する従来技術について述べている。

 第2章は「低プロトン比イオン源の開発」と題し、特に低密度プラズマ加熱に必要な低エネルギー大出力中性ビーム入射を可能とするために、イオン源での水素分子イオンの含有率の高い(低プロトン比化)イオン源の開発について論じている。イオン源内において安定にプラズマを生成し、かつ、プロトン比を低下させるには、従来のプロトン比に関するスケーリング則による単純な手法では不十分であることを指摘して、陰極をプラズマ電極に近づけ、これによって高速一次電子をビーム引き出し部に導くことが有効なことを実験的に明らかにしている。これに基づき、低エネルギーで大出力ビーム生成の可能なイオン源を実現することに成功している。

 第3章は「高プロトン比イオン源の開発」と題し、第2章で得られたプロトン比の制御法に関する知見を踏まえて、高密度プラズマ加熱に必要な単一高エネルギービーム生成のための高プロトン比化について論じている。プロトン比が、高速一次電子の空間分布に大きく影響されることを、電子軌道シミュレーションによる理論、ならびに電極浮動電位とイオン組成比測定実験の両面から明らかにするとともに、ビーム引き出し部への高速電子の流入を強力に抑制する磁場配位および陰極構造を考案し、それを実際に適用した。その結果、現時点で世界最高値である95%の高プロトン比を達成する事に成功している。

 第4章は「負イオン源大電流化に関する研究」と題し、大型核融合実験装置用の負イオンNBI実現を目的とした水素負イオンビームの大電流化の研究について論じている。負イオンNBI用に最も実用性が高いと考えられる体積生成型負イオン源に着目し、負イオン生成に影響を及ぼす各種パラメータ、つまり、イオン源深さ、ガス圧力、バイアス電圧、フィルター磁場形状および強度等の依存性を明らかにしている。特に、負イオンの高効率生成に重要な磁気フィルターに関して、従来のロッドフィルターの欠点を克服した外部磁気フィルターを適用し、体積生成型では初めてアンペア級(30keV,1.6A)の負イオンビーム生成を達成し、大電流化の見通しを示した。

 第5章は「大電流負イオンビームの高エネルギー化の研究」と題し、水素負イオンの高エネルギー加速法の研究について論じている。本研究では加速効率が高くNBI用に最も有望と考えられる静電加速方式に着目し、負イオン特有の引き出し特性および加速特性を明らかにするとともに、負イオンビームでは加速電流、電圧を最適化することによって極めて収束性の良いビームが得られることを実験的に明らかにしている。また、従来指摘されてきた問題、すなわちセシウム添加が、負イオン生成効率の向上に有効である反面、負イオン生成機構が純体積生成と異なるために負イオン温度に影響をおよぼして、ビーム収束性を悪化させるのではないかという点に対し、ビーム引き出しのパービアンスを特定値に保てば純体積生成の場合と同じビーム収束性が得られることを明らかにし、セシウムの使用が可能なことを示している。これらの結果を踏まえて現時点で300keV,0.1A,1sの世界最高レベルの負イオンビーム加速を実証している。

 第6章は「イオン源用高出力加速電源におけるサージ抑制法の研究」と題し、イオン源加速電極部での放電破壊から電極を保護し、安定にビーム出力を得るためには、放電破壊時のサージ電流の波高値に着目してこれを抑制することが重要であり、従来の放出エネルギー値を抑制することのみでは不十分であることを明らかにしている。このことを実証するために、プラズマ測定装置として活用されている200keV,3.5A出力のHeビーム入射装置の電源において、対地静電容量に直列に電流波高値抑制用リアクトルを適用し、ビーム出力の安定化を達成するとともに、高エネルギービーム加速電源におけるサージ抑制技術を提示している。

 第7章は「高エネルギー加速管開発のための絶縁破壊特性の研究」と題し,高エネルギー負イオン源用加速管の開発を目的として、負イオン源と類似の条件下での電極の耐電圧特性を調べる実験装置を開発し、それを用いて、負イオン生成効率改善に使用されるセシウムの使用がビーム加速の面において支障のないこと、実際上問題となる磁場の印加は通常のイオン源動作真空領域ではほとんど影響が無いこと、加速管内の真空度領域や電極間隔では放電破壊機構は電極面の微小粒子に起因するクランプ理論にほぼ従うことを明らかにしている。その結果、実用的な百万ボルト級加速管の製作を可能とする技術を確立している。

 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約すると共に、今後の研究展望について述べている。

 以上要するに、本論文は磁気閉じ込め核融合プラズマの加熱および電流駆動等に使用される中性粒子ビーム入射装置を対象として、そのイオン源および加速部の性能向上について実験的検討を行ったものであって、特に、イオン源における高速一次電子に対する空間分布制御の効果、およびセシウム添加のビーム特性への影響、等をはじめとする、大出力化および高エネルギー化に際して遭遇する物理的および工学的諸問題を検討、解決して、それによって大型核融合実験装置に適用される中性粒子ビーム入射装置の設計、製造を可能ならしめたものであって、電気工学特にプラズマ核融合工学に貢献するところが多い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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