本論文は「核融合プラズマ加熱実験用中性粒子入射装置イオン源の大出力化に関する研究」と題し、磁気閉じ込め核融合プラズマの加熱および電流駆動の有力手段として注目される中性粒子入射装置(NBI)の主要部であるイオン源並びにビーム加速用電源の大出力化研究について論じたものであり、8章より構成されている。 第1章は「序論」と題し、核融合研究における水素あるいは重水素を対象とした大出力NBIの必要性について論じ、特に、NBI用イオン源開発の歴史、本研究の背景、意義、目的、および関連する従来技術について述べている。 第2章は「低プロトン比イオン源の開発」と題し、特に低密度プラズマ加熱に必要な低エネルギー大出力中性ビーム入射を可能とするために、イオン源での水素分子イオンの含有率の高い(低プロトン比化)イオン源の開発について論じている。イオン源内において安定にプラズマを生成し、かつ、プロトン比を低下させるには、従来のプロトン比に関するスケーリング則による単純な手法では不十分であることを指摘して、陰極をプラズマ電極に近づけ、これによって高速一次電子をビーム引き出し部に導くことが有効なことを実験的に明らかにしている。これに基づき、低エネルギーで大出力ビーム生成の可能なイオン源を実現することに成功している。 第3章は「高プロトン比イオン源の開発」と題し、第2章で得られたプロトン比の制御法に関する知見を踏まえて、高密度プラズマ加熱に必要な単一高エネルギービーム生成のための高プロトン比化について論じている。プロトン比が、高速一次電子の空間分布に大きく影響されることを、電子軌道シミュレーションによる理論、ならびに電極浮動電位とイオン組成比測定実験の両面から明らかにするとともに、ビーム引き出し部への高速電子の流入を強力に抑制する磁場配位および陰極構造を考案し、それを実際に適用した。その結果、現時点で世界最高値である95%の高プロトン比を達成する事に成功している。 第4章は「負イオン源大電流化に関する研究」と題し、大型核融合実験装置用の負イオンNBI実現を目的とした水素負イオンビームの大電流化の研究について論じている。負イオンNBI用に最も実用性が高いと考えられる体積生成型負イオン源に着目し、負イオン生成に影響を及ぼす各種パラメータ、つまり、イオン源深さ、ガス圧力、バイアス電圧、フィルター磁場形状および強度等の依存性を明らかにしている。特に、負イオンの高効率生成に重要な磁気フィルターに関して、従来のロッドフィルターの欠点を克服した外部磁気フィルターを適用し、体積生成型では初めてアンペア級(30keV,1.6A)の負イオンビーム生成を達成し、大電流化の見通しを示した。 第5章は「大電流負イオンビームの高エネルギー化の研究」と題し、水素負イオンの高エネルギー加速法の研究について論じている。本研究では加速効率が高くNBI用に最も有望と考えられる静電加速方式に着目し、負イオン特有の引き出し特性および加速特性を明らかにするとともに、負イオンビームでは加速電流、電圧を最適化することによって極めて収束性の良いビームが得られることを実験的に明らかにしている。また、従来指摘されてきた問題、すなわちセシウム添加が、負イオン生成効率の向上に有効である反面、負イオン生成機構が純体積生成と異なるために負イオン温度に影響をおよぼして、ビーム収束性を悪化させるのではないかという点に対し、ビーム引き出しのパービアンスを特定値に保てば純体積生成の場合と同じビーム収束性が得られることを明らかにし、セシウムの使用が可能なことを示している。これらの結果を踏まえて現時点で300keV,0.1A,1sの世界最高レベルの負イオンビーム加速を実証している。 第6章は「イオン源用高出力加速電源におけるサージ抑制法の研究」と題し、イオン源加速電極部での放電破壊から電極を保護し、安定にビーム出力を得るためには、放電破壊時のサージ電流の波高値に着目してこれを抑制することが重要であり、従来の放出エネルギー値を抑制することのみでは不十分であることを明らかにしている。このことを実証するために、プラズマ測定装置として活用されている200keV,3.5A出力のHeビーム入射装置の電源において、対地静電容量に直列に電流波高値抑制用リアクトルを適用し、ビーム出力の安定化を達成するとともに、高エネルギービーム加速電源におけるサージ抑制技術を提示している。 第7章は「高エネルギー加速管開発のための絶縁破壊特性の研究」と題し,高エネルギー負イオン源用加速管の開発を目的として、負イオン源と類似の条件下での電極の耐電圧特性を調べる実験装置を開発し、それを用いて、負イオン生成効率改善に使用されるセシウムの使用がビーム加速の面において支障のないこと、実際上問題となる磁場の印加は通常のイオン源動作真空領域ではほとんど影響が無いこと、加速管内の真空度領域や電極間隔では放電破壊機構は電極面の微小粒子に起因するクランプ理論にほぼ従うことを明らかにしている。その結果、実用的な百万ボルト級加速管の製作を可能とする技術を確立している。 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約すると共に、今後の研究展望について述べている。 以上要するに、本論文は磁気閉じ込め核融合プラズマの加熱および電流駆動等に使用される中性粒子ビーム入射装置を対象として、そのイオン源および加速部の性能向上について実験的検討を行ったものであって、特に、イオン源における高速一次電子に対する空間分布制御の効果、およびセシウム添加のビーム特性への影響、等をはじめとする、大出力化および高エネルギー化に際して遭遇する物理的および工学的諸問題を検討、解決して、それによって大型核融合実験装置に適用される中性粒子ビーム入射装置の設計、製造を可能ならしめたものであって、電気工学特にプラズマ核融合工学に貢献するところが多い。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 |