学位論文要旨



No 211978
著者(漢字) 川上,直衛
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,ナオエ
標題(和) 電動機駆動用サイリスタ変換装置の多重接続による大容量化に関する研究
標題(洋)
報告番号 211978
報告番号 乙11978
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11978号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 圧延機や電気車など各種の産業分野において大容量の電動機の速度制御が行われている。大容量の電動機として当初は直流電動機が用いられた。直流電動機の速度制御はブリッジ接続されたサイリスタの点弧位相制御により行われる。しかしブリッジ接続一段のみの変換回路では,直流電流の脈動が大きくなり、また交流側力率の低下・高調波電流の増大を招きやすい。これは単相電源を使用する電気車の場合に著しい。この対策としてブリッジ回路の多段化構成や順序制御の採用など種々の工夫が研究された。

 しかし直流電動機には整流子という本質的に弱い部分がある。このため交流電動機にくらべ大容量化や高速化が難しく、保守の面からも問題がある。一方交流電動機の速度制御を行うためには、電圧と周波数を同時に制御しなければならない。自己消弧機能を持たないサイリスタを用いた場合,変換回路としてはサイクロコンバータ,あるいは転流回路を用いた自励式インバータが用いられる。しかし前者はデバイスの数が多く回路構成が複雑となることや運転周波数があまり高くとれないなどの問題が有り,後者は転流回路が必要なので回路構成が複雑となる。

 一方最近におけるパワートランジスタやGTOサイリスタなどの自己消弧形デバイスの特性改善ならびに大容量化は著しいものがある。また周辺回路の改良とあいまって運転信頼性も高くなってきた。自己消弧形デバイスを用いると、動作が複雑で運転領域を制約していた転流回路を省略することができ、構成が単純で扱い易いインバータを容易に組み上げることができる。しかし現在量産されている自己消弧形デバイスのなかでは最大容量である4.5kV,3kAGTOサイリスタを用いても、1アームに1素子の3相ブリッジ回路1段では、たかだか定格容量で数百kVAのインバータしかつくることができない。一方圧延機用など数千kWクラスの交流電動機にもインバータ制御を採用しようという動きがでてきた。リニアモータ駆動に対しては数万kVAのインバータが必要といわれている。しかし大容量化は単にデバイスを直並列に接続すれば実現できるというものではなく、多くの開発課題を克服しなければならない。その主なものは、GTOサイリスタに要求される均一な特性,ゲート回路・スナバ回路を含めた素子の直列接続技術,多重接続にマッチしたPWM制御方式,スイッチング周波数の増大に対応した低損失スナバー回路の開発などであり,これらの問題の解決と実用機への適用にむけて研究開発を行った。

 第1章は緒論で、電動機駆動用サイリスタ変換装置の大容量化の必要性,ならびにそれを踏まえた本研究の目的と範囲について述べる。最後に本研究の特長の概要を纏めた。

 サイリスタ変換装置の大容量化の方法としては、サイリスタ自体の大容量化やサイリスタの直並列接続とともに変換装置の多重接続がある。サイリスタの大容量化や直並列接続は、回路構成の基本は変えずに変換回路アームの実質容量を大きくすることにより大容量化を図る方式である。これに対し多重接続は接続方式や制御の仕方の異なる基本接続を組み合わせることにより大容量化と同時に回路特性の改善を図る方法である。本研究においては、この多重接続に関する課題の検討を取り上げた。開発した多重接続変換装置それぞれについて、構成、制御、特性、問題点の検討と考案した対策、試験結果とその考察などについてまとめた。

 第2章では直列多重接続車両用変換装置の研究開発につき述べる。

 単相でき電される交流車両においては、サイリスタ変換装置の点弧位相制御は、無効電力および高調波電流の増大や、直流電流の脈動の増大など種々の問題をひきおこす。無効電力の増大はき電線の電圧降下を増大させ、車両性能を低下させる。高調波電流の増大はき電線のひずみを増大させるとともに、通信線への妨害電流を増大させる。単相整流のため3次、9次など3の倍数の次数の高調波が含まれ、特に3次高調波電流の含有率が大きい。又直流電流の脈動の増大は主電動機の整流を悪化させる。このため順序制御を行う多重接続の採用が必須である。

 まず混合ブリッジ直列多重接続変換装置の特性と点弧パルス制御方式を検討した。この結果変圧器のインピーダンス分布と電圧制御特性の関係を見いだした。これを踏まえて滑らかな電圧制御が確実にできる点弧パルス制御方式を開発した。

 次に回生機能を有する均一ブリッジ直列多重接続サイリスタ変換装置の特性と点弧パルス制御方式の関係を検討した。主回路電流断続時など過渡時のブリッジ間の電圧分担の問題を検討し、問題点を摘出するとともに、点弧パルス制御方式を工夫した対策を開発した。

 第3章では並列多重接続電流形GTOインバータの研究開発につき述べる。

 通常の並列多重接続電流形GTOインバータにおいては、直流リアクトルと電流形インバータを組み合わせたユニットを交流出力側で並列に接続して多重化する。この方式は各インバータごとに直流リアクトルを必要とするので、直流リアクトルが共通に1台で済む方式を検討した。この場合、インバータ同士の循環電流を抑制するための相間リアクトルが必要であるが、直流リアクトルに比べて小型で済む。なお低周波数運転を考慮して出力変圧器は設けない方式を対象とした。並列多重接続においてはそれぞれのインバータの出力電流が加算されてトータルの出力電流となる。この出力電流の波形を改善するため、120+(度)、120-(度)(但しはPWM制御期間)の一対の通流角パターンを設け、このパターンをそれぞれのインバータに交互に配分する方式を開発した。この方式では相間リアクトルに加わる電圧には直流分は含まれない。この結果主回路が簡単で出力電流波形が改善される並列多重接続電流形GTOインバータを開発することができた。出力電流の波形については高調波解析を行い、実験結果と合っていることを確認した。また出力側に小容量のコンデンサを接続し、負荷電流波形がほぼ正弦波になることを確認した。

 第4章では並列多重接続電圧形GTOインバータの研究開発につき述べる。

 並列多重接続電圧形GTOインバータにおいては、2組の電圧形GTOインバータの各相の交流出力端子間に相間リアクトルを接続し、その中点から出力端子を引き出す。なお低周彼数運転を考慮して出力変圧器は設けない方式を対象とした。この接続により、それぞれのインバータの出力電圧に含まれる逆位相の高調波電圧成分は打ち消されて波形が改善される。並列多重接続電圧形GTOインバータのPWM制御は、それぞれのインバータの搬送波信号の位相を180度ずらす方法が一般に用いられている。しかしこの方法では大きな電圧ノッチは解消されず、結果として高調波成分の低減は不充分である。このため出力線間電圧に含まれる電圧ノッチが常に直流電圧の2分の1であるようなPWM制御法を開発し、波形波形を改善することができた。また相間リアクトルの二つの端子の電位を交換すると端子間の電圧の極性は逆になるが中点電位は変わらないことを利用し、出力電圧に影響を与えることなく相間リアクトルの励磁電流を抑制できるPWM制御方式を開発した。これにより相間リアクトルが小形化された。

 以上述べたPWM制御方式の検討結果を15kVA並列多重接続電圧形インバータにより実験で確認した。

 第5章では電圧形GTOインバータの低損失スナバ回路の研究開発につき述べる。高レスポンス制御を行うには、スイッチング周波数をGTOサイリスタの許容限度まであげることが望まれる。その場合スナバ回路の蓄積エネルギーの処理が問題となる。従来から使われているスナバ回路では、蓄積エネルギーが全て抵抗損となるので著しい変換効率の低下を招く。このため蓄積エネルギーを電源または負荷に返還するスナバ回路について研究した。その結果、直列接続されたGTOサイリスタ全体の端子間、即ちアーム端子間に接続する低損失スナバ回路を考案した。このスナバ回路を用いれば、各GTOサイリスタそれぞれのスナバ回路は、デバイスのバラツキのみを考慮したものでよいので大幅に小型化される。ここでは低損失スナバ回路の構成と動作ならびにエネルギー回収効率の解析結果につきのべる。

 以上の研究成果を総合して開発した2750kVA並列多重接続GTOインバータの構成とその試験結果につき述べる。これにより実規模の並列多重接続電圧形GTOインバータにより所期の特性と出力波形を確認することができた。

 第6章では以上の研究を総括して結言をとりまとめた。

 以上述べた開発の成果は現在圧延機用電動機駆動用として製品化が進められているが、それにとどまらずこの技術は電力系統用を含めたほとんど全ての大容量GTO電力変換装置に広く適用可能である。

 以上

審査要旨

 本論文は「電動機駆動用サイリスタ変換装置の多重接続による大容量化に関する研究」と題し、圧延機や電気車など各種の産業分野において必要とされる大容量の電動機の速度制御のための電力変換装置の開発を目的として、サイリスタを用いた直流の変換装置とGTOサイリスタによる電流型および電圧型のインバータの多重接続構成の方法の提案とその特性の解析を行い、直流方式の限界を明らかにするとともに、実用性の高い交流駆動方式を実現するGTO電力変換装置の構成法をまとめたものであって、6章から構成される。

 第1章は「緒論」で、電動機駆動用サイリスタ変換装置の大容量化の必要性、ならびにそれを踏まえた本研究の目的と範囲について述べている。

 第2章は「車両用単相サイリスタ変換装置の直列多重接続」であって、先ず車両用変換装置における点弧位相制御に伴う無効電力および高調波電流や、直流電流の脈動の低減などの問題を解決するために順序制御を行う直列多重接続の採用が必須であることを示している。

 このような直列多重接続を実際の車両の駆動制御に適用するための具体的な条件として、混合ブリッジ直列多重接続変換装置の特性と点弧パルス制御方式を検討し、変圧器のインピーダンス分布と電圧制御特性の関係を明らかにしている。さらに、これに基づいて滑らかな電圧制御が確実にできる点弧パルス制御方式を開発している。回生機能を有する均一ブリッジ直列多重接続サイリスタ変換装置についても同様の検討を行い、主回路電流断続時など過渡時のブリッジ間の電圧分担の問題点を摘出するとともに、点弧パルス制御方式の工夫による対策を述べている。

 第3章は「電流形GTOインバータの並列多重接続」と題して、電流形GTOインバータの並列多重接続についての研究開発の成果をまとめて述べている。

 並列多重接続電流形GTOインバータの経済性を高めるために直流リアクトルを共通に1台とし、交流出力の低周波数運転を考慮して出力変圧器は設けない新しい方式を提案し、並列多重接続の相互の干渉を除くための相間リアクトルの偏磁をさけ、出力電流の波形を改善するため、120+(度)、120-(度)(但しはPWM制御期間)の一対の通流角パターンを設け、このパターンをそれぞれのインバータに交互に配分する制御方式を導いている。これにより主回路が簡単で出力電流波形が改善される並列多重接続電流形GTOインバータを実現し、実験により出力電流の波形の高調波解析との適合や、出力側に小容量のコンデンサを接続することにより負荷電流波形をほぼ正弦波とできることを確認している。

 第4章は「電圧形GTOインバータの並列多重接続」であって、並列多重接続電圧形GTOインバータの研究開発の成果についてまとめている。

 並列多重接続電圧形GTOインバータにおいても、並列接続された電圧形GTOインバータの各相の交流出力端子間に相間リアクトルを接続し、その中点から出力端子を引き出し、低周波数運転を考慮して出力変圧器は設けない方式を提案している。従来の制御方式では大きい、出力線間電圧に含まれる電圧ノッチが、常に直流電圧の2分の1であるような新しいアナログPWM制御法を関発し、出力波形の高調波特性を改善するとともに、相間リアクトルの二つの端子の電位を交換すると端子間の電圧の極性は逆になるが中点電位は変わらないことを利用し、出力電圧に影響を与えることなく相間リアクトルの励磁電流を抑制している。このPWM制御方式の検討結果を15kVA並列多重接続電圧形インバータに適用して、実験でその性能を確認している。

 第5章は「GTOを直列接続した電圧形インバータのスナバ回路の低損失化」と題して、電圧形GTOインバータの応用に不可欠の低損失スナバ回路について検討を加えている。高い制御の応答性をもたせるには、スイッチング周波数をGTOサイリスタの許容限度まであげることが望まれるが、スナバ回路の蓄積エネルギーが損失となって変換効率を低下させる。これを防ぎ、電源または負荷にエネルギー返還するスナバ回路方式について研究し、直列接続されたGTOサイリスタ全体の端子間、即ちアーム端子間に接続する回生スナバ回路を考案し、個別の素子毎のスナバ回路と組み合わせることを提案している。各GTOサイリスタそれぞれのスナバ回路は、デバイスのバラツキのみを考慮したものでよいので大幅に小型化される。この低損失スナバ回路の動作ならびにエネルギー回収効率の解析結果を述べて、その有効性を示している。

 以上の研究結果を総合して開発した2750kVA並列多重接続GTOインバータの試験結果により所期の特性出力波形を確認し、第4、5章で提案した方式の実規模装置での有効性を検証している。

 第6章は「結言」であって、本研究の成果を要約している。

 以上、これを要するに、本論文は産業用の直流および交流大容量電動機駆動に用いられるサイリスタ変換装置の多重接続に関して、それぞれの回路の構成および制御について独自の方法を提案するとともに実規模の試験装置によりその性能を検証することによって、大容量電動機駆動装置の実用化に有用な知見を与えているものであり、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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