学位論文要旨



No 211979
著者(漢字) 木村,茂治
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,シゲハル
標題(和) 走査光学顕微鏡の光学特性に関する研究
標題(洋) Studies on Optical Properties of Scanning Optical Microscopy
報告番号 211979
報告番号 乙11979
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11979号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 桜井,捷海
 東京大学 助教授 楠見,明弘
内容要旨

 走査光学顕微鏡(SOM:Scanning Optical Microscope)においては、観察物体に細く絞り込んだ光ビームを照射し、限られた照射領域から信号を得る。走査技術を併用することにより、この信号を画像化することができる。SOMの近年の発展は、高いエネルギーで細く絞り込むことのできるコヒーレンシの高いレーザ光の出現によるところが大きい。また、電気回路及びマイクロコンピュータの急速な進展もこの発展に寄与している。

 従来タイプの光学顕微鏡とSOMとでは、画像を形成するための信号の取り込み方法が異なる。従来タイプのものは必要とする画像情報をすべて同時に取り込む。一方、走査型の場合は画像データを順次時系列で取り込み画像を形成する。このため、走査型では時間を要し、かつ画像を構成するための複雑な電子装置を必要とする。しかし、走査型のものは従来タイプを超える長所を有する。それらの長所とは、1)迷光が少ない、2)画像情報が初めから電気信号なので、信号処理が容易である、3)目に見えない物理量を可視化できることがある、4)歪みの少ない状態でレンズの視野を越える広い領域の画像を得ることができる、等である。

 近年、SOMのなかでも、共焦点走査光学顕微鏡(CSOM:Confocal Scanning Optical Microscope)が注目されている。その理由は、CSOMの光学特性が従来の光学顕微鏡より優れているからである。このため、従来の光学顕微鏡の分解能の限界に近づきつつある半導体高集積回路素子のパターンの検査に有効であるとの期待がある。また、蛍光を検出するCSOMは、3次元的な光学特性に優れており生物細胞の立体的な観察に有効である。

 図1に蛍光CSOMの基本構成を示す。細く絞り込んだ励起光を走査可能な蛍光観察物体に照射し、ピンホールを透過する蛍光信号により画像を得る。この顕微鏡の3次元光学伝達関数(OTF:Optical Transfer Function)の蛍光波長およびピンホール半径に対する依存性を検討した。図2(a)には蛍光が励起光と同波長の場合、(b)には蛍光波長が励起光波長の6倍の場合の3次元OTFを示す。sおよびwは横方向および光軸方向の空間周波数である。蛍光波長が励起光波長と等しい場合、蛍光CSOMの3次元OTFの横方向の帯域は、励起光波長での従来のインコヒーレントな顕微鏡の帯域の2倍となる。また、従来の顕微鏡の結像系において見られる光軸方向での帯域の欠落は出現しない。このようなことから、蛍光CSOMは光軸方向の分解能が優れており、3次元計測に適しているといえる。しかし、蛍光波長が長くなると、3次元OTFの帯域は横方向および光軸方向において狭くなってくる。特に、光軸方向では原点方向に帯域の欠落が次第に現われてくる。蛍光波長がさらに長くなると、3次元OTFは従来の結像系の3次元OTFに近づき、3次元計測には適さなくなってしまう。また、従来の蛍光顕微鏡においては、蛍光波長が長くなると、分解能がなくなってしまうが、蛍光CSOMにおいては、励起光波長における従来の蛍光顕微鏡の3次元OTFの帯域より悪くならない。また、大きいピンホールを使用する場合も、蛍光波長を長くするのと同様の影響が3次元OTFにあり、蛍光CSOMの3次元OTFは悪くなる。実験においては、蛍光を発するホトレジストの立体形状を非破壊で観察することにより、その有用性を示した。

図1 蛍光CSOMの基本構成図2 蛍光CSOMの3次元OTF。高さはOTFを表わす。蛍光波長は(a)(b)6

 また、新しい方式の暗視野のCSOMを実現した。物体による光の回折波が境界回折波と直接波とで構成されると考えるならば、暗視野顕微鏡は境界回折波のみを検出するものと考えてよい。境界回折波は直線エッジによって偏光方向が変化するので、この変化を検出すれば暗視野となる。理論解析においては、直線エッジから発生する境界回折波の偏光状態を、完全導体の半平面に対する厳密な回折理論に基づき計算した。これらの結果によれば、直線偏光の照射光を使用した場合、直接光を完全に遮断するように検光子を設置すると、照射光の偏光方向に対して同じ方向あるいは垂直方向の直線エッジによる境界回折波は検光子を透過しなくなる。したがって、すべての方向のエッジを検出するためには、照射光として円偏光を使用する必要がある。そして、境界回折波の円偏光からのずれを検出するようにすれば、境界回折波のみを検出できるようになるので、暗視野の条件を満たすようになる。このような方針に基づいた共焦点走査暗視野偏光顕微鏡を構成することにより、すべての方向のエッジが暗視野で観察可能となった。

 次に、ピンホールの代わりにシングルモード光学ファイバを使用するCSOMの光学特性を検討した。シングルモード光学ファイバは基本モードだけを透過するので、コヒーレントな検出器として動作する。これは、通常の検出器が検出面に入射した光を強度の面積分として検出するのとは異なる。ファイバを透過する光場は、ファイバ端面での入射光場と基本モードの固有関数との積のファイバ端面における面積分で表され、透過光量はこの積分の絶対値の2乗に比例する。図3にファイバコア半径を変化させたときのコヒーレント伝達関数を示す。コア半径が十分小さいときは、微小なピンホールを使用する従来のCSOMと同様の光学特性を有するが、コア半径が大きくなると、コヒーレントな従来の光学顕微鏡の光学特性に近づくことがわかる。また、観察物体としての平面鏡を光軸方向で走査したときの応答特性を、規格化されたコア半径に対して計算した。実験では、ファイバへの入射光の開口数を変化させることで規格化されたコア半径を実質的に変化させ、半導体素子表面の画像をとった。コア半径を大きくしたときの画像は、コア半径が小さい場合と比較して、粗いものとなった。すなわち、コア半径を大きくすると、分解能が悪くなることが実験的にも明らかになった。

図3 ファイバコア半径を変化させたときのCSOMのコヒーレント伝達関数。ウェーブガイド・パラメータは2.4。

 CSOMにおいては、光検出器の前に配置するピンホールが分解能向上のために非常に重要な役割をしており、最大の性能を引き出すためには最適な共焦点位置にピンホールを設置する必要がある。本論文では、反射タイプおよび蛍光タイプのCSOMにおけるピンホールの光軸方向の位置あわせについて検討した。具体的には、ピンホールを光軸方向で共焦点位置から変位させたCSOMにおいて、光軸方向に移動する平面鏡および蛍光膜からの応答信号を計算した。そして、実験でも、上記の応答信号を測定した。その結果、反射タイプのCSOMのピンホールの位置調整において、最適位置を平面鏡からの反射光が最大になる位置とすると、そのピンホール位置は必ずしも共焦点位置になっているとは限らないことが明らかになった。したがって、反射タイプにおいては、コントラストのある観察物体を用いて、コントラストが最大になるように調整すべきであるとの指針を得た。一方、蛍光タイプの場合は蛍光膜を使用して蛍光信号が最大になるようにピンホール位置を調整すれば、それが最適位置になっている。

 最後に、集光したレーザ光を走査するパターン欠陥検査装置について検討した。高集積回路のパターン欠陥あるいは異物は同路の断線や短絡を引き起こし、製品の歩留りを下げる原因となる。半導体素子製造プロセスで多用されるパターンのエッジの方向は45度毎に4方向あり、パターン欠陥や異物はこの規則性からはずれていることが多い。ここで述べる検査方式では、欠陥の少ないチップからパターンの規則性に関する情報を収集し、この規則性からはずれたパターンを有するチップを不良と判定する。具体的には、パターンエッジによって回折されたレーザ光の強度分布からそのパターン形状の特徴情報を得る。装置構成を図4に示す。回折光のみを検出するために、基板からの反射光が入射しない位置で、かつ直線エッジからの強い回折光が入射しない方向でフレネルレンズ、光ファイババンドル、および光電子増倍管を用いて回折光を検出する。レーザ光のスポットサイズは7.6mである。周囲に配置された計8個の光電子増倍管の信号の強弱の組み合わせが、パターンの形状の特徴を表わす信号になっている。このパターン欠陥検査装置により、シリコンナイトライド膜上のホトレジストパターンに付着した直径約0.8mの欠陥が検出できるようになった。

図4 パターン欠陥検査装置の構成。(a)光学構成;他の7個の光電子増倍管は省略。(b)回折光検出のためのフレネルレンズの配置位置。

 まとめると、本論文では、主にCSOMについて記述しており、その顕微鏡の検出光が蛍光あるいは反射光である場合の光学特性を検討している。蛍光を検出するタイプに関しては、蛍光波長および検出器前のピンホール径の光学特性への影響の検討、さらに蛍光によるホトレジスト深穴の非破壊形状計測を行っている。反射タイプに関しては、シングルモード光学ファイバを使用したときの光学特性の研究、および偏光を利用した暗視野CSOMの研究について記述している。これらの研究により、従来の光学顕微鏡と比較して、CSOMの優れた点を明らかにしている。

 将来は、いろいろな種類のCSOMが現われると予想される。そのなかでも、ラマン散乱や非線形光学効果による光を検出するCSOMが重要である。これらの顕微鏡は3次元的な歪み分布や物質の分布を明らかにできる可能性がある。集積度を上げるために半導体集積回路の構造が深さ方向に広がっているので、これらの分野は今後重要になると思われる。また、CSOMの信号処理において、光電子素子が大きい役割を果たす可能性がある。

審査要旨

 本論文は、"Studies on Optical Properties of Scanning Optical Microscopy"(走査光学顕徴鏡の光学特性に関する研究)と題し、最近進展が著しい走査光学顕微鏡の光学特性の解析と、その、電子デバイスの検査装置への応用についておこなった一連の研究を纏めたもので、8章よりなる。

 第1章は"Introduction"と題し、本研究の背景となる走査光学顕微鏡の一般的な特徴と、本論文の構成について述べたものである。

 走査光学顕微鏡の短所および長所を列挙した後、近年注目されている共焦点走査光学顕微鏡(CSOM)の優れた光学特性について概観している。

 第2章は"Fundamentals of Confocal Microscopy"と題し、CSOMの基本的な光学特性について述べたものである。

 光学特性の計算は、光学座標を使用することにより行っている。ここでは、ハイゲンス・フレネルの原理を出発点にして、光学座標が導入される過程を述べている。そして、この計算に基づく点像分布関数を、従来の光学顕微鏡とCSOMの両者において比較することにより、CSOMの分布関数の方が狭いことを示している。

 第3章は"Fluorescent Confocal Microscopy"と題し、蛍光を検出するCSOMについて述べたものである。

 蛍光波長および検出器前のピンホールの大きさを変化させたときの、蛍光CSOMの3次元光学伝達関数(OTF)への影響を検討している。蛍光波長が励起光波長と等しい場合、3次元OTFの横方向の帯域は、励起光波長での従来のインコヒーレントな顕微鏡の帯域の2倍となる。しかし、蛍光波長が長くなると、3次元OTFの帯域は横方向および光軸方向において狭くなってくる。特に、光軸方向では原点方向に帯域の欠落が次第に現われてくる。また、大きいピンホールを使用する場合も、蛍光波長を長くするのと同様の影響が3次元OTFにあり、蛍光CSOMの3次元OTFは悪くなる。

 実際にホトレジストからの蛍光を検出し、非破壊でホトレジストの深穴断面構造の観察を行い上記解析結果の検証をおこなっている。

 第4章は"Confocal Scanning Dark-Field Polarization Microscopy"と題し、共焦点走査暗視野偏光顕微鏡について述べたものである。

 暗視野検鏡を実現するために、円偏光の照射光がエッジによって変化するのを検出する。これにより、すべての方向のエッジを暗視野で観察できるようになることを示している。

 第5章は"Confocal Microscopy with Single-Mode Optical Fiber"と題し、シングルモード光学ファイバを用いたCSOMについて述べたものである。

 初めに、CSOMのピンホールの代わりに、シングルモード光学ファイバを使用したときのコヒーレント伝達関数および光軸方向での応答特性を計算している。実験的には、ファイバへの入射光の開口数を変化させることで規格化したコア半径を実質的に変化させ、半導体素子表面の画像を撮影している。コア半径を大きくしたときの画像は、コア半径が小さい場合と比較して、粗いものとなり、分解能が悪くなることを明らかにしている。

 次に、ファイバを蛍光CSOMのピンホールおよび光源の代わりに使用したときの光学特性について検討している。この光学系では、蛍光は自動的にファイバ端面に戻るようになっているので、光学調整が容易である。

 この顕微鏡の2次元OTFおよび3次元OTFを計算している。その結果は、ファイバのコア半径を大きくすると、すべての方向で分解能が悪くなるので、コア半径を光学単位で1程度に小さくする必要があることを示している。

 第6章は"Effect of Axial Pinhole Displacement in Confocal Microscope"と題し、CSOMにおける光軸上のピンホール位置ずれの効果について述べたものである。

 光軸上での最適位置から、ピンホールを変位させた反射および蛍光タイプのCSOMにおいて、光軸方向に移動する平面鏡および蛍光膜からの応答信号を計算している。そして、実験的にも、上記の応答信号を測定している。その結果、次のことを明らかにしている。

 反射タイプのCSOMのピンホールの位置調整において、最適位置を平面鏡からの反射光が最大になる位置とすると、そのピンホール位置は必ずしも共焦点位置になっていない。

 一方、蛍光タイプの場合は蛍光膜を使用して、蛍光信号が最大になるようにピンホール位置を調整すれば、それが最適な共焦点位置となっているということを明らかにしている。

 第7章は"An Optical Method for Inspecting LSI Patterns Using Reflected Diffraction Waves"と題し、反射回折光を用いるLSIパターン検査方法について述べたものである。

 半導体素子製造プロセスで多用される、パターンのエッジの方向は45度毎に4方向あり、パターン欠陥や異物はこの規則性からはずれていることが多い。

 ここで述べる検査方式では、欠陥の少ないチップからパターンの規則性に関する情報を収集し、この規則性からはずれたパターンを有するチップを不良と判定する。具体的には、パターンエッジによって回折されたレーザ光の強度分布からそのパターン形状の特徴情報を得る。このパターン欠陥検査装置により、シリコンナイトライド膜上のホトレジストパターンに付着した直径約0.8mの欠陥が検出できることを示している。

 第8章は"Conclusions"と題し、本論文の結論であって、本研究の成果をまとめている。

 以上これを要するに、本論文は、電子デバイスの検査等に応用される共焦点走査型光学顕微鏡について、その光学的特性の解析法について述べ、光ファイバを用いるもの、あるいは、蛍光型の共焦点顕微鏡について、その特性の解析と改善法の提案、ならびに、これらの成果としての電子デバイスの検査装置の開発等、電子デバイス技術、光学電子技術の進展に寄与するところが多大であり、電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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