学位論文要旨



No 211980
著者(漢字) 虎尾,彰
著者(英字)
著者(カナ) トラオ,アキラ
標題(和) 鉄鋼業におけるオンライン光応用表面計測の研究
標題(洋)
報告番号 211980
報告番号 乙11980
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11980号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 助教授 出口,光一郎
 東京大学 助教授 安藤,繁
内容要旨

 本論文は,鉄鋼業における高付加価値製品の代表である表面処理鋼板や薄鋼板を対象として,その品質を管理するためにオンラインで表面諸特性を計測する問題を研究したもので,具体的には,1)塗装鋼板の測色,2)メッキ鋼板の被膜厚計測,3)レーザダル加工ロールの表面微細凹凸パターンの計測,の問題を取り扱っている.

1.塗装鋼板の測色

 亜鉛めっき鋼板に有機塗料を焼き付け塗布した塗装鋼板(着色亜鉛鉄板)は主として建材としての用途が多いが,その品質上要求される特性としては物理,化学的性質と同時に色調などの光学的性質も重要であるため,製品からサンプルを切り出してオフライン色差計によるパッチ測定による品質管理がなされていた.しかし,同一色調の鋼板を安定的に生産し,かつ,色調異常の早期発見や試し塗り時の色調の迅速チェック,色調制御などを可能とするために,オンラインによる鋼帯全長にわたる連続測色の実現が望まれていた.

 塗装鋼板製造工程での測色には,色差の高分解能測定が可能であること,設置時の安全性や保守性の観点から測定距離が長いこと,連続測定に耐えられる安定性,再現性に優れていること,の3点が主に必要となるため,従来の技術では対応ができなかった.そこで新たなオンライン望遠測色装置を開発した.

 この装置では,分光系に回折格子とフォトダイオードアレイを使用して可視波長領域において,10または20nmおきの等波長間隔の分光測光方式を採用することにより,高い色差分解能を実現した.また,タングステンランプを高輝度で結像する方式を採用して,測定距離が100mm以上と安全性に優れた性能を得た.市販のオフライン測色計と本測定装置による色差測定値の対応は±0.2以内の差で一致しており,非接触,望遠測定方式として実用上充分に満足できる性能である.また,光ファイバを用いて3波長での光源強度変動補正を行うことにより測定値の安定性を高めている.このため,測定の再現性は±0.1以内を実現している.

 本装置によるカラー鋼板製造ラインへの適用実験の結果,各色の標準サンプルとの色差をオフライン測定値と±0.2以内の差で測定可能であり,長時間の連続測定においても高い再現性が得られた.また,白色度の値を用いることにより酸洗鋼板の変色度をオンラインで測定可能であることも示した.さらに,オンラインで得られる測色パラメータを利用して,鋼板の表面焼き付け状態管理やカラータイル,銅箔,紙など鉄鋼製品以外の品質管理への応用も可能である.

 本研究によって開発した装置を用いることにより,製造工程におけるオンラインの品質管理が可能となり,歩留り向上,作業工程の簡素化・省力化などに大きく寄与した.

2.メッキ鋼板の被膜厚計測

 クロムメッキ鋼板は缶用材料として多く使用されているが,高分子接着材による接着特性や耐水経時劣化性,加工後の耐食性,溶接性,耐熱性等,品質上多くの特性が要求されている.これらの諸特性は,メッキ鋼板上の極薄酸化被膜厚と関係があるために被膜厚の管理は重要であり,オンラインでの鋼板全長にわたる連続測定が要求されている.被膜厚は約10〜20nmと薄いために,従来はオフラインでの破壊測定が行われていたが,より厳しい品質管理のためにオンラインでの非破壊測定が望まれていた.そこで,新しい原理に基づくオンライン連続被膜厚測定装置を開発した.

 クロムメッキ鋼板上に形成された酸化クロムは紫外波長領域の光を良く吸収する特性があるため,この性質を利用して,反射光強度の測定から被膜厚さを推定する方法を研究した.具体的には,照射光源に水銀ランプを使用し,吸収の大きい波長(1)としてランプの基線のうちの例えば313nmあるいは404.8nmを使用して反射光強度を測定する.また,オンライン測定時の鋼板パスライン変動や反射光強度変動の影響を軽減するために,吸収の少ない波長(2)である546.1nmにおける反射光強度も同時に測定し,それら2波長での反射光強度比I(1)/I(2)と被膜厚さとの関係を利用して膜厚を推定する.

 次に,偏光解析法により求めた光学定数を用いて,被膜における多反射モデルより2波長反射光強度比を計算し,計算値が実測値と良く一致することを示した.この計算値を検量線とすることにより,被膜厚さ換算にして約30nmまでの極薄酸化被膜厚を高精度で測定できることを示した.

 まず,上記の手法を用いてオフライン測定装置を試作し,この手法によって被膜厚測定が可能であることを示し,次にオンライン測定装置を製作して,実際の製造ラインでの測定を実現した.その結果.同一コイル内での被膜厚を±1.4mg/m2以内の推定精度で測定可能できることを示した.

 メッキ鋼板の原板の材種,粗度,コイル等がかわると下地表面の反射特性が変化するために被膜厚変動以外の要因による反射光強度変動が生じて,被膜厚測定精度が低下する.従って,原板の反射特性を補正する必要が生じるが,その対策としてメッキ前の原板の反射光強度を同一波長で測定しておき,メッキ後の同一地点を測定した値との比を演算する方式を提案した.この補正方式を用いると,生産対象である全材種と粗度条件に対して,コイル長手方向被膜厚みむら,破壊試験からの分析値誤差等を考慮して約2mg/m2の推定誤差での測定が可能である.

 本研究により,極薄被膜厚さのオンライン測定技術を確立し,製品の品質管理向上に寄与することができた.

3.レーザダル加工ロールの表面微細凹凸パターンの計測

 レーザダル加工技術を利用したロール加工法は高鮮映性鋼板の製造のために有効であることが明らかにされてきたが,塗装後の鮮映性を決定する要因は把握されていなかった.また,加工中の高速回転ロール表面の微小パターン測定がなされていなかったので,最適なパターンの加工状況がモニタできず,従って,目標とする鋼板製造のためのロール表面の品質管理が実施出来ない状況にあった.本研究は,鋼板塗装後の鮮映性と表面微細凹凸形状との関係を解析して鮮映性を決定する因子を明確にするとともに,ロール表面の微小パターン測定が可能となるインライン測定装置を開発して,ロールの品質管理を向上させることを目的としてなされた.

 レーザダル加工ロールにより製造される鋼板の微細凹凸形状を詳細に解析するためには従来からの2次元的粗さ解析に代わり,面としての特性把握のための3次元解析が有効である.まず,粗面の各点間の差分を計算する傾斜角分布解析から得られる新たなパラメータ,平坦面積率(W2)を用いることで塗装後の鮮映性を評価することが可能であるを明らかにした.さらに,W2値に加えて平均面粗さ(SRa),平均面うねり(SWca)値を組み合わせた実用的なパラメータFc値を提案した.この値は塗装後の鮮映性に良く対応する指標であるので,ある種の高級鋼板の表面品質管理に実用されている.

 レーザダル加工中の高速回転ロール表面パターンの2次元的配置パラメータ,例えば各マイクロクレータ間のピッチやクレータ径を測定するためには,ロールの最大周速が約10m/secと高速であるために,ストロボ光のみにより撮像した静止画像では鮮明度が不足する.そこで,ロールの回転速度に同期した接線速度を有する高速回転ミラーとストロボ光とを組み合わせた撮像系による静止画像計測システム,さらに,得られた画像から自動画像処理を行うことでピッチ,径等を算出する画像処理システムを開発した.この開発装置はロール最大周速においても鮮明な静止画像を撮像可能であり,実測との比較において約±10mの精度で各パラメータを測定できることを示した.

 本装置によりロール回転中の加工状況をモニタでき,ロール品質の管理ばかりでなく加工装置の設備診断的役割としても有用であることを検証した.

 本研究により,ロール加工と鋼板表面微細凹凸形状との関係,さらには塗装後の鮮映性との関係が明らかにされたので,高鮮映性鋼板の安定製造に寄与することができた.

 なお,本研究で開発した光応用表面計測技術は他の鉄鋼製品や鉄鋼以外の製造プロセスへの応用も可能であると思われる.

審査要旨

 本論文は、「鉄鋼業におけるオンライン光応用表面計測の研究」と題し、6章より構成されている。高品位鋼板の製造においては、各加工工程での鋼板表面諸特性の管理が重要になる。本論文はそのために開発した3種類の光応用計測システムについて報告したもので、過酷な環境のなかでオンライン連続計測を可能とした点に特徴があり、工場内で実際に稼働させて長期安定に動作することも実証している。

 第1章は緒論であり、本研究の目的、従来の研究の問題点と本研究の特徴、および、本論文の構成を述べている。

 第2章は「塗装鋼板の測色」と題し、塗装鋼板のオンライン連続測色システムの開発について報告している。塗装鋼板は、高速走行する亜鉛メッキ鋼板に有機塗料を塗装したあと焼き付けを行って製造する。従来は製品を巻き取りしたあと小面積のサンプルを切り出し、試験室に設置されている測色計に挿入して測色していた。本研究は、走行する鋼板の塗装色を連続的に計測するシステムを実現したもので、走行鋼板と検出部の間隔を大きく取るため、光源を走行鋼板上に高輝度で結像させ、長焦点距離光学系を用いて受光する方式を採用していること、高分解能の測色を可能とするため、回折格子とフォトダイオードアレイを用いて波長400-700nmの範囲を10nmの分解能で検出していること、光源の発光強度の変動が各波長において一様ではなくスペクトル分布が変動する事実に注意し、この変動を補償するために光源発光を3個の波長帯域に分解して各帯域での強度を検出して補正計算を行っていること、などの特徴を有する。種々の誤差要因に対する検討を行い、計測値の再現性は色差±0.1以下、標準測色計との対応は色差±0.2以下と報告している。

 第3章は「メッキ鋼板の被膜厚計測」と題し、缶用クロムメッキ鋼板上のクロムメッキ層厚さのオンライン連続計測システムの開発について報告している。従来は、製品を巻き取りしたあと小面積のサンプルを切り出し、試験室でクロムを溶解させて単位面積当たりのクロム質量を求める方法を用いていた。本研究は、走行する鋼板上のクロムメッキ層厚さ(質量で10-30mg/m2程度、厚さで10-30nm程度)を連続的に計測するシステムを実現したものである。まず、クロムメッキ被膜に光を照射した場合の反射特性について理論的および実験的検討を行い、可視領域の波長の場合には反射強度は被膜厚さに依存せずほぼ一定であるが、紫外領域の波長の場合には被膜厚さに依存して反射強度が変化する事実に着目し、波長546nmにおける反射強度と波長404nmにおける反射強度との比により厚さを求める計測方法を提案している。光源としてはハロゲンランプを用い、回転円盤に取り付けた2個の干渉フィルターとフォトダイオードによって2波長における反射強度を検出している。種々の誤差要因に対して検討を行い、同一鋼板コイル上のメッキ層厚さの変動を計測する場合には、5-30mg/m2の測定範囲における測定誤差は±1.4mg/m2以下と報告している。ただし、鋼板コイルが異なると下地表面の反射特性が同一であることが保証されなため、測定精度が低下する。これに対しては、メッキ前の原板の反射特性をも測定して補償する方式を提案している。

 第4章では、「レーザーダル加工ロールの表面微細凹凸パターンの計測」を取扱っている。自動車用鋼板では、プレス加工性を良好にするために表面にある程度の粗さを持たせる必要があるが、一方、塗装後の表面反射特性を良好にするためには表面の平滑性を維持する必要がある。このため、表面に適切に設計された微細凹凸を持つ圧延ロールを用いて圧延を行っている。この微細凹凸は、圧延ロールを高速回転させながらその表面に高出力炭酸ガスレーザーを照射して加工するが、加工中に設計凹凸パターンが正確に形成されているかどうかを監視するのが望ましい。本研究は、加工中に連続的に凹凸パターンを計測するシステムを実現したもので、10m/sの速度で走行する表面上の0.5mm×0.7mm程度のサイズの凹凸を正確に撮像するため、閃光時間100sのストロボ照射と回転ミラーによる追従撮像を組み合わせて、高拡大の静止画像撮像を行っている点に特徴がある。また、凹凸パターンの形状と反射特性の良好性との関係について新しい評価方法を提案し、その有効性を確認している。

 第5章は、「関連分野への応用」と題し、光応用表面計測技術の関連分野への応用について議論している。

 第6章は結語であり、本研究の成果を要約している。

 以上を要するに、本論文は、高品位鋼板の製造において重要な鋼板表面諸特性を加工中に管理するために3種類の光応用計測システムを開発した結果を報告したもので、過酷な環境のなかでオンライン連続計測を可能とした点に特徴があり、また、工場内で実際に稼働させて長期安定に動作することも実証しており、計測工学上寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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