学位論文要旨



No 211981
著者(漢字) 益田,恭尚
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,タカヒサ
標題(和) 作業員被ばく低減によるBWRプラントの信頼性・経済性向上についての開発研究
標題(洋)
報告番号 211981
報告番号 乙11981
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11981号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 班目,春樹
内容要旨

 世界のエネルギー需要の伸びと環境問題解決のため原子力発電の必要性が増大している半面、原子力発電の安全性と経済性に対する要求は益々高まりをみせている。これらの社会的要請に応えるため、原子力発電所の一層の信頼性と経済性の向上を目指した改良を進めることが必要である。

 本研究はBWR原子力発電プラントの信頼性・経済性をさらに高めるための技術について分析した結果、最も効果があると評価した作業員の被ばく低減技術について、原子力発電プラントのエンジニアリングに長年従事してきた経験を踏まえ、開発の考え方について、その位置付け、被ばく低減に係わる因子の解明、被ばく低減のための方策、被ばく低減対策を実プラントへ採用するための評価手法についての方法論を述べ、この評価手法に従って被ばく低減対策を実施した結果どのような成果を上げることができたかについて明らかにすることである。

 原子力発電所の信頼性、経済性向上の要因を分析し、原子力発電所特有の課題である作業員被ばくの低減を実施することはこれらと密接な関係にあると分析した。

 即ち、被ばく低減対策を実施することにより、対策そのものが機器システムの信頼性向上に繋がると共に、保守性の改善を通してプラントの信頼性向上が期待できる。

 また、被ばく低減は保守費の低減や、廃棄物量の低減等を通してプラント保守費の低減効果が期待でき、プラント建設費の上昇に見合う経済効果が得られることから、総合的にみてコストミニマムを達成する近道であると評価した。

 各被ばく低減対策の実施に当っては、その効果を評価し、これを経済的価値に換算しコストメリットを評価する必要がある。この目的で、被ばく線量当量を直接経済価値に換算する手法を開発した。

 即ち、被ばく線量当量の低減に伴う定期検査(定検)工数の低減予想算定式を立て、線量当量が半減した場合の工数を算定し、その結果を用いて人・rem当りの経済価値を求めた。さらに、定検期間の短縮と、放射性廃棄物量の低減の経済的効果を合わせ評価する手法を導入した。

 被ばく低減方策の検討に当たっては、被ばくに関わる因子につき分析・評価し、被ばく低減は作業環境線量率と放射線を受ける作業時間の両面から検討すべきであると分析した。

 作業環境線量率については、その基となる放射線源は実プラントのデータからその大部分がコバルト(Co)の放射性同位元素60Coであり、これが鉄錆(クラッド)に随伴されてプラント内に持ち運ばれる事を明らかにした。

 この分析結果に基づき、効果的な放射能低減対策を立案するために、これら線源の挙動を記述する放射能挙動モデルを作成した。そしてこのモデルを基に、各要素相互の相関を求める解析モデルを開発した。このモデルをもちい、原子炉一次系冷却水に接する材料面と、水質管理などの各影響因子について解析と分析を行った。

 被ばく作業時間については実プラントの作業分析を行い、各作業を実施する場所の放射線マップ、各作業の作業時間、被ばく線量当量を求め、要因分析と改善策について検討を行った。また、作業環境線量率の低減に繋がる遮蔽についてもその性格上、作業性改善と並行して分析評価した。

 これらを基に、放射線源低減の視点から材料の選択、水化学と水質管理、また、作業時間の低減の立場から自動化の採用など広範囲で落ちのない被ばく低減方策を立案した。これら、各方策について被ばく低減等の効果を求め、先の評価手法により経済価値を算定し、効果があると評価したものについては積極的に採用を進めた。

 放射線源低減についてはクラッド低減対策とCo低減対策につき、以下に述べるように研究の考え方と具体的内容について検討した。

 クラッド低減のためには、給・復水系での発生の抑制と、発生したクラッドの炉心への流入抑制、さらには炉心内のクラッドの拡散防止が重要であると分析した。

 発生の抑制にはコストメリットを評価し、二層流によるエロージョンの起こりやすい抽気管などにはクロムモリブデン鋼のような耐食性材料の採用し、酸素注入が採用できる給水系配管は冷却水の酸素濃度を20ppb〜にコントロールすることが腐食量抑制に有効であると評価した。

 しかしこれだけでは目標給水クラッド濃度を得るに不十分であると評価した。このため、復水脱塩装置の前にろ過脱塩装置を設置し、このクラッド除去性能の向上について開発研究をおこなった。ついで、このろ過脱塩装置に代えて、2次廃棄物が発生しない中空糸膜フィルターを開発し、クラッド濃度を当初の目標である1ppb以下に抑えることに成功した。

 Co低減をのためにはプラントの一次系構成材料の低Co化を計った。先ず、一次系構成材料として表面積の大きいステンレス鋼中の不純物Coの含有量を低減した。

 また、構成材料として使用している超硬コバルト合金に変えCoを含まない代替超硬合金を開発し、その採用を進めた。

 さらに中性子照射を直接受け60Coを生成する燃料スペーサに対し、気中酸化により表面に安定な酸化被膜を作り、腐食抑制を計る表面処理法を開発し適用した。

 水質管理面からは炉水中のCoイオン濃度と配管内面への60Co付着量とは密接な関係があると評価し、Coと似た性質を持ち、Coの挙動に大きな影響を持つニッケル(Ni)をNiフェライトとすることにより、炉水中へのNiおよびCoの溶出を抑え、炉水中のNiおよびCoのイオン濃度を低下させることを狙い、ニッケル鉄コントロールを実施した。これは炉水中のNi/Fe濃度比をフェライト生成の化学量論比:0.5以下に保つため、給水の鉄(Fe)濃度をコントロールする方策である。

 被ばく時間の短縮については、保守性を考えたレイアウトの改善、供用期間中検査(ISI)の完全実施と対象箇所の低減を狙った大型鍛造材の採用、ISIの自動化などISIに関わる改良を積極的に推進した。

 また、特に重点項目として被ばくの多い作業について、作業の遠隔化と省力化を狙い自動機の開発と導入を進めた。その代表例は、燃料自動交換機、制御棒自動交換機、点検ロボットなどである。

 このような評価手法に基づき作業員の被ばく低減対策を実施した結果、総合的には被ばく線量等量の1桁低減を達成することができた。

 そして、被ばく低減技術の主要ポイントとしては、クラッドの大幅低減の効果と、Co低減の効果が明らかになった。また、自動機の導入は被ばく低減に効果があるだけでなく、作業安全と作業の信頼性向上にも効果が大きいことが明確となった。このような評価の結果から、本評価手法が妥当であることが明らかになった。

 今後の課題としては、さらなる放射線源の低減に向けての研究開発と、被ばく低減効果の放射線管理面での活用が望まれるところである。

審査要旨

 原子力発電は安定した基幹電源のひとつとして着実に実績を積み重ねているが、今後に向けて、さらに信頼性や経済性を高めていくことが要請されている。本論文は、わが国の原子力発電プラントの約半数を占める沸騰水型原子力発電プラント(BWRプラント)に関して、作業員の被ばく低減が信頼性・経済性向上に大きな影響をもつとの判断に立ち、体系的な考察に基づいて、被ばくの原因となるプロセスの解明と、その改善のための新技術の開発を進め、それらの有効性を実機について実証したものであり、論文は八つの章から構成されている。

 第1章の序論においては、BWRプラントの被ばく低減の必要性の背景ならびに研究課題について、明確な分析と整理を行ない、併せて本論文の目的と構成を述べている。

 第2章はBWRプラントの設計から見た被ばく低減の位置付けに関する章である。著者はまず、BWRプラントの設計の進め方と設計理念を示したのち、これらに基づいてBWRプラントの信頼性・経済性向上と作業員被ばく低減との相関関係について、具体的なデータを踏まえながら独自な分析を行ない、被ばく低減対策をとることが総合的なコストミニマムを達成するために極めて効果的であることを明らかにしている。

 第3章は被ばく低減対策を採用するに当たっての評価手法の開発に関する章である。一般に、被ばく低減の対策をとるに際しては、各対策毎にその効果について評価し、これを経済価値に換算していくことが考えられるが、そのような手法は実際的には複雑で困難なことが多い。そこで著者は、被ばくの線量当量(単位:人・シーベルト)を直接に経済コストに換算評価する簡易評価手法を導入し、環境線量率と作業人工数の関係のモデルに基づいて、被ばく低減の経済効果を算定している。また、被ばく低減・対策の副次的効果としての定期点検期間の短縮、放射性廃棄物量の低減等による経済性向上の要素についても、定量的な検討を行ない、有意義な結論を導いている。一方、被ばく低減のためのプラントの設計・設備対応として、どの程度までが妥当と判断されるかについても、既設プラントと新設プラントの場合に分けて、それぞれ詳しい定量的な指針を与えている。

 第4章は被ばくに係わるプロセスと因子に関して、それぞれの物理的機構ならびに因子間の相関についての研究成果をまとめた章である。具体的には、主要被ばく放射線源としてのコバルトと鉄クラッドについて、原子炉・1次系における振舞いを、モデル解析と実験の両面から考究し、併せて水化学や材料選択の観点からの基本的な対策の在り方を明らかにしている。

 第5章では水化学と水質管理に関して、さらに専門的な立場から考察を深めつつ、対策としての復水浄化系の改良と開発、ならびに置換性線源の低減に関する研究の成果をとりまとめている。

 第6章では材料の選択について具体的な研究を進めており、給・復水系の材料改善、炉内材料の改良・開発等の成果を述べている。ここでは耐食性材料、低コバルト材、ステライト代替材等の採用によってもたらされた効果が明瞭に示されている。

 第7章は被ばく時間の短縮を目的とした作業の遠隔自動化と省力化についての考察をまとめた章である。ここでは燃料自動交換機、制御棒駆動機構自動交換機、監視ロボット、主蒸気隔離弁メインテナンス治具等について、要求仕様を明確化しつつ開発を進め、その適用により実際にも優れた成果を得たことが述べられている。

 第8章は総合評価と題する章であり、本研究による作業員被ばく低減対策が実際に相当量の改善効果をもたらしたこと、また直接的・間接的に大きな信頼性・経済性向上の成果をもたらしたことを説明している。そして、これらを踏まえた上で、結論と今後の課題を提示している。

 以上のように、本研究は沸騰水型の原子力プラントを対象として、信頼性・経済性向上の観点から、作業員の被ばくに関与するプロセス・因子の解明と被ばく低減のための技術的対策について体系的な研究を進め、実用性の高い新評価手法を確立するとともに、その有用性を実証したものであり、システム量子工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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